なんか最近ひどい目にあっているような……
今回かなりわちゃわちゃしています。
ドMが目の前に現れないかドキドキしながらログインし、なるべく目立たないようにホームへと向かう。特に問題もなくヒルズ村へたどり着き一息ついたその瞬間、スッと僕の背後に桃色の見慣れた姿が現れた。一瞬体がびくっとしたが、誰かはわかったので振り向いて彼女の姿を確認してあいさつしたんだけど……
「アリスちゃん、久しぶり――ッ!?」
「あはっ」
景色が一回転し、地面にたたきつけられた。え、何事!?
アリスちゃんはそれはもういい顔で笑っているし……みょーんさんと桃子さんも近くにいるが、顔を青ざめて抱き合っている。あとライオン丸さん、なんで指を十字に切っているの?
「村長、安らかに眠れ」
「縁起でもない! なんでアリスちゃんブチギレてんの!?」
「昨日、心当たりあるじゃろ」
「ふ、不可抗力です……」
昨日の心当たりなんてドMだけだった……でも、なぜドMとの接近遭遇をアリスちゃんが知っているのか疑問だが……と、そこでアリスちゃんが僕に見せてきたのは、昨日の僕の失態について書き込まれたスレッドだった。
そっか……そういうことか。
「僕を裏切ったな掲示板ッ!!」
「裏切ったってなんじゃ」
「むしろ裏切っているのは村長のほうだと思うけど……」
「いつも好き勝手やり過ぎていたでござるからな。バチが当たったでござるよ。ぷふふ」
「桃子さん、この間よぐそとさんがはちきれんばかりの服を着た人と一緒に歩いていたよ」
「バカなッ!? やはり乳か!? 乳でござるか!?」
はちきれんばかりの筋肉をぴちぴちの衣装に身を包んだランナーBさん(肉体は男性)のことだけどね。力士や暗黒四天王たちと一緒にレイドボスに挑んでいたってだけなんだけど……いきなり呼ばれた時は何事かと思った。まあ、特に話すような内容でもなかったし、タイミング合わせてスキル発動するだけで楽に終わったせいもあり、みんな微妙な顔でお疲れと言いながら解散しただけだった。
難しすぎるのもきついが、簡単すぎるのもそれはそれで考えものである。
さて、桃子さんを暴走させることで言い訳というかどうやって誤魔化すか考える時間が出来た。いや、いっそのこと逃げ出す算段を――そこで気が付いた。アリスちゃんの目が一切笑っていないことに。あと、じっと僕を見続けており、桃子さんの声なんて耳に入っていない。
「…………ごまかしは、無駄ですよ」
「ハイ」
「尻に敷かれておるのー」
「というか村長、手段が姑息すぎない?」
使えるものは何でも使うのです。でも、この場合はもう逃げられないっぽいな。なんかテロップで『魔王からは逃げられない』とか出ていそうな空気がある。
「お兄ちゃん、アリスはとても怒っているのです」
「ハイ」
「いきなり見ず知らずの人を爆撃したこととか、面倒だからって逃げ出したこととか、いろいろと言いたいことはあるです――今、一番問題なのは、最近アリスをないがしろにしすぎなことです」
「え、そこなの?」
みょーんさんが思わずといった感じで口からポロリと出ていたが、僕も同じ気持ちである。
え、そこなの?
「みょーんさん、乙女にとっては大事なことです」
「そうでござる。青春を遠い過去に置き去りにしたアラサーのみょーん殿には関係のない――あ、ちょ、ごめんでござる! 消える、拙者がポリゴン片となって消えてしまうでござる!」
「青春を置き去りにしたんじゃないのよ、青春の向こう側へたどり着いたのよ。ワタシは、既婚者よ!」
「心にダメージでござるッ」
みょーんさんVS桃子さんが始まったが……正直そっちをどうにかする余裕はない。
「って、アリスちゃんもフレンドと一緒に遊んでいたから連絡取れなかったよね」
「確かにそうです――新しい、村の住人……名前、なんて言いましたっけ? あ、そうです。らったんさんです!」
「……」
僕の内なる何かが、警笛を鳴らしている。
逃げろ、ここから逃げろと――
「随分と楽しそうに遊んだみたいですね。さっきお兄ちゃんを待っている間、ここにきて一緒に遊んだよーって自慢されました。ツーショットとか撮ってたんですね」
「そういや試し撮りって感じで何枚か撮っていたような……」
とくにポーズとか決めたわけでもないし、あんまり気にしていなかったからなぁ……そもそもここ最近の目的がスクショだったし。
「アリスもまだお兄ちゃんとツーショット撮っていないのにッ!!」
「あ、やっぱり論点はそこなのね」
あれ? 撮ってなかったっけか……いや、たぶん自撮り的な構図のことを言っているのだろう。撮っていたのを忘れていたのだとしても、アリスちゃんがケットシーに種族変更してからはまだだったと思う。
「そして今回のことです! 正直アリスも何を言いたいのか自分でもよくわからないですけど、何か危機感的なあれこれがアリスの体を突き動かすです!」
その叫びと共に、アリスちゃんの背後にイフリートが出現した。なにその演出……怒りを表現したのだろうか? しかし、ここで選択肢をミスってみろ。バッドエンド一直線だ。
考えるのだ。必死に考えるのだ――そこで僕は天啓を得た。
アニマルセラピーだ! インベントリからペットを呼び出し、場の空気を和ませるしかない。
「あ、アリスちゃん、落ち着くんだ。ほら、可愛いホワイトタイガーだよー」
「がおー」
「…………最近、マスコット的なものを見るとスクラップ砲を撃ちたくなるです」
「しまった藪蛇だった!?」
「がお……」
ああ!? 心なしかホワイトタイガーのミナトがしょんぼりとした顔に!? それと同時にアリスちゃんの怒りのボルテージが上がっていく……やべぇ、選択肢をミスった。バッドエンドへの道が拓けてしまう。
というか例の騒動があったってのにアリスちゃんにマスコット的なもの見せるのは危ないって何故気が付かなかった僕よ。テンパっているのか。そうか、昨日のアレのこともあるし考えがまとまっていないな。
と、そこでキラキラとしたエフェクトが近くに出現する。これは誰かがログインしてきた証――逆転への布石になるか? 期待した僕の目の前に現れたのは、片目を隠した【アサシン】のプレイヤーだった。
「あの、村長さん、無事なのか、確認にきたんですけど……」
「見ての通りですが」
らむらむさんかよ……いや、アリスちゃんはらむらむさんとはフレンドだし、まだ大丈夫。
だが、僕の期待を裏切る一言が彼女の口から告げられた。しかも、顔を赤らめて。
「前に、PK疑惑の、相談に、乗ってもらったお礼、何が良いかなって」
「なんで火に油を注いだ!!」
「そういえばそれもあったですね……」
「ほーらー!」
「ご、ごめん、なさい。麦わら帽子を、かぶった、釣り人さんが、ここで言うのが、ベストだって」
「マンドリルか……らむらむさんもあの人のことは話半分にしておいてください!」
さては近くで見ていやがるな。アリスちゃんに負け続きで何か反撃できないか作戦を練っているらしいことは聞いていたけど、まさか僕にダメージが来るやり方を使うとはッ……あとで消し飛ばす。
というかアリスちゃんの怒りのボルテージを上げたら余計にむごいやられ方をするだろうに……
さすがにまずいと感じたのか、らむらむさんがアリスちゃんを落ち着かせようとしているけど、焼け石に水だった。
「あ、アリスさん……ここは、落ち着いて」
「頭では分かっているのに、心が落ち着かないんです!」
その間にもこの場を切り抜ける一手を考える。なにか、なにか武器は無いのか? 周囲を見回すが、他には哀れじゃのって呟いているライオン丸さんといまだに死闘を繰り広げているみょーんさんと桃子さんしか見えない。だめだ、打つ手がない。
と、そこで再びきらきらとした粒子が出現した。どうやら、誰かがログインしてきたらしい。今度こそ逆転の一手が――
「んゆー? なんか盛り上がってる?」
「ファンブルッ!」
今、この場においては最悪の人選だった。相変わらずのギャルファッションのらったんさん。ただ火に油どころかガソリンぶちまけるだけだよねコレ。致命的だよ致命的。バッドエンド一直線だよ。
らったんさんが来たことで、アリスちゃんの怒りのボルテージはさらに上がる。
「――――」
「アリス、さん……女の子が、しちゃいけない、顔だよ」
「んゆー? 来ない方が良かった感じー?」
「うん」
「んー……とりまよろぴく」
「あはは、ノリが軽ーい」
「いえーい」
そう言って、らったんさんは僕の横に立ち、自撮り的な感じで一枚パシャリと――って、なぜ煽るような行動を!?
「記念に?」
「なんのですか!?」
「お兄ちゃんとツーショットお兄ちゃんとツーショットお兄ちゃんとツーショット。肩組んでました肩組んでました肩組んでました」
「んゆー? うけるー」
「なぜに爆笑してんの!?」
「面白そうだったから?」
まさかこの人、本能的に一番面白い行動が何かを察知したのか? ……ありうる。口では驚いていたが、なんだかんだであの山越えやら幽霊船での戦闘やら楽しんでいた人だ。
そもそも、らったんさんは僕とは近しい何かを感じていたのだ。僕だって他の人の修羅場だったらやり過ぎない程度に変な行動をとるだろう……あ、人のこと言えないや。
「そ、村長……安らかに眠るで、ござる」
「死んでないからね。ただ、アリスちゃんから謎のオーラが見える気がするだけだからね」
「謎もなにも、イフリートでそれっぽく見せているだけじゃないの」
変にふざけているあたりまだ冷静だと信じたい。
あと安らかに眠るのは桃子さんのほうだと思う。息も絶え絶えだし。
と、そこで再び誰かがログインしてきたエフェクトが表示される。
「三度目の正直! これに賭けるしかない!」
「……二度あることは三度あるんじゃよ」
「やめて!」
「ご主人様、わたくし、推参ですわ!」
「最悪の更に下があった!?」
現れたのは、真っ赤なドレスに縦ロールのゆろんさん、っていうか何故ゆろんさんが……ああ、攻略サイトを見たとか誰かに聞いたかそのあたりだな。それにアクア王国にたどり着いていたんだからこっちに来るの数分で済むから、ここでログアウトしていたんだろう。
「こ、この人が泥棒猫ですね!」
「猫は、アリスさん、のほう」
「あ、そんちょーさん。そういえば面白いクエストみつけたんだけど、一緒にいかなーい?」
「さあ、ご主人様! もう一度、あの衝撃を!」
「お兄ちゃんをどこへ連れていくつもりですかぁああ!」
ははは、カオス。
もうどうにでもしてくれと、ばたりと地面に倒れる。
周囲では騒ぎ立てる女の子たち……なんか論点が明後日の方向にズレて、誰が僕とクエストに行くかになっているんだけど。やめてくれ、手を引っ張らないでくれ。左右からそれぞれ手を引っ張られることで無理やり起き上がらせられる。って、大岡裁きじゃないんだから……いっそ痛みを感じてくれたほうが良かった。痛くないからひたすら左右に視界が揺れるだけである。
と、その様子をライオン丸さんがパシャリと一枚撮った。
「タイトルは『うらやましくないハーレム』じゃな」
「そもそもハーレムでもねーよ」
アリスちゃんはともかく、他の人は好意って言っていいか微妙なんだけど。
…………体育祭もあるし、ほとぼりが冷めるまでちょっとゲームは休もう……疲れた状態で何かやるとろくなことにならないし。
っていうかライオン丸さん、それで応募するつもりなのだろうか?
嫌だなぁそれが賞とったら。それに負けるのも、そのスクショが世に広まるのも嫌だよ。落ち着いたら改めてスクショ撮りに行くしかないか。僕に出来るのは、このアホな状況を越えるインパクトのある一枚を激写することだけだ。
まあ、今日のところはこのまま騒ぎが落ち着くのを待つしかなさそうだけど。
いったん、仕切り直し。
次回から落ち着きを取り戻すことでしょう。たぶん。
 




