戦が始まる前
6章は主にアリス視点となります。
その時は突然やってきたです。
ハロウィンイベントに向けてカボチャを集めたり、装備強化やレベル上げなどいつも通り適当に遊んでいた時でした。
村の広場でメニュー画面を操作していたお兄ちゃんが突然、ボソッとつぶやいたことが始まりだったのです。
「あー……たまには違う事してみたい」
「まーた村長がアホなこと始めようとしておるぞ」
「この間受注したクエストも放置しているんでしょ? そっち進めなさいよ」
「マーケットでアイテム買い集めようと思ったんだけど、なかなか手に入らなくて。いちいち集めるのもかったるいし」
「そうやって横着せんで集めに行けばいいじゃろ」
「そうだニャ。自分で集めるのも醍醐味だニャ」
「でも、たまりにたまったお金を解放して経済を回さないと」
お兄ちゃんがそう言うと、げんなりした顔でめっちゃ色々さんが反応しました。
「どんな悩みですか――確かに、すごい金額貯まっていますからね」
「ああ、夏祭りの売り上げがまだたくさん残っているのか」
「爆弾の材料に使っているって聞いたけど?」
「爆弾自体もマーケットで流しているんだけど、そこそこ売れているし。とくにヒャッハーズはお得意様である。おかげで懐が潤う」
「職業【商人】じゃないわよね?」
「そもそもこのゲームにそんな職業はないですよ」
「しかも頭に死のってつくほうの商人じゃな」
正直なところ、アリスもそれは否定できなかったので苦笑いしかできなかったです。
お兄ちゃんもとくにツッコミを入れることなく、背伸びをして――何かを思いついた顔をしました。
「あ、前から試してみたかったことあったんだ」
「どうしたんじゃいったい?」
「ほら、奥義スキル同士を組み合わせたらどうなるのかってまだやっていなかったなぁって」
「たしかに。私たちも気にはなっていたんですけど二つ同時発揮できる人いませんでしたからね」
複数奥義スキルを取得していても、別々の職業のものなので複数発揮を行える人はいませんでした。ただ、お兄ちゃんは【村長】の特性で【炭鉱夫】と【鍛冶師】の奥義スキルを同時発動可能だったので、この場でそれを行えるのはお兄ちゃんだけでした。
「それじゃあ装備を変えて……ナックルに【鍛冶師】の奥義をつけてみるか。いや、【釣り人】でもいけるけどね」
「あれ? そっちの奥義も持っていたの?」
「うん。ただ、あれ釣り糸を操れるってだけで狙った魚に餌を食いつかせる以上のことできないんだよ……無茶な挙動するとすぐに糸が切れるし」
「へぇ……で、結局その組み合わせなわけね」
「まずは『ヒートガード』っと……これ、自分に炎属性に爆発と延焼耐性付与するだけなんだよなぁ」
「便利じゃろうが。短時間とはいえ溶岩の中も歩けるんじゃぞ」
「マジか――溶岩内の採掘ポイントとか狙えるかもだから後でやるとして、『マジックドリル』発動!」
そもそもの話、こういう思い付きを実行する時はよく考えてからやるべきだったのです。
ドリルを発動したその瞬間でした、ガガガと嫌な音が鳴り響いてお兄ちゃんの体にノイズが走ったのは。
「ほえ?」
「ちょ、なんかヤバい!?」
「スキル解除、スキル解除するのじゃ!」
「だめ、無理っぽ――――」
そして、お兄ちゃんは天高く舞い上がっていったのです。話に聞く落下バグのようだったので思わず空に落ちたと表現したですが。
茫然となった後、頭の中で冷静だった部分が、一度ログアウトして直接叔父さんに電話するべきですかね? それともお兄ちゃん本人にどうなっているのかメッセージを送って聞いて見るです? そう考えたのですが、なぜか皆さんは冷静に掲示板を開いて――って冷静な行動です?
「なにをしているのです?」
「いや、村長のことだから無事なら掲示板に何かしら書き込んでいるでしょ」
「あったぞ。ワイヤーフレームの世界に飛ばされたんご(笑)ってスレを作っておる」
「さすがに規模の大きいバグですからすぐに対処されるでしょう」
その後、10分ほど経ったら運営からの一斉メッセージが送られてきて、特定のクエストを受注中に奥義スキルを二つ同時使用するとバグが起こることが判明したため、すぐにそのクエストを一時的に凍結させたということ。あと、数時間後から緊急メンテナンスが始まるため、それまでにはログアウトしてくださいという話でした。
「対応はやいの」
「重大なバグ――なのかしらね?」
「掲示板での村長の書き込みを見る限り、ボツマップの類に飛ばされてしまったようじゃな。少ししたら元の場所に戻されるしデータも特に問題ないって言われたらしいぞ」
「しかしバグに遭遇したプレイヤーがほとんどいないようですが」
「要求素材が多いとはいえ、ただのお使いクエストを途中にしたまま奥義スキル複数同時使用するプレイヤーニャんてほとんどいニャいからニャ」
「で、ござるなぁ……」
「ただ、話につられたのかなんなのか他に二人いますけど」
「試してみたくなるのはゲーマーの性じゃからな。まあ、条件を満たしていたプレイヤーが少なかったからこそじゃろう。クエストのほうも運営が対処したからこれ以上被害はでんじゃろうし」
「それじゃあまあ、そのうち村長も帰ってくるだろうし、ワタシたちはカボチャ集めの続きでも――うん? どうしたのよディントン」
「いえー、なんか可愛い子がこっちをみていましてー」
「可愛い子? ……あらいやだ。ホントに可愛い子ね」
ディントンさんとみょーんさんが視線を向けていた先には、耳と尻尾の先が光り輝いている狐さんがいたです。こちらをつぶらな瞳でじっと見つめていて、可愛らしかったですが……
「なんですかね、この子?」
「お狐様じゃ」
「迷い込んできた――いえ、現実じゃないんですからモンスターの類とか?」
「村の中に入ってくるわけニャいニャ」
「普通の動物も時折見かけるでござるから、その類では? それにしては特徴的でござるが」
「狐、可愛いでござるな……拙者は、もうちょっとキャラの立ってる方が好みでござるが」
「マスコットキャラの類ですかね?」
「そのようなキャラクターはいなかったと思うでござるが――」
「いや、いる。皇后ペンギンという名前で、少し厳つい顔をした皇帝ペンギンの赤ん坊のような見た目だ」
「うお!? ポポさんどこから現れたです!?」
「村長が面白いことになっていると聞いてね、ちょっと様子を見に来たのだが――ほら、吾輩以外にも続々とやってきたよ」
イチゴ大福さん、ニー子さん、ど・ドリアさんや他にも時々勝負を挑んでくる釣り人や、お兄ちゃん以外で村長になれる盗賊さん、あとネコミミを付けたムキムキマッチョさんとかが現れたです。他にもちらほらと見覚えのある人たちがやってきました。
「思ったよりも大勢集まったな」
「あらぁ、かわいらしいなぁ」
「このゲーム、マスコットキャラクターいたんすね」
「マスコットは、コッペン、なんだけど、ね」
「なんか流れで来てみたら妙なことになっていやがるな」
らむらむさんとスキンヘッドのオーガのプレイヤーさんが話していますが……そういえば、お兄ちゃんってフレンドが多いですので、アリスとは面識ない人多いんですよね。
そうこうしていると、再び誰かが村にやってきました。
「久しぶりに炭鉱夫――じゃなかった、村長に会えるかなと思ったけど、どういう状況?」
「銀ギー、掲示板見ていなかったのか?」
ニー子さんがフェアリーの女性プレイヤーに話しかけています。銀ギーさんは名前は聞いたことがあるですが、たしかヒューマンだったような? いや、アリスもそうでしたが種族変更したんですね。
どうやらお兄ちゃんの顔を見にきたところ、偶然この騒動に遭遇したらしいです。
「村長がバグでどこかに飛ばされて、様子見に来てみたらなんか話が別の方向にいっていてな」
「別の方向?」
「BFOのマスコットキャラクターって何なのかって話」
「マスコットってコッペンでしょ? ほら、そこにいるし」
「え――うお!? いつの間に!?」
プレイヤーたちの集団から少し離れたところにふてぶてしい顔の赤ちゃんペンギンがいたです。確かに、模様は皇帝ペンギンの赤ん坊ですね。白黒で、頭にはティアラみたいなものをつけていたですが……
「なんか、狐さんとにらみ合っているような気がするです」
「ほんとね――でもやっぱり、ペンギンより狐のほうがマスコットっぽいわよね」
「いやいや、みょーん殿。ペンギンのほうが記憶に残る容姿をしているでござるよ。マスコットと言うには、看板を背負うもの。インパクトがあった方がいいでござる」
「それにしては浸透しておらんのじゃがな」
「しかし桃子殿、マスコットと言うからには可愛らしいほうがいいと思うでござるが?」
「こればかりはいくらよぐそと殿とは言え譲れないでござる! みてくだされ、このふてぶてしくも愛らしい顔を!」
「そうだ。このゲーム、これぐらい尖った顔をしているほうが似合っていると吾輩も思う!」
「いくらポポはんの言う事でも、譲れまへんなぁ……可愛らしいほうがいいに決まってます」
「俺っちとしては、このペンギンぐらいとっつきやすいほうがいいっすね」
「何を言っているのかなー、このヘタレ釣り人はー? 可愛いほうがいいに決まっているでしょー」
「ディントンさんこそ何を言っているのですかね? ただ可愛いだけじゃマスコットは務まりませんよ」
「めっちゃ色々さん、あなたには失望しましたよ――可愛いは、正義なんですよ!」
「そこの怪盗、何を言っているのやら――この時代のマスコットキャラクターは可愛いだけじゃ生き残れないんだ!」
「ディントン、貴女ならわかってくれると思っていたのに」
「その声は、ロミロミちゃん――ペンギンにつくのねー」
「……袂を別つ時が来た」
「ヨっちゃんは狐ちゃんチームねー。あの子にわからせてあげようー」
どうやらディントンさんもフレンドの間で意見が分かれたようです。
というか、なんか話がおかしな方向に…………あれ? 嫌な予感が凄くするですよ。正直、アリス的にはどっちでもいいですしなんならマスコットが複数いてもいいと思うですが、この人たちにそんなことを言えば余計にヒートアップする光景しか浮かばないです。
「やっぱ可愛いほうがいいだろうよ」
「可愛い、お狐さん、可愛い」
「でも……公式にはコッペン」
「浸透しておらんのじゃから意味ないじゃろうが! グッズも出ておらんし、今後の人気次第では分からんぞ!」
「みんな、そっち側につくのん?」
「すまない、ランナーBの姐御――俺たちの更生のために付き合ってくれた恩はあるが、俺たちの好きに嘘をつくわけにはいかないんだ!」
ネコミミマッチョと力士に四人のアサシン(元PKたち)が涙ながらに対立しているですが……いったいアリスは何を見せられているですか?
っていうかこの人たちもいつの間に村のファストトラベル登録したのですかね……
「オレのすさんだ心を癒してくれるのはこういう、ちょっと可愛いから外れた感じの癖になるキャラクターなんだよ」
「ニー子殿と意見が合うのは癪でござるが、見てくだされこのふてぶてしい顔を!」
「いやいや、可愛いキャラのほうがいいでしょ。キーホルダーとか欲しくない?」
「可愛さこそ正義。可愛さこそ人類の追い求めるものなんじゃ!」
「この可愛さに酔いしれるといいニャ!」
「コッペンのぬいぐるみ出たら買いますよ私」
「狐ちゃんだって、ぬいぐるみ、出たら、買う」
「可愛いほうがいい!」
「このふてぶてしさが良いんだって!」
なんだかだんだんとヒートアップしてきたです……その間も続々と人が集まって来て、どっちのほうがマスコットに相応しいか議論が白熱してきたです。
嫌な予感しかしないので、ちょっとログアウトしようかなと動いたときでした。グリンと全員の顔がアリスのほうに向いたのは。
ちょうどタイミングよく日の出により皆さんの顔が逆光で見えなくなり、目だけが爛々と輝いているような見え方をしてすごく怖いです。
「ヒッ!?」
「そういえば――まだ貴女の意見を聞いていなかったわねぇ」
「そうじゃの。こういうのは子供の意見のほうが的を射ているものじゃ」
「さあ――どちらがマスコットに相応しいと思いますか?」
「あ、アリスはゲーム作っている人じゃないですので、お答えできないですから――」
「そういう話じゃないのよ。どっちがマスコットに相応しいか聞いているのよ?」
「ヒィイイ!? こ、怖いです! っていうか、どっちでもいいじゃないですか!」
「ならば貴女は中立という事ね」
「つまり、君がふさわしいと思ったほうが勝者ということだね」
「なんでそうなるですか!?」
ニー子さんが無茶ぶりをしてくるのですが!?
「それぞれ、どのような点がマスコットに相応しいかアピールをして、嬢ちゃんが判断をくだす。なるほど、野郎ども! お狐様のアピールポイントを考えろ!」
「皆のもの、負けてはおられぬぞ! 拙者たちもコッペンたんのアピールをするのでござる!」
オオーと声が上がります。え、アリスはこれから何をやらされるのですか?
茫然としていると、目の前に机と椅子が用意されてアリスは流れるように座らされます。そして、目の前には審査委員長の札が。
「ちょ、どういう状況ですかコレ!?」
「それでは第一回、マスコットどっちでショーの開幕よ!」
「助けてくださいお兄ちゃん!」




