テンパると人は何をするかわからない
誤字報告など、ありがとうございます。
今日も今日とてリヴァイアサン相手にスクショを撮る毎日である。ライオン丸さんと共に適当に遊んだ後、僕は周回を始めることにした。
ソロで挑んでは微妙に縛りプレイした状態でベストアングルを狙ったり、説明したうえで野良パーティーで挑んでみたり、あえて職業を【旅人】にして挑んでみたり――最後のはただ迷走してアホなことやっただけだったわ。
「そんなわけで今日もソロ活動だよー」
なぜかアリスちゃんも帰ってこないし……いや、フレンドリストからログインしているのは分かっているんだけど、ヒルズ村の住人もここしばらく見かけていないそうなのだ。さすがに心配になってきた。
ただ、桃子さんが『らむらむさんと一緒だから大丈夫でござるよ』って言っていたので変なことに巻き込まれていないってのだけは安心していいそうだけど。っていうかいつのまにらむらむさんと一緒に遊ぶようになったんだ?
「……謎だ」
そんなことを考えていた、リヴァイアサンの突撃と巨大化ガントレットでのパンチが激突した瞬間の一枚をようやく撮り終えたヒルズ村への帰り道のことである。なにやらアクア王国内でいつもと違った喧騒が起こっている。とりあえず、近くのおっちゃんに聞いてみよう。
「何かあったんですか?」
「うん? ああ、村長か。いや、プレイヤー同士のもめごとだよ」
「あー……そういう感じか」
二人の男がお互いに怒鳴り合っている。で、その近くには女性プレイヤーが一人…………うおっ!? なんだあの見た目は? すさまじいドリルだ。お嬢様って感じのドリルだ。装備も真っ赤なドレスでお嬢様だし……まさか実際に――いや、VRゲームで実際って言っていいのか微妙だけど――お目にかかれるとは。
本当にお嬢様だったりして……ニー子さんっていうエセは知り合いにいるけど。
「って、なにこれ? 姫を取り合っている的なサムシング?」
「サムシングってなんだよ……でもまぁ、そういうわけだ」
「へぇ……」
後にして思えば、周回作業で疲れていたんだろう。実は最近、学校で体育祭の練習も始まっていて肉体的に疲れていたってのもある。そのせいか、少しぼーっとして彼らに近づいてしまったんだ。たぶん、このゲームをやっていて一番後悔した出来事って、今日だね。
僕は、怒鳴り合っていた二人の手を掴んでお互いに握手をさせた。
「あん?」
「なんだよいったい……」
「双方合意とみてよろしいですね?」
「え、村長? なんでここに?」
「っていうか合意ってなんだよ」
「ちゃんと握手していますね、PVPをここに承認いたします。ファイト!」
「いやなんで!?」
ギャラリーたちもお腹を押さえて笑いをこらえており、何やっているんだあの人といった空気が流れている。正直僕もなんでこんなことをしているかよくわかっていない。誰か説明してくれ。
「ちょっと、貴方いきなり出てきていったい何なのですか?」
そしてそこで話しかけてくるお嬢様(推定)。見事なドリルをぶぉんと揺らしながら僕に近づいてきた。その様子に、ああっと反応する男二人。あ、やっぱりこの子取り合っていた感じのアレなのかな。
「唐突に出てきていったい何なのか……」
「あのお嬢様の子、村長さんのこと知らないのか?」
「初心者? それにしてはアクア王国までたどり着いているし……炭鉱以外でのスタートならそこそこ時間かかるし、知っていそうなものだけど」
「なんだヨお嬢様はモグリだったカ」
「まあ下調べしていないのは間違いないよなぁ。攻略サイトでも見ておけばヒルズ村の項目と村長さんについてチラッとでも知るし」
「っていうか一応は仲裁に入ったよな、村長さん」
え、ヒルズ村って攻略サイトに項目あるの? さすがにそこは調べていなかったから知らなかった……
ギャラリーがそんなことを言っていたのを彼女も聞いていたのか、少しバツが悪そうにしながら身なりを整えている。
「あ、あら? 有名な方でしたのね……それに仲裁に入っていただき、ありがとうございます。ワタクシ、『ゆろん』と申します。どうぞよろしくお願いいたしますわ」
「あ、どうも……お近づきのしるしに」
さすがに丁寧にあいさつされたら返さないわけにもいかない。
再度言うが、この時の僕は疲れていた。そして、見事なドリルに気をとられていたのだ。インベントリもよく見ずにアイテムを渡してしまっていた――っていうか、そもそも手渡しの時点でおかしいことに気がつけと。普通は握手してからのアイテム取引だろうに。
「あら? これは何かしら……樽?」
「やべ――間違えた」
直後に、小さな爆発と共に彼女は消し飛んだ。ついでに僕の経験値も。そしてシステムメッセージに表示される呪いのバッドステータス…………
「村長!? なにやっているんだ!?」
「いきなり爆破とか何考えてんだよ!? っていうか一撃で吹っ飛ぶとか何使ったんだ!?」
そう言えば周回中に水中でも爆破できるようにと作った物があった……単純に火力が高いレシピを試していって出来上がった爆破範囲は小さいけど、アホみたいな高火力のヤツ……よりにもよってアレを使ってしまったのか。
「ご、ごめん! 疲れていたのと見事な縦ロールで動揺して!」
「俺らに謝るなよ……ほら、取り巻き二人がブチギレてんぞー」
先ほど怒鳴り合っていた二人は、僕を睨みつけている。食いしばった歯からは白い息が漏れ出していた。あはは……どうしよう。
とりあえず、さっきの子――ゆろんさんがリスポーンしてきたら土下座でもなんでもして謝ろう。疲れていたとはいえ何をしているんだ僕は。
そして、地響きが聞こえていた。
「なんか向こうから土煙が……うん?」
縦ロールis全力疾走。
「こわっ!?」
「ほら、謝れって。村長、さっさと謝っちまえよ」
「怒らせたんよ。ほら、あやまり? いくらなんでも無防備な人爆撃はあかんって」
「あの、ゆろんさん。今さっきはすいませんでした――」
その瞬間、ゆろんさんは僕の両手を掴み、キラキラとしたまなざしを向けてきた。
「素敵でしたわ! その遠慮のない一撃、感服いたしました!」
違った。ギラギラとしたまなざしだった。ついでに言うと、口からよだれが出ている。あはは……BFOの感情表現システム、優秀だなぁ――って違う!
別の意味でヤバい。これはさすがに予想外なんだけど。ギャラリーもええぇ……って感じで一歩二歩三歩引いている。
「ゆ、ゆろたんが……テメェ何してくれてんだ!?」
「俺のゆろたんを何たぶらかしてくれてんだよ!」
「ああん? おれのゆろたんだろうが!」
「どうぞこの雌犬をそばにおいてくださいませ、ご主人様! そして、再びあのこの身を吹き飛ばすような衝撃を!」
「…………」
バックステップで彼らから距離をとり、メニューを操作してログアウトしよう。
ごめん、僕にはどうすることもできない。
「あ、村長さんログアウトする気だな」
「逃げたな……まあ、オレだってそうする。ただ、名前有名なんだからあとで特定されるだろうに」
「そんな!? お待ちになって!」
「テメェ逃げるのか!?」
「オラオラ! 待ちやがれぇ!!」
「勘弁してつかーさい! 年下はいいけど、年上に迫られるのって身の危険を感じる!」
魔法で泡を出して、足止めをする。少しの間だけど滑るから足止めに十分だ。ただ、ちょっと手元が狂って自分の足元にもかかってしまい自分も転びそうになったが……うん?
今、何かいいアイデアが浮かびそうだった――ただ、この場に残るわけにはいかない。すかさずログアウトする。
「ああ!? ご主人様が!?」
なんだか厄介なことになっちゃったなぁ…………
@@@
一方その頃、桃色アリスたちの現在の状況。
「あ、お兄ちゃんがログアウトしたです」
「村長さん、最近、ソロプレイ、しているみたい」
「そろそろ村に戻ろうかなって思うです」
「そうやな。ワイらも経験値やアイテム、たくさん手に入ったしそろそろ戻ろうって思っておったところやしな」
「ウハウハだった」
「ですね――ただ、裏ルート思い出すの大分時間かかったですね」
「そうやなぁ……途中で思い出して、びっくらこいたわ」
「それ、関西弁だっけ?」
「違うで? ワイのこれもロールプレイやから適当やし」
三角州、エセ関西弁ロールプレイヤー。
その発言にらむらむはまあ、確かに微妙だったなぁと考える。
そんな彼女たちがいるのは大陸中央の山脈の頂上、脱獄クエストの裏ルートを進めていった結果、なぜかこんなところにまでたどり着いてしまったのだ。
「しっかしまさかあのクエストがこんなことになるなんてな」
「そうですね……海賊のアジトを脱出したと思ったら、ハラパ王国の姫が襲われている現場に遭遇したときは驚いたですよ」
「連続、クエストの、類だった」
「そうやな。で、助けたら助けたで、今度は一緒にいた騎士団長が実は悪魔が化けていたってんやから驚きやで」
「悪魔は、初確認」
「そうやなぁ……今まで悪魔系の敵って未確認やったからな。ドラゴンもそうやけど、今のところ実装数少ないんやろ」
「そういえば、ハラパ王国にいる騎士団長も悪魔なんですかね?」
「さぁ?」
「そもそも、クエストに、成功しようが、失敗しようが、姫も騎士団長も、王国にずっといる」
「同じNPCが同時に二か所に存在するわけやな!」
「まあゲームですからね」
ついでに言うなら、一回失敗して姫が殺されてしまっている。
最初、アリスはその現場を見たことで涙目だったが――リトライして姫が復活してやるせない気分になった。
「ゲーム、なんですよねぇ……」
「アリスちゃん、なんで、二回、言ったの?」
「なんや遠い目をして」
「いえ、分かってはいるけど改めて認識すると微妙な気分になるなぁって思っただけです。没入感が凄いと、反動も凄いんだなって」
「なんや難しい言葉知っとるな」
「それで、これから、どうします?」
山頂には何もない。いや、逃げた悪魔を追いかけるというクエストだったのでここが決戦の場だったのだが……本当にそれだけであったのでクエストをクリアした今、何もすることがないのだ。
「ハラパ王国に行ってみるですか? 別のクエストのフラグを達成したかもしれないですよ」
「あー、そっか。ハラパ王国にいる姫か騎士団長が次のクエストを発生させたかもしれないんやな」
「でも、ここからどうやって、行く?」
「ボートで滑って行けば早いですよ」
「この標高から滑り落ちてって……ジェットコースターでもこんな無茶はせんよなぁ」
「なんという、恐ろしい、発想」
「減るにしても経験値だけですから、さっさと行くですよ」
「SAN値とか減るって絶対」
「お祈りは、すませて、おこう」
「しゃぁない。腹くくろう」
山頂から東、見下ろすとハラパ王国が見える。幸い大きな木も無いので障害物に当たって止まるようなことはなさそうだった。それが余計に恐怖を増長させている可能性は否めないが。
「それじゃあ出発です!」
「あ――思ったより怖いんやけど!?」
「ひえぇ!?」
「ちょっと炎噴射して減速しながら行くですよー」
アリスが魔法で速度を調整しながら下山する。
その様子に、二人もほっと息を吐いた。
「なんや。そのあたり冷静に判断できとったんか」
「下手にスピード出し過ぎると耐久値減り過ぎて投げ出されるですし、適度なスピードが結局一番早いですよ」
「……ボート、くだりは、適度、なのか」
「疑問だらけやな」
「時短ですよ時短」
「言いたいことは分かるんやけどな」
「…………」
「うん? どうしたんや、らむらむ。顔を青くして」
「……ヤバいモノ、見つけちゃった」
「――――おっふ」
「どうしたです?」
「な、何でもないんや! アリスちゃんは見ちゃ駄目やからな!?」
「いや、何を見たですか……まあ、暇つぶしに掲示板でもチェックしていたんでしょうけど――」
気にはなったので、アリスは掲示板を確認してしまった。駄目と言われると見てしまいたくなるものだ。そして、地獄の扉は開かれた。
「――――は?」
そこにあったスレッドは、先ほどロポンギーが行った所業について。何を間違ったのか、ドMにご主人様呼びされていることも含めてだ。
悪ノリした誰かが村長の浮気現場なんて書いてしまったものだから、アリスの怒りはMAXである。
「ちょ、スピードがぁあああ!?」
「加速、した!?」
「さっさとハラパ王国に到着するです。イフリートも出しておくので、高速かつ安全に降ろせるですよ」
「でもスピードが速すぎて怖いんやけど!?」
「は、吐きそう……」
「お兄ちゃんはログアウトしていたですね。聞くのは明日になるですか……」
「村長さんは何をしたんやぁ!?」
「また、変なことした……」
「それは分かるけど、どんなウルトラC決めたら爆殺ののちに懐かれるんや!?」
「相手が、悪かった」
「やろうけどな!」
「詳しく話を聞かせてもらうですからねぇ!!」
ゆろん:財閥令嬢
ニー子:財閥令嬢




