「やべ、やりすぎた」
決行の日がやってきた。みんなが対クラーケンのために装備の強化や、スキルの習得。レベル上げなどそれぞれに出来ることをやってきた。
入念な準備、戦闘時のシミュレーション。ベヒーモス戦で肩慣らし。充実した毎日だった。
「今、それが実を結ぶ時だ」
「ええ。キッチリ決めちゃいましょう」
「クラーケンの素材、楽しみねー」
「武器に使える素材ならうれしいんじゃがのう」
「オイオイ、勝った後のことを考えるのは早いんじゃないか?」
「それもそうでござるよ。勝って兜の緒を締めよ。勝つ前から緒を緩めていたら世話ないでござるよ」
「それもそうね」
アッハッハッハッハ。と、笑い声がこだまする。
そんななか、アリスちゃんだけはなぜか「結局、言い出せなかった……」と悲しそうな顔をしていた。いや、全てを諦めたような顔というべきか。
「どうかしたの?」
「いえ……別に」
「もしかして、リアルで忙しかったとか?」
「そういうわけじゃないです……先に言っておきますが、アリスは明日から家族旅行で一週間出かけますので挑めるのは今回だけです」
「そうか……周回はできないのか。でも、家族と上手くいっているようで安心したよ」
「え、ええ……」
時折アリスちゃんがぽろっと漏らしている感じだと、忙しい人たちみたいだったからなぁ。
色々とため込んでいたアリスちゃんだったが、ここ最近は積極的に話しているようだ。そのおかげで、家族仲は悪くならずに済んだらしい。
「でもアリスが言いたいのは周回できないという話ではなくて――いえ、周回もできないんですが」
「それじゃあ、【わだつみのしずく】は持ったな? 装備の準備は大丈夫か?」
「ええ。問題ナッシングよ」
「今宵のハサミは血に飢えていますよー」
「某の【妖刀ツバキ】も強化済み。驚異の+10でござる」
「がんばってフル強化したんじゃぞ――この男、課金アイテムを使ってまで武器が壊れないようにしたからな」
「みんな気合入っていますね。私も奥義を出し惜しみしませんよ」
そう言ってめっちゃ色々さんがとりだしたのは、【錬金術師】の固有製作アイテムである賢者の石だった。種別は素材アイテムなのだが、【錬金術師】には別の使い方もある。
「私の奥義『秘術』で、コイツを消費することで誰か一人を10秒間だけですがMP無限にできます。そしてこの場のメンバー全員が奥義を習得済みです」
「ふふふ、勝てる。この戦い、勝てるわ!」
「拙者も奥義『影分身』を出し惜しみなく使えるわけでござるね」
「某の奥義『ハバキリ』、ようやくお披露目できるでござるな」
「…………もう、ここまで来たら腹をくくるしかないです」
アリスちゃんが手を合わせて天にお祈りするかのようなポーズをとった。
気にはなったが、もう時間だ。
「よし、行くぞみんな!」
「「「「「「おお!」」」」」」
「…………どうにでもなれー」
@@@
アイテムを使用すると、すぐに【浮島・ヒョウ】へと転移した。
直径800メートルぐらいの小さな島で、周りは海しかない。
今回、僕らは2パーティーに分かれている。僕、アリスちゃん、ライオン丸さん、みょーんさんの組と、めっちゃ色々さん、ディントンさん、よぐそとさん、桃子さんの二組だ。
まあ、基本固まって動くからあまり関係はないのだが。
と、そんなことよりもっと気にするべきことがあった。
「…………あれ? 人多すぎね? 人口密度高すぎるんだけど」
「本当ね――え、まって。え?」
「え? レイドってこんなに人集まっていいの?」
「予想外過ぎたわね……何人いるのよコレ」
「確かボスモンスターって一部を除いて参加人数が多いほど強くなったような……あのぉ、ちなみにレイドって一部例外だったりは……」
「しないのよねぇ……むしろ一番人数の影響を受ける仕様よ」
「ですよねー」
「わかりきっていたことじゃないですか! なんで誰も気が付いていなかったです!?」
アリスちゃんが叫ぶ。その叫びに、周りの大勢のプレイヤーたちも、どうしてこうなったんだろうなぁと遠い目をしていた。
マップを開いて、周囲のプレイヤー数を表示する。最近追加された機能なんだけど、運営……この状況見越していたんじゃないだろうな?
その人数約5000人。なお、一度アイテムを使用したら自力では戻れません。ログアウトしてもこの場に残るので、おとなしくやられるしか元の場所に戻る方法はない。
「どうすんのよこの状況!」
「はじめるしか、ないんじゃないですかねぇ」
「というか誰か気が付かなかったんかの、これ」
「そこは吾輩が説明しよう」
「アンタは――名探偵さん!」
いかにもな探偵の格好をしたプレイヤー。今回、大人数のプレイヤーが動くので、名前を呼び合うために頭上表示をオンにしている。えっと、名前はポポさんか。
まあ、スレッドにもよくいた探偵さんなのは間違いないだろう。じゃなきゃこんな格好していない。
「まず、ロポンギー君以外はフレンドを誘い、そのフレンドがまたフレンドを誘いといった形で増えていったね?」
「そうね…………でもそれだけじゃここまで増えないんじゃないの?」
「いや、基本的にお祭り好きのプレイヤーたちだ。面白そうなことしているという空気だけで話に乗った。更に、ロポンギー君が掲示板で参加募集したせいでより集まってしまった」
「――オイコラ村長!」
「なんか、困ったことがあったらとりあえず書き込めば何とかなるかなって」
「アンタ素で扇動者やってんじゃないのよ! どうするのよコレ! まだ人が集まっているじゃないのよ! ちょっと、これ以上人が増えたらどうなるか――」
と、その時石碑が起動した。
みんながなぜ? という感じで呆けていると、麦わら帽子にTシャツ、短パン姿のプレイヤーが狂ったように笑っていた。
「ハッハッハ! 限界だ、押してやったぞ!」
「この前の自称太公望!?」
「マンドリル君! なぜ起動したのだ!?」
「わかんねぇのか!? アンタともあろうものが――このまま押さなければクラーケンはどんどん強くなっていくだけなんだよぉ……ただただ、絶望が先に待っているのなら、俺っちは前に進むぜ。
たとえ、それで死ぬことになってもなぁ!」
※これはゲームです。
「もううんざりなんだよぉ……お目当てのアイテムが手に入らないのも、ガチャが更新したせいで逃したあの絶望感――自分が一瞬で蒸発するあの、恐怖」
「なんでアリスをおびえた目でみているですか」
「いや、そりゃそうじゃろ。話には聞いておったが、蒸発させたの君じゃろ」
「そういうところどうにかしてねー」
「ちょ、抱き着くなです! 胸をおしつけるなです!」
「おびえた毎日を過ごすのはもうおしまいだッ! 俺っちはかわるんだ。さあ、こいよ、俺っちはここにいるぞっぉオオオ!!」
そこで、スパンと釣り人の頭が叩かれる。
「ノウッ!?」
「あんた何しておるんだか……ウチらにだって心の準備ぐらい必要なんです」
種族はよくわからないが、女性プレイヤーがハリセンで麦わら帽子の頭をはたいていた。
妙な空気になったが、おかげで少し冷静になれた。マップを見てみると……現在の人数、6325人。
とにかく、やるしかない――そう思ったとき、マップに巨大な赤い丸が出現した。僕たち、というか島に重なるように出ている。
「……なんか、変な音が聞こえない?」
「聞き覚えがあるんじゃが……なんじゃろう、これ」
「ボレロ、ですね」
アリスちゃんがそう言ったことで、ああとみんなが納得した。クラシック音楽のボレロだ。僕も何度か聞いたことがある。
でも、何故ボレロ?
「このゲームの開発者の中にクラシックが好きな人がいて、BGMとかに使っているって叔父さんから聞きましたです」
「へぇ……そうか、例の内部事情に妙に詳しい叔父さんから」
流石にネタバレ級の情報は漏らしていないが、スタッフの趣味とかマメ知識的なゲーム情報をアリスちゃんに教えている叔父さん(推定開発スタッフ)からの情報か。なら間違いないんだろう。
「ちなみに、レイドボスの弱点なんかは……」
「流石にそれを教えてもらえないです」
「ですよねー」
「難易度ナイトメアね」
「アルティメットじゃろう」
「カオスでどうだろうか」
「何でもいいよ。ムリゲーとでも言っておけ」
島の周りから、巨大な何かが突き出た。三角錐のような形だが、うねうねしている。更に、丸い吸盤がたくさんついていた。
視界の端に【クラーケン】という表示と、HPバーが表示される。そうか、デカすぎるからモンスターの頭上じゃなくて視界の端に表示したのか。
「でかすぎだろぉおおおおお!?」
「島の外周と取り囲むように出てきた――で、浮島ってことは水中にいるのね。しかも、大きさはこの浮島を取り囲めるぐらいなのかー」
「ディントン殿! 冷静に観察している場合じゃないでござるよ!?」
「とりあえず『秘術』! 出来る限りの人数のMPを増やしますので全力でバフをかけてください!」
「やってやるですぅううう! 『歓喜の歌』!」
「とりあえずドリル発射しておくか」
スキル盛りまくったドリルを放つ――的が大きいから外しようがない――が、HP全然減ってないんだけど……おかしいな? フル強化してあるし、防御力貫通するんだけど。
「オワタ、じゃな」
「まだだ! まだあきらめるには早い!」
「本体よ。本体を狙うのよ!」
その言葉に、我先にと海へと潜っていくプレイヤーたち。僕らも飛び込むが――その直後、触手が島にたたきつけられた。困惑していたり、及び腰になっていたプレイヤーたちはその一撃で消し飛んだ。っていうか島も消し飛んだんだけど。
「え、やば」
「大丈夫だ! 流石に島が壊れるのは演出だ!」
「そうだぜ――探偵の言う通りさ」
「怪盗さん!」
「アタイたちの力、見せつけてやろうぜ」
「丸焼きにされていた人!」
「あるたんだ! 覚えておきな!」
「それに、これだけ巨大な敵です――ワクワクするじゃないですか!」
「あなたは、ヤンバルクイナさん!」
「え、どなた?」
色々さんが反応していたけど、僕たち知らないんですけど。
「ああ。例のネクロマンサーさんです」
「あー、例の」
ゲーム内ほぼ唯一の。かなりの変わり者って噂の――そういえば、見たことあるな。鉱山ダンジョンに挑みに来ていたの思い出したわ。
「ってあんたらそろいもそろってメニュー画面だしてどうしたんですか?」
なんか手元が光っているなと思ったら、全員がメニュー画面を開いている。見覚えのある表示が見えるんだが、気のせいだろうか?
「「「掲示板で実況している」」」
「何してんだよ!?」
「村長が言えた義理じゃないじゃろうが!」
「むしろお兄ちゃんがいつもやっていることじゃないですか」
確かにそうだけど――そうか、僕は周りから見るとこんな感じなのか。
反省しようと思ったその時、銀色の光が前に飛び出した。
「グダグダ言っている暇があったら攻撃するべきよ!」
「あの人は、銀ギーさん! 女騎士さんとも言う」
「ああ、あの人か――って無策で突っ込んでいるけど大丈夫なのか!?」
「だめじゃろ」
案の定触手の一つに捕まった。っていうかクラーケン本体がかなり海底の方に行っているんだけど……銀ギーさんもあああ!? って叫んでいるし。
「やっぱりだめだったか」
「じゃが、ワシ的には眼福じゃ」
「僕は触手属性ないから」
「……ほっ」
「アリスちゃん、そう言うのは君にはまだ早いわよー」
「そうよ。もうちょっと大人になってから知りなさい」
「な、なんですか。別にお兄ちゃんがそう言う趣味じゃなくてほっとしたとか、ちょっと残念とかそういうわけじゃないんですからね」
「「うわぁ」」
なんかもうグダグダしてきたけど、クラーケンのやつがだんだんと高速回転し始めているんだが――あ、銀ギーさん消し飛んだ。
洗濯機のように水が回転し、僕たちを巻き込んでいるんだが……
「…………これはどういうことだと考える?」
「まああれじゃろ。一定時間たったからか、ダメージを与えなさ過ぎたからか……必殺技、的な」
「だろうね。それじゃあ、また来世で」
「ああ……来世で」
「あんたら余裕こいてないで止めてきなさい!」
「「そんなご無体な!?」」
そうやって姐御は無茶を言うんだから。
「今回リスポーンないんだぞ、死んだら終わりだぞ」
「そうじゃよ。蘇生している暇もないじゃろこれ」
「リスポーン不可とかゲームバランス狂っている。ベヒーモスだって2回はできたんだぞ」
「でござるなぁ……どうしてこんなに強くしたんでござるか。リスポーン不可なのに奴の攻撃はほぼ即死、なのに体がでかすぎて攻撃が当たりやすいとかくるっているでござるよ」
今もたくさんのプレイヤーたちが消し飛んでいる。なお、戦闘開始の人数に合わせて強さが変わるので、人が減ろうが強さはそのままです。
「ああ。ワシ気がついちゃったかも」
「なにに?」
「たぶん、本当はそこまで強くないんじゃないじゃろうか……攻撃も何というか、単調じゃし」
「たしかに。ヤバい攻撃力なのにこうやってグダグダ会話する程度には余裕あるな」
離れた場所から見ていれば、ギリギリ回避できるぐらいには。今も攻撃されてはいるんだよ。離れているから避けられるだけで。
「あくまでイベント用のボス。難しくはしてあっても、攻略できないレベルじゃないハズじゃ――となると、ここまで理不尽なのはおかしいはず」
「ベヒーモスの件があるから信用できないんだけど」
「ここの運営じゃしなぁ……でも攻撃は確かに単調なんじゃ」
「たしかにね。吾輩もライオン丸君の言う通りだと思う――本当はもっと少人数で挑む予定のコンテンツだったんだろうね。インスタンス化もされているんだし」
「3パーティーとか、そのぐらいですかね」
「そのあたりがちょうどよさそうだね。1パーティー最大6人、18人か……まあ、妥当なところじゃないかな?」
1、2人で触手を相手して、残りで本体を狙ったりサポートしたり。触手は、10本か。イカと同じ本数だが、形はタコみたいだな。今更だけど、クラーケンの姿を観察している。
頭はオウムガイのようにも見える。
「まあ6000人オーバーなら相応に強化されるよなという話だけどね」
「想定人数の300倍以上って仮定するなら――ははは。無理だろこれ」
「つまり、参加者を集めたせい、ってことですよね」
「うん」
「じゃな」
「……村の悪名が広がるです」
「…………いつものメンバーだけでも勝てたんじゃないかなぁ」
「かもしれんのう。どうする? もう一度挑むか?」
「いやぁ……やめとくわ」
脱力感半端ないから。そう言って、僕らはクラーケンの雷撃で吹き飛ばされて――ヒルズ村へと帰還したのであった。
魔法もつかうんすね…………
もう今日はログアウトしてふて寝しよう。好物でも食べて、おとなしく……ああ、でも――
「しばらくたこ焼きは食べたくないな」
クエスト、失敗!
あと1、2話で3章が終わる予定。
運営側の想定は2、30人集まったらハイ出発。
それを繰り返すことで回していく感じだった。
今後対策を取ることでしょう。
少なくともイベント後だけど。
あと、実はこの人数でも攻略可能な方法が一つだけあります。
とあるスキルを大勢で使えばなんとかなるけど、現時点では不可能。まあ、今後使うかも。




