薄汚れた村長
ヒルズ村・祭り仕様。
RPGでよくあるような一番最初の村みたいな雰囲気のエリアが、夏祭り会場に飾りつけられている。縁日、夏祭りなどで定義は違うのかもしれないが、ここはあくまでもゲーム内。そのあたりの細かな違いは特に気にせず各々が好きな呼び方をしていた。
村の中央にはやぐらが組まれ、村の中のあちこちには出店が出ている。店員はNPCで、村の住人が在中しているわけではない。
提灯など和風な飾りつけで、太鼓をベースとしたBGMが響いていた。
「どうよ、この飾り」
「よく集めたわねこんなの……どうやって手に入れたの?」
「前のイベントのポイント交換。今回村を会場にすることで交換可能になったアイテムね。まあ、ほとんど飾りつけにしか使えないけど」
装備扱いでもあるお面など一部例外もあるが、それらにしたってステータスには関係ない物ばかりだ。
もっとも、自分たちもノリノリでつけていたが。南国風だったので飾りつけには使っていない、完全にネタで交換した品である。
同じもの――いや、交換できなかった気がするから、似たようなものを製作したのだろうが、お面屋に大量に例のお面が飾られている。他にも特撮ヒーローチックなものや、キャラクターものっぽいものがたくさん飾られている。いや、売られているのか。
「お面屋ってベタね……誰よあの店出しているの」
「村長ねー。っていうかあのお面どうやって作ったんだろうか」
「……版権に触れないように、それっぽいのをたくさん用意してある。ゲーム内にデータがたくさんあるから、製作スキルで作ったんだと」
「おお、ヨっちゃんが珍しく饒舌に……そうか、元々内部にデータあるのか」
なお、イベントポイントで手に入れたお面を出品できないことに気が付いた村長はその時、本当に倉庫の肥やしじゃないかよと嘆いていた。
「他にも色々あるのねぇ……そこそこお客さんも来ているのね」
「盛況で、村長は素材集めに走っているからねー。ほら、食べ物の屋台は大体彼が用意しているわ」
もっとも、実際に食べることが出来る――味がわかるわけではなく、能力値のブーストアイテムなのだが。そうだよね、そういうもんだよねとつぶやいていたのが印象的だった。
「なかなか効果が高い……見たことないのも多いし、どうやって作ったんだろうか」
「……よくわからない」
「……(人魚を召喚して、能力値ブーストして作っていたのを見たときは驚いたなー)」
おそらく、以前裏技を探そうとか言ってアレコレしていた時に見つけたものだろう。
奥義スキルと他のスキルを組み合わせるシステムから発想を得て、製作スキルをブーストしたらどうなるか試してみたのだろうが……どうやら成功率上昇や、通常レシピとは少し違ったものが作れるようになるらしい。
「……レシピ、広めないの?」
「まさか独占するつもりなのか」
「あー……いや、ほら…………クラーケン戦でみんなに呼び掛けたじゃないの。だから、今村長が何を書こうともワロスしか返ってこないのよ」
嘆きのあまりに少し幼児退行していた。アリスがひざまくらで頭をなでていたのが印象的である。この機に距離を詰めるか。でも、弱みに付け込むのは、でもこんなおいしいシチュエーション、でも……と百面相していた。
相も変わらず退屈しない連中である。
「まあ、そのうちおさまるわよ。それに、村自体にはお客さんたくさん来ているし」
その証拠に、今彼女たちがいる村も【ヒルズ村・会場6】とマップに表示されている。人が多い場合、インスタンス化したマップ――いや、この場合チャンネルと言った方が近いだろう――に割り振られるようになっている。
あまり混雑しないように対策はしてあるという事だろう。
「ならなんでクラーケンはあんなことしたんだろうか」
「おお、この焼きトウモロコシ5分間筋力値上昇するって」
「……フランクフルト、防御力上昇」
「あ、でも重ね掛けできないんだ」
「……それはそう」
ディントンが愚痴るが、二人は我関せずと商品を眺めている。
「でもあれだね、マーケットでもいいのにとは思うけど」
「……風情」
「わかるけどね、実際にこうやって見て回れるってのもいいものだよ」
「祭りは楽しんでなんぼねー。それじゃあ私の店も見てもらいましょうか」
二人を案内したのは、ディントンが設営した露店(夏祭り仕様)。マネキンに浴衣が着せてあり、気に入ったのを選ぶと同じものが買える仕様になっている。
「大変だったわよー、同じもの用意するの」
「そうなのか? わたしはアクセサリー専門だからそれほど大変に感じないけど」
「……デザインテンプレートを用いればそれほどでもない。数値もそこまで差は出ないから調整はきく」
「ヨっちゃんの言う通りなんだけど、ほらデザイン凝り過ぎたから素材が色々と必要になっちゃって」
性能面のテンプレートとなる装備がまず存在する。そこにデザイン変更を行うことで自分好みの装備を作れるわけだが、デザインが凝ったものであるほど要求素材は多くなる。
そのあたりこだわっていたディントンは、事前準備において一番奔走した人物だった。ちなみに、和風コンビもかなり付き合わされていた。
「相変わらず凝った品物だことで……」
「……でも、もうちょっと冒険するかと思った」
「あー、みんなに全力で止められた」
零れ落ちるお乳浴衣とか渾身の逸品だったのに。
「止められて当然だよ」
「……ハラスメント警告どうした」
「あくまで胸のあたりの飾りが零れ落ちるだけなんだけど――桃子ちゃん、キレそうだったー」
「そりゃそうでしょ、アンタが言うと嫌味にしかならないわよ。何よ、その胸」
「……背が低いのにその大きさは反則」
同性から見ても色々と規格外なサイズである。
ディントンが外見だけで有名になるのも頷ける話だ。ただ、最近はシザーウーマンの通り名の方が有名だが。水着のシザーウーマン目撃情報は一部のプレイヤーたちを海へと駆り立てた。何がとは言わないが、一目拝もうとしたプレイヤーが続出したのである。
「なんで白スクなんて着たのよ」
「世間の需要よ」
「……最近、ノリノリになった」
「良いことなのか、悪いことなのか……まあ、前みたいに自分の容姿を嫌がるよりかはマシなのかね」
「そうなのかしらねー。まあ、色々あったから向き合えるのかなー」
放っておけない年下の彼らのおかげだろう。やること斜め上な村長に、危なっかしいけど一途な妹分(当の妹分は否定している)、髭もじゃのロールプレイヤー、他にも村の仲間たちと過ごすのは楽しいのだ。
そんなセンチメンタルな気分に浸り、他のみんなの出店も見て回る。
桃色アリスはその戦闘力を活かして採りにくい素材を集めて回っていた。特に真珠は海底で暴れ回って採取してきたことだろう。強いモンスターが湧くポイントにしか採取できる場所がないし。
ライオン丸は鍛冶師なので武器……かと思ったが、アクセサリー類が多い。
「【鍛冶師】でもつくれるんだっけか」
「金属系のアクセサリーは作れるな。【細工師】のほうがレシピ多いけど」
「……いい素材使っている」
「本当だ。ミスリル銀とかふんだんに使いすぎよ」
「まあ、近くに採れるところあるから」
「……マーケットにも出回るようになっているけど?」
「まだ高いのよ」
「ロミロミのレベルなら普通に採取にいけそうだけど」
「でもダンジョン突破しないといけないんでしょ? めんどうなのよね」
「……そもそもアクア王国まで行けるクエスト自体が面倒」
「それはそうだけどー、素材欲しいなら自分で採りに来た方がいいわよー」
たしかに大変だろう。だが、やってやれないことはない。
「がんばって、脱獄しましょう」
「いや、その方法は使わないから」
「……他にそのクエストで来ている人いるの?」
「称号欲しさにチャレンジする人は時々」
たまに空を樽詰めにされた人が飛んでいる時がある。
最初のころはみんな驚いていたが、アクア王国周辺で活動するプレイヤーにはもう見慣れた光景だった。
「今日は飛んでいないのね」
「……本来のフィールドじゃないと見えないハズ」
「それもそっか」
「そもそも本当にたまにだから」
周囲を見回すと、同じように空を見上げる人がちらほらと。意外と知られているらしい。今日は快晴だから、実際のヒルズ村にいたら綺麗に見えたかもしれない。なお、すでに前回のイベント仕様の空模様は解除されていて時間経過で変わるようになっている。
他の店も盛況である。めっちゃ色々さんはポーションなどのアイテム類を販売して――いや違う。ラムネだ。ラムネが売られている。
「こんなものもあったのか……」
「効果はリジェネポーションね」
「……【ビーチファイターズ】の時に色々レシピ追加していたからこれもその一つ」
「ヨっちゃん、製作系色々手出しているだけあって詳しいねー」
「……情報収集は基本」
ラムネの他にも大量の火炎瓶が売られているのにはスルーしておいた。爆発瓶も大量にあったけどそれもスルーした。
どこぞの錬金術師と村長がノリノリで用意したのだろうが、ディントンは何も知らないことにしたのだ。
あとは和風コンビの出店だが……射的屋や輪投げなどのミニゲーム系の設営をメインに行っていたので、本人らが用意したアイテムは無かった。もっともディントンに連れまわされてそのような余裕はなかったが。
「盆踊りって、何時くらいからだっけ?」
「音頭よ音頭」
「あまり違いなくないか?」
「……違うと思う。似てはいるだろうけど」
「まあ詳しくわからないけど、とにかくもうしばらく先ねー。数時間は先だからいったん戻って片づけられること片づけましょうかー」
「そうだなー、わたしもちょっと見て回りたいところあるし30分前に集合でいいかな」
「……私もエルフの里で出店しているからちょっと売り上げ確認してくる」
「おーけー」
そう言うと、彼女らは各々のホームへ戻っていった。
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飾りつけのされていない、本来のヒルズ村――便宜上、表のヒルズ村とする――にやってきたディントン。何人か見覚えのないプレイヤーが空を見ている。どうやら、樽詰めの人が来ないか観察しに来たらしい。
「いや、わざわざ村で見なくてもいいじゃないのよ」
なんでわざわざここに来たんだ。アクア王国でも見えるじゃないかと思ったが――それよりも気になる人物を見つけてしまった。
絶望した表情で地面に手をついている村長と、その頭をなでているアリスだ。
「えっと……どうしたのー?」
「…………おみくじ券、回転数がすべてだとか言って全部使っていたです」
「あ、ああ――もしかして、悪かったの?」
「………………グラフィックボードが当たりましたです」
「別にそれは良かったじゃないのよ――まって、VRで?」
「VRで」
「………………」
VRの方式も色々あるが、フルダイブ型のVR機器にそれは意味があるのか微妙である。そもそも映像の入出力とは関係がないような気がした。
「一応、録画機能とか使うんなら、重要なんだけど……」
「あ、喋れたのねー」
「そもそも僕のPCのスペックで意味があるのかと言うと、微妙なんすよ」
「ああうん……他には、何が当たったの?」
「ほとんど全部ポーションでした。あと、素材系」
「あー……」
いわゆるティッシュ枠である。
「あと、めぼしいものだとガチャチケと古代兵器」
「ガチャでさらにガチャを回すことになるので――って古代兵器!? それ当たりじゃないの?」
「一応はあたり枠です――ただ、修復素材がないのです」
「ああそっか……それがあったか」
自分たちも炭鉱の奥や、【サマーファイターズ】のポイント交換で古代兵器は手に入れているが、実用するには色々と面倒な品物なのだ。
そもそも完全修復しないとデメリットが強くて使いづらい。確かに効果は絶大になるのだが、通常スキルに対応していない。
使いどころとしては、強力なボス敵に使うなどといったところだろう。毒や麻痺にかからないボスでも古代兵器を用いた場合のみ状態異常を付与できたり、強制ノックバックを発生させたりできる。
「…………まだだ、奉納ポイントを集めてもっと回すのだ!」
「そもそもガチャなの?」
「一応は――PCとかリアルで貰える景品には限りがあるですが」
「待ってろよモンスター共!」
「……アリスちゃんはいかないの?」
「奉納ポイントが高いのって、悪霊系とかなんです」
「ああ、おばけ苦手だっけか」
それにしても、走っていった彼を見て思う。
たぶん、当たらないんだろうなぁって。




