いきなり崖っぷち
まず、第一に考えなくてはいけないのはお兄ちゃんのご両親にアリスが『桜井アリス』であることに気が付かれてはいけない、ということです。
お母様とは面識がありますし、ふとした拍子にバレてしまう可能性が高い。一人称はできる限りわたしで通したほうがいいですね。
「あ、そういえばアリスちゃんも戻ってきていたのね」
「あ、はい。アリスは桃色アリスっていうです――あ」
「どうかしたの?」
みょーんさんに話を振られたので、そのまま答えてしまったですが……ヤバいですね。普通にアリスって言っちゃったです。身についた習慣はそう簡単には変えられないです。リアルでお兄ちゃんと遭遇したときは気を付けているですけど、それ以外だといつも通りですからうっかり素で……ここは下手にごまかさずに、しらばっくれるしかない――
「んー?」
「ええと、このお姉さんたちがみょーんさんの言っていた先輩たちでいいんですよね。先日、お兄ちゃんの試合を見学していた時に対戦していたのを見たですよ」
「あー、そういえばあの時アリスちゃんも観客席にいたわね。そう、このご夫婦がワタシが前にDWOでお世話になった先輩で、男性が『命を大事に』さんで、女性が『家族を愛する主婦』さんよ」
「今更じゃが、BFOの名前ってなん文字制限じゃったっけか」
「確か10文字ですね」
「じゃからって、凄まじい名前を付けるのう」
「欲を言えば、片手にボクシンググローブをつけてフランスパンを挟みたかったのだが……アバターアイテムにもなかったのだよ」
「よし、あまり深くつっこんだら負けなタイプの人じゃということはよくわかった」
「ええそうね……この2人が主になって当時、ワタシの結婚式を盛大に開いてくれたんだから…………最後まで残っていたほぼすべてのプレイヤーが式に参加したのよ? というかワタシと旦那の結婚式のために引退していた人たちまで復帰したってどういうことなのよ」
あ、ゲーム内での結婚式のことなんですね。
「身内がメインのリアルでの結婚式もしたわ。ゲーム内のほうがインパクト強すぎてリアル側の記憶があまりないけど」
「今もまとめサイトとかで調べればサービス終了間際、伝説の結婚式として語り継がれているわ」
「いーやー!」
みょーんさんが頭を抱えて蹲ったです。お、恐ろしい……オンラインゲームだとリアルよりもはっちゃけた性格になる人もいるですから、悪ノリが過ぎてそうなったんでしょうけど……何年かたって思い出すと、恥ずかしくて死にそうになることもありそうです。
…………結婚システムの実装も近いですけど、盛大なノリはやめたほうがいい気がしてきたです。後で、恥ずかしいことになりそうな気が……隣で目を爛々と輝かせているディントンさんとか危険な香りがします。
「……ウェディングドレスー、お色直しー」
ほら、結婚式という名目で自分の着せ替え欲求を満たそうとしているです。だからこっちをじっと見るのやめてほしいんですけど。
しかし、みょーんさんから上手く話を振ってくれたおかげで話題は移ることに。
「それで、他のメンバーってどんな子がいるの?」
「えっと……しばらくログインできないんですけど、和風コンビの2人と今公式放送に出ている村長ね。村長はこの前先輩が戦っていましたけど」
「ああ、あの子ね……ちょっと息子に似ているからもしかして、ゆっくんかなーって思ったんだけど、いつもなら好物はって聞かれると真っ先にたこ焼きって答えるハズなのに、違ったのよねー……わたしの勘も鈍ったかしら」
「仕方がないさ。気にしていないようでも、精神的に影響はあっておかしくはない」
「それもそうね」
「あー、もしかしてお腹の子のことですか?」
「ええ。息子にはまだ言っていないんだけどねー。サプライズでもうちょっとしたら驚かせようと思って」
「物々しい雰囲気で切り出して、腰を抜かせようと思うのだがどうだろうか?」
「いや、どうだろうかって……」
「んゆー? 楽しいご家族?」
「どこがじゃ。息子で遊んでいるだけじゃぞ」
……お兄ちゃん、強く生きてください。
アリスの願いむなしく、話は現在の公式放送の話題へ。
「このロポンギー君だっけ? PVPは普段とは違う戦い方だったらしいけど、普段はどんな感じなの?」
「爆弾魔ね」
「テロリストじゃな」
「ヒャッハーよりもヒャッハーですよね」
「スコップ片手に爆弾を投げ、ドリルで貫く炭鉱夫の鑑だニャ。最近はデッキブラシで海賊しているけど」
「アイテムの消費量が多いからー、目立たないところで素材集めに走り回っているんだけどねー。本人もあまりそういうの語りたがらないからー、悪目立ちはしているけどー」
「へー……じゃあやっぱりうちの息子ではないかなー。ゆっくんは楽しいこと優先するし、割と困ったことがあったら人に頼み込むことも多いし」
「たしかに、我々が普段見ているアイツならそうするんだが……」
「パパ? どうかした?」
「いや、環境が人の性格を作るのだとしたら、BFOという広大な環境においてアイツが受けた影響を我々は知らないわけだ。普段はかかわりもないから察することもできない」
「そもそもゆっくんがこのゲーム遊んでいる保証はないんだけど」
「たしかに。だが、アイツが手を出せるようなフルダイブ型ゲーム、それもオンラインのものとなるとこのBFOぐらいしかないわけだ。どこかでログインしているとは思うが……うーむ」
なんというか、お父様のほうはもしかしたら気が付いているんじゃ、という気になります。今だってアリスのほうを意味深にみているですし。いや、ちゃんと会話したわけじゃないですよね?
「……いや、追及はしないでおこう。どのみちこのイベント期間中にしかログインするつもりは無かったわけだし。みょーんが元気にやっているのを確認するためにログインしたのだ。これ以上なにか爪痕を残すのは無粋というものだよ」
「でもー、もうちょっと暴れたりないな。パパが応援してくれたら頑張れるのにー」
「よし、コロッセオに向かうか」
「手のひら返すの早過ぎじゃないですかね」
「あまり深くつっこんでも無駄よ。この2人だってゲーム内で知り合って結婚した夫婦よ……しかも、その時からずっとおしどり夫婦なの」
「みょーんさん、目が死んでいるです」
いったい、過去に何があったというのですか……気になるですけど、知ったら最後帰ってこれない気がするので追及はしないでおくです。
ところで、あるたんさんとらったんさんは地面で何をしているですか?
「最近追加されたアイテムの棒倒しゲームだニャ」
「こーしてねー。地面に設置して交互に触って倒した方が負けなの」
「ああ、話に入るのやめて暇つぶしし始めたんですね」
っていうか暇をつぶすはずのゲームで別の暇つぶし始めるってどうなんですか?
「こういうミニゲームが充実していくのも実にオンラインゲームらしいとは言えますけど。最終的に素材集めと狩りでルーチンワークをすることになるので、息抜きが充実するものなのですよ」
「ある意味業が深いんじゃよな」
「懐かしいなぁ……DWOでカジノに籠城したあの日のこと」
「みょーんさんも結構エキセントリックなことしていますよね」
「その話、わたし知らないんだけど」
「先輩たちが息子さんの出産で慌ただしかった時の話ですから、知らなくても無理はないですよ」
「なるほど。我々が復帰、というか顔を出したのはゆっくんがハイハイしだした頃だったから無理もないか」
「あの時はワタシも近くに住んでいましたし、近況は報告していましたけど」
そういえば、みょーんさんはお兄ちゃんとは会ったことあるんですよね……あと、会話の端々からするにご両親は結婚後は引っ越していないそうですし、みょーんさんもアリスが住んでいる近くにいたとなると……アリスとは会っていなくても、アリスのお父さんとお母さんとは会ったことがあるのでは? なんて考えてしまうです。案外世間は狭いものですから。
「しかしゴルフゲームか……」
「ベータ版は遊びましたけど、なかなかよくできていましたよ。真面目過ぎて逆に運営どうしたんだと思ってしまいましたが。変わったところと言えば、衣装がたくさんありましたのでブリーフを頭に装備して紐みたいなレオタード着ている人がいたぐらいですか」
「いつも通りの運営なのはよくわかった」
うわぁ……ミニゲームの話題から、公式放送で話題になったゴルフゲームについてに話が移ったのはわかるですけど、運営相変わらず変な方向に力を入れているですね。
ほら、お兄ちゃんも呆れた顔を……していないです。
『ロポンギー君、ここに君のキャラデータを使って話題のゴルフゲームで再現してみた画像があるんだが』
『なに勝手に使っているのか』
『いやいや、事前に許可とったやんけ』
『お約束だよ』
『心臓に悪い。で、どうよこの再現度』
『うわー、いつも通りの僕で遊び心がなーい』
『そもそも君、結構簡単な見た目の防具じゃん』
『たしかに。でもスゴイ再現度だ……トレードマークの裸マフラーをよくもここまで』
いやいや、結構簡単なパーツですよ。アリスも別のゲームで再現キャラをげふんげふん。いえ、何でもないです。
というか、お兄ちゃんはいつまで自分のキャラを再現した画像を見ているですか。
「ところでこのゲームってカジノないの? 荒稼ぎしたいわ」
「昔、DWOで一時期入店禁止されたからね」
「いったい何をしたんじゃ、この2人」
「ああ、懐かしき青春の日々……そして、同時に苦労させられたあの暗黒時代」
「みょーんさんが光と闇を同時に背負っていますね」
「いったい何があったんじゃろうな」
たぶん知らなくていいことだと思うです。
あ、でもDWOプレイヤーは知っていそうな話ですから、叔父さんに聞いてみれば何かわかるかもしれないですね。もしかしたらみょーんさんの結婚式についても知っているかもしれないですし。