絶対カカオ戦線20XX 序章
なお、世間はひな祭りである。
正直予想はしていたんだ。
だけれども丸わかりの伏線、というか地雷? に向かってわざわざこちらから飛び込むのもどうなのよ。そんなわけでしばらくの間は深く突っ込まずにいましょう。ということが脳内会議で可決された。
なお、地雷は早めに撤去するに限るというのがバレンタイン後の僕の感想です。
今現在においてはそんなことも考えてはおらず、ただただどうしようこの人としか思っていなかった。
「乙女達よ、立ち上がるでござる! 今BFOは大恋愛時代! バレンタインという幻想に取りつかれた少女たち、今や甘酸っぱい雰囲気のお花畑があちらこちらで咲き乱れている。そんな光景を眺めているだけの我ら! 美少女でいられるのはゲームの中だけ。出会いなんてリアルにはないと諦めていたそこの貴女。立ち上がるのはいつ? 今でしょ!」
ここはヒルズ村の広場。えっと、あれ名前なんだっけか……学校の校庭で校長先生とかが使うお立ち台。朝礼台? そんなようなものに桃子さんが立って女性プレイヤー達に向かって演説している。
女性プレイヤー達も彼女の言葉に感化されたのか雄叫びをあげているし……なんでこの人たちこんなに雄々しいの? あと一番のお花畑は桃子さんだと思うんだけど、そこのあたりどうなのか。
「いつからここはアマゾネスの村になったです?」
「さぁ……わからない。というかこの場違い感よ」
僕とアリスちゃんは広場の隅でバレンタインイベントのアイテム交換どうしようか、なんて話していたのだが……そこにやってきたのが桃子さんだった。いや、もともと桃子さんからカカオ集めの穴場があるから一緒にどうでござるか? と誘われたから村で待っていたんだけど……いや、その桃子さんが頭のおかしいことを始めた時点で逃げろよ僕。
そして続々と現れる女性プレイヤーたち。皆一様に気合の入ったキャラデザしているなぁとは思ったが、その時点では特に違和感を覚えなかった。正確には、目を逸らしていたのだが。
「今こそ聖戦の時でござる! さあ、BFO内結婚第一号のご夫婦をご紹介しよう! でござる!」
「やべぇ巻き込まれた」
「お兄ちゃん。思ったですけど……結婚しようがしまいがトラブルは向こうからやって来たんじゃないかなって」
結婚しない場合。ゆろんさんが何かやらかす。した場合。今回。
「否定できない(笑)」
「笑っている場合じゃないですよ。いや、目は笑っていないですね」
つけるなら(嘆)だろうか。
アマゾネスたちの目がらんらんと輝いており、こちらをじっと見つめるものだから非常に怖い。警告文が目の隅に出現しており、心拍数からログアウト推奨とか出てきている。そうか、恐怖で強制ログアウトが発生する寸前まで来ているのか。
「どうりで足ががくがくぶるぶるなわけだぜ」
「精一杯かっこつけようとしているところ悪いですけど……お兄ちゃん、高速で後ずさりしているですよ」
「会話出来ている時点でアリスちゃんも同じ速度で後ずさりしているんだよなぁ」
「今夜は眠れないですよ、あんなの見た後だと!」
獲物を見る目でじっと見られたらな。なお、現在進行形で追いかけられているので獲物とは比喩表現抜きの話だ。マジ怖い。
このまま後ずさりで逃げるのにも限界があるので、アリスちゃんとふたり一気に振り向いて教会まで逃げ込む。ファストトラベルしてしまえば、こっちものものだ。
「逃がすかー! 追えーでござる!」
「はい親分!」
「姐さん、あいつら思ったより速いです!」
「そういえばふたりとも種族補正で素早さ高いんでござったな……ならば拙者がいくでござるよ!」
「爆破ぁ!」
「そんな爆弾、拙者には通用しな――ギャー⁉」
「先生⁉ そんな、先生がやられた⁉」
秘蔵の多段ダメージ爆弾を使う羽目になってしまった。ついでにPKペナルティで一定時間ステータスダウンである。あと、桃子さんの呼び名は何故みんなバラバラなの? そんなチームワークの欠如している彼女らであったため、先回りしていた俊敏特化プレイヤーも何とかかわし、教会へ逃げ込んで適当にファストトラベルする。
「どこに行くです?」
「とりあえず適当にマップから――ここ!」
ひとまず逃げきれればいいとよく確認もせずにマップに表示されたファストトラベルポイントをタッチする。すぐさま周りの光景が切り替わっていき、転送先へ投げ出された。
「うおっ⁉」
「なんか挙動が変です⁉」
いつもならもっと落ち着いた形でファストトラベルが完了するのだが、なぜか今回は乱暴な形でマップに吐き出された。
どうやら森のようだが……あまり見覚えがない。というか、こんな場所をファストトラベル地点に登録した覚えがないのだけれど。まさかバグ? とりあえずマップを開いてこの場所の名前を確認すると――ボーナスエリア?
「あ、それ知っているです。何か月か前に実装されたシステムで、ファストトラベルしたときにランダムで飛ばされるイベントアイテムなんかをたくさん集められる場所です」
「そんな場所が……」
「ただ、すっごく低い確率ですし、狙って出そうと連続でファストトラベルしてここに来ようとする人が出ないように1時間に1回だけ判定チャンスが発生するそうです」
「なるほど……そんな場所なら桃子さんたちも追ってはこれまい」
「ですね――で、どうするです?」
「そりゃ当然、カカオ狩りじゃぁ!」
「入れ食いです!」
そもそもの話、カカオの実というだけあって今回最もドロップ率がいいのは植物系モンスター。なので今現在エルフの森などの植物系モンスターが多く出るエリアは、人口が密集し過ぎてまるで同人誌即売会の様な様相を呈している。僕は行ったことないから画像などで見たことある範囲で思ったことだが。
トレント系のモンスターや、逆襲のジャックランタンというハロウィン気分をまだ引っ提げているモンスターなどほかにも植物系モンスターが盛りだくさんで襲い掛かってくるが、僕らには素材の山にしか見えなかった。桃子さんたちのことを言えないぐらい目が血走っていたことだろう。
「すごいよこのマップ! 流石カカオのお兄さん!」
「お兄ちゃんのテンションが上がり過ぎて意味が分からなくなっているです⁉ でも気持ちはわかるですよ。これだけのカカオがあれば欲しかったあのアイテムもこのアイテムも交換できるです!」
「時間的にあきらめていたあれやこれやも……ずっとここにいればそれだけ集め放題では?」
「それはそうなんですけど……補給どうするです? あと、ドロップした素材も倉庫に預けないといけないですよ」
あ、そっか。
しかもボーナスマップの仕様で装備修復など一部機能が制限されている。なるほど、いつまでもここに引きこもっていられないようにする措置か。となると名残惜しいが、限界ギリギリまで粘ってから脱出するべきなのか。
「…………このままここに数日ぐらい引きこもりたい」
「随分とがっつり引きこもるつもりですね」
「どこかに簡易倉庫とか、鍛冶場とかないのか」
「あったら運よくたどり着いたプレイヤーが引きこもっているですよ」
それなりに広いようだが、今のところ他のプレイヤーを見かけていない。つまりはどうしてもいったん帰る必要がある。
「仕方がないか。まだインベントリには空きがあるし、装備もまだ耐久値は平気だから粘るけどキリのいいところで帰ることにするか。ちょうどPKペナルティも解除されたし、ステータスも戻ったから効率もあげられる」
「それはよかったです。まあ、あまり遅くならない範囲であそぶですよ」
とりあえず、奥の方に行けばほかにレアなアイテムが手に入るかもしれないということで先に進んでいくのだが……たくさんのツタが襲ってきた。
「なんです⁉ 触手プレイはアリスには早いと思うです!」
「言っている場合か⁉ HPゲージが複数本出ているし、フィールドボスの類みたいだけど」
ツタの伸びている地点の中央。緑色の女性型モンスターがたたずんでいる。うねうねと動くツタはまさに触手! といった感じで、絵面的にどうなのよと思わないでもない。しかも捕まっているのが初老の男性プレイヤーなのがまた何とも言えない。
「って誰か捕まっているんだけど⁉」
「他プレイヤーです⁉ いや、別に他のプレイヤーがいること自体はおかしくはないですけども」
とりあえず爆弾を投げつけ、ヘイトを稼ぐ。その間にアリスちゃんが謎のおじさんを捕らえているツタを部位破壊し、救出。
「クリアです!」
「よしきた!」
短期決戦で一気に勝負をつけようと、奥義を同時発動する。【海賊】の奥義スキル、『ファイナルモード』と『ストームブリンガー』は同時発動することですべての通常攻撃が超強化された水属性かつ、防御貫通効果が付与される。あと、風属性も付与されているが、こちらは倍率的におまけ程度だ。
「悲しいのは植物系って水効きにくいことだよね!」
「バフかけるですよー」
「サンクス」
ステータスがさらに上昇。フハハハハ! これがステータスの暴力だ! なお、奥義スキルを同時発動する都合上ほかのスキルは発動できなくなります。
よく考えたらこの戦闘スタイル、アリスちゃん向きの戦法なのでは。
「アリスは、というか【演奏家】にはその手のスキルないですよ。ありそうな【武闘家】は苦手です」
「そういえば連続攻撃系のスキルとか体の感覚が合わなくて失敗してたね!」
「おのれ、叔父さんは何故こんな運動できない人に合わせて体が勝手に動くようにスキルモーションを設定したですか⁉」
「客層ゆえにだよ」
主にオンラインゲームをやりこむタイプの人はインドア派が多いし。フルダイブ系だからある程度社交性というか会話能力がある人が多くなってはいるが、それでも結構なレベルのゲーマーだって多い。話によると、深夜帯とかプレイヤーの挙動がカオスらしい。最高効率を目指した結果、理解できない動き方になるのだとか。話がそれたが、つまるところリアルに体を動かすタイプの人は少数派となるということだ。なので、動かさない人に合わせた設定になるのも自然な流れなわけである。
「とりあえず帰ってから叔父さんをしめればいいんですね」
「やめたげてよぉ」
「まずは軽くジャブで殴り飛ばして!」
アリスちゃんのアッパーでドリアードが浮く。
「続いてトルネードキックで叔父さんの滞空時間をアップ!」
旋風脚がドリアードのHPを減らす。あ、クリティカル入っている。
「そしてニーハイニーハイ!」
「ニーキックなニーキック」
膝蹴り。しかも連打とか恐ろしいんだけど。
あといつの間にイフリート召喚したのか聞きたいんだけど。炎のおっさんを守護霊的な感じで背後に立たせ、自分は炎を纏った打撃技で攻撃している。アリスちゃん武器はどうした武器は。
「ちゃんと攻撃力には反映されているですよ」
「装備しているのはバトルブーツだから、装備していない箇所の攻撃なんだけどね。旋風脚以外は」
確かにたとえ剣だろうが杖だろうが何であろうが、武器を装備してさえいれば素手の攻撃も装備の数値が加算されたダメージになるけどね。
前は装備毎の数値やスキルの判定なんかが複雑に絡んでいたのだが、前に両手武器関係なくふたつ同時装備可能になったことで一部武器で格差が出来てしまい、装備のステータス加算に関して調整が入った。結果、このように武器とは? な光景が発生することも――いや、アリスちゃんは前からそんなんだったわ。あんまり関係なかった。
「そしてとどめの貼山靠!」
「うわー、すごい威力……単発攻撃スキルなら普通に打てるのか。ところでアリスちゃん、いいの?」
「どうしたです?」
「謎のおじさんも吹き飛んだけど」
「お、おじさーん⁉」
哀れにも、なぞのおじさんはポリゴン片となって吹き飛んでしまうのであった……あ、今度はアリスちゃんがPKペナルティ食らっちゃったか。
ゲームなのですぐさま蘇生させればいいのだが……アリスちゃんがパニックを起こしてしまい、落ち着くまでに少々時間がかかってしまうのであった。




