村の名前を決めよう
感想誤字報告、ありがとうございます。
新章突入です。よりパワーアップした彼らをお届けできれば幸いです。
松村の朝は一杯のコーヒーから始まる。
日頃のストレスをストリートダンスとこのコーヒーで癒すのが、俺のスタイルだとニヒルに笑う彼はまるで一枚の美しい絵画のようだった。
という感じで自分に酔っていた。現実逃避気味に。
「松村君、今そういうのいいから」
「主任……少しは気持ちを落ち着かせてからいどみたいんですよ。俺だってね、日ごろのうっ憤ってやつがあるんです。参加者リストにロポンギーの名前がないのに安堵していたら……なんですか、この子は」
松村が自分のデスクのPCモニターを叩いた。そこに映し出されているのは桃色アリスという名の幼いプレイヤーである。思い返せば、彼女が最初にやらかした時点で胃が痛くなったものだ。
BFOはいまだ海に関しては未調整部分が多く、アクア王国へ入る方法は限られている。基本的にクエストを進めることでいくつかの侵入経路を用意していた。
ディントンたちが進めた海賊に捕まって飛ばされるという移動方法はその中でも最も難しいものだ。そのため運営側も誰かがそのクエストを進めたらすぐにわかるようにしていた。難易度が理不尽なのでクレーム対策として。
「別にクリアするのはいいんですよ。難しいですが、クリアできないわけじゃない。開発側だって自分たちでテストプレイして攻略している」
「私だってやったからねー、アレ。でもほとんど名作アクションとかのパロディなのよね。難易度自体は高いけど知識があれば攻略できちゃう感じの」
謎解き系の有名なヤツ、と主任は続けた。実のところ、牢獄の中で色々アイテムを探したり、身を隠しながらギミックを解除していけば攻略できるのだ。強制レベル1なんだから当たり前であるが。
別イベントでも使おうと、力技でも突破できるようになっているが……本来ならそれはレベル40ぐらいを前提としたものだった。
途中までは爆発アイテムや、NPCの挙動を利用して進むことはできるが最終的には追い詰められていただろう。外部からの手助けを想定していなかったわけではないが、流石にあの助け方は予想外だった。
「爆弾で突破はまだいいです。ベヒーモス戦の時点でこういう事するプレイヤーが出てくるのは分かっていました。あと、ゲームなのをいいことに無茶な挙動するプレイヤーもでるのは分かっていましたよ。そういうものですし」
裏技を探そうとするのは昔から一定数いるものだ。それもまたゲームの楽しみの一つである。まあ無茶な挙動を利用しているのは大分ギリギリな感じがあるが。
「でもなんで空飛べるんですかねぇ……飛行アイテムとかスキルの実装っていつごろの予定でしたっけ?」
「少なくとも、次の大陸を実装した後だから来年以降ね」
「ハァ……前倒し、ですかね」
「今のところそれはないわね。気になって彼女のスキル使用状況とか調べたけど、あれMP消費えぐいわよ。今は装備で緩和しているけど、そう長くはもたない」
実際、MP切れで落ちて落下ダメージで死に戻りしている。
それに加えて運営側、開発側でも同じことをどうやったらできるか検証もした。ほとんどのプレイヤーはあの動きを真似できないだろう。可能ではあるが、何で出来るのかわからないと口をそろえていた。
「それになんですかあの大砲移動……」
「え? あれ想定の内、っていうかネタとしてだけど意図的に入れた移動方法よ」
「――は?」
「元々あの海賊に捕まって樽に詰められての移動とか、それ系は大砲移動のヒントみたいなものよ。プレイヤー側もそれを元に色々と試せばいけるかもねー、って感じで」
「そういうのは情報共有してください……」
頭を押さえながら、松村はこの上司はと嘆く。
これは他にも自分の知らない仕様があるな、とこの際だからチェックし直すことを固く誓った。もっとも、先に踊り倒してストレス発散してからだが。
「じゃあ、この子に関してはスルーで良いんですか?」
「そうねー、別段放っておいてもいいと思うわよ。ログを見た限り、炭鉱夫君……今は村長君だけど、彼らと一緒に遊んでいるみたいだし、しばらくは周辺と古代遺跡ダンジョンで遊ぶでしょう」
「あのあたりエンドコンテンツのつもりで実装した、高レベルフィールドなんだけどなぁ……誰ですか、初心者エリアに隣接させようとか言い出したの」
「新藤君ね」
「アイツか……どうせ、このジェット噴射の子に【一発屋】を進呈したんでしょう。案の定大暴れしていましたし」
「いい絵が撮れたからね。あと、見事なカウンター合戦をしてくれた二人と、ソロ部門でやたらと目立っていた人たちにも渡されていたわ」
「……サムライの彼、荒れているでしょうね。自分だけやられたシーンが目立ったからじゃないですか」
運営からのメールが届いたとき、よぐそとは複雑でござる、とつぶやいて村の面々から笑われていた。なお、どこから情報が漏れたのかわからないが、今回【一発屋】を取得したのが一人を除いて全員掲示板メンバーだったため炭鉱夫一門から一発屋軍団へと呼び名が変わってしまったが。
ちなみに、ソロ部門で目立っていたのは上位三名であることをここに記す。
「まあ、あの称号は完全にネタでしかないし、他に称号を持っていなかったらとりあえず装備するぐらいの価値しかないけどね」
そのため、他に称号を持たないアリスだけは付けている。ロポンギーも持っていることを知っているので、一緒に付けてお揃いにしたい自分とさすがにこれはダメだろうという自分で葛藤していたが、わずかに良心が勝ち、言い出さずにいた。
「まあ、彼らに関しては要観察ということで。特にロポンギー君はバグも何度か見つけているし、今後も何かしらあるでしょう」
「そうなりますね……辺境にいるから、俺がログインして近づくとあやしまれるだろうからなぁ」
「いっそ特殊アバターのモンスター型使う?」
「遠慮しておきます。爆殺されたくないんで…………そういえば、彼ら村の復興クリアしたんですよね。夏イベントはプレイヤーの村や町があると助かりますからそこは良かったですね。あ、そういえば名前どうなりました?」
「ああ……志○スペイン村で申請していたから却下したわ」
「それは英断だと思います」
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このゲームにおける【村長】は上位職の一つである。特定の生産職で奥義スキルを習得すると村長に転職できるクエストが発生するようになる。僕が遭遇した幽霊が、その一つだ。
村長はスキル構成がかなり特殊で、名前の通り自分の村を持つことになる。そして自分の村の産業や特産物に関連したスキルを習得できる。我らが村であるなら、【炭鉱夫】と【農家】のスキルや特性が使えるようになるといった感じだ。
また、奥義スキルも含めて元の職業で覚えたスキルを引き続き使える。そのため、最初からかなりの数のスキルを扱えた。まあ、固有の奥義スキルはないみたいだけど。
その分厄介なことに能力値の上昇補正が低いのが欠点だが……かろうじて旅人より上、というぐらいだ。また、パーティーメンバーに自分の村の村民がいれば、自分と村民には能力上昇のバフがかかる。
「強いことには強い、でも村づくりしないといけない上にレベルも低い……そして、村長の能力を活かすにはまずやらなくてはいけないことがあるわけだ」
「うむ、大事なことじゃ……早く決めなくてはのう」
「わかっているなら早く決めなさいよ」
「だって運営が却下しやがったんだぞ! 村の名前!」
「あたりまえよ! なんであの名前にした!」
僕の右手が勝手にあの名前を入力していたのだ。僕は悪くない。
「ダメだこの人。そもそも能力そのものには関係ないじゃない……そっちの和風二人は何か意見ある?」
「別に特にないでござるなぁ……それに、こっちは教会を建てるための資材集めで忙しいんでござるよ」
「資材、というか神様の像を手に入れなくてはいけないでござるから、あっちこっち探し回っているんでござるからね。この世界の神様って三柱もいるでござるから、色々と面倒なのでござるよ」
そもそも神様の像はほとんど家具としての利用価値しかなかったのだ。手に入れてもマーケットで流すよりNPCに売る方が儲かるからすぐに消えていくし……そのあたりの話は詳しくないが、男神が一柱、女神が二柱いるらしい。
このゲームにおける教会の条件が、この神様たちを祭っている場所、となっている。極端な話神様の像かシンボルなどを用意して、決められた様式で奉ればそれでいい。
ただし、プレイヤーが自分で教会を作る、壊れた教会を直す場合はさらに決められた像や祭壇などを揃えなくてはいけない。場所自体も限られている。
「その分クリアしたら強力なスキルを貰えるんだから自分たちでやりたいって言い出したのアンタらでしょうが」
「魔女殿、わかったでござるから……」
「他のメンバーもいてくれたらなぁでござる」
本日ログインしているのは僕とライオン丸さん、よぐそとさんと桃子さんに魔女――みょーんさんの5人だ。他の村民たちは用事だったりとログインしていない。まあ、僕がログインしていない時間帯に入って作業している人たちもいるけど。
「はぁ……で、そっちのアホコンビは村の名前早く決めなさいよ。基本村長が決めていいものだけど、あんまりふざけすぎないでよ」
「大まじめだったんだけどな……」
「まったくじゃ。運営は洒落をわかっておらん」
「だからって実際にある施設名使ってんじゃねぇわよ」
「仕方がない。ここはいつもの手で行くか?」
「安価じゃな!」
「今はいつものメンバーログインしていないわよ」
「……そういえばそうだった。しかも大部分が村民だから掲示板を使う必要が――いや、元々チャットみたいなものだったけど」
「このゲーム、チャット機能ないからのう……掲示板が代替機能じゃし」
「村の名前、村の名前……あ、ムラ――」
「ムラ村とか言い出したら殺すわよ」
「――マサって刀、どうやってつくるんだろうね」
「あれはのう、玉鋼がまず手に入らないことには作りようがのう」
「変な誤魔化し方すんじゃねぇわよ」
「…………だって、思いつかないんです」
「もうその場のインスピレーションで決めなさいよ」
「………………よし、ならこれで」
命名『ヒルズ村』
「ぶふっ!?」
「申請、よし通った」
「運営!? これはいいの!? ねえ、いいの!?」
「ひ、ヒルズだけなら別に大丈夫じゃろ」
「村長の名前とつなげるとアウトじゃないのかなー!?」
正直やっちまったかなぁとは思うが、もう申請したし通ったから変えられません。
というわけで、ヒルズ村で決定です。村長命令です。
「よし、鍛冶屋の設備強化に行こう」
「そうじゃな!」
「設備が一定レベルで製作物が一定数越えれば僕も鍛冶師のスキルとれるし」
「それが目的か」
「ちょ、まってワタシも行くわよ! 置いていかないでー!」
「結局この名前でござるか……炭鉱夫一門に一発屋集団、そしてヒルズ村…………某たち、余計な通り名増えすぎでは?」
「今更でござるよ、よぐそと殿」
メタい話をすると、ロポンギーは村の名前とセットで決めていた。
というわけでヒルズ村の愉快な仲間たちをよろしくお願いします。