表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
掲示板の皆さま助けてください  作者: いそがばまわる
9.新たな日常の、祈祷師
166/191

ここまでたどり着いた

 アリスが駆け出し、右こぶしを突き上げる。

 体をひねって回転させることによって威力を底上げするのだ。トルネードアッパー系の裏技の更に応用。横方向でも十分な速度さえあれば威力の加算が可能なのだ。そう、炎の噴射による加速によりそれを実現した。


「へぇ、面白いやり方を思いつくね」

「平然とステッキで受け止める人に言われたくはないですよ!」


 轟音が鳴り響く。

 アリスも自分にバフスキルを使ってはいる、むしろ【演奏家】にとってはそれこそが真骨頂だがイチゴ大福も妙なバフスキルを使っているようだ。

 アリスが感じたのは、とても固いモンスター(ゴーレム系など)を殴った時の感覚。BFOに痛覚があるわけではないが、全く感覚がないわけではない。たとえ錯覚に過ぎないものであっても、殴ったものごとに感触は違う。


(たぶん、武器を固くするバフ……いえ、エンチャントですかね? どちらにせよ厄介です)


 そのスキルの正体は耐久値減少を抑えるバフ。副次的な効果として効果対象の武器でパリィをすると疑似的なスーパーアーマーが発生するのだ。

 耐久値減少を抑えるために一定以上のダメージを受ける攻撃が武器にヒットした時、その場で攻撃を押しとどめる挙動が起こる。イチゴ大福はそれを利用したのだが、完全に防げるわけでもなかった。


(ちょっとぐらいならHPをくれてやってもいいかなって思ったけど、ダメだ。思った以上にこの子の火力、高い)


 対するイチゴ大福も内心焦っていた。どうやったかは知らないが、通常よりも火力が高い。ここで情報に差が出た。イチゴ大福はガーディアン戦も務めるためイベント期間中は公式放送と掲示板を見ていなかったのだ。自分でも突出したプレイヤーであることは分かっているため、一種のハンデのつもりである。

 運営もその旨は承知しており、そのため特別に今後の更新予定は別途PDFでイチゴ大福へ渡されていた。

 だからこそ、体を回転させることでアッパー系スキルの威力が上がることを知らなかったのである。彼の計算では武器硬化スキルで攻撃を防げると思っていたのにその計算が崩れた。そして、その動揺をアリスの戦闘センスは見逃さない。


「空中三角飛びからの流星キック!」

「何もない所で方向転換ジャンプだと!?」


 なんてことはない。ただのジェット逆噴射だ。しかも、地面に激突したら火柱が複数上がり、アリスが蹴りつけた方向へと火柱が走っていくおまけつき。

 イチゴ大福もマントを翻し、体を包み込むと上空へと飛び上がった。そしてそこから降り注ぐのはトランプの雨。投擲アイテムであるトランプを連射する【怪盗】のスキル『イリュージョンカード』である。


「攻撃範囲が広いなら、こっちも全部焼き尽くすです!」


 黒いサンタがタクトを振るう。イフリート(炎のマッチョ)が出現し、トランプを炎の腕で薙ぎ払う。その隙にアリスは壁際へと走り寄り、そのまま壁伝いに走り抜けた。プレイヤーの行動を追うため、カメラのライトアップがされているのだが――勝ち星数の多いプレイヤーの様子を多くのプレイヤーが見ているため――そのライトが、スポットライトのように彼女を照らしていた。

 なお、アリスもそれをわかっているからか決め顔で走っているが。


『アリスちゃん、どこの怪盗三世だよアレ。カメラアングルもワザとだろ』

『意外と余裕じゃな』


 なお、掲示板でもこの戦いの様子は語られており、そのスレッドを見つけたロポンギーとライオン丸が観戦にやって来てのコメントである。さすがにアリスはふたりが来ていることまでは気が付いていないが。


『見覚えのあるピンク髪ってスレッドを見つけて来てみれば……もう挑戦しているとは』

『サンタコスも強化済みじゃからな。試運転といったところで遭遇してしまっただけじゃろう』

『でも、限定装備の強化って、ドキドキするよね』

『ほら、強化失敗防止チケットあったじゃろ』


 一定時間装備強化失敗を防いでくれるチケットである。希少品で、使いどころの難しいアイテムであったが、アリスはイベント限定装備の黒サンタシリーズ一式の強化のために使用した。


『あー、そういえば前のイベントの時に配られていたか……確かに、期間限定装備の強化に使うのは良い選択だけど。アレ、相当強い装備だし』

『…………っていうか二人ともなんで残像出しながら戦闘できるんじゃ?』


 コロッセオ内ではアリスが速度を上げて駆け抜け、それに追随する形でイチゴ大福もスピードを上げる。

 ふたりともバフスキルを重ね掛けして能力を底上げしているが、その分上がったステータスによる超高速の戦いによって他のスキルを使う暇がないのか、そのまま殴りあいを始めてしまった。

 アリスが右こぶしを突き上げ、それをイチゴ大福が手のひらで受け止める。

 イチゴ大福の回し蹴りを回避し、カウンターのようにアリスがチョップを決めに行く。

 互いに空中を蹴り抜き、地形なんて知らないとばかりにどんどんスピードが上がっていった。なお、空中機動にもスキルを使っているハズなのだが、もはや反射の域である。

 と、そこでついに動きが変わった。


『あ、イチゴ大福さんの飛び蹴りが決まった』

『さすがの嬢ちゃんでも無理だったか……っていうかスキル使えよ』


 それでもアリスの目は死んでいない。

 蹴り飛ばされながらも、空中で体を一回転させて地面に着地した。しかし、大きな隙が出来たことに変わりはない。イチゴ大福がアリスの眼前に迫っていた。


「コバルトアックス!」

「――ッ、『シーモンキー』!」


 青い色のオーラを纏った踵落としがアリスに決まる直前、召喚されたシーモンキーが身代わりになる。正確に言えば、召喚獣に攻撃が当たったことで一瞬ラグが出来たのだが。

 そのラグを利用し、アリスは攻撃を回避した。


「やるね……これは、本気を出さないとマズいかな?」

「――まだ本気じゃないとか、どんだけですか!?」

「正確に言えば奥義スキルを使わないといけないかなって意味だよ……あまり使い慣れていないし、対人戦で使うのは初めてだからどうなるかはわからないが……君相手なら、出し尽くさないと負ける可能性すらある」

(アリスは奥義スキル『歓喜の歌』をとっくに使っているですよ……マズイです。スキルを使われる前に倒さないと!)


 アリスは再び殴りに行く。スキルは使わず、やはりバフによる強化のみでの素殴り。いや、所々アッパーや飛び蹴り系の簡易アクションのスキルは使っているようだが、ほぼほぼ素の動きのみで戦っていた。


『結局普通に殴るんじゃな』

『実際、対人戦ならそのほうがいいんだろうね。スキルを使う暇を与えず、ただのパンチやキックでダメージを稼いだほうが手っ取り早い』

『加速していればその分ダメージも出るわけじゃな……どこまで行くんだろうか、あの二人』

『さぁ……【古代のウォッチ】を使いこなせるポポさんや銀ギーさんもあのスピードに匹敵すると考えると、対人戦に必要なのはやはり才能か』

『才能って言葉だけで片付けていい問題でもないと思う』


 スキルを使う暇を与えずに、勝負の流れを掴む。アリスはそう考えて攻撃を決めに行くが――イチゴ大福にとって、それは予想の範疇であった。

 むしろ場の流れを掴むことにかけて、彼はアリス以上に慣れている。


「ここだね」

「っと、なんです!?」


 一瞬、視界が真っ暗になった。

 投擲アイテムであるトランプを接近した瞬間に出したのだ。スピードも出ておらず、威力もない。だが視界をつぶして隙を生み出すには十分すぎる一瞬である。


「それでは皆々様、ご覧あれ。これぞ【怪盗】の究極奥義――『変装・極』!」


 芝居がかった口調――いや、実際にそういう演技でスキル使用の前口上を言っただけではある。観客も多い、注目した視線。無駄な行為と言う人もいるだろう。だが、こんな絶好の場面で格好つけなくてどうするよイチゴ大福は決めにかかったのだ。

 トランプが紙吹雪のように広がり、イチゴ大福の体を隠す。マントが翻り彼の体を包み込み、光と共にその姿を変異させた。元々種族がオーガであるのでガタイは良いほうだった彼だが――その体が華奢なものへと変化する。


「今度は眩しい――って、誰ですか!?」


 変化の様子を少し見逃したアリスにとって驚きは大きなものだっただろう。いや、この戦いを目撃していたプレイヤーも驚いたものは数多い。

 イチゴ大福の姿が全くの別人になってしまったからだ――それどころか、性別すらも変わってしまったのだから。

 これぞ、BFOにおいて一時的ではあるが自分と違う性別のキャラクターになることが可能なたったひとつのスキル『変装・極』。登録したNPCの姿へ自らを変異させるだけでなく、そのステータスも借り受ける代物だ。


「NPCによってピンキリではあるし、ステータスは当然プレイヤーのレベルに依存する。スキルだって一部の特殊なスキルを使えるようになる以外はプレイヤーが使用可能なスキルを使えるだけ……さて、このエルフの森の長老さんの特徴だけど、わかるかな?」

「大方、魔力が高いとかそのあたりですよね!」

「ははは。正解」


 直後に、大魔法がアリスめがけて放たれた。


「ちなみに、特殊スキルは『超高速詠唱』だから。超スピードで魔法を放てるよ」

「なんですかそのインチキ性能ー!?」

『あれ、良いんじゃろうか?』

『さっきの説明から考えて、魔法は自力で習得しないとダメなんじゃない?』

『あー…………そうか、特殊スキル以外は自分で集める必要があるんじゃな』


 だとしてもぶっ壊れ性能に変わりはない。

 なお、習得にはハラパ王国、アクア王国、ガンガー帝国の城から国宝を盗んでくるというクエストのクリア、脱獄クエストを10種類以上クリア、倉庫に100億ゴールド以上を預けるという3つの条件を達成する必要がある。


「長かった――このスキルの習得まで実に長かった。習得したらしたで、スキルは自分で集めてね♡ とかマジで投げ出したくなった――そうして戦い続けたからこそ、今の俺がある。削った睡眠時間の数だけ、俺の強さとなったのだ!」

「結局ダメ人間宣言じゃないですかねそれ!?」

『まあ、スキル数=かけた時間もしくはリアルマネーなところあるから』

『イチゴ大福さん、どっちもかけていそうじゃなぁ』

『日中は普通に働いているみたいだしね』

『お体を大事にして欲しい』


 アリスはげんなりしたが、ようやく思い至った。ただひたすらスキルを集めていた以上……彼に勝つには何か一点特化、それもイチゴ大福が予想できないような決め手があった上でなければいけないということを。

 反応速度でも負け、スキルの数や熟練度でも負けている。ステータス面もキャラクターが切り替わってしまうなら対策されてしまうだろう。

 その証拠に再びイチゴ大福の姿が切り替わり、今度は黒い衣装に身を包んだキャラクターになっていた。見た目はオーソドックスな忍者だが、歴戦の戦士のような雰囲気もある。


「もしかして……ヤシノ島の忍者さんの頭領とか、そんな感じですか?」

「そのとおりだ」

「あはは……」


 両者のスピードだが、同レベル帯のケットシーとオーガであればケットシーに軍配が上がる。職業によるステータス差だが、【演奏家】よりは【怪盗】のほうが速いだろう。だが、バフの豊富さと上昇量でこのふたつにおける差は小さい。

 そのため、ここまでは若干アリスのほうが速かった。だが、その種族差を更に上回るスピードの持ち主を出された以上、イチゴ大福のほうが速い動きをすることになる。


「いくぞ――」

「ああもう! 当たって砕けろです!!」


 体を回転させて、足と拳に炎を纏うアリス。対するイチゴ大福はただとびかかっただけだが、何かしらの攻撃手段を用意しているだろう、アリスもそこは分かっている。自分にできるのは、ただ反応できないほどの速度で攻撃することだけ。


(これで――決めるです!)


 だが、スカっという音と共にイチゴ大福の体を通り抜けてしまうアリスの攻撃。しまったと思った瞬間には遅く、アリスの頭に踵落としが決まっていた。


「――あ」

「変わり身の術、成功」


 カウンタースキルのひとつだ。【忍者】のレベルを上げればスキルを習得できるが……非常にタイミングがシビアなスキルで、成功させるのは難しいが――イチゴ大福はしっかりと決めた。

 しかも頭部クリティカルによる大ダメージ。これにより、決着がついた。勝者、イチゴ大福。彼の姿が元に戻り、戦闘終了の表示が現れる。


「ごめんね、俺にだって意地ってあるんだよ。たとえゲームであっても最強の称号って、そうやすやすと渡せないからさ」


 @@@



「掲示板の皆さま助けてください」

書籍版発売日は10月30日です。


書店別特典やなにやらキャンペーンがあれば作者のツイッターでつぶやくこともあるので、そちらもよろしくです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] さて、嫁さんの仇を...
[一言] そのうち、特定条件下でスキルの硬直をキャンセルする挙動や、本来のスキル挙動以外の挙動でスキルが発動できる、等のバグだか仕様だかわからないようなものが発掘されそう
[一言] 発売日までもう少しですね。 利用している電子書籍サイトでも予約始まったので予約しました! これからも楽しみにしています。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ