ファンタ爺
男性を救出したのはいいが、白目剥いているので放置するのも後味が悪いよなと待つこと数十秒。
「――ハッ!? 余はイケメン紳士であるか!?」
「この人、すごく厚かましいこと言っているです」
「なんか関わりたくない気がしてきたんだけど」
「お兄ちゃんがそう言うって、相当だと思うです」
なお、場合によっては村のみんなに対してもそう思うことはある。口に出すと恐ろしい目に遭いそうだから言わないが。
この男性、アバターの見た目だから年齢ははっきりとはしないが顔にしわがある。ポリポリと首を掻いていて、どことなく結構年を取った感じがしているのだ。おそらくは、ヒルズ村で最年長のめっちゃ色々さんより年上だろう。知り合いの中で一番年上と思われるポポさんよりも年上かもしれない。
「うーむ、君たちはプレイヤーであっているであるか?」
「そうですけど……それがどうかしたですか」
「いやなに。数日遊んでいて、人っ子ひとり見かけぬものであるから、オフラインゲームであったのかと思ったのであるよ」
「ええぇ……カカオを集めに来ているプレイヤーも多い森の中でひとりとも会わないってどういうことですか」
「いや、場所によってはドロップ率の悪いポイントもあるからおかしな話じゃないよ。装備からしてもこの人初心者みたいだし、初期位置付近は確かカカオほとんどドロップしなかったような……」
「でもここって特殊エリアですけど?」
「別に入場に制限があるわけじゃないからね。ファストトラベルさえ起動すればどんなタイミングでもはいれるから」
それ自体はおかしな話ではない。他のプレイヤーからすれば運よく入場できたで済むが、初心者だといきなり妙な場所に飛ばされるアンラッキーイベントとなってしまったわけか。
それにこのおじさんの瞳には涙が浮かんでいた。感情表現が豊かなこのゲーム、こういった涙などで感情がもろバレなので、ごまかすのは難しい。本気で人に会えたことに安堵しているのだろう。
「結局、あなたはなんでこのゲームに?」
「ただ横殴りを楽しみたかっただけである」
「迷惑行為で通報しますよ」
さっきのは僕の勘違いだったのかもしれない。
「冗談である。ちと知り合いがこのゲームを遊んでいたから、気になって余も遊んでいただけである。して少年少女よ、どうやって進めれば最初の街にたどり着けるであるか? ファストトラベルというのが開放されたから、一度戻ってみようとしたら変なところに吐き出されるし……どうすればいいのかわからんのである」
「まあ、ワープポイントでもう一度ファストトラベル使えば戻れますから」
「おお、それは僥倖である。助かったであるぞ少年少女よ」
「なんかこの人、調子狂うです」
「ははは……でも何だろう、どこかで見たような顔をしているんだよなぁ」
いや、この人というか、似た人を見たことがあるというか。誰だっけ?
記憶を探ってみても思い出せないのでひとまずそれは脇に置いておく。
とりあえず詳しい話を聞いてみるが、思った通りエルフの森内にある始まりのエリアからスタートして、どこをどう進んだのかプレイヤーの少ないポイントを突き進んでしまっていたらしい。ファストトラベルは2か所開放していて、初期位置に近いポイントへ戻ろうとした矢先にこのボーナスエリアへと飛ばされたとのこと。なんというか、運がいいか悪いのかわからない人だな。
「まるで最初のころのお兄ちゃんみたいです」
「――え」
「いや、自覚ないですか。みんなに聞いたですよ、第1回イベントまでずっと人に会わなかったって」
「…………あ、そういえばそうか」
「今まで忘れていたですか!?」
「いや、ほら。思い出って心の中に仕舞われるものだから」
「それを忘れていた、というですよ!」
「…………かかあ天下」
「まてそこのおじさん。それはどういう意味だ」
「ふっ……気にする必要はないのである。余の家もそうであるからな! そして、娘にもその才覚は引き継がれているのである! きっとあいつはそうなる。そして、面倒くさい恋愛しかできない女であるからな」
「あんた自分の娘にとんでもない評価するな!?」
わかった。この人遠慮とかいらない人だ。ちょっと柔らかく対応していたら余計な面倒ごとに発展するタイプの人だから、飲まれないようにしないといけない。
「それ、お兄ちゃんも同じですからね」
「馬鹿な!?」
「自覚あるのにそういうリアクションするところとかまさにそうですよ」
「あ、やっぱり?」
「ほらー!」
「これは、鍛え抜かれたツッコミの気配っ」
「そこのおじさんも何を言っているですか!?」
「あ、わかります? 僕ら基本ボケばかりなんでぐいぐいツッコミ入れてくれる子って助かるんですよ」
「ふふふ、余の学生時代を思い出すであるなぁ」
「アリスを置いてけぼりにして意気投合しないでほしいです」
閑話休題。
とりあえずこのおじさん――プレイヤー名はもんじゃ焼き2世――を引き連れ、ファストトラベル可能な地点にまで戻る。
「また妙な名前です……」
「学生時代にオンラインゲームを遊んでいたころ、余はもんじゃ焼きという名であったである。そして、今ここに降り立ったのはかつての余を受け継いだ存在。すなわち2世!」
「口調作っていると思ったけど、もしかして……」
「いかにも。当時から余はロールプレイ勢であるぞ」
「もしかして、DWOです?」
「おお、知っているであるか少年少女よ」
「まあ、うちの両親とかこの子の叔父さんとかが遊んでいたので、話ぐらいには。仲間の中にも元プレイヤーがいますし」
「なつかしいであるなぁ。尤も、余は初期の初期を遊んでいただけである。もっぱら2Dドットの横スクロールがメインであったのでな」
「あー、そういえばそれもあるですね」
「あったなぁ、そんなのも」
「あった、ではなく今もあるのだがな」
「あれ何年選手なんですかね」
「結構長いよね、あのゲーム」
「余の目をもってしてもまさかいまだにサービスが続いているとは思わなんだ……まあ、それもある時期を境にやめてしまったであるが」
「ある時期?」
「就活。すぐに結婚もして、娘も早いうちに生まれたであるからな。DWOはそのあとぐらいに息抜きで手を出したであるが、初期はとにかく時間のかかるゲームで余のプレイスタイルには合わず、やめてしまったが」
「や、やめる理由も人ぞれぞれですから」
「アリスちゃん、これ割と普通の理由だからフォロー大丈夫」
オンラインゲームをやめるのって静かにフェードアウトするパターンが多く、単純に飽きたとか合わなかったとか、あとはリアルの事情でログイン時間が減りそのまま自然とやめてしまうのだ。基本更新し続けるオンラインゲームは、しばらく遊ばないと別世界と化す場合もある。
「数年ぶりにログインしたあのゲーム、MOだったのにオープンワールドと化していたあの衝撃はすさまじかったである」
「それ、もはや別のゲームだと思うです」
「い、一応大型アプデだから(震え声)」
「なんでお兄ちゃんがフォローするですか。別に運営の回し者でもないでしょうに……むしろその立場なのは本当はアリスでは?」
アリスちゃんの自虐でひとまずこの話は終わる。
そうでなくとも、BFOを歩きなれた僕らなら簡単にファストトラベル地点にまでたどり着けるわけで、あっさりともんじゃ焼き2世さんをこの場所まで連れてこれた。
そろそろ溜まったアイテムを整理するのにちょうどいいタイミングなので、彼のファストトラベル登録先から最も近い村まで案内することに。
「何から何までありがとうなのである」
「どういたしまして。というか、知り合いに会いにゲームにログインしているならその人に助けを求めればよかったんじゃ……」
「いや、その相手――というか娘なのであるが、あの子には内緒でログインしているのである。自分の娘にあれであるが、かなり面倒くさい性格をしているであるからな。非常に心配」
「どんな娘だよ……」
「うーむ、そうであるな…………無い胸を非常に気にしているであるな。あと、多分ロールプレイ勢。余の娘だから間違いない」
「無駄に説得力あるですね」
「目の前に実例がいるからね……うん?」
あれ? 無い胸を気にしていて、ロールプレイ勢の女性? 面倒な性格……あと、恋愛面で残念そうな人っぽい…………なんだろう、どこかで聞いたことのある人物像だ。
アリスちゃんも何か思い出しかけているのか、眉間にしわを寄せている。
「……お兄ちゃん、アリス嫌な予感がするです」
「僕もだ。ただ、もう手遅れになった気がする」
「もうというか、もうとっくにが正しい気がするです」
具体的に言うと、もんじゃ焼き2世さんと出会う前から手遅れだった気さえしている。
しかしこの人を送り届けると言った以上、エルフの森内にあるエルフの里までは同行するべきだ。幸い大きな戦いになることもなく、無事に目的地にはたどり着けた。
「はい、到着です」
「おお、なかなかファンタジーな光景であるな」
巨大な木が何本も生えており、その木をくりぬいたりして作られた家々が立ち並ぶエルフの里。BFOの中でも屈指のファンタジーな居住エリアだ。
木と木はつり橋でつながっており、初見で探索するときは迷うと評判のエリアである。
「ところで、地面から上にはどうやって行くのであるか?」
「あー、そっか。普通はそこからだよね」
「アリスたちは最初から空を飛んで侵入しているですからね」
ジェット移動が便利すぎるのがいけないのだ。侵入不可判定もないから普通に上から侵入していた。
なお、ちゃんと木の根元に正規の入り口もある。
とりあえず初回の人もいるので今回は正規の入り口から入った。木の中をくりぬいて作られた螺旋階段を上り、商店エリアに入る。近くには教会もあったはずなので、ここをファストトラベル登録すればもんじゃ焼き2世さんも後はひとりでもどうにかなるだろう。
「重ね重ねありがとうなのである。あとは地道に娘を探してみるであるよ」
「でもBFOも広いですけど」
「お嬢さん、余の娘はアクの強い子。そのうち噂が耳に入るである」
「なんて力強い瞳です――ッ」
「言っていることはしょうもないというかなんというか……うん?」
と、そこで僕の視界に見知った人が映る。
つり橋の近く、オープンテラスになっているカフェでアンニュイな顔をしてため息をついている女性がひとり。サイケデリックな着物に身を包んだくノ一の女性……っていうか桃子さんだった。
「はぁ……恋って、なんなのでござるかなぁ」
何か言っている。
「はぁ……誰か、相談に乗ってくれないでござるかなぁ、チラッ、チラッ」
何か、こっちを何度もチラ見している。
「拙者の恋、どうなっちゃうの☆」
……イラッっとするんだけど。え、何? わざわざ少女漫画みたいなエフェクト発生させてまで自分に浸っているの何なの?
しかし明らかにこちらを視認している以上、スルーするのも後々面倒だ。気が進まないがかかわるしかないか。
というわけで、足取り重く僕らは桃子さんのほうへ向かうのであった。




