調子に乗ると思わぬ落とし穴に落ちる(いつものこと)
ほっと一息コーヒーでも飲んで落ち着くとしよう。
適当にぐるぐるとコースを周回してイベントアイテムを貰うためのポイントを集めていたのだが……これまた先が長そうなので、各自地道にやろうということで解散した。あと、数時間後からメンテナンスもやるようなのでキリがいいところで切り上げた、という理由もある。
「早速修正箇所について情報が出ているし……ああ、ディントンさんのはレアケースか」
BFOからキャラデータを読み込みかつ、実際の体から一部箇所でも大幅に小さくしている場合においてのみ発生するバグで、身体データとの齟齬が発生してはじかれる現象が起きるとのことだ。
あと、僕が遭遇したバグだが……どうやら各コースにショートカットポイントが設定されているらしいのだが、位置がズレてしまっていたと……で、たまたまズレて設置された見えないショートカットポイントにヒットさせたみたいだ――いや、どんな確率なのか。
特にやることもなく、手持無沙汰となり……いや、宿題は片づけないとダメか。カバンから必要なものを取り出そうと――と、そこで見慣れない包みが入っているのを見つけた。
「? なんだこれ、こんなもの入れた覚えは……誰かが間違えて入れた? 宛名が付いているけど……桃木君へ?」
いや、誰宛――って桃木って僕だった。最近、ほぼほぼ村長としか呼ばれない――学校でもバレたのでみんな村長と呼んできやがる――ので一瞬自分の名前だとわかんなかったわ。
っていうか、僕宛って……やけに気合の入ったラッピングだな。それに、何やらピンクな装飾までついている。
「…………ハッピーバレンタインとか書いてあるんですけど」
え、マジで? チョコなの? バレンタインチョコなの? 母親と親戚の女の子以外からもらうの初めてなんですけど、え、マジなの?
まて、まだ慌てるような時間じゃない。第一、この界隈じゃ有名な変人さんと名高い僕にわざわざチョコをカバンに忍ばせるようなこと、するような人がいるか? いや、いない!
ならばこれはいわゆるドッキリ、的な? プギャーとか笑う感じの陰湿なあれなのだ。だからここで見えている餌につられクマーなんてした日には後悔することだろう。
第一、村長バレしている時点でアリスちゃんのことを知っている人も多いことだろう。いや、あくまでゲームはゲームだと思うのが普通。そんなの関係ないとばかりにチョコを渡してくる人がいること自体はおかしいことではない。いやおかしいんだって正気に戻れ僕。そもそもまだバレンタイン当日ではない。フライングもいいところだ。
それに、チョコを貰ったことをアリスちゃんに知られてみろ。その先は地獄だぞ?
…………あ、一瞬で冷静になった。
「ふぅ、とりあえず開けてみないことには始まらない。さあ、いざ――」
中に入っていたのは、いつもあなたを見ています。という一文と、明らかに隠し撮りとしか思えない普段の僕の姿と、ロポンギーの姿を映したスクショを印刷した生写真の数々であった。申し訳程度に一粒チョコ(20円)入りで。
「なんでだ⁉」
いや、怖いんだけど⁉ 会ったころのアリスちゃんやゆろんさんとは比較にならないレベルで怖いんだけど――え、ナニコレ? ストーカー? え、僕ストーカー被害受けていたの?
た、助けを呼ばなければ――と、慌てていたせいで箱を落してしまい、写真の間から一枚の紙が出てきたことに気が付いた。
「…………ドッキリ大成功、by山茶花ダイゴ」
あ、あの野郎――どうせこんなことだろうと思ったよ! 茶プリンこと山茶花ダイゴ、リアルでもゲームでも友人の彼だが、奴は越えてはならぬ一線を越えたのだ。
「とりあえず、電話をかけて抗議してやる――――――って、あれ?」
気が付かなかったが、PCの画面に通知が来ており、件のダイゴからちょうどメッセージが届いていたようだ。
ぼす、けて……一言、それしか書いていない。
「いや、意味が分からない」
その時だった。外から絹を裂くような悲鳴が聞こえてきたのは。
「何事⁉」
放っておけないとばかりに飛び出したが、この方向は……近くの公園か? 近所の人も集まっているようで、何やらざわざわとしている。最近よく会う少女、桜井ちゃんも来ており、なんだか微妙な顔をしていた。
「あ、お兄さん。お友達が、こっちで、その……」
「お友達? って、ダイゴ――なっ⁉ どうしたんだ⁉」
口にカカオの実を突っ込まれた状態で倒れ伏しており、最後の力を振り絞ったのだろう。地面にはごめんなさいの一言だけが書かれていた。
「いや、どういう状況?」
「……さぁ」
特に外傷もなく、妙な状態で倒れているとしか言い様がない。
明らかに事件な出来事なのだが、謎過ぎる……自作自演の可能性もあるのがこいつのアレなところなのだが、まあ……また後日聞けばいいだろう。っていうか、なんでカカオの実? バレンタインだから?
「…………?」
「どうかしたですか?」
帰ろうとすると、なにやら背筋がヒヤッとした。ぼそっと耳元でつぶやかれた気がするんだが……いや、気のせいだよね? 悪は成敗しましたとか言われた気がしたんだけど、気のせいだよね?
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帰ってみると、すでにバグの修正は済んでおり、今は特に問題もなく遊べている。いや仕事速いなオイ。
とりあえず先ほどの妙な体験を忘れるためにゲームにログインし、気持ちよく遊べる――なんてことはなかった。
「……帰りたい」
「次、村長の番でござるよ」
「へぇ、こいつが噂の村長さんねぇ。ワイは三角州。向こうじゃあんたと同じで、フィールドマスター系の【大名】で遊んどる。まあ、よろしくな」
話しかけてきたのは、江戸っ子風の格好をしたイケメンオーラを漂わせている女性。背も高くて、すらっとしたモデル体型だ。
「前に会ったときはもうちょっと小柄だったでござろうに」
「いろいろあってなぁ。種族変更アイテムでキャラメイク修正した」
「ああ、それそういう使い方もできるから」
種族変更時に体形調整とかもできるから、あえて種族はそのままでキャラメイクの調整に使うこともできる。そういえば、三角州さんって名前だけは聞いたことがあったな。アリスちゃんのフレンドのひとりだっけか。僕自身はまともに会話する機会がなかったからあまり詳しくはないが。そういえば、今と体形は違うがクラーケン戦などで見た覚えがある。
そしてこの場にいるのはもうふたり。ひとりは闇に呑まれた桃子さんだが、もうひとりもお初にお目にかかる……え? 頭の上にケチャップソースとか表示が出ているんだけど。
「久しぶりだなぁ! BFOじゃしばらくぶりだったなぁオイ! アタイも元気だったぜぇええ」
「え、ケチャップソースさん⁉ 炭鉱スタート組のケチャップソースさんご本人なの⁉ どうしたの、その恰好……」
「ああ、彼女――スポーツゲームをやると豹変する質で、こうしてパンクな感じになってしまうのでござるよ」
「なんで僕の周りの女性陣はドイツもこいつもアクが強い連中ばかりなんだよ⁉ 胃もたれするんだけど!」
「男性陣もアクが強いでござろうが。というか、村長がそれを言ったらおしまいでござるよ。まさしく類は友を呼ぶ!」
「ああ、僕のせいなのねそうなのね」
嘆いていても仕方がないので、とりあえず僕の番なのでボールを打つ。今回は順番通りゆったりとやるモードでゴルフを楽しんでいる。なぜかログインした瞬間に桃子さんにつかまってこの4人で遊ぶことになったわけだが。ははっ、見ろよ。僕以外女の子だぜ。ハーレムだぜ。誰か代わってほしい。
桃子さんは闇の住人と化し、ケチャップソースさんはよくわからない生き物になってしまった。そして三角州さんはよく知らないが、アリスちゃんたちとよく狩りに行っている時点でお察しだよ。しかも激戦区で戦っているって聞いたことがあるんだけど。
「…………なんで当たり前のようにホールインワンを決めるのでござるかこの男は」
「あそこにショートカットポイントがあります。当てます。以上」
「当たり前のように当てられるのがおかしいのでござるからな⁉」
「ハハハハハ! やっぱあの子とコンビを組んでいるだけあるなんやな! こいつも大概リアルチートやで」
「いいからさっさと次行こうぜぇ!」
「とりあえず……ケチャップソースさんは違和感がすごいから戻ってほしいんだけど」
その後、順調にホールをまわっていくわけだが……桃子さんが外す外す。
「なぜでござる⁉」
「邪念が混ざりすぎているんだよ邪念が」
「いやぁ、真っ黒なオーラをまき散らしているからなぁ」
「オウ、バッドなメロディが漂ってきていて、ブルーな気分さ」
「……慣れないなぁ、このキャラ」
「BFOに戻れば、いつも通りの彼女に戻ると思うで」
「だといいんだけど。っていうか、トライアスロンの時は普通だったのに」
「RPGはスポーツゲームじゃないからなぁ!」
「あ、そうっすか」
結局は本人の気の持ちようってわけね。
なお、現在桃子さんがバンカーにとらわれた状態です。ほかのメンバーはカップインしているので、高みの見物中。
「ギブアップって、何打からだっけか……」
「たしかホールごとの規定打数の3倍だったかな? プレイヤーで設定も可能やけど、今はデフォルトにしてある」
「いいからさっさと打ち尽くして、ギブアップしちまいなYO!」
「ぬおお、あきらめてたまるものか! もっとポイントを勝ち取り、限定衣装でよぐそと殿をメロメロにするんでござるぅううう‼」
「欲望に正直」
「何がそこまで彼女を駆り立てるんかなぁ」
「愛、さ」
「むしろ欲、じゃないかな」
「合わせて愛欲やな」
「やだいかがわしい」
なお、否定はできない模様。
妄想の世界に旅立ったのか、桃子さんの口からはよだれと共にピー音が漏れている。いや、どんだけ危険なワードを口にしているんだ?
「……うわぁ、やっばいこと口走っているんやけど」
「え、わかるの?」
「プレイヤーの年齢ごとにフィルタリングは変わるからなぁ」
そんな機能あったんだ……後で調べたところ、未成年では外せないが、自分でどのあたりまでフィルタリングするかを設定できるみたいだ。僕未成年だから関係ないけど。
「ちなみにどんなことを口走ったので?」
「ハハハ。どのみち検閲削除やで」
「ごもっともで」
「こなくそー! でござるー!」
「先に進まないから桃子さんもはようギブアップしてー」
「ポイントがぁあああ、減っていくでござるぅうう」
「……むしろギブアップしないと打数が増えるだけ増えてポイント減るのになぁ」
「やな」
「いいねぇ。クレイジーだねぇ」
「…………慣れねぇ」
その後、バンカーを脱したと思ったら桃子さんは池ポチャするのであった。その後はただただ無言でコースをまわることになってしまったのだが……そもそも、なんで桃子さんは僕を捕まえて一緒のゲームに参加させたのか聞きそびれたなぁ。
まあ、後で聞けばいいか――毎度のことなのだが、そういう軽く考えて後々面倒なことになるパターンが多いのだから気になれば、聞くべきだった。
いや、今回の場合どのみち面倒なことになっていただろうけどね。
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