行列は先にあるもの以外のことを考えながら並ぶ
アクア王国城下町。なんとなくぶらぶらと歩いていると、あちこちにハート形のバルーンが浮かんでいるのが見える。ここだけではなく、各町でこのような光景が広がっているのだ。
結婚システム実装と同時に始まったバレンタインイベント。そのため、ファンシー感満載な装飾でBFOは彩られてしまった。
「バレンタインなんて、滅べばいいんじゃぁあああ!!」
「ライオン丸さん、ステイ」
「まったく、落ち着いてくださいよね」
めっちゃ色々さんとともにライオン丸さんが暴れないように抑えようとするが……見えない壁に阻まれるんだけど。
「ライオン丸さん、なにか設定いじりました?」
「――あ、この前ランナーBの姉御(男扱いはキレる)と一緒にクエストに行ったときにハラスメント防止で接触設定オフにしたままじゃった」
「アカウント停止したばかりで何してんだあの人」
「業が深い人ですからね……面倒見がいいですし、悪い人ではないんですけどアクが強いのが玉に瑕で」
「むしろアクが強すぎてマイナス評価でしょうが」
僕は苦手なんだよなぁ、あの人。
本日も晴天なり。今日はヒルズ村男子メンバーでバレンタインイベントの攻略に乗り出している。なんとなくこういうイベントだと同性で固まったほうが気楽でいいよねということになり、そのまま男女別々で行動することになったのだ。
「まあ、女性陣にみられるのは恥ずかしいイベントじゃからな」
「水着で暴れまわっていたBFOプレイヤーには今更の話だと思うけど」
「最近、ライト層のプレイヤーも増えましたからね。ほら、あそこにもキャッキャウフフしている人たちが」
いかにもなバカップルがいる。頭上に表示されたプレイヤー名は『3っちー』と『44りん』か……いや、あれはバカップルロールプレイでは?
「なんじゃバカップルロールプレイって」
「バカップルを演じて独り身のプレイヤーを煽る暇を持て余した神々の遊びかなって」
「神々っていうか、邪神じゃな」
「なんと邪悪な」
ガチのバカップルだろうが、ロールプレイだろうが見ていてイラつく光景なのには変わりない。ベンチでお互いの名前を呼びながら好きなところを言い合っているし……家でやれよ。
「……めっちゃ色々さんは彼女とあんなことしてます?」
「…………つい先日、推しのカップリングはどこが尊いのかと熱く語られました」
「なんか、すいません」
「世の中いろんな愛の形があるからのう」
「いえ、いいんですけどね」
愛だなぁ……そういうところも受け入れているの。
さて、そろそろスルーしていた彼についても語らねばなるまい。
「……ござぁ」
「で、よぐそとさんには何があったんじゃ?」
「風邪で寝込んでいる間、今までのことをゆっくり思い返していて桃子さんの好意にどう返せばいいか悩みまくったらしいですよ」
「今も悩んでおるんじゃな」
「っていうか、今更の話だよね。むしろ桃子さんの好意になんでようやく気が付いたんだって話だけれども」
「はぁ……みんなわしの周りでイチャイチャしおって! この独り身のつらさがわかるまい!」
「でもなんだかんだでライオン丸さんも高校生組の女子ふたりと仲がいい――なんでムンクの叫びみたいになってんだよ」
「それはそれで女性陣に失礼では?」
「いや、友達としては良くてもそういう対象としては勘弁なんじゃが」
「ひどい言い草だ」
「いやいや、すっかり猫口調が板についた露出狂マゾとちゃらんぽらん黒ギャルオタじゃぞ」
「ひどい言い草だ」
「ぬおお……某はどうすれば」
っていうかカオス過ぎない?
「どこからツッコミを入れればいいのか悩ましいんだけど」
「スルーでいいんじゃないですかね?」
「それもそうか。ログイン時間制限もあることだし、さっさとイベントをこなそう」
「ですね」
「ワシ、案外こういう無駄トーク好きなんじゃが」
「実は私も」
「何でもない会話って、安心感あるよね」
「某は、某は」
「で、この壊れたサムライはどうする?」
「適当に連れまわそう。よぐそとさんの好きなNPCからチョコをもらって癒してもらうんじゃ」
「そううまくいけばいいんですけどねぇ」
「え?」
@@@
バレンタインイベント担当のNPC(各町にいる)の場所ヘたどり着いたとき、目の前に広がっていたのは肉の海だった。
むさくるしい男たちの熱気、やたらと行列のできた同人誌即売会かな? と見まがうこの光景。ゲーム内じゃなかったら上空にこの熱気で雲ができていたかもしれない。
「うわぁ……」
「まず関門その1。NPCに群がるプレイヤーの群れを突破しなくてはいけない」
「お、おう」
「ごーざーるー!?」
「あ、よぐそとさんが人ごみにのまれた」
「パーティーメンバーのHP表示、よぐそとさん死んでおるんじゃが」
「無茶しやがって」
「で、どうします?」
「……どうせすぐ後ろのファストトラベル地点で復活するし、すこし待つか」
1分後、放心状態のよぐそとさんがとぼとぼと歩いてきた。無言でゆっくり後ろをついてくるから怖いんだけど。
「駄目じゃ。記憶の整理がつかない状態でショッキングなことになって、さらに記憶が混乱しておる」
「むしろ記憶飛んでいませんかね、これ」
「今日の間はよぐそとさんのことを背後霊か何かと思うことにしよう」
「ひどい言い草じゃな」
「それさっき僕が言ったセリフ」
闇を背負ったよぐそとさんを引き連れて人の波にのまれないようにそれぞれ装備を変える。まずは見た目からインパクト抜群でいかないとすぐにほかのプレイヤーに埋もれてしまうのだ。
「っていうか圧殺されるほど人が集まるってどういう状況だよ」
「UMAになっとる村長のほうがどういう状況じゃ」
「ライオン丸さんこそムキムキマッチョにメイド服って視覚の暴力すぎるんだけど」
「ところで私の格好についてはツッコミ無しですか?」
「いや、めっちゃ色々さんのサメの着ぐるみは何度も見たことあるし」
「なんだったら、たまにその格好でエアロビクスしているの見たことあるんじゃぞ。ゲーム内で意味ないじゃろうに」
「違います。あれはそういうクエストなんですよ」
どんなクエストだ。
「特定の動きをクリアすることで、ステータスを増加させることのできるクエストなんです。あれは確か、MPの最大値を増加できるんですよ。まあ、微量ですけどね」
「微量でもMP増加とか必須クエストなんだが」
「あとでワシもやる」
でもエアロビクス必須か……服装は何でやるか悩ましいところだ。
「別にいつも通りでいいじゃろうが」
「いや、上半身裸でそういうのはちょっとサービスしすぎかなって」
スパーンと頭をハリセンで引っ叩かれる。正直ボケに走りすぎたかなとは思う。
で、いつまでこうして与太話で行列を持ちこたえればいいのか?
「緩やかに進んでいますね」
「チャンネル移動とかしたいのう」
「っていうかそのNPCってヒルズ村にいないの?」
「今、ヒルズ村は女性陣の集会場になっていますよ」
「……そういえばそうだった」
僕らがヒルズ村から出てバレンタインイベントに参加しているのも、じゃんけんで今回は女性陣が村でクエスト進めることが決まったからだ。あそこで、チョキを出していればなぁ。
というかアリスちゃん相手にじゃんけん勝負は無謀だった。滅茶苦茶ガン見しているなーと思ったら、こっちの手の動きから何を出せば勝てるかわかるとかどう勝てと?
「過ぎたことを悔やんでも仕方がないですけどね」
「今度はダイスロールで決めよう」
「そんな機能あったかの?」
「オプションから設定変更でメニュー画面の変更の項目で追加するんですよ」
「うわ、本当にあった……なんだか妙な機能も増えておるのう…………基本プレイ無料でよく運営できておると感心するわい」
「あー、それですか……」
「めっちゃ色々さん、どうかしたの?」
「いえ、さすがに厳しい部分があるのか近々課金コンテンツが増えるとかなんとか。今まで遊べていた部分は無料のままなんですが、新規コンテンツで有料になるものが出るかもという話なんですよ。ちなみに、ポポさん情報です」
「なら間違いないな」
「そうじゃな。あの人やたらと裏の事情にも精通しておるからの」
マジでリアルは何をしている人なのか。
気にはなるがあまり深く突っ込み過ぎるのもなんだか怖いので意識の片隅にでも置いておく。
「…………っていうか、長いな!?」
「思った以上にくたびれるのう……」
「なんでここまでして並ばなくちゃいけないのか」
「他に穴場とかないんか?」
「プレイヤーが一番多い時間帯ですからね。昼間とかは少ないんですが」
リアル時間で18時半。大体22時ころまでがログインが集中する時間です。
つまりまだまだ人が増えるでやんすよ親分。
「誰が親分じゃ」
「っていうか、そのキャラ付けは何なんです?」
「2年目に向けてテコ入れしようかなって」
「村長はいったい何を目指しておるんじゃ……コメディアン?」
「別にそういうわけじゃないんだけどなぁ。あ、茶プリンの奴はとある有名なコメディアンを尊敬しているって聞いたけど」
「あ、それは何となくそうなんじゃないかなって思ってました」
「芸を磨くんだって言い出して、パントマイムを習得してきたときはビビった……」
「ああ、なるほど。それは確かに村長の友達じゃな」
「どういう意味なのか小一時間問い詰めたい」
「「ナチュラルボーンコメディアン」」
「なん、だと」
「だって村長ってアレじゃろ。赤と青の扉があって、片方は泥に突っ込んで、もう片方は無事に済む場合。どっちが泥かわかっていたら泥のほうに飛び込んでいくじゃろうが」
「何を言っているんだよライオン丸さん。そういう時はね、一度正解の扉に行くと見せかけてから全力で泥にダイブ! するんだよ」
「ほらーそういうことを言うー」
「――ハッ!? 口が勝手に!?」
「骨の髄までふざけずにはいられないんですよね……」
そんな、めっちゃ色々さん。ほろりと涙を見せなくても。
あと、みんなも同類だからな。自分たちの格好見てから言ってほしい。
「…………行列、進まないなぁ」
「ですねぇ」
「そもそもどんどん群がっていくから、実際には行列じゃないような気がする」
「……むしろ突っ込むべきか?」
「それやるとよぐそとさんみたいに圧殺されますけどね」
「…………っていうか、わざわざ近づく必要あるのか? ここでクエストメニュー開いたら近くのクエスト受けられたりしないの?」
「ははは。それが出来るならさっさとやっていますよ――」
と、めっちゃ色々さんは笑い飛ばしていたが、普通にクエストメニューで近くのクエストを受注する項目が表示されていた。しっかりとイベントNPCのクエストも表示された状態で。
どうやら町の中にいればどこからでも受注可能みたいだ。
「――さあ、クエスト受注しましょうか」
「今までの時間は何だったんじゃ!?」
「うん。説明書はちゃんと読みましょうってことだよね」
「今日日ちゃんとゲームの説明書読む奴なんてあまりおらんじゃろうが……」
「それもそうだ」
「っていうか、最近更新情報やら説明書きとか見逃すこと多いですね……他にも何か重大な項目を見逃していたりして」
「ははは、まっさかー……不安になってきたんだけど」
「ワシも」
「私もです」
だが、どうにもできないのでひとまずそれは忘れることにして、クエストを進めることにした。
たぶんまた何かやらかすんだろうなという予感はしていたが、それも無視して。そういうことをするからコメディアン呼ばわりされるのに学習しないなぁ、僕って。