緊急事態
6章は作中の時間経過が最も短い話になります。
時間にして、数時間の出来事。それほど長い話にはなりません。
「ふふふ……ついに、ついに終わった」
「お疲れさまデース」
「ミランダちゃん、コーヒー貰える?」
「自分で用意するデース」
「相変わらずの塩対応……」
「それで、ケースケさん。『イド』のマップは完成でいいのデース?」
「うん。まだ半年近く先だけど、新大陸実装後に使うポータル以外は進入禁止エリアのウンエー国を除いて、全て探索可能になったよ」
「魔王城はまだデース」
「あれは厳密には別サーバーで展開する移動ダンジョンだから、大陸内には含まないの」
「そうえいばそうだったデース」
「まあ、『イド』に隣接するから勘違いしても仕方がないか」
そう言うと、名札にピンク色の猫のシールを貼っている男は席を立ちあがり自動販売機まで歩いていった。ようやくBFOのデータは正式版とも言える状態に持って行くことができた。ここで出てきている『イド』とはプレイヤーたちがいる大陸の名前だ。
あとは今後のアップデートで追加される新大陸『エゴ』だが……
「そっちはさすがに大陸一つ新しく入れるには容量が足りないよなぁ」
いくつか企画が上がっているが、追加ダンジョンのような形式になることだろう。もしくは、制限をかけて侵入するタイプか……
「いや、インスタンスマップみたいに、ワープによる移動を前提として……試験的に導入してみるか」
「久遠さん、お疲れの様子ですね」
「うん? ああ、松村君か。久しぶりだね」
「この間は大分無茶をしましたね」
「……自分でももっとスマートなやり方があったと反省はしているんだよ」
「これは失敬」
彼に話しかけてきた男は松村――BFO内ではそこそこ有名な人物で、特に意味も無く踊っている姿が確認されている。
普段は運営会社にいるのだが、今後の企画の話し合いなど、所用で開発会社まで足を運んでいたようだ。
「ところで、君の謎ダンスも無茶だと思っているけど」
「アレはアレで有用なんですよ。否応にも視線が向けられるので、ログをたどりやすいですし、GMだってのも知られているので、悪いことをしようとしている人はこそこそと隠れようとしますから」
「その割にはRMTを持ち掛けられたそうだが」
「……アレは持ち掛けた側がうかつだっただけでしょうに」
「それもそうか」
自動販売機で買った缶コーヒーを開け、男――久遠ケイスケはぐいっと飲み干す。
「ハァ、染み渡る」
「あまり飲み過ぎるとおなか壊しますよ」
「そんなやわな胃袋はしていないよ」
「そうですか――ところで、上からもせっつかれているんですが、マスコットキャラクターってどうなっています?」
「うん? 皇后ペンギンがいるだろうが」
「…………え、すでにいたんですか? グッズ展開もしたいからマスコットキャラクター用意しろって言われていたのに」
「確かに浸透はしていないからなぁ……ほら、コイツ」
久遠はスマホを操作し、画像を表示させる。そこに映し出されていたのは、ふてぶてしい顔の皇帝ペンギンの赤ちゃんだった。
「……いや、もっと可愛いのじゃないと」
「可愛いじゃないかコッペン」
「すでに略称とかもあるんですね――でも、もう一キャラぐらいマスコットがいたほうがいいんですが」
「…………アイツを流用するのが手っ取り早いが――うーん」
「お、何かいるんですか?」
「調整中のモンスターがいるんだが、戦闘能力を持たせなければマスコットに使えるなと思って。実際、女性スタッフからはマスコットにって声が出ている」
「ならそいつで良いじゃないですか」
「…………企画持ち込んだの、新藤なんだぞ。可愛い顔してゲスな攻撃をするモンスターってコンセプトで」
「あ、殴ってでも黙らせますんで用意しておいてください。それ、方々で怒られそうなんで。それならマスコットにしたほうが全然いいです」
「了解」
新藤と言う男、松村と同じく運営会社側の人間だが――イベント企画担当で、イベントハイライトも彼が選出している。そう、【一発屋】の称号を配ったりしている人で、何かしらの悪ノリが起きたときは大体コイツのせいというのが社内での常識だった。
「――うん? なんだか騒がしいな」
デスクに戻ろうとした久遠だったが、何やら騒がしくなっているのに気が付いた。
「どうしたんだ?」
「あ、久遠さん。妙なバグが発生してしまいまして」
「ハァ!? デバッグ強化もされたのにか!?」
「常に更新し続けるオンラインゲームにバグはつきものデース」
「それはそうだが――いやまて、どんなバグか先に教えてくれ。緊急メンテが必要なレベルか?」
「正直なところ。すぐにメンテナンスに入るのは危ないので、告知をして数時間後にでも」
「大丈夫なんですか? データが消えたりとかは……」
「あ、松村さん。いえ、それは大丈夫です。データロストの類じゃありませんし、そのあたりのバックアップはしっかりとしていますから」
「それならいいけど……で、どんなバグなの?」
「……ボツダンジョンってあるじゃないですか。途中まで作ったはいいけど、実装しなかった、ワイヤーフレームだけのところ」
「ああ、オンライン状態での挙動実験に使っているあそこか?」
「はい――特定条件下で特定の行動をすると、キャラクターが吹っ飛んでそこにたどり着いてしまうバグが発生しました」
「一大事だろうが!」
「キャラクターを安全に移動させるためにも、吹っ飛んでしまったプレイヤー達には出来る限り動かないでいてもらっています。ログアウト自体は大丈夫ですが、ワープ系を使われると危ないかもしれないので。まあ、そのプレイヤーたちは和気あいあいと談笑していますけど」
「……ハァ、マズいだろいろいろな意味で――それで、その重大なバグに遭遇したプレイヤーは?」
「まず一人目は『ロポンギー』です」
「またアイツか」
「あとは『ユーリクリ』と『らったん』ですね」
「うん? ユーリクリは確か、イベントでも活躍していた魔法使いで盾使っていたやつだよな? 確か今は結界術師だっけか?」
「はい」
「らったんは知らないが……」
「イベントには参加していませんでしたからね。見た目のインパクトは強いですよ」
スタッフの一人がパソコンに画像を表示する。
そこに映し出されていたのは、金髪のツーサイドアップに黒い肌、黄色いセーターにセーラ服のような装飾、短いスカート……
「え、なにこのギャル」
「実際、ギャル口調でしゃべっていますね」
「っていうか誰だよこんな装備実装したの」
「新藤さんがどうしてもって……」
「アイツ……いや、この際それはいいや。とにかく、早いところ復旧作業に入るぞ」
「あともう一つ」
「まだ何かあんのか!?」
「おおう……修羅場ってる」
「彼らがボツエリアに入ったことで連鎖的に『フォトンフォックス』が解き放たれました」
「…………え、マジで?」
「なんだよそのフォトンフォックスって」
松村には聞き覚えがないが、その存在については既に聞いていた。
「さっき言っていた、マスコット候補だ。今は攻撃能力を外してあるからプレイヤーに襲い掛かったりはしないが。そのあたりの調整のためにボツエリアに隔離していたんだが、このバグで一時的に『イド』とつながったから出てきたのか……人目につくけど、どうするかねぇ」
「むしろ人目につかせて既成事実作ったほうがいいかもですね。元々社内でもどうするか決めあぐねている話ですし、今回の件でマスコットの方向で話を上に通せますんで」
企画もハッキリ決まっている段階ではないのが幸いした。
松村もフォトンフォックスの画像を見せてもらったが……マスコットキャラクターに使わないのはもったいないだろう。むしろ、適度な強さでもグッズを出せそうなレベルだ。
「…………それもそうだな。対外的にはハロウィン前のサプライズ実装ってことにしておいてくれ」
「了解」
@@@
最初はほんの出来心だったんだ。
ハロウィンイベントが始まるまで残り数日、アップデートのおかげで古代兵器へのテコ入れや、今まで装備スロットを二つ使っていた両手剣や大型のハンマーなどがスロット一つになったおかげで、スコップも上方修正が入った。
何と、ハンマーのスキルにも対応したのだ。おかげで【村長】でのスキルの組み合わせがよりバリエーション豊かになったわけである。
「はかどるはかどるってドリル状態でハンマーのスキル使ったらどうなるかーとか、今までやっていなかった奥義スキル同士の組み合わせやってみようとか試してみたわけだよ。【鍛冶師】の奥義は使えたから。【釣り人】の奥義も使えたんだけどね? どっちにしろ結果は同じだっただろう……こんな殺風景な場所に来ちゃったよ」
「それでまんまとアンタの口車に乗せられた俺たちもやってきちまったわけだけどな?」
「んゆー? あーしは別に適当に面白そうなことしたいナーって思って奥義二つ使っただけだしー」
「ああそうかい……その見た目とか喋り方ってもしかして素?」
「そうだしー? どうよ」
「どうよって……おじさん、今嫁が妊娠しているんだけどさぁ、もしも娘が産まれて来てさ、将来こうなったらと思うと……ああ、不安だ」
「まじしつれいー」
「別にいいじゃないですか、ギャルだろうが何だろうが――優しくて、元気な子なら」
「それなー」
「なんで村長君は遠い目をしているんだい?」
「うちの両親、いろいろとぶっ飛んでいる人で。今朝なんて朝ごはんに熱々のおでん出してきたんですよ」
「べ、別にそれぐらいちょっと変わっているぐらいなんじゃ……」
「業務用の四角い鍋でですよ」
「スマナイ。そんな家庭は知らない」
「はははははは!」
「そこのギャルは笑いすぎだよ」
「いかん話がそれた……で、結局ここからどうする?」
まず、それぞれこの空間に来た経緯を話そう。
僕は先ほど少し口に出したが――奥義スキルを二つ同時使用するとどうなるんだろうと試してみたわけだ。ちょっとクエストに必要なアイテムをマーケットで探していたんだが、見つからなかったので息抜きにスキルの試し打ちをしたわけだ。結果、僕は天高く舞い上がった。いや、空に落ちたというべきか。
『お兄ちゃんが空に落ちていったです!?』
『空に落ちるとはこれいかに』
で、気が付いたらこの空間にいた。周りはワイヤーフレームのみで構成された四角い通路で、特に何もない。っていうか、立っているだけで少し不安になる。
オプションとか問題なく機能していたので、ちょっとテンパっていた僕は掲示板に奥義二つ同時使用すると面白いよとか書き込んでしまったんだ。
「なんであんな釣りスレを……」
「いや、動揺していて」
で、僕の書いたスレをみて何人かのプレイヤーが試してみた結果、彼、ユーリクリさんが同じように吹き飛ばされた。お互いにとあるクエストを進行中という共通点が見つかったので、おそらくそのクエストを受けながら奥義を二つ使うとここに飛ばされてしまうらしい。というか、さっき運営からメールがあったから知ったんだけどね。
運営もこれ以上バグで吹っ飛ばされるプレイヤーが出ないように対処したらしいし、結局僕ら三人だけここに飛ばされたわけだが。
「んゆー? 緊急メンテとか笑えるー」
「笑えねぇよこの状況……だよな、村長さん」
「いやいや、考えようによっては滅多にできる体験じゃないよ」
「なにこのポジティブ共……こっちは不安なんだよ、おれに父親が務まるのか? こんなゲーオタのオッサンが?」
「嫁もゲーオタなら大丈夫っしょー」
「ちなみに、ゲーオタ夫婦の間に生まれた息子がここに」
「余計に不安になったんだが」
「失礼な!」
まったく、それにうちの両親はゲーオタ通り越して常識の埒外で生きている人だから種別は違うんだぞ! まったくもう――いや、言っていて悲しくなってきた。
「村長ちゃんも同類っしょー」
「それな」
そうしてらったんさんと二人、アッハッハと笑い合う。
「なに? 知り合いなの?」
「全然」
「初めて会ったしー」
「なんでそんなに息が合っているんだ……」
「近いものを感じて」
「てゆーか、マブダチの香り、的な?」
「ああそうかい……」
見た目、ただのギャルなこのプレイヤー、らったんさんだが……そういえばなんでここに飛ばされてきたんだろうか?
「らったん初心者なんですけど、よろしく、みたいなー?」
「ああうん……よろしく」
「それで初心者とか、冗談もキツイー」
ユーリクリさんはあっさりと信じそうになっていたが、こんな初心者いないって。
「マジでそれー」
「え、冗談なのかい?」
「このエリアに飛ばされる条件、最後の引き金はさっきメールで教えられたじゃないですか」
「奥義が二つでダブルピース!」
「……奥義スキルが二つ使えることか。そうかそうか。初心者には無理だろうが」
「だから言ったんだよ」
「あーし、怪我して水着きれなくてー、悲しくてー、で、このゲーム始めたんすよー。夏頃にー? いやー、面白いっすねー、このゲーム。マジアゲアゲ」
「っていうかなんでギャル言葉が若干古いんだよ」
「若干どころでもない気もするけど」
「一周回って逆にあたらしくね?」
「一周回っているんだったら、過去にあったんだよなぁ」
「それな」
「つ、疲れる……」
ユーリクリさんはげんなりとした顔をしているが、ふざけて会話しているこっちは結構楽しい。
まあさすがに不具合の規模がでかいから運営が即動いているし、ちょっと待機していれば僕たちも元の場所へ転送できるようになるとのことだ。まあ、ログアウトしても大丈夫らしいけど、せっかくだからしばらく待っていよう。
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一方その頃、ヒルズ村では。
「なんで…………なんでこんなことになってしまったですか」
桃色アリスは嘆き悲しんだ。
審査委員長と書かれたプレートが置いてある席に座らされ、目の前の集団の争いに決着をつけなくてはいけない立場となってしまったのだ。
東軍が祭り上げるはふてぶてしい顔の皇帝ペンギンの赤ちゃん――皇后ペンギン、略称コッペン。
西軍が祭り上げるは耳と尻尾の先が光り輝いている狐であった。こちらは、プレイヤーたちは名前を知らないが、松村たちの話に出ていたフォトンフォックス、略称フォフォである。
「お兄ちゃん、はやく帰ってきてほしいですー! この人たち、アリスだけじゃさばききれないんですー!!」
次回へ続く
「仁義なきマスコット対決編」始まります。
今回シャレになっていないバグな気もするけど、主人公不在とマスコット出現のための演出みたいなものなので深く気にしないでください。
たぶん、今まで一番のカオス章になります。




