人に歴史あり、ゲームにも歴史あり
寝落ちした翌日、徹夜していたせいか起きたのは昼過ぎだった。
結局のところ今日はいつもの時間にさあ遊ぶぞとログインすることになった。
思ったのは驚きの軽さである。動きが軽い、軽いぞ! ワハハと笑いながら村の中を走り出した直後、頭から地面に激突した。
「うごおおおお!? 痛くはないけど、痛いと思ってしまうそんな時!」
「村長、どうしたんじゃいったい……メールを見たから、昨日ログインしていなかった理由は分かったが、なんでいきなり走り出したりしたんじゃ」
「だ、大丈夫ですか? お兄ちゃん」
「体が、まだ思うように動かんのです」
「あー、処理速度が急激に変わったから感覚が全然違うんでしょう?」
「はい。いつもより周りもハッキリと見えますし……」
もしかして、最初炭鉱の中が真っ暗だったのもそのせい?
いや、アリスちゃんも暗いとは言っていたし……うーん、ご新規さんが来たら聞いて見よう。
「というわけで、今日も元気にいきましょう!」
「はいです!」
「そうじゃな」
「元気が有り余っているニャ……ところで、イベントのほうはどうだったんだニャ?」
「かなり儲けは出たよ。ラスト、アレコレあったけど収支は十分プラスだから」
むしろ、しばらくお金には困らないかもしれないレベルだ。
料理の売り上げと危険物が大量に売れたおかげである。
「結局、多くのプレイヤーが危険物を所持することに……まさか、最近増えたっていうPKも村長の爆弾のせいなんじゃ……爆破の場合、取得経験値下がるし、ペナルティにも変化があるんじゃないの?」
「あー、それ大丈夫ですよ。ペナルティは爆殺でも変わりませんから」
みょーんさんの懸念をめっちゃ色々さんが否定する。というか、失礼な。
そもそもその噂、アサシンのプレイヤーって話だし。爆殺なら職業関係なく爆殺されたって噂になっているだろうに。
「秋も近いということで、新作を作ったんだけどー」
「ディントン殿、何でござるかその服は?」
「ポンチョよー」
「なんでまた……しかも、柄も派手な…………中南米の民族衣装のほうでござるよな。某、旅行ガイドでこういうの見たことあるでござるよ」
「性能に柄は関係ないけどねー」
ディントンさんが持ってきた服に対して、よぐそとさんがツッコミを入れている。
分類的には上半身か……着てみるか?
「試しに僕が――」
「村長はその恰好が一番ステキだからダメ」
「なぜに? そろそろ裸マフラー以外の格好にしようかなって――そういえばこの人も裸マフラー推してきた人だった」
「あきらめてー」
「おのれ……なら、自分で防具強化――うーん」
「どうしたんじゃ?」
「今更、性能の低い防具使うのも抵抗あるな、って思って。時間もかかりそうだし」
「ならそのままでもいいじゃろうが」
「確かにそうだけど……もういいや。このままで」
遠い目になって、村を見回す。飾りつけはすっかり元通りだが――畑のいくつかが綿花ではなく別のものになっていた。
「あれ? ディントンさん、畑で育てているモノ変えたの?」
「うん。今回のイベントで手に入ったものがいろいろとねー。おみくじ券使ったら、カボチャの種が貰えたから育てているのー」
「そういえば、種系もいくつかあったな」
「でもなんでカボチャです?」
「ハロウィンで使うかなぁって」
「メタ読みじゃな」
「メタ読みですね」
「確かに、ハロウィンも近いでござるからな……みょーん殿以外には新しい衣装作るんでござろう?」
「うーん…………悩み中」
おや、珍しい。人を着せ替えさせるイベントには積極参加すると思ったが、ディントンさんはちょっと迷っているようだ。
桃子さんの言葉にすぐに返事をせず、頭をひねっている。
「流行りに便乗せず自分の道を貫くのもまた、一つの信念だと思うのよー」
「今度は何に影響されたのでござろうな?」
「さぁ? カッコいいこと言いたいだけっぽいね」
「そこの貧乳と変態、黙りなさいー」
「誰が貧乳でござるか!?」
「そもそも変態的な格好リクエストしたのアンタらだろうが!?」
「桃子殿、もちつけ――もとい、落ち着けでござる!」
「お兄ちゃん、ステイ、ステイです!」
「うわぁ……ディントンさんの顔が輝いていますよ」
「アレだニャ。二人を怒らせて遊んでいるだけだニャ……アタイもよくやられるからわかるニャ。最近特にひどいんニャよ」
「目覚めちゃったかぁ」
その後、落ち着くのに5分ぐらいかかりました。
まだ僕と桃子さんは肩で息をしている。その様子をみて、ディントンさんが口を押えておかしそうに笑っていた。
「この人は……」
「スッキリしたわー」
「顔がつやつやしておるの……え、何そのエフェクト」
思わずライオン丸さんがロールプレイを忘れて素に戻ってしまう。
でも本当、なんだそのエフェクトは?
「顔アクセサリーの、【エフェクトパック】よー」
「そんなのもあったのか……」
「村長も似たようなの使っておるじゃろ」
「たまにだけだよ」
「ネタ装備使っている時点で似たようなものでしょうが」
「同じ穴の狢ですね」
「みんなひどい」
「あ、あはは……」
「しかし、このゲームそういうところは無駄に技術力高いでござるよな」
プレイヤーの感情表現部分がずば抜けているのは確かにすごい。
昔はどうだったんだろう? うちの両親もやっていた例のゲームだとどうだったのか気になる。
「みょーんさん、ドラマチックワールドオンラインだとどうだったんですか?」
「黎明期だからねぇ……フルダイブじゃないし、ヘッドマウントディスプレイだったんだけど、完全なヘルメット型だったのよ。で、顔をスキャニングして表情を読み取るんだけど、ワタシはまだ年齢一桁の時だから当時はまだやっていなかったけど、20年ぐらい前の最初期の頃なんか凄かったらしいわよ。ラグとかバグとか、今じゃ考えられないほどにすさまじくてね――キャラデータの表示がおかしくなって、装備だけ宙に浮いているような光景が広がったり、反対に服だけ消えたり」
「え、裸になったです!?」
「ううん。装備ごとに異なるんだけど、真っ黒な表示の上に装備ポリゴンが張り付けられる関係で、人型の暗闇になったそうよ」
「インナーですらないのかよ」
「いや、見た目はインナーみたいなものじゃろう」
「ちなみに、BFOも同じような表示形式だから万が一同じバグが起きても真っ黒なボディーになるだけよ」
「あ、犯人バグってそれで起きたのか」
「あー……全身が装備表示はがされたような感じになってしまったんじゃな」
「さすが生き字引」
「頼りになるのは年の功じゃの」
「だからまだ20代だってば」
「ちなみに、DWOは大きなシミュレーターとして開発されていましてね、今現在のVRゲームにおいてはフィールドの構築において多大な影響を残しています。というより、蓄積されたデータでそのあたりのソフト開発が行われた、という話なんですが」
「なんかゲーム近代史が始まったんだが」
「学校の授業みたいになってきたです」
「じゃなぁ」
「ですニャ」
「学生組も多いですし、ちょっと講義しましょうか」
「もしかして色々さんって教師?」
「いえ、ただの会社員ですよ。まあ、似たようなことをしていた時期があるだけです」
「いい機会だから教えてもらえばいいのではないでござろうか……拙者みたいに、後で後悔しても遅いのでござる。大学生の夏休みは長いからと、油断していたら大変なことに……」
「桃子ちゃんはー、大変そうねー」
「おのれ、おのれぇ」
「まあがんばるでござるよ。某も通った道でござる」
「学生時代が懐かしい」
「…………学生?」
「どうかしたでござるか? みょーん殿、何やら考え込んでいるようでござるが」
「いや、何か引っかかっていて……なんだろう、今とても大事なことを思い出したような」
みょーんさんが何かを考え込んでいる隣で、めっちゃ色々さんによるVRゲーム史が始まろうとしていた。
え、これ長くなるのか?
「DWOは20年もの長い間続いたタイトルです。それはなぜか? 一つはワールドシミュレーターとしての側面があったから。出資者が多かったのですよ」
そのあたりの話は両親に聞いたことがある。DWOは元々異世界をデータ上に生み出すというプロジェクトで開発されたソフトだったらしい。さまざまな分野が関わっていた上に、ゲームとして楽しんでいた人も協力していたとか。
サービス終盤、両親も運営会社の株を買ったりとかしていたらしいし。
「そこで収集されたデータや、当時の開発者たちが残したソフトを基に、様々なVRゲームが作られたわけですが……そこで、10年ぐらい前ですかね。転換期が訪れます」
「たしか、フルダイブ技術が確立されたのがそれぐらいだから……やっぱりそれかな」
「ええ。同時に、DWOのサービス終了です。元々、シミュレーターなので実験参加ということもありとても安価――あ、掲示板とは関係ないですよ――で遊べたゲームですのでプレイヤーも多かったのですが、さすがに20年も経つと他のオンラインゲームも台頭していましたから。それでも20年も続けられたのは、出資者の多さゆえの規模の大きさですけどね」
おかげで、今では様々なゲームが世に出たわけだけど。
VRゲーム自体は他にもタイトルがあるんだけど、フィールドが広大なものは実のところそれほど多くない。あったとしても、フルダイブでは無かったりする。
「コストがかかり過ぎますからね。ここの運営も、その関係上すごく大変だそうで。ある意味課金アイテムでの集金方法は英断だったかもしれません。売れなかった時が怖いですが、今も何とか続いていますからね」
「VR、しかもフルダイブ型でオープンワールドなんて企業側からは金食い虫じゃからの」
「え、そうなの?」
「広大なフィールドを稼働し続けるためのサーバー維持費、そもそものゲーム開発費用、デバッガー、ゲーム内で違法行為や、いかがわしいことをしていないかのパトロールのための人件費、その他諸々……素人考えだけでこれだけ思いつきますからね。実際はもっといろいろあるのでしょう」
…………それにしては自由人が多い気もするけど、ダンサーとか猫とか、アフロとか。
アフロは音楽担当なのは知っているけど、他の二人は普段何をしているんだろうか? アリスちゃんもさすがに内部事情まで詳しくは知らないし……スタッフロールでも見て役職調べるか?
でもなぁ、そのあたり別に興味ないからなぁ……いいや、後で気が向いたときで。
「そしてフルダイブ技術のほうですが、元々は医療技術か軍事技術として開発されたものです」
「え、どっちなの?」
「ワシもそのあたりは詳しく知らんのじゃよな。情報系の授業で少し触れた程度じゃし」
「まだ発展途上だからニャ。学校の授業に組み込むのも難しいニャよ」
「そのあたりハッキリしたことは分からないのですよね。おそらく、別々に開発されてはいたのですが、どこかで合流したのでしょうけど。そして、普及していくわけですが……一般家庭でフルダイブ機器を手に入れられるようになったのはここ5年ぐらいでのことなんですけどね。技術として確立したと話が広まったのが10年ほど前ってだけですし」
「あー、そういえばそうか。僕もあまりお金をかけずに遊べるのがこれだったから始めたようなものだし」
BFOは基本無料だけど、ほとんどのタイトルは月額だとかパッケージ購入だとかだし。そして、とても高いのである。
「まあ、むしろ価格が安いからこそバグが多いとも言いますがね!」
「あーそれでだったのか……」
「どれだけの課金戦士が支えているのじゃろうな」
「課金要素って何があったかニャ」
「倉庫拡張と、ガチャと、アバターと、あとペットもあったっけ。あとはハウジングシステムも課金アイテムが多いな。あとは経験値ブースト? 他にもあったと思うけど、僕は使わない機能だしなぁ」
「経験値ブーストが一番買われているんじゃろうなぁ……40以降のレベルの上がり難さよ」
「しかも課金アイテムでの経験値ブーストって基礎と職業で別なんですよ。知っていましたか? 両方セットのものもありますけどね」
「マジかよ……」
「わかってはいるんじゃ。商品として、利益が出ないとマズいのは分かってはいるんじゃ――でも、快適さが、快適さが!」
「売れなかったらどうなるです?」
「当然サービス終了ですよ。過去、いくつの基本無料のゲームがサービス終了してきたことか……1年持てばいいほうなんてこともッ」
「なんで突然嘆いているんだ?」
「遊んでいたゲームが、短い期間でサービス終了したパターンじゃろうな」
「だろうニャ。この界隈、よくあることニャ。長いことオンラインゲームを遊んでいる人は、いろいろニャタイトルに手を出している人が多いから」
「長寿タイトルで、惜しまれながらサービス終了したのもあれば、唐突に終わります宣言されたもの、なぜかいきなりログインできなくなって終了するものもあるんじゃぞ!」
「ねえ、二人ともなんでそんなに詳しいの?」
この二人、たしか高校生ぐらいだったはず。僕より少し上なのになんで詳しいんだ?
「ゲームするじゃろ? 気になるじゃろ? で、調べるんじゃ」
「アタイは文化祭でそのあたりのことを調べてまとめたのを展示したニャ」
「文化祭か……それも近かったな。大抵秋開催だし」
近場の高校で見学できるところがあるかもしれないし、行ってみるのもいいかもなぁ。
と、そんな話をしていた時だった。
「あー!」
「みょーんさん、どうしたのいきなりそんな大声上げて」
「そうじゃぞ。びっくりしたぞ」
「どうかしたです?」
「授業とか文化祭とか、そういう話でようやく思い出したわ――学生組4人、アンタら新学期はどうした!」
「…………やべ、明日からだった」
「あ、ワシも」
「アタイもニャ」
「アリスもです……」
「アンタらアタシが言わなかったら普通に忘れていたでしょ」
「ひ、否定できない――でも、ほら! 村の外にもプレイヤーが増えたじゃん! アクア王国に到達したプレイヤーが増えたってことだし、僕らもそろそろ大陸に進出する時が来たってことで!」
「関係ないでしょうが! 大体、村長とアリスちゃんだけでしょうが! 大陸にいけないの!」
「そうだった! 他のみんなは普通にファストトラベルで移動できるんだった!」
「うう、そうです……いまだに島暮らしです」
「こうなれば、すぐにでも大陸上陸作戦を……」
「ですね!」
「…………さては二人とも、今日は徹夜で大陸に向かうつもりね?」
「ギクッ」
「な、なんのことです?」
「とぼけても無駄よ。次の休みか、ゆっくり向かいなさい。お姉さんとの約束よ。守れないなら――ワタシの経験値を犠牲にしてでも、二人を止めるわ」
そう言って、みょーんさんが取り出したのは僕が作った爆弾(会心の作)だった。
「それ容赦なく消し飛ばすやつ!」
「なんであんなもの人に渡したですか!?」
「よ、良かれと思って……」
「回り巡ってアリスたちの首をしめにかかっているですよ!」
「あなたたちの返事はYESしかない。それを、理解しなさい」
「お、恐ろしい……」
「そうだニャ」
「そっちのロールプレイヤー共も分かったわね?」
そのみょーんさんの迫力には逆らえず、僕たちはただ頷くしかできないのであった。
ふと懐かしくなって復帰しようと思ったら、一か月前に夜逃げ終了していたのを知った時の、あの気持ち。




