新たな明日へ
ひとまず、これで9章を締めくくらせていただきます。
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イベントも終わった翌日、自室で宿題を片付けていたところノックの音が聞こえる。コンコンと2回……オイコラ。
「父さん、ノック2回はトイレに対してじゃなかったっけ?」
「私のログには何もない」
「いや、前に父さんが言い出したことでしょうが」
一応、国際マナーか何かでノック2回はトイレとなっているが。ハッキリとした由来は分からなかったので、そこまで気にすることでもないと思う。とは言っても、この親父が何か言い出したときは非常に面倒なので黙って聞いておくのが吉なのだが……どうしてもツッコミを入れてしまう。
「で、何か用事でもあるの?」
「ふむ。これを」
「いや、言葉が足りない……って、これって父さんたちの後輩の黒歴史ノートじゃん。どうして今更これを手渡すんだよ」
「そのうち必要になる――かもしれん」
「なんで?」
「私のお気に入りの一節はこれだな――『エターナルフォースブリザード』相手は死ぬ」
「オリジナル魔法――いや、オリジナルなのか微妙だけど――の詠唱とか痛いなぁ」
「面白いだろう?」
「いや、やめてあげなよ……で、必要になるって何さ」
「とりあえず、ポーズは右手で左目を隠し、左手を横薙ぎに振るえ。そして叫ぶのだ。『すべてを凍らせろ! エターナルフォースブリザード!』とな」
「うん。凍るね。その場の空気が」
「では、健闘を祈る」
「……いや、用事それだけ!?」
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あの親父、何がしたかったんだよと思うが、考えていてもお腹がすくだけなので頭の隅に追いやってログインすることに。ただ、妙にあの詠唱が頭にこびりついているんだけど……マジでどうにかしてくれようか。
見慣れたヒルズ村。だが、何やら騒がしい……広場ではみょーんさんがベンチに座っており、難しい顔をしている。そして、そこに詰め寄るみんなの姿が……ってどうかしたのか?
「あ、お兄ちゃん! よかった。いいところに来てくれたです」
「アリスちゃん、それにみんなも……なんか大騒ぎしているけど、どうかしたの?」
と、そこで久々に顔をみたよぐそとさんが説明してくれた。
「それがでござるな、みょーん殿がログインするなりいきなり『ワタシ、ゲーム卒業するわね』とか言い出したでござるよ!」
「いや、それは個人の自由だと思うけど……」
「そうでござろう! いくらなんでも唐突過ぎて説明を求めようと――ってあれェ!?」
「お兄ちゃん!? あっさりし過ぎでは!?」
「いや、別にゲームなんだからやめるタイミングは当人の自由だし。遊ぶ気が無くなったならそれはそれであたりまえのことかなーって……でも今のタイミングでやめたら、1周年記念のレイドボス戦に参加できませんよ」
「ぐっ……で、でもやめるし」
いや、今の一言でかなり未練たらたらな顔していたんだが。なんとなく、やめたくてやめるわけじゃないっぽいなーって思ったら図星なのかよ。
「この間の先輩たちと何かあったんかの?」
「……それで思うところがあったのも事実よ。それに、いつかはやめるつもりだったのも事実だし…………結局、ワタシは背中を押してもらいたかっただけなのよ」
頬杖をつきながら、空を眺めるみょーんさん。どこか遠くを見ているようで、寂しさと不安と、少しのうれしさ? いろいろな感情が入り混じったかのような表情をしている。みんなが彼女を心配する中、後から来たせいだろうか……どこか温度差を感じる自分がいる。
でなければ、BFOの表情表現すごいなーとか考えてしまうのはおかしいだろう。
「BFOって……表情の動きスゴイですよね」
「アニメ調でありながら、リアルに迫っているというか……生きている、って感じですよね」
「だニャー」
違った。おかしいのはみんなもだった。
「って、なんでそうなるのよ!? ここはワタシを心配するとか、引き留めるとかする流れでしょ!?」
「え、引き留めてほしかったんか?」
「ごめんです。さっき、レイドボス戦で未練たっぷりだった反応でなんか面倒になったです」
「どうせそのうち帰ってくるパターンだと思ったので」
「「右に同じくでござる」」
「先輩ご夫婦、子供出来たとか言っていたしー。みょーんさんも既婚者なんだからー、お母さんになるからにはちゃんとしないとーとか考えているんでしょー。どうせそんなパターンよー」
ディントンさんが投げやりに言ったが、それも図星のようでみょーんさんが口を閉じる。
「別にその考えは立派かもしれないけどー。だからってー、それでストレス溜めてたら余計にダメじゃないー?」
「確かに、それもひとつの考えでござるよな。過度なストレスはむしろ悪影響でござるよ」
「息抜き大事です」
「……わかっているけど、もう一人の体じゃないのよ。気を使って当然でしょ」
「…………え、待ってくださいです。え、もういるですか?」
「うん、昨日分かったことなんだけど……」
「早くないですか!?」
アリスちゃんの言う通り。早すぎるわオイ。
「いや、ここ最近不安になっていたのってアレね。体が変わっていく兆候だったのねー。いやー、参ったわよ。アハハ」
「アハハ、じゃないです!? なんでそんなにあっさりとしているですか!?」
「アリスちゃんアリスちゃん。あっさりしていたら唐突にやめる宣言しないよ。アレだね。不安になっていたところを先輩に背中押してもらってメンタル回復したと思ったら、そこからまさかの発覚でもう一度メンタル急転直下したんだな」
「お兄ちゃんも冷静に分析していないで何か落ち着かせる魔法の呪文とか考えてほしいです!」
いや、魔法の呪文って……ないことも無いが、ええ…………父さんのせいで頭にこびりついたアレしかないんだけど。
「嫌そうな顔しているところ悪いんじゃが、何かあるなら頼む」
「正直みょーんさんが壊れたままだと、アタイ達暴走しても止まれニャいからニャ。ストッパーを助けてほしいニャ……違った。姐御を助けてほしいニャ」
「うん。ヒドイ言い草だね。とりあえず、笑わないでいてくれると助かる――」
そして、教わった通りのポーズをとって叫ぶのだ。正直恥ずかしいのでやりたくはないけど。
「すべてを凍らせろ! エターナルフォースブリザード!」
「――――お前なんでそのポーズぅうううう!? あああああ先輩!? あああああそう言う事かぁああああああああああああ!?」
なぜかみょーんさんは叫びだし、頭を抱えて蹲ってしまった……いや、予想していた結果と全然違うんだけど。空気が凍って、みょーんさんもいくらか冷静になると思ったらなんで余計に混乱したんだ?
「どうして止めを刺したのか、弁明があれば聞きましょう。そしてその相手は死ぬ呪文を叫んだのかも」
「いや、父さんに教わった後輩の黒歴史ノートから最高に恥ずかしいキメポーズを再現しただけなんだけど」
(あー……そういうことですか)
アリスちゃんだけ妙に納得した顔をして頷いているが……え、何なの?
(先輩たちめ……このタイミングの良さ、監視カメラでもあるんじゃないかって疑いたくなるわね。だったらいっそのことここで村長に新しい家族が出来るわよーって暴露……いや、ダメよ。先輩たちのことだから、報復に来るに決まっているわ。村長の様子からして、母親の妊娠はまだ知らない。くっ……結局、黙っているしかないのね)
あと、みょーんさんが百面相したと思ったらスッと真顔になったんだけど。え、怖いんだけど。
なんか目が光っているように見える……いや、マジで光って――あぶなッ!?
「うおお!?」
「目からビーム撃ったぞ!?」
「あったニャ、そんニャネタスキル」
「んゆー? すっごい派手なエフェクト、うける」
「ちなみに威力は低いですよ」
そして爆笑するみんな。いや、撃たれているほうは怖いからねコレ!?
「このやるせない気持ち、憂さ晴らしさせなさい!」
「なんで!?」
「村長にはその責任があるのよ! 具体的に説明すると、ワタシの身が危ないから言わないけど――とりあえず、撃ち抜く!」
「だからなんで!?」
必死によけるが、そもそも避ける意味があるのだろうか? いや、体が勝手に動いているから止めようがないが。なぜかみょーんさんの攻撃は避けなくては、という気分にさせられてしまう。
「しかし、これでよかったんかのう……なんか嵐がきてうやむやになっただけのような」
「実際その通りー」
「ですが、それでいいと思いますよ。別に妊娠初期ならVRゲームをしていてもまだ大丈夫でしょう。もちろん健康に気を使う必要はありますが。いつかはやめる日が来るんでしょうが、別に今でなくてもいいならそれでいいのです。みょーんさんだって、今やめても納得はできないでしょう」
「それに、唐突に仲間がいニャくニャるのも寂しいモノだニャ」
「それもそうじゃな」
「……ところで、お兄ちゃんをいい加減助けたほうがいいと思うですけど」
「村長、ガンバでござる」
「それだけですか!?」
いや、割と真剣に助けてほしいんですけど!?
その後、MPが切れるまで連続で撃ちまくったみょーんさんはそれでスッキリしたのか、とりあえず無理のない範囲で息抜きする程度にログインするという形に落ち着いたのだった。いいんだけどね、丸く収まったんだからそれでいいんだけどね……なんだか釈然としない。
新たな日常でも、結局変わらないものもある。
本当は別のラストシーンも考えていたんだけど、10章の前フリでしかない上にこれ以上にアレな終わり方にしかならないので10章に持ち越します。