継承因子(血の定め)
「いい加減、押し倒したほうがグッドエンドを迎えられるんじゃないかと思う今日この頃なんでござるよ」
「いきなり何言ってんだアンタ」
「だから、どうすればよぐそと殿を攻略できるかという話でござる」
「ゲームと現実をごっちゃにしないでほしいです……」
「ははは。アリス殿、何を言っているでござるか? ここはゲームでござるよ」
「対人関係はリアルですよ!?」
中の人はちゃんといる(NPCを除く)のだ。
極まった桃子さんは強硬策も辞さない危険人物と化していた。誰だ、こんなになるまでほったらかしにしていたのは。
「なかなか愉快な女性であるな」
「斜め45度から叩けば治らないかな……」
「それは昔のテレビの再生方法であるな。なお、成功率は保証しないものである。意外と成功する場面もあったであるが……ともかく、ここは年の功に任せてほしいのである」
そこはかとなく不安だが、僕とアリスちゃんはこの唐突に現れたボスキャラを相手にするにはレベルが足りないので、恋愛経験とか男女の機微とかは間違いなくレベルが上のもんじゃ焼き2世さんに任せてみることにした。
ゆったりとした動作で彼は桃子さんの前に出る。そして右手を胸に当て、左手を斜め後ろに突き出した形のお辞儀をした。一瞬だが、オペラの開幕のあいさつを幻視する。
「お兄ちゃん、しっかりしてくださいです。アレはこの前発売されたパッケージ版の特典アイテムで、オペラエフェクトっていう数秒だけ劇場風の背景を出せるエフェクトです」
「初心者の割にそういうのには手を出してんのかよあの人!?」
「……ゲーマー歴長いみたいですから、そういうところは慣れているんですね」
「まずはお布施、これ基本である」
「なんかとんでもないこと言い出したぞあの人」
「一切お金を落とさないのもそれはそれでゲームのサービス終了が起こるのである。課金は無理のない範囲でね」
いや、それはそうなんだろうけどなんでこのタイミングで言ったのだろうか? あ、僕らが話の腰を折ったからか。いや、もとはといえばエフェクト無駄に使ったことから話が広がったんだけど……あまりツッコミ入れると長引くのでここでストップ。
再び桃子さんと会話を始めるもんじゃ焼き2世さん。なぜか荒ぶる鷹のポーズをとった。いや、なんで?
「――ござっ」
「ああ!? 桃子さんが妙な動きでカンフーっぽい動きをしているです!」
「……え、何? 僕掲示板見ていたっけ? アスキーアートが目の前に見えるんだけど」
メニュー画面を開く。掲示板は見ていなかった。なるほど、あの人たちがなぜかアスキーアートじみたポーズをしているだけか。それはそれで何を思ってああしているのか謎だが。
「でもお兄ちゃんも時々やっているような……」
「僕がやっているのはトンファー流だから」
第一、アリスちゃんもたまにやっている。試しに他の武器も使ってみようと、ふたりしてトンファーを装備したのはいいが、蹴ったほうが手っ取り早いとほぼほぼトンファーを使わなかったことがある。
それ以来、お蔵入りになった武器だ。なお、僕はネタでたまに引っ張り出すことがある。なお、トンファーを攻撃に使うことはない。
と、そこで桃子さんともんじゃ焼き2世さんの動きに変化があった。
「やるでござるな、そこの御仁……まるで、こちらの手の内をすべて知られているような奇妙な感覚がするでござる……しかも、その中にあるのは実家の様な安心感。こ、これは一体?」
「うーむ、なるほどである。いや、別にいいのであるが、なかなか面白いことになっているであるな。どれお嬢さん、このおっさんに相談などいかがであるかな? 君の友人たちに世話になった、その礼であるからな、何も気負うことはないのである」
これでも人生経験はそれなりであるともんじゃ焼き2世さんが付け加え、数秒彼を見ていた桃子さんだったがおもむろに口を開いた。
「最近、拙者はどうしたらいいのわからないのでござる。好きな人に対して空回りしてばかりで、頑張ろうとしても明後日の方向に飛んでいく始末。結局、ゲームだから本気ではないのでござるかな……」
「なに、気にする必要などないのである。恋愛なんて決まった答えはないもの。苦しいことがあってあたりまえだし、辛くなることもある。それでも相手と一緒にいたい。そこが一番重要なんであるよ。悩んで悩んで、悩み抜いた先に自分なりの答えが出るものであるから。今はそうやって、ひたすら自分に問いかけなさい。焦って答えを出してもいい結果にはならないのである」
「おじさん……」
「好感度が足りているのなら、押しかけ女房もありだと思うのである。まあ、初手でそれは悪手であるがな! それでうまくいくのは相手の男性がよほど特殊な性癖の持ち主の場合だけである」
「なんか、グサッときたです」
流れ弾がアリスちゃんに当たる。
そのまま胸を押さえて蹲ってしまうが、大丈夫だろうか?
「あと、外堀を埋めるのも場合によっては相手に恐怖を与えかねないのである。要好感度。これ重要であるからな」
「ぐはっ」
「アリスちゃん!?」
そのまま地面に突っ伏すアリスちゃん。え、何事?
「違うです。アリスの意思じゃなかったんです……ただ、なぜか状況がそうとしか思えない玉突き事故を起こして、ウルトラCを決めてくれただけなんです……なぜ、こうなったですか」
「おや? そちらのお嬢さんはどうしたのであるか?」
「なぜか流れ弾に被弾して……」
「さすがでござるな! 重い女筆頭!」
「桃子さんに言われたくはないですよ!」
どっちもどっちの同じ穴の狢ではあるけどね。
「うう、なんだか心が痛いのでログアウトして飲み物飲んで気持ちを切り替えるですね」
「あ、うん」
「…………たしかに、焦って暴走していろいろとやらかした実例がいるでござるからな。あの時は大変だったでござるよ。懐かしいでござるなぁ……ディントン殿、元気でござろうか」
生きてるから。ログイン時間が合わないだけであの人も普通に遊んでいるから。
それと、桃子さんたちもマスコットの変の時にアリスちゃんにすさまじく迷惑かけたでしょうに。自分のことを棚に上げるのは僕らの基本スタイルなのだろうかと、自分のダメな部分に目を向けつつ、隣のもんじゃ焼き2世さんに話しかけようと――なぜか彼はログアウト作業を進めていた。
「あれ? もうログアウトするので?」
「うむ。どうやら余の目的も無事に果たせそうであるからな。それに、これ以上はお嬢さんの決意に野暮というものである。あとは、自分で頑張るしかないのであるぞ」
「いや、それはそうなんだろうけど……」
ただ、妙な胸騒ぎというかなんというか……嫌な予感がすごいんだけど。
「あ、そうそう。一言だけ言っておくであるが…………自分で責任も持てる大人なら、オフ会をするというのも手である。結局、リアルで会わないことには判断がつかないこともあるのであるからな」
「なるほど――そこで手籠めにしろということでござるね」
「落ち着け」
手早く装備を変え、ハリセンで桃子さんの頭をはたく。
何言っているんだこの人は。
「はっはっは。そこで冗談を言えるのなら、もう大丈夫であるな」
「いや、この人絶対本気で言ったから」
「では、余はこれにて失礼」
「燃えてきたでござるよー!」
「やる気出さないほうがよかったんじゃないかな!?」
結局もんじゃ焼き2世さんはログアウトしてしまった。いや、このまま放置? 正直どうすればいいのか頭を抱えてしまうが、そこでアリスちゃんが戻ってきた。
「ただいまです……あれ? さっきのおじさんは?」
「ログアウトしたんだけど……結局桃子さんが暴走して終わった」
「うわぁ」
ハートのエフェクトをまき散らしながら決意を新たにした桃子さん。
……よぐそとさんにはしばらく桃子さんに近づかないほうがいいって言っておこうかなぁ。
そういえば、結局あのおじさんは子供に会わないままログアウトしたみたいけど、会う算段でも付いたのだろうか? まあ、町に来ればあとはどうとでもなるか。あくまでフルダイブ系が初めてってだけで、ゲーム自体には慣れているみたいだし。
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「まさか、娘の恋愛相談に乗ることになるとは……余は驚きである。おっと、リアルでゲーム内の口調はまずいか。それにしても、お相手は気になるけど、友達に囲まれているようだし、大丈夫かな。それに、ちょっと様子を見てみたかっただけだしね。あまり踏み込まないほうがいいか。まあ、ほどほどに頑張ってね。しかし、技術の進歩ってすごいなぁ……俺が遊んでいた当時は、普通にゲームパッドとヘッドマウントディスプレイだったのに」
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桃子さんもひとまず落ち着き、アイテム整理にギルド内倉庫を利用しているのだが……なぜかこちらをジト目で見られている。
「ところで村長たち、回復アイテムの補充に来るくらい順調に狩れているようでござるけど……いったいどんな裏技をつかったでござるか? 今回のイベント、結構ドロップ率渋いという話でござるよ」
「? 単純に木の上を跳び回って、ツリーバード(植物で出来た鳥型モンスター)を蹴散らしまくっているだけだけど」
「結構おいしい回転率ですよ。アリスがジェット移動、お兄ちゃんが水のジェット噴射で木の枝の上をピョンピョン移動しているですから、MPの消費激しいですけど」
「……なんという方法を使っているでござるか。っていうか、エルフの森の木って巨木が多い上に枝が多いから制御ミスると枝にぶつからないでござるか?」
「実は最初の数十回は失敗して激突死してた」
「知っていたですか? あの枝、ダメージ判定あるんです」
「知りたくなかったでござるよそんなの」
「あとは、運よくボーナスエリアに入れたからね」
「うまうまだったです!」
「そっちのほうがメインの理由でござろう!? 相変わらず無駄に運がいいでござるな……」
「その分トラブルも呼び込むよ」
「自分もトラブルメーカーのくせに何を言っているでござるか」
「ははは。ぬかしおる」
「……」
「……」
PVPモード起動。
「って何をやっているですか!?」
「ちょっと真剣勝負でも」
「譲れない戦いというのもあるでござる!」
「いや、いつもの軽口でなんで本気で戦おうとしているですか!?」
「男の子には、そういう日もある」
「女の子にだって、そういう日はあるでござる」
「……子?」
「秘儀『隠密の一撃』」
あ、ショートカットワード使った――前にパーティー組んで戦っていた時に見覚えがあるが、確か潜伏系スキルとクリティカル率上昇系スキルを組み合わせたコンボだったような……ってことは多分背後から攻撃してくる。
「ここ!」
「あ、躱されたでござる!?」
「そのまま攻撃!」
「なんのっ――ってカスダメ?」
「……あ、さっき装備をハリセンにしたの忘れてた」
「分身からの連撃でござる」
「あ、ちょっと待って。せめて装備を変えて――ってPVP中は変えられないからアッー!」
「お、お兄ちゃーん!?」
敗因、その場のノリで行動する際も自分の状態は把握しましょう。




