チーズ転がし祭り
唐突だが、BFOには様々なミニゲームも存在する。規模は小さいがカジノや、競馬場のような施設が存在しているのだ。特にカジノのほうは【遊び人】のスキル習得にも関係しているので、ネタプレイに走るプレイヤーには必須の施設でもある。いや、強力な装備も手に入るから普通に利用する人も多いんだけど。
これらの施設は主に城下町や首都に近い平原の村などに存在するので、初心者から熟練者まで多くのプレイヤーで賑わう。だが、ミニゲームの中には辺境でしか遊べないものもあるわけで……
「そんなニッチなミニゲーム施設のひとつがこのチーズ転がし会場だ」
「アレですよね? 海外のお祭りで実際にあるアレがモデルですよね?」
「もちろんその通り」
「っていうか拙者、なんで連れてこられたでござるか?」
「ゲン担ぎ?」
この場に集ったのは、僕とアリスちゃん。それに加えて桃子さんの3人である。最近、よぐそとさんとギクシャクしていたので一旦落ち着いてもらうためにも一度距離を取ってもらうこととなった。なお、よぐそとさんのほうはめっちゃ色々さんと指輪職人さんが連れ出している。しばらくぶりだったが、相変わらずスキンヘッドが眩しかった。
和風コンビにはお互いの距離をとるということを説明せず、別のことに意識を傾けてもらいたいので、適当に理由をつけて連れ出したのだが……強引だっただろうか?
「まあ、村長が突拍子もないことをするのはいつものことでござるし、別にいいでござるけど」
「……」
ごまかす必要、無かったのはいいのだが……やはり釈然としない気持ちがある。隣でアリスちゃんが苦笑いしてるが、否定してほしい。え、否定できない? さいですか。
「で、結局どういうルールでござるか?」
「丘の上にいるNPCに話しかけて参加すると、どこからともなくNPCたちが現れるからチーズと共に駆け降りて、1位を目指す」
「元ネタはチーズを捕まえればいいんでござったっけ……このゲームも?」
「いやぁ……それが…………」
アリスちゃん、再び苦笑い。いや、気持ちはわかる。前に2人で挑戦したときあまりの理不尽さにひたすら地面を殴り続けていたのだから……桃子さんも同じ苦しみを味わうといい。
「お兄ちゃん、趣旨が変わっているですよ」
「おっといけない」
「なんだったでござるか、今の悪い顔は……っていうか最近、村長悪いこと考え過ぎではないでござろうか?」
「何言ってんだよ。元々、僕は楽しく遊べればそれでいい人だよ」
「……ああ、みんなとの距離が近くなって素に近くなったでござるか。いや、村長もダメ人間でござるな!?」
「みんな何かしらダメな部分あるでしょうに」
「……否定できないですけど、お兄ちゃんがそれを言ってはおしまいです」
「それはそうなんだけどね? でもまあ、物は試しということで一回やってみようか。なーに。蘇生薬はたくさん持ってきたから何度でも遊べるドン」
「――待つでござる。蘇生薬? え、ミニゲームでござるよね!?」
ちなみにだが、転がっているチーズには即死効果――耐性無視、いや魔王様と同じ追放属性攻撃か――があるので触るだけであの世に行ける。なお、普通に死亡扱いなので経験値も減ります。
だからこそこのミニゲームはパーティープレイ推奨なんだよね……ソロでやると死亡したら即チェックポイントに戻されるから。
「さあ、全滅しなければ大丈夫! クリアするまでトライするぞ!」
「報酬は称号【お祭り野郎】です。効果は、NPCの好感度が上がりやすくなるです」
「? 好感度なんてあったでござるか?」
「あるんだよ。一応」
「いわゆる重要NPCだけですけどね。それに、隠しステータスな上に、使うことがほとんどないので長くプレイしている人も知らないことがあるです。あと、知っていても忘れる場合が……」
桃子さんも一応そのあたりの話は聞いたことがあるはずなのだが、印象に残っていなかったらしい。まあ、僕もこのミニゲーム見つけるまで忘れていたから人のこと言えないのだが。
なお、好感度が上がりやすくなったところで本筋にほとんど関係ないので称号集めにいそしむプレイヤーに重宝されているぐらいである。王様系とか好感度に応じた称号があるから。
「……正直こんなことしていないで、PVPイベントの準備でもしていたほうがいいとおもうでござるが?」
「他職業の情報とか参考にして【海賊】のもう一つの奥義を習得してきたから大丈夫。今回のPVPだとレベルが合わせられるからレベル上げはあまり意味がないし、これ以上スキルを集めても練習時間足りないし、普段通り遊んでリラックスしておこうかなって」
「ああ、そうでござるか――っていつの間に奥義を!?」
「あれは地獄だった……」
「見ていてシュールでしたね」
思い出す。あの奥義スキルを手に入れた日のことを。っていうか昨日のことなんだけどね。
@@@
前にアドバイスされた通り、NPCからの情報や攻略サイトをまわってみて、他職業での習得条件も参考にして探し回った。
他の職業にも同じ奥義が存在していたのだが、その名も『ファイナルモード』という。名前が気になって詳細は見ていたが、いくつかの職業に同名の奥義スキルが存在していて、どれも似たような効果であった。ただ一つの例外を除いてだが……
【海賊】の場合、効果は一定時間ステータスの超強化。更に攻撃に水属性が追加されるのだが……デメリットが存在し、水属性以外の魔法スキルが使えなくなる。召喚獣は水属性含めて召喚不可。
同じ『ファイナルモード』でも【旅人】のものとは雲泥の差なんですけど……攻略サイトで見つけた例外は【旅人】の奥義スキルだったのだ。絶対あの人が書き込んだと確信できる。そちらの条件は職業レベル100。デメリットがなくて、更に強化項目がアホみたいに多い。全能力大幅強化だけでなくHPとMPの高速リジェネ。スキルのクールタイム短縮、古代兵器のエネルギーまで高速回復させるというチート性能。使用できなくなるスキルもないという恐ろしい性能だ。まあ、【旅人】は元々使用不可スキルが多いからだろうけど。
「うおおおお!」
「お兄ちゃん、まだいけるですかー?」
「まだまだー!」
なんだかんだと言ってはいたが、この時は既に【海賊】の奥義スキル獲得方法のヒントを手に入れていたので実行中だった。
ヒントは謎解きのような感じであったが、最も大きな水の螺旋。その中で己を保て。そんな感じのセリフを言っていたNPCがいて……いや、ほとんど答えだったわ。謎解きでもなんでもない。
「うおおおお!」
「全力で回復アイテム使用しているですね……スキルも使って必死に耐えているです」
答えは簡単で、大陸西の大きな渦潮。前にトライアスロンイベントでいろいろな人が飲みこまれたアレに入った状態で一定時間耐えきるというものだ。
少し水に入った状態で泡を出して、なんとか沈まないように耐えているがこれがかなりきつい。
「まだシステムメッセージ出ないですか?」
「まだだー! MP尽きて飲み込まれるかもー!」
「……ところで、本当にその方法で合っているですか?」
「わかんない!」
「とりあえず、掲示板で聞いてみるですかね」
「時間的にそこまで生きていられるかわかんないんだけど!」
「……返信来ないですねー」
「そもそも【海賊】の奥義スキル習得なんて他に試した人いないって! 検証班もまだそこまで手を付けていない! まずは一般的なところから試しているから!」
「あー、答えを知っている人もいないですか」
後から判明することだが、本当は小舟か何かを用意して挑むものだった。なんでこの時の僕は生身で飛び込んだよ。自分でも時々意味の分からない行動をとるなと思う。
だがしかし、なんともまあアホなことにそのままの状態で習得完了してしまったのである。
「よっしゃー! とったどー!」
「あ、成功したですか……たぶん正規の方法とは違うんでしょうねー」
「システム的にアリと判断されたからいいのだ!」
正規の方法よりも難しい、かつアイテム消費が激しい方法をとっていたわけだが。
足元でひたすら魔法を使って沈まないようにしつつ、ポーションを使って回復してスキルが途切れないようにするの大変だった……ひたすら目の前のウィンドウをタップするだけのお仕事。なお、足は動かし続けるものとする。
「――あ、油断してミスった」
「お兄ちゃーん!?」
@@@
「とまあ、こんな感じで習得した」
「相変わらずでござるな……」
「その分性能は折り紙付きですよ」
「実際強いんだけどね。もうひとつの奥義とも合わせられるし」
「でも奥義スキルの同時使用ってバグなかったでござるか?」
「何カ月前の話だよ」
「マスコット……討論……スクラップ」
「ほらー。あの時のこと思い出してまたアリスちゃんがデストロイモードになっちゃった」
「あ……そうでござった。マスコットの乱の時の話でござったな」
目がだんだんヤバい感じになって、黒いオーラが見えるようだ。幸い、アリスちゃんは普段通り【演奏家】だから周囲が破壊の光に包まれることはない。
とりあえず落ち着くまで頭をなでて不穏な空気を霧散させるが……今度は桃子さんが黒いオーラ――いや、瘴気を纏い始めた。
「ぐぎぎ……拙者はよぐそと殿と妙な距離感が出来ているというのに、目の前でいちゃつきおって…………」
「もうどうしろと?」
「ふおおおお」
「あ、こっちもヤバかった」
アリスちゃんが人語を忘れて顔を赤くしていた。君、時々耐性が無くなるよね。
っていうかいい加減ミニゲーム始めません?
「――ハッ、そうでした! ミニゲームをやりにきたんでした」
「そうだったでござる。特に意味も無いけどミニゲームをしに来たのでござった――でもどうせミニゲームをするならカジノにするべきでは?」
「…………」
「あー」
「どうかしたでござるか?」
「いや、前に行ったことがあるですよ。で、アリスが止めるまで青白い――いえ、いつも通り黒いお顔なんですが――顔で必死にスロットを回していたです」
「……村長、もしかして…………ギャンブルやっちゃダメなタイプでござるか?」
「あ、あたりは多かったし」
「支出が多いから結果的に赤字だったですけどね」
「ま、マイナス100ゴールド程度の赤字だよ!」
「何時間ぐらいやっていたでござるか?」
「かれこれ5時間じゃないですかねー。ログイン制限の警告音声出ていたですから」
「時間含めて大負けでござるな」
「ぬおおおおお! 負けたゲームのことは忘れた! そんなことより今のゲームだ!」
「大きく見たら同じゲームでござるけどな」
そんなこと知った事かと走り出す。とにかくミニゲームだ。ミニゲームを遊んで気分を晴らすんだ。ジト目で見られるが、気にしたことかとNPCに話しかけてミニゲームを始める。
「うわぁ……なんでござるかあの歴戦の戦士風のNPC」
「設定上、このチーズ転がし10回連続優勝のセガルさんですね」
「よーしミニゲーム始まるぞー」
「うおっ!? NPCが生えてきたでござるよ!?」
「言い方」
「実際そう見えるから仕方がない」
ヒデェ言い草の桃子さんにツッコミを入れて、クラウチングスタートの構えをする。アリスちゃんは荒ぶる鷹のポーズだ。
「え、なんでござるかそのポーズ」
「特に意味はないです」
「別に速くなるわけでもないが、気分だけ。あと、坂だからほぼ逆立ちで視界が気持ち悪い」
「ならやるなでござる――で、ルールは?」
「簡単。坂を駆け下りてチーズを捕まえろ。ただし、転がっているチーズに触ると即死だから、止まってからね」
「あ、やっぱりそういうオチでござるか……」
「あと、NPCにぶつかってもふっ飛ばされて死ぬ」
「ここの住人は修羅か何かでござるか!?」
このあと、必死に避けまくって、10回ほどリトライしてようやくクリアできたのであった。
元々桃子さんの気分をリフレッシュさせるために連れ出したわけだが……気分は切り替えられたけど、やり過ぎたかもしれない。チーズ怖いって呟いているよ。
「……さて、よぐそとさんに元気づけてもらうか」
「結局ギクシャクしませんか?」
「さすがに大丈夫だと信じたい」
なお、この後桃子さんを心配したよぐそとさんの手によって、前と同じくらいの距離感に戻ることには成功したのであった……け、結果オーライってことで。いや、後で何かフォローしよう。




