出会い(それが彼女の運命力)
新章開幕。
更新再開です。
濃密、とは言い難かったですが年末年始のイベントも終わり、落ち着いた毎日が戻ってきました――いえ、ゲーム内ではいつも通りお兄ちゃんが妙なことをはじめたり、ライオン丸さんとディントンさんがアイテム製作でこもりきりになったり、なぜかよぐそとさんと桃子さんが妙な空気になったままギクシャクしていたりと、それなりにアレコレある日常ですけど。
そんなある日、アリスはお母さんに頼まれておつかいの最中です。
「薄力粉と、サラダ油と、あと醤油……買い置きしていなかったですか。年末年始なのに」
買い物メモを見ると、普通は常備しておくようなものばかり。我が母親ながらうっかりさんですね。
量はそれほどないので、さっさと終わらせてしまおうと歩いていると電柱に手をついて口元を抑えている女の人が見えます。年のほどはけっこう若く見えるですが……何歳ぐらいの人なんですかね? ただ、間違いないのは今にも吐きそうという事だけ。
「お姉さん、大丈夫です?」
「うう……」
お姉さんの背中をさすり、声をかける。それでアリスに気が付いたのか、お姉さんはアリスのほうを見て微笑みましたが、どこか力がない笑顔です。
「あら、ありがとう……ちょっと気持ち悪くてね、うっぷ…………」
「た、大変です! お姉さん、アリスに掴まっていてくださいです! 近くの公園にトイレがあったはずですから」
「あら、本当にありがとうね」
お姉さんの背中をさすりながら歩きます。
ゆったりした格好で、どこかホンワカした雰囲気の人ですが……ふと、その人の顔に見覚えがあるのに気が付きました。ただ、どこで見たのかはわかりませんが……今、気にしても仕方がないです。とにかく、公園のトイレを目指すことにしました。
ほどなくして公園にたどり着き、無事――と言っていいのかわかりませんが、お姉さんをトイレに送り届けられました。ちょっと乙女としてお届けできない声が10秒ほど聞こえましたが、すぐにお姉さんもトイレから出てきてスッキリした顔をしていたです。
「どうも助かったわ」
「お姉さん、お体悪いなら無理しないほうがいいですよ」
「心配してくれてありがとう。でも大丈夫よ。ただのつわりだから」
「なんだそうですか――え」
「うふふ。これでもとっくに30超えているのよ。お姉さんだなんて、やっぱりピラミッドパワーによるアンチエイジングは正しかったのね」
「――――? ――? ?」
えっと、この人は何を言っているのでしょうか?
つわり…………つわり? つまり、お母さんになっているということ。
30越え?
「み、見えないです……」
「あら、ありがとうね」
「っていうかピラミッドパワーってなんですか」
「うふふ。冗談よ冗談。ただの家族とゲームが大好きなぴちぴちのママだから」
「そ、そうですか……」
自分でぴちぴちとか言っちゃうんですね。
「今日も隣町のゲーセンに行ってゾンビをなぎ倒していたんだけどね、無茶はするものじゃないわね」
いや、妊婦さんがすることじゃないです。おなかも目立っていませんし、妊娠したばかりなんでしょうけど……いや、つわりがしているから数か月? でも、どのみち妊娠初期の――ってそんな話をしてどうするですか。
問題なのは、それでゲームセンターに行っていたってことですよ。
「……それ、ゾンビみて気持ち悪くなっただけじゃないですかね。っていうかお体大事に」
「これでもご近所じゃ『二丁拳銃の桃木さん』として有名なのよ。そんなやわな鍛え方はしていないわ」
「いや、それ笑われているんじゃないですかね。あと、鍛え方ってどういうことか……桃木さん?」
「ええ。愛する旦那と結婚して変わった苗字。桃木よ」
あの……アリス、その苗字に聞き覚えがあるんですが。
ものすごーく嫌な予感というか、ここで知ってしまって良かったのだろうかという気分がするですが。
「…………な、仲良さそうですね」
「そりゃもう……お嬢ちゃんも恋をするといいわ。恋ってね、人を豊かにするの」
「……ちなみに、旦那さんとの出会いはどこで?」
できれば違ってくれと思うですが、頭の中では半ば確信していたです。
このテンション、そして見覚えのある顔。絶対にそうなんだろうなぁって。興味があったのも事実ですから、出会いについて尋ねてしまいました。アリスの思った通りの人なら、あの出会い方をしているハズ。
「これ言うと、初めての人には引かれちゃうんだけど……ドラマチックワールドオンラインっていうゲーム。少し古いし、もうサービスは終了しているけどね」
「そ、そうなんですか。叔父さんがそのゲームが好きだったそうで、話は聞いたことがあるですよ。それに、今はグローバルな社会ですから、そういう出会い方があってもいいと思うですよ」
「あらー。初対面でそう言ってくれたのはお嬢ちゃんが初めてよ。いい子ねー。あなたみたいな子がうちの息子の嫁に来てくれたらいいんだけど」
「――ッ」
喉が詰まったです。声にならない息で、むせかえりそうでした。
というか予想通りの出会い方ですし、その発言本気にしていいですかと飛びつかなかったアリスは自分を褒めてあげたいです。いや、そうじゃなくて……本当にお兄ちゃんのお母様でしたか。
だろうなーとは思っていたですが、まさか遭遇するなんて……
「そうだ、写真があるのよ。ほら、この子。うちの息子で、もうすぐ中学三年生になるってのに浮いた話の一つも無くてねー」
お母様はスマホで息子さんの写真を見せてくるですが……アリスが知っている見た目よりもちょっと幼い……背景からして、中学の入学式ですか。その頃のお兄ちゃんのお姿です。隣にはお母様と、男の人――お父様ですね。3人で写っています。
あと、お兄ちゃんのご家族のリアルのお顔を知ってしまうという状況に我慢していた息が出てしまいました。
「ゲホッゲホッ」
「あら? どうかしたの?」
「い、いえ。優しそうなお兄さんですね」
「あら、ありがとうね」
実はこの人、アリスのこと知っているとかじゃないですよね?
「でも、生まれてくる子は貴女みたいに人にやさしくできる子になってほしいわね……うちの息子は、優しいは優しいんだけど、なんていうか自分の趣味に生きる男だからね。結婚できるか不安で不安で」
「べ、別に趣味に生きても良いんじゃないですかね。お姉さんも趣味でお知り合いになったそうですし」
「確かに。あの子も案外お嫁さん候補と知り合っているかもしれないわね。今度それとなく聞いてみましょう」
「いえ、思春期男子は母親にそういう話をされるのを嫌がるとも聞くですから、やめておいたほうが良いんじゃないでしょうか」
「あらそう? 息子と語り合うの夢だったんだけどなぁ」
あ、あっぶねぇです。
思いっきりアリスのことアリスって言ってしまっているですから、ゲーム内の話をお兄ちゃんに聞かれでもしたらアリスのことがバレかねないですよこれ。
同じ町内に住んでいるですから、会う可能性があるとは思っていたですが、ここまでピンポイントで遭遇するですかね。
「でも、そのお兄さんも本当にお兄さんになるですね」
「ええ……もっともまだ息子には妊娠したこと言っていないんだけどね」
なん、ですって……まさかのお兄ちゃんよりも先にお母様のご懐妊を知ってしまったですか!?
どうすればいいですかコレ?
「……そういえば、本当にお兄さんになるって……私、貴女に息子が一人っ子って言ったかしら?」
「なんとなくそんな感じかなーって。ほら、それに下に子供がいないだけで、上にはいるかもしれないですから。一人っ子ってのは今聞いたですし」
「あらそう? でもそうね、私うっかりしているところがあるから。今日だって、朝ごはんにシリアル出そうとしたら間違えてドネルケバブを出してしまったし」
「いや、どう間違えたらそうなるですか」
「ふふふ、冗談よ」
「あ、ですよね……」
「最初からドネルケバブを出すつもりで用意していたわ」
「ケバブを出したのは本当です!?」
っていうか、この突拍子もないノリ……間違いなくお兄ちゃんのお母様です。
そして、お兄ちゃん以上にハジケているですね。ホンワカしている雰囲気なのに、口を開くとツッコミたくなるようなことを言ってくるですよ。
「あ、そろそろお夕飯を作らないと……お嬢ちゃん、今日はありがとうね」
「どういたしましてです」
「そうだ、お礼に息子の写真をあげましょう」
「なんでそうなるですか!? あと、知らない人にメールアドレスとか教えるわけにもいかないですし……」
「SNSでもトークアプリでも大丈夫よ。それに、貴女――息子の写真、食い入るように見ていたわよね」
「……」
「一目ぼれかしらー? それとも、案外息子の知り合いだったり? 詮索はしないけど、欲しいならお礼に上げるわよー。なんなら、コンビニでプリントアウトしてもいいのよ」
「…………」
お兄ちゃん、ごめんなさい。アリスは誘惑に負けました。
@@@
年末年始も過ぎ、落ち着いてきた今日この頃。
ログインしてみるといきなりアリスちゃんが頭を下げてきた。
「……お兄ちゃん、ごめんなさいです」
「いや、いきなりどうした?」
「いえ、一言言いたかっただけです。ちょっとメル友が増えただけですから」
なぜそれで僕に謝るのかがわからないが……
「まさかアリスちゃん、浮気かニャ」
「いいえ、相手女性ですからね」
「最近は同性相手でも浮気ニャんだニャ!」
「いや、なんでですか……」
あるたんさんは何か嫌なことがあったのか、尻尾を逆立ててアリスちゃんに荒ぶる鷹のポーズで威嚇していた。いや、なんでだよ。
「あるたん、何か嫌なことがあったの?」
「みょーんの姐御、聞いてくださいニャ! ちょっといいなって思っていた男子とデートに行ったらそいつ、途中で現れた男に『俺とのことは遊びだったのか!?』って言われて『違うんだ、俺が愛しているのはお前だけなんだ』って言い出して、それでアタイ、蚊帳の外になって周りのギャラリーに苦笑いで見守られた……だめ、もう死にたい。なんか、腐ったお姉さんが目を爛々と輝かせていたし、スケッチも取っていたし」
「ロールプレイ忘れるほど嫌な事件だったんじゃな」
「むしろ苦笑い以外の選択肢がないよそんな光景。その腐った人は別にしても」
「ああ、あれ貴女だったんですか……すいません。うちの彼女が」
まさかのめっちゃ色々さんの彼女かよ。
いや、そういえばその手の趣味の人でしたね。っていうか、この2人生活圏近いのか。
「リアル遭遇する可能性もあるんだな……案外、僕らの中にも生活圏近い人他にもいるかもね」
「ゲホッゲホッ」
「アリスちゃん? どうかしたの?」
「いえ、ちょっと喉が痒かっただけです。風邪でもひいたですかね」
「あまり無理をしないほうがいいと思うけど……」
(あー、近いんじゃな。生活圏)
(これは大分近いわね)
ライオン丸さんとみょーんさんが生暖かい目でアリスちゃんを見ているが……どうかしたのだろうか?
まあ、考えても分かりそうにないし今日の本題に入ろう。
「それではみんなに集まってもらったのは他でもない」
「っていうか、ワシら6人しかおらんがいいのか?」
「できれば他の人たちにもいてほしかったけど、まだ実際にやるどうかは装備が整い次第だから」
「? 何をするつもりですか?」
「……今まで、数々のイベントに参加してきた。ダンジョン攻略もした。そこで、新年を迎えたときに思ったんだ…………正攻法で挑んだこと、少なくない?」
「どのあたりまでが正攻法なのかは知らんが、少なくともイベントごとに一回は変な手口を使っておったの」
「だからこのあたりで一度真面目に攻略をしようと思って……というわけで、魔王城攻略をしよう。動画撮影付きで!」
「さっそく真面目から一歩踏み出しておるぞ」
「真面目が1分も続かないわね」
「仕方がない……うちの両親はもっとすごいぞ。うちの母親なんて見た目ホンワカした年齢不詳なのに性格はすちゃらかだぞ」
「ゲホッゲホッ」
「アリスちゃん? 本当に大丈夫? 今日はもうログアウトしたほうがいいんじゃないか?」
「い、いえ、何でもないですから……」
(まさか知っているの? ご両親を知っているというの?)
多少妙な空気にはなったが、ひとまずはまた魔王城に挑戦できたらしようということで話が終わった。
まあ、近いうちにPVPイベントもあるから準備しておくにとどめておくのもアリだけど……あと、リアルも始業式とかあるし。
「ひとまず、今日は解散で!」