トップ同士の戦い
さて、言い争いもおさまったところでなぜか一緒に喫茶店でお茶をすることに。
味なんてわからないんだけどなぁ。完全に雰囲気を楽しむだけだし。能力値のブーストもほとんどないし。意味があるのだろうか?
「こうしてお茶を飲むことに意味があるのか、という顔だね」
「これは誰だって見りゃわかるっすよ。なんで顔文字になるアクセサリーつけてんだコイツ」
「だめ、その顔笑える……ッ」
「ニー子さんの腹筋がお亡くなりになるから、少しの間外しとき」
「へーい」
装備を外し、ニー子さんが落ち着くのを待った。
そのタイミングで再びポポさんが話を切り出す。
「うむ。ではなぜ効果が低いのに喫茶店があるのかについてだったね。
まあ簡単な話だよ。VRゲーム……いや、フルダイブと言うべきか。脳と肉体の電気信号を繋いでネットワークへアクセスするフルダイブ技術は、脳の疲労が蓄積しやすい。
同時に、こういったお茶を飲むなどの行為によるリラックス効果も高い。味がすればもっといいのだろうが、それをやると脳への信号がダイレクトに伝わり過ぎる――もっとも、一番の理由は味覚再現が非常に困難だからだろうがね」
「へー」
つまり、喫茶店があるのは休憩効率を高めるためということだろうか。
「そういった考えでいいだろう。
いまだ発展途上にある技術だからね。ここ10年で一気に進歩したおかげでこうして自分の体を動かすように電脳世界へアクセスすることこそできるようになったが……情報量が大きくなりすぎるため、視覚と聴覚、触覚しか再現していないわけだ」
「でも、俺っちは飲んだ瞬間紅茶だって思ったぞ」
「オレもそれは気になっていたんだけど……」
「そう錯覚しているだけですね。ウチはコーヒーだと思いました」
「吾輩もコーヒーだね」
「僕は紅茶ですけど……そういえば味はしないのに何の飲み物かはわかるんだ――いや、もしかしてみんな同じ飲み物ですか?」
「その通り。そもそも喫茶店に入ると自動的に出されるからアイテム名も不明のこのドリンク……なかなかどうして面白い。
つまりは脳の錯覚だね。自分が喫茶店で頼むであろう飲み物と誤認しているからそういう認識になる」
味はしない。でも紅茶だと認識している。
あらためて考えると頭がこんがらがるのだが……
「脳が誤認するなら、ゲーム内で死ぬのって危険なんじゃ……」
「そういう考えもある。だが、そうはなっていない。
吾輩もそのあたりの詳しいことは分からないが――いくつかの対策がとられているのは確認が取れている。その全てを把握はしていないのだが……一番わかりやすいところでこのグラフィックだろう」
いわゆるトゥーンレンダリングと呼ばれるグラフィック。僕たちのアバターや町の風景もアニメ調になっており、現実感は薄い。
「一応は連続プレイ時間にも制限がかかっている。もっとも、この5人の中でも吾輩とニー子君ぐらいしか強制ログアウトを喰らったことはないだろうが」
「ホントあれどうにかしてほしいんだよなぁ……たった6時間ぶっ通しで遊んだだけだぜ」
「――マンドリルさん、普通フルダイブのゲームを6時間も続けて遊ぶ?」
「流石に休憩をはさむ」
「ですよね」
以前、夜中まで遊んでいたことがあるが、あの時だってトイレとか晩御飯とかでログアウトしながら遊んでいた。1時間休憩挟んだりなど、そこまで連続で遊ぶとかどういう神経しているのか。
「元々連続は10時間制限だったじゃねぇか! なんで短くなっているんだ」
「運営の采配だ、諦めたまえ」
「たぶん、この人たちみたいな長時間プレイヤーがいたからなんだろうなぁ」
「なんか、遊び過ぎて病院に担ぎ込まれた人の噂あるんよ」
流石にそこまではのめりこまないかなぁ……
ほどほどが一番である。
「そうだ。ついでに一つ聞きたいんですけど、このゲームのストーリーってどういったものなんですか?」
「お、おおう……さすがの吾輩もその質問をされるとは思わなかった」
「もう何カ月たちましたっけ?」
「4月頭にゲームがリリースされたっすから、4カ月と少しっすね」
もう8月も半ばだ。長時間のプレイで熱中症にならないように気をつけましょうというアナウンスがログイン時に毎回流れるようになっている。
まあ今回のイベントは緩く参加する形だからそこまでのめりこんでいないけど。
「しかしストーリーか……まあ簡単に言えば、古代文明と呼ばれる時代で起きた戦争で歴史が一度リセットと言ってもいいレベルで崩壊している。そのあたりは知っているかい?」
「まあ、そのあたりは」
例の神話を聞いたときにも説明はあったっけか?
他のところで聞いたのかもしれないけど、とにかくそのあたりは知っていた。
「神話や、他の大陸についてなど失伝していない話もあるのだが……このあたりは今は気にする必要はないだろう。詳しく知りたければ後で自分で調べるといい」
神話は前に語った通りだが、他の大陸は――メタな話になるが、まだ実装されていないので、時空の歪みとかそんな理由で海を越えることが出来ないから交流が途絶えて長い月日が経っている設定なのだとか。いつの日か、別の大陸が実装されたときに改めて解説することになるだろう。
「我々プレイヤーの立ち位置から解説しよう」
「改めて考えると、オレもそのあたり忘れているんだよなぁ……」
「実はウチも」
「俺っちは何となく覚えているぐらいだけど」
「まあ、そもそも古代兵器関連のクエストを進めないとメインストーリー関連には触れる機会が少ないからね……次のアップデートではストーリー更新するという話だが。
話はそれたが、まずこの世界では過去に大きな争いがあった。これが古代文明の話だ。
その大きな争いで世界が分断され、当時のことが人々の記憶から薄れて長い月日が経ち、今再び世界が元に戻ろうとしている――メタな話になるが、このあたり今後の新大陸などの実装に合わせた設定だね」
「メタ読みは良いから次いってくんないですかねー」
「君は古代兵器ユーザーなのだからストーリーぐらい把握しておくべきだと思うが」
「二人とも、なんで喧嘩腰なんですか」
ニー子さんがポポさんに喧嘩を売るような発言を……なぜなのか。
「廃人どうしだけど、価値観が違うからソリが合わなくて……というよりは、ニー子は結構人に喧嘩売るんよ」
「ええ……」
そういえば前にも掲示板でニー子さんと思わしき人が桃子さんらしき人に喧嘩売っていたな。
「まったく……話を戻すが、その元に戻ろうとする影響で時空に歪みが発生している。
その結果我々プレイヤーは過去の戦士の魂と融合し、今までの経験を代償によみがえる力を手に入れたという設定なのだ」
つまり経験値が減るけど復活できますよという話か。
過去の戦士の魂というのはよくわからないが、たぶんレベルアップやら色々なところの理由付けだろう。
「モンスターもその歪みで発生している設定だね。そして、世界が元に戻ろうとしているのは古代文明の遺産が目覚めだしたから、という設定らしいね。
そもそもボトムフラッシュという名前も地下に眠る古代文明の遺産によって、地の底が光り輝いていることから名付けたようだし」
「そうだったんだ……じゃあストーリー上は地下に行くことになると?」
「そうだろうね」
……悲報、ストーリー進めるなら結局古代遺跡ダンジョンは避けて通れないの巻。
「あの鬼畜ダンジョン突破とか無理だっての」
「ロポンギー君のホームであるアクア王国地下の古代遺跡は特に難易度が高い場所だ。他のところから攻略を進めることをお勧めするよ。
もっとも、大陸のどこかでストーリーを進めないと入れないだろうが」
結局のところは大陸までの移動手段を考えなければならないわけか。
やっぱり船を用意するしかないようだな。
「でもよ……このゲームでストーリー真面目に進めているプレイヤーっているのか?」
「…………まあ、今のところはあまり」
「なのに調べておくとか、笑えるわ」
「よし、君が売った戦争だ。決着をつけてやろう」
「いいぜ――ぶっ倒してやるよ」
なんかポポさんとニー子さんが再び険悪な空気に。
っていうか、ポポさんもこういうキャラだっけ?
「そりゃぁ、もう何十回も同じようなやり取りをしていますんで」
「俺っちもそうだけど、基本的にニー子とそりが合う奴なんてあまりいないんっすよ。アイツ、レイド以外はソロプレイばかりっすから」
「ああ、もう日常茶飯事なのね」
しかしニー子さん、思った以上にガラが悪いんだな。
見た目は深窓の令嬢なのにメンチ切っているって……リアルはヤンキーなのか?
いや、でもそれなら廃人プレイヤーってのも変か。ネット弁慶?
喫茶店から出ていくと、すぐに二人の戦いが始まった。周りのプレイヤーたちも慣れたものなのか遠巻きに見ている――っていうか、格闘ゲームのモブみたいに円形になって二人を取り囲んで観戦している。
「がんばえー」
「どっちもがんばえー」
「なんですかその舌足らずな言い方」
「……そっか、このネタも通じなくなってきたのか」
「悲しいっすよね、歳をとるのって」
「――ぷふっ」
「コイツ、わざと知らないフリしやがったな!?」
「外野うるさいッ」
ニー子さんが怒鳴るのと同時に、ポポさんが動き出す。
装備は見たところプロテクターの付いたグローブだけ――いや、古代兵器を装備しているんだったな。腰についている懐中時計も武器扱いだった。
ニー子さんの方は、鞭と腰についた古代兵器――待機形態だからなんの装備かは見ただけでは分からないが、先ほどポポさんからそれが銃であることは聞いていた。
「さっそく行かせていただこう――『超加速』だ」
「いきなりかよッ」
ポポさんの動きが速くなる。いや、そんな次元じゃない。正に目にも止まらぬ速さとはこのことだろう。彼の体が細長い線のように見えてしまうほどに、とんでもないスピードで動いているのだ。
「あれ体の制御どうなっているんだ?」
「それはもう練習しておりましたからなぁ」
「俺っちも特訓に付き合わされたっすよ……でもこれで、あの桃色の悪魔とも戦えるだけのスキルは手に入れたっすよ」
いずれリベンジしてやると、マンドリルさんが不敵な笑みを浮かべていた。どうやら、恐怖は克服できたらしい――いや、膝が笑ってらぁ。
「ならオレも使いますかッ『起動』」
ニー子さんの腰についていた箱が巨大化し、銃の形へと変形していく。僕もしばらくぶりに見たが、古代兵器の変形プロセスはこう、胸が熱くなる。
これで実用性があったのなら僕も使っているんだけど……スコップとナックルの組み合わせが使いやすかったのがいけなかったんだ。
改めて【古代のハンドガン】について解説しよう。他の古代兵器の多くが起動中エネルギーが減り続けるが、銃型の場合は起動中もエネルギーが減るわけではない。単純な話、エネルギー量がそのまま弾数になるだけだ。
「威力はそこまでじゃねぇんだけど、継戦能力なら抜群なのがこの古代兵器だ。そして、オレの鞭と組み合わせることで敵の動きを封じつつHPを減らせるってわけさ」
鞭で相手を叩き、時には縛って動きを封じて銃で攻撃する。
実際、ポポさんも変幻自在の挙動をする鞭に近づくことが出来ていなかった。時折、魔法攻撃も行っているようで光の矢のようなものがニー子さんに迫っている。ただ、自分の周囲を鞭で防御しているけど。
「ならば『バリツ』」
「鞭をかいくぐってきただと!?」
鞭で叩かれても、圧倒的なスピードでそれを弾いていく。
どちらもすさまじいまでの攻防だった。ポポさんの【古代のウォッチ】は自身の強烈なスピードアップ。ただ、あまりにも速すぎて体のコントロールをするのにかなり練習する必要がありそうだけど。
それに制限時間もあるはずだ。
危ないと感じたのか、ニー子さんがバックステップをとって距離を離す。
「それを待っていたッ」
「なっ――オレの背後に!?」
「これでトドメだよニー子君!」
そして、ポポさんの掌底がニー子さんを捉えようとしたその時――ポポさんの体が消えた。
「は――――?」
「……あれ?」
「これは……アレっすね」
「アレですね」
「……おいおい、こんなラストが――」
何かを言おうとしたニー子さんもすっと消えてしまう。
え、どういうことなのコレ?
「先ほど話していたじゃないですか。強制ログアウトですよ」
「ちょうど6時間経ったんだな」
「うわぁ……あれだけ言っておいて制限にひっかかるのかよ」
「勝負はどう判断するっすか?」
「最後の一撃が決まっていたらポポさんの勝利でしたでしょうけど――これは引き分けやね」
まあ妥当なところだろう。
ゲームは一日一時間とまでは言わないけど、もう少し体調管理に気を使った方がいい。




