スッと消えていく
まだ開始までには少々時間がある。
待機場所をなんとなく眺めていたが、いつの間にかディントンさんの周りに大勢のプレイヤーが集ってはスッと消えていっていた。
「って、何事!?」
「んー……男ってバカよねー」
なんか首をグルグル回していたり、雄たけびを上げながら腰のあたりで円の動きをした振り付けの……名前なんて言うんだろう? トレインダンス? そんな感じの回転的な動きをするプレイヤーが続出していた。
そしてそのうちの何人かが消えていっているのである。
「なんで消えているんだよ……」
「あー、あれは興奮のし過ぎでバイタルチェック入りましたね」
「知っているのかめっちゃ色々」
隣でめっちゃ色々さんの解説が始まり、なぜか劇画顔で合いの手を入れたライオン丸さんが間に入った。え、装備はずれているんだよね? いや、元々髭もじゃで顔のホリが深いから力んで劇画調にしていただけか。
バイタルチェックは僕も知らないが……いや、たしかVR機器にそんな機能があったような?
「簡単に言えば、現実の肉体が危機的状況になったり、異常を検知したときに強制ログアウトが行われる機能ですね。機器側の設定なので個人で入力しますが、最初の読み込みでデフォルトの設定は適応されているハズですよ」
「あーそういえば最初の設定でいろいろ入力したりしたなぁ……」
「体格なんかの設定が必要じゃからの。アバターとの体格差が大きくなりすぎると動きに齟齬が出るから入力データの更新も行われておるからの――あまりにも体格差が大きくなると、アバターにも調整が入るんじゃぞ」
「へぇ……」
「そのせいで荒れている人もいますからね」
「桃子さん?」
「その人は全く調整が入らないほど変動がないせいで荒れている人じゃぞ」
そして、その話題を出したからか桃子さんがこっちを凄い眼光で見ている。これ以上この話題を広げないようにしよう。
「それで、荒れている人って?」
「ニー子さんですよ……ちょっと体の太さが、ね」
「……ああ、そういう」
「しかもここじゃとピッチリスーツじゃからごまかすことも出来んからの。まあ、擬音でムチムチといった感じじゃが」
「ただ本人は相当気にしているようで、向こうですさまじい怒気を放っています」
「近寄らんようにしよう……あ、そっか。ディントンさんの周囲に人が集まっているのもそういう理由か」
ピッチリスーツのおかげでいつも以上にその体型が強調されているのか。
そのせいで人が集まり、興奮してアホな行動を起こすプレイヤーが続出して、そしてバイタルチェックが反応して強制ログアウト……
「アホかよ」
「アホじゃよ」
「アホですね」
なんというかやるせない気持ちになるなぁ。ちなみに、隣にずっとアリスちゃんもいたのだが……ショボーンとした顔で自分の胸を押さえて落ち込んでいる。
…………なんて声をかければいいのかわからないのだが。
「だ、大丈夫ですよ。あそこのくノ一よりは大きいですから」
「そうじゃぞ。恋愛弱者のくノ一と違い、嬢ちゃんには未来があるんじゃぞ」
「――――消し飛ばすでござる!」
「しまった!?」
「引き合いに出すべきではなかったか!」
「桃子殿、もちつけ、もとい落ち着けでござる! ステイ!」
「はなすでござる! よぐそと殿、アイツら殴り飛ばさないとダメなんでござるよ!」
キジも鳴かずば撃たれまい。くわばらくわばら。
……とりあえず、アリスちゃんの頭を少し撫でておく程度にとどめた。ちょっと機嫌がよくなったようだ……しかしディントンさんも最初は自分の体型気にしていたのに、今じゃ結構ノリノリだよな。ポーズ決めているし。あ、あるたんさんとらったんさんも現れて一緒にポーズ決めだした。
「……撮影会始まってない?」
「これ、無事に始まるんですかね?」
「さぁ……時間にまだ少し早いから、適当なところで止めに入るでしょ――みょーんさんが」
「ワタシ!?」
ちょっと離れたところでワタシ関係ないですよー。って空気を出していたけど、保護者枠として何とかしていただきたい。
「いやいや、村長こそリーダーとして何とかしてほしいんだけど」
「年齢的に下から数えて二番目の僕にどうしろと」
推定だけど、これまでの会話でアリスちゃん以外のみんなは僕より年上だろうと思っている。
リテラシー? 半年も一緒に遊んでいるみんななら互いに察しているから大丈夫。
「だ、だったら最年長に頼みなさいよ」
「あそこで修羅と化した桃子さんに空中コンボ決められているけど」
「……なんで失言したのよあの二人」
「さぁ?」
さすがに僕らの周辺も悪目立ちしてきたから早いところ何とかしたい。
ディントンさんたちの撮影会に割って入るのは僕的にキツイので、荒れ狂う桃子さんのほうを止めるか――そう思い、前へ一歩踏み出した瞬間、土煙を上げて何かが突っ込んできた。
「ご主人様、見つけましたわ―!」
「ヒッ!?」
「また現れたですね! ブロックですッ」
アリスちゃんが突っ込んできたゆろんさんを掴み、投げ飛ばす。そしてその先にいたのはニー子さん……あ、ヤバい。ぶつかる。
「ですわ!?」
「あだっ!? って、誰よいたい……うん? どこかで見たような……」
「うう、防がれてしまいましたわ――あら? どこかでお会いしませんでした?」
「うーん……!? あんた、天ヶ崎家の!?」
「あら? なんでわたくしのリアルネームを……」
「いや、オレよ! この前あんたんところの民間ロケットのお披露目パーティーで会ったでしょうが!」
「……そのオレっこさん口調、まさか神代さんですか? あ、ご婚約おめでとうございます」
「それオレは不本意なんだけどッ」
「でも良かったではないですか。嫁の貰い手があって……そんなにもふとましくなったというのに」
「オレが気にしていること言いやがった! いつもそうやって人の傷口コイツ嫌い!」
「わたくしも貴女のことは前々からどうにかしたいと思っていたんですのよ。さすがに最終学歴が中そ――」
「わーわー! いーうーなー!」
「たしかにわたくしたちのような家は他の方たちよりも厳しいところですが、だからってさすがにどうなんですの?」
「だって厳しいんだよ! その反動!」
「いえ、貴女のは素でしょうに」
リアルネーム出しているけど、大丈夫なのあの人たち? 幸い、聞いているのは僕たちだけのようなんだけど……ただ、アリスちゃんが顔を青ざめさせているが。
「アリスちゃん、どうかしたの?」
「いえ、お二人の名前に聞き覚えが…………結構大きな会社の名前だったと思うです。VRマシンも作っていたような……」
「……そういや、僕も聞き覚えがあるな」
たしか、おみくじ券の時に商品提供していたのが傘下の企業だったな……二人の家のどちらだったのか覚えていないけど。
その間にも二人の言い争いはヒートアップし、こちらに近づいてくる。
「ってなんでこっちに!?」
「ご主人様! この雌豚に言ってやってくださいませ! いえ、むしろわたくしに雌豚と言ってほしいですわ!」
「お兄ちゃんに近づくなです! この危険物!」
「――年下の子の罵倒もそれはそれでいいですわね。むしろセットでいただきたいですわ」
「ヒッ!?」
「うわぁ……あんたそんなキャラだったの…………お嬢様としてそれはどうなのか」
「貴女に言われたくありませんわよ」
「……むしろ僕としては二人ともお嬢様とか信じられないんだけど。あとネットリテラシーについてもう少し調べてこい」
というかアリスちゃんも守備範囲なのかこの変態……よだれを垂らしているせいで、アリスちゃんが完全におびえてしまっている。さっきとは逆で、僕の背後でプルプルとおびえてしまった。
「ってこのふとましさですわよ! いい加減にしないと、さらに反映されてしまいますよ」
「皮下脂肪が繁栄しちゃったか」
「ぷふふーでござる」
「VRゲームって結局体動かしていないですからね。ちょっとは体動かさないと体に悪いですよ」
「畳みかけないでよ! あと、桃子も突然現れて笑うとか何様のつもりよ!」
「スレンダー様でござるよ」
「なんで勝ち誇った顔をしているのか――男は俺みたいにムチムチのほうが好きって言うじゃない」
「……村長、判定を」
「いや、僕そういうの興味ないから。桃子さんの持っている屍二人に聞いたほうがいいと思うよ」
「さらっとスルーしやがった!?」
あとゴメン、めっちゃ色々さんとライオン丸さん。すっかり忘れていたわ。
よぐそとさんも止めようと頑張ったみたいだが、止めきれずに荒い息をしていた。
「っていうか、ゲームの肉体なんてリアルと違うでござろうに……どうせみんなできる限り調整して誤魔化しているんでござろう」
「ぐはっ!?」
「のうっ!?」
「確かに身長大きくしているですけどね」
「僕はあまり変えていないけど」
「まあ、これでダメージ受ける人はよほど現実の容姿や体型に自信の無い人ぐらいでござろうが……そもそもゲームに色恋を持ち込むのが間違いなのであって、あくまで楽しむ場として――」
「よぐそとさん、ステイ」
「どうしたでござるか?」
「桃子さんがオーバーキルされたから」
よりにもよってよぐそとさん本人からゲームに色恋持ち込むな宣言されたらそうなるよなぁ……涙を流しながら突っ伏している。
無事……じゃないな。
「っていうかイベント前に壊滅状態って大丈夫かな?」
「ダメだと思うですよ」
アリスちゃんの言う通り、集ったプレイヤーたちは壊滅状態と言ってもいい状況だった。
これどうするんだろうと思っていると、ピンポンパンポーンとアナウンス音が鳴り響く。
そして、どこからともなく声が聞こえてくるが……まあ、運営のお報せだよな。
『本日は、アプデ記念杯にご参加いただきありがとうございます。開始前にわたくし共のほうから今大会のルール説明と、諸注意などがございますのでもうしばらくお待ちください。プレイヤーの皆様方にはできる限り、落ちついた状態でご清聴いただけますと幸いでございます。また、参加登録されました方はレース開始までは再ログインすることも可能ですので、ご用事がございます方などお早めにお済ませください』
再びアナウンス音が鳴り響き、あたりはざわざわとしながらも先ほどよりは落ち着きを取り戻していった。っていうか、これアレだよね。
「……さすがに好き勝手騒ぎ過ぎて運営さんもお怒りになったか」
「あ、あはは……」
「むぅ、不完全燃焼ですわ」
「ちょっと、飲み物でも飲んで気分を落ち着かせて来るでござる」
「あ、僕もお花を摘みにいってくる」
「お兄ちゃん、なんでそんな言い方なんですか」
いや、女性率高いから直接トイレ行くって言うよりいいかなって――まあ、そんなの気にしない人たちばかりだろうけど。