目覚めた魂
更新情報も出そろい、いよいよ閉会が近づいてきたが……まだ壇上にはチェシャーがいる。どことなくドヤ顔で、まだお楽しみはこれからだと言わんばかりの雰囲気だ。
「まだ何かあったっけ?」
「さぁ……プログラムはこれで終わりだったと思うけど」
「あの顔、何かドッキリを仕掛けようとしている時の顔です」
「アリスちゃんがそういうのなら間違いないんだろうな」
「なんで、アリスの判断を信じたのよ……何? チェシャーさん知り合いなの?」
おそらく、と頭につくけどアリスちゃんの知り合いだよ。そう言う前にステージではチェシャーが静粛にとプレイヤーたちへ呼びかける。
『さてさて、閉会の時間が迫ってきましたが二つほど、お話が残っております――まず一つ、会場にご案内する際大変混雑したでしょう。皆様を一つの会場に収容するため、一時的にインスタンスマップを凍結させていただきました。ですが、その制限も解除します。よって、閉会後は混雑しないようにプレイヤーの皆さまを割り振らせていただきますので、どうぞごゆっくりソンソンの街をご覧ください』
「ああ、それで最初はあんなにすし詰め状態だったのか」
「でもそれはそれで変な話でござるな? 別にインスタンスマップでも良かったのではないでござろうか……マキシマーみたいに複数同時展開できるはずなのに」
「確かに変だニャ」
その疑問は、二つ目の話に関係していた。
『もう一つは、サプライズライズゲストをお呼びしているからです――では、どうぞ!』
『みなさーん! こんにちわー!』
キラキラとした粒子と共にステージに一人のプレイヤーが出現した。
僕たちの使っているプレイヤーキャラクターとは違い、どことなくリアル寄りな見た目で……何だろう、すごい美人だけどどこかで見たことあるような? それに、声も聞いたことがあるような……
「なんと、Reリックとは!?」
「びっくりね……サプライズにしては豪華じゃないのよ」
「えっと、どなたで……」
「お兄ちゃん、前に話したじゃないですか。ゲーム主題歌を歌っている人ですよ」
「あ、あー! だから見覚えあったのか!」
そのあたり詳しくチェックしているわけじゃなかったから、歌手名までは知らなかったんだ。
そうか……例のアリスちゃんのご両親の話に出てくる修羅場だった一人か。
『リノセキ様が化身の一人、Reリック様なるぞ! 崇めよ!』
『ハッハッハー! それ言っちゃっていいのかなー! あと、君もオジの化身って設定でしょー』
『こりゃまた失礼!』
「やっぱりアリスちゃんの叔父さんじゃねぇかよ」
「ですね……」
「え、チェシャーってアリスちゃんの叔父さんなの!?」
「ああ、だから時々内部事情――と言うには微妙でしたが――詳しかったんですね」
「開発者の身内っていいのかニャ?」
「アレコレ優遇してもらっているわけではないんじゃし、別によかろう」
「でござるな……村の建設には関わっていたりは?」
「しないです。叔父さんも当たり障りのない範囲でしか話しませんですし」
それもそうである。
「っていうか化身って……噂だとあの神話実在のモデルがいるらしいんだけど――」
「やめてほしいです。今、すごく恥ずかしいんです」
「ごめん、アリスちゃん……不用意に言っちゃって」
「いいんです…………どうせいつかバレていたです。願わくば、叔父さんがアリスをモデルにした神様を出さないでいてほしいのです。そんなものが出た日には恥ずかしくて死ぬです」
「あ、あはは……」
「この話はこれ以上踏み込まない方がいいでござるな…………でもそうでござるか、アリス父はムキムキなんでござるな」
「某もあの像を見たとき、誰かに似ているなとは思っておったが……なるほど、そういう事でござったか。アリス殿は母親似なんでござるな」
ぽよんぽよん女神の方に似ているからね、アリスちゃん。
まあ、モデルが母親なんだから当たり前だけど。
「え、あの巨乳に似ているということは――ここからさらに大きくなるということでござるか!? ズルいでござる、今も大きさ自体はいじっていないのに更に大きくなるとかズルいでござる!?」
アリスちゃん、推定Bカップ。
桃子さん、推定Aカップ。
なお、ディントンさん調べ。ちなみに、二人ともキャラクターの身長は150センチで横に並ぶと件の部位のサイズの違いがよくわかる。
しかしアリスちゃん、身長をいじっているのは知っているけど、その部分はいじっていなかったのか。と、そこでアリスちゃんはさらに爆弾を投下した。
「むしろ、最近大きく――いえ、何でもないです」
「ウガアアアア!?」
「桃子殿、もちつけ、じゃない。落ち着けでござる!」
「取り押さえるのじゃ! というかうるさくしたら周りに迷惑かかるぞ!」
「大丈夫じゃないですか? たぶん、うるさそうなプレイヤーをボックスに移動させたんですよ。ほら、周りは気にしていません」
「外側に対しては防音になっているってわけね!」
「でも、さっきニー子さんの声周りに響いていませんでしたっけ?」
「防音できるラインがちょうど、手すりのところなのね。それでも、中の音は外に漏れず、外からの音は聞こえる。現実じゃこうはいかないわ!」
「言うてる場合か。っていうか、アリスちゃんもなんで煽るようなことを」
「すいませんです。いつもの女子トークのノリで」
「オチに困ったら桃子ちゃんをいじって終わらせるのがお決まりなんですー」
「ディントンさん、ヒトで遊ばないの」
「いけずー」
「最大限に大きくしてコレの拙者でござるよ!? 何が両者をわかつというのか!?」
「スキル、スキルを使うのじゃ!」
「ダメだ。ここスキル使えない!」
「落ち着くニャ! スレンダーニャのはいいことニャ!」
「キシャー!」
「いかん、人間の言葉を忘れ始めたぞ!?」
「よぐそとさん、早く取り押さえて! 貴方が抑え込めば落ち着くと思うから!」
「なぜ某が取り押さえると落ち着くのでござるか?」
「あ、やっぱり気が付いていないのね……いや、理由はいいから早く抑えて」
「まあ、それで落ち着くならば」
そうやって何とか取り押さえたものの、その間に壇上の二人のトークは終わってしまったらしい。
一応は一番大事な部分は残っていたが……。
『本日は、わたしのサプライズライブを開催いたします! 短い時間ですが、どうぞお付き合いください。では、ボトムフラッシュオンライン、主題歌――』
ごめんなさい、いい曲なんだけど疲れの方が上回っていて頭に入ってこないんです。
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ライブも終わり、プレイヤーたちはそれぞれ元の場所へと転送されていく。とは言っても、部屋が分けられるので最初の時みたいな混雑はしていなかったが。
なるべくパーティーメンバーやフレンドで固まるように配置したのか、ヒルズ村の住人以外にもポポさんたちやイチゴ大福さんの姿も見える。
「……曲、頭に残っていますか?」
「あんな騒動やらかしておいて? なわけないじゃない」
「うう、面目無いでござる」
「その身体的特徴を指摘されたり、気にし過ぎて暴走する癖どうにかしないといけないですよー」
「ディントン殿が言うと、実感こもっているでござるよなぁ」
確かに、色々言われてきただろうし。
「もう慣れましたけどねー。そんなこといちいち気にしていられませんって気づきましたしー……あと、周りの子たちをおもちゃにした方が面白いのでー」
「ヤバい趣味が目覚めているニャ」
「誰だ、こんなになるまで放っておいたの」
ディントンさんが頬に手を当て恍惚とした表情をしている。
なんでこんなことになってしまったんだ……最初はもうちょっとまとも――でもないか。この人はこの人で着せ替えのためならとんでもないことするんだった。
「反省でござる……」
「気を取り直して、街の観光でもしましょうか」
みょーんさんがそう言い、周辺を見回す。たくさんの風船で飾り付けられた建物や、サーカス団と思しき人たちが芸をしている。
楽団が演奏をしており、陽気な音楽があたりに鳴り響いていて、踊っている人たちもいる。
「楽しそうでござるな」
「そうねー……さすがにNPCよねー、あの楽団とかサーカス」
「当たり前じゃないのよ。複数のチャンネルで同期するにしたってわざわざ人を雇っていられないでしょ」
「元も子もないことを」
「子供の夢を壊さないで欲しいです」
「ディントンさん、ステイ」
「信用なくないー?」
最近いつもより発言が黒いけどどうしたというのだ。
ディントンさん、闇を背負っているけど……
「あのクソ野郎ッ」
「リアルで嫌なことがあったパターンね。そっとしておきましょう」
「ああ、そういう……」
「上司みたいなひとがー、ホントクソでー」
「言わなくていいから!」
愚痴聞いてよー! と叫び出すディントンさん。いやホント、もうおなかいっぱいなので。今日はこれ以上のトラブルに巻き込まないで欲しいんですけど。
そう思っていると何だか周りが騒がしくなってきた。みんなも顔に手を当ててダメだこりゃって空気になっているが……嫌だなぁ、騒ぎの中心に目を向けるの。
でもスルーしていても仕方がないので、目を向ける。
そこにいたのは桃子さんと、彼女となぜか取っ組み合いをしているニー子さんだった。
「相も変わらず貧しいお胸だなオイ」
「――は? 喧嘩売っているなら買うでござるよ?」
「いやだいやだ。貧しい人はあらゆるものが貧しくっていけないねぇ」
「親のすねかじりに言われたくないんでござるが」
「黙れ貧乳。アレだから、オレ、リアルとサイズあまり変わんねぇから。見た目も再現してっから」
「アホみたいなログイン時間で運動不足になっていないわけがねぇでござるよ。どうせ、ちょーっと細くしたけどとかそんなオチでござろう」
「…………ウガー!」
「ほら、図星でござろうが!」
「ちがいますー! ちょっとぽっちゃりしているだけですー!」
「ほら図星ではござらぬか! 別に拙者は太っているなどとは言っておぬでござるのに、そう言うってことは自覚があるってことでござるよ! それに、どうせ自由に恋愛できなかったものだから拙者をひがんでいるだけでござろう! っていうかそれも自業自得でござろうが!」
「うるせぇ! アンタだって相手にされてねぇらしいじゃねぇか!」
「そっちだって許嫁がいるとはいっても、両親からは不良債権押し付ける形で申し訳なく思われているそうではないでござらぬか!」
「なんだと脳内ピンクくノ一!」
「そっちこそ、このエセお嬢様!」
「増量済み(笑)の癖に!」
「減量済み(笑)の癖に!」
「黙れ独り身!」
「黙れ売約済み!」
その言葉の後、二人して地面に手をついてうなだれていた。
「……お互いに傷つけあうぐらいなら言わなければいいのに」
「それでも譲れないものって、あるのよ」
「あんなみじめな戦いなら私はお断りですけどー」
「アリスも、あんな大人にならないようにします」
「桃子殿、好いている人がいるなら某とコンビを組むのはマズいのではないでござるか? 某と一緒にいると、変な誤解をされると思うのでござるが」
「ああ、こっちも余計な部分だけ気が付きやがって……」
「哀れじゃの」
「はーい、よぐそと君はこっちでお姉さんと一緒に人付き合いのお勉強しましょうねー」
「みょーん殿? なぜ某を引きずるのでござるか!?」
「案の定収拾つかなくなってきた」
「ですね…………私はちょっと向こうを見て回ります。何か面白いアイテムがありそうなので」
「あ、ワシもちょっと気になる店があったから行ってくる」
「アタイもいい感じの衣装がありそうだから行ってくるニャ」
「私も一緒に行くー」
「お兄ちゃん、向こうでパントマイムやっていましたよ」
「お、楽しそうだな。行くか」
その後、再び二人が取っ組み合いの喧嘩を始めたがどうなったのかは知らない。
ただ一つ言えるのは、一度爆発音が聞こえたのでフレンドリストを見たのだが、二人の表示がソンソンの街ではなく別の場所――桃子さんはヒルズ村――になっていた事だけだ。
レベル差を覆した女。