人知れず、手を貸した人たち
アリスが目を覚まして、リビングに行くと……なぜか頭を抱えた叔父さんがいました。
「叔父さん? なんでここにいるですか?」
「いや、クリスマスイベントもあるってクソ忙しい時にうちの株主やらスポンサー企業のお嬢様がきて、ちょっと話し合いをすることになってね……ちょっといろいろとあって、掲示板機能のメンテナンスや動画機能メンテナンスもあったから…………おかげで一部動画が上手く反映されていないし」
株主のほうは分からないですが、スポンサー企業のお嬢様……アリスの脳裏によぎったのは、クリスマスイブというイベントだったのにログインしてお兄ちゃんに会いに来なかったあのお嬢様の姿がよぎります。
オークションでウェディングドレスを手に入れていたですから、それとなく何か仕掛けてくると思っていたですが……叔父さんたち、というかゲーム会社のほうに行っていた?
気にはなるですけど……聞いてもこれ以上は教えてくれそうにないですね。叔父さんも疲れているからぽろっと言ってしまっただけでしょうし。
それに掲示板と動画のメンテナンス? アリスがログインしていた時は普通に使えていたですが……何かあったですか?
「というか、それはそれでなんでウチにいるですか? 自分の家に帰ればいいじゃないですか」
「……今朝、家にたどり着いたら…………玄関に見知らぬ影が見えたんだ。ちょっと怖くなって、こっちに避難を」
「へぇ……」
「アリスちゃん!? なんでスルーして冷蔵庫に向かうんだい!?」
「いえ、どうでもよかったですから」
「どうでもいい!?」
どうせあの人……えっと、名前なんでしたっけ? お父さんの幼馴染の妹で…………確か、お父さんたちの昔のドタバタがモデルの神話にもモデルで出ていたですね……そっちの名前も思い出せないですけど、その妹さんなんですが…………最初、お父さんに惚れていたそうですが、失恋ののちに叔父さんに惚れたそうです。ある意味、当時のことを一番吹っ切っている人ですね。
なお、叔父さんは全く気が付いていないです……そのことを知ったアリスは、その手のことでアリスを心配する前に自分のことをなんとかしたほうが良いんじゃないかと思いました。と、とりあえず日記にしたためようと思います。
日課の牛乳一気飲みをしていると、叔父さんが涙目でアリスを見ていました。
「うう、アリスちゃんが最近冷たくて寂しい」
「自業自得だと思うのよ」
洗濯物を干し終わったのか、お母さんがやってきました。呆れた顔をしていますが……まあ、当然ですよね。
「こっちだって頑張ってゲーム作ってんだよ、たまには癒しが欲しいんだよ!」
「さっさと結婚すれば?」
「? いや、相手がいないのに結婚はできないでしょ」
「……」
もちろんお母さんも叔父さんの恋愛事情は理解しています。っていうか、どうしてアリスの周りの男の人はそのあたりの察しがいいか鈍感なのかの二極しかいないですか……いえ、ライオン丸さんは普通――内なるアリスがあの人も鈍感だと叫んでいますね。なにか、アリスが知らないネタがある予感がしました。次の女子会の議題にしましょう。
「アリスー、なんか悪だくみしている顔になっているわよー」
「はっ、いけないいけない。ちょっと邪心が」
「いつのまにやらアリスちゃんが遠い所へ行ってしまっている……」
「女の子は日々成長するものなのよ」
「成長と言っていいのだろうか? それに、見た目はあまり変わっていないような」
「失礼な! これでも大きくなったですよ――お胸だけは」
「アリスちゃん、男の人の前で自分の胸を触るのはやめなさい」
「安心してください。叔父さんとお父さんの前でしかしませんから」
「あれ? もしかしてボク、男扱いされていない?」
まあ、言うほど大きくなったわけでもないですけどね。本当はもうちょっと身長が伸びてほしかったですけど……現在、アリスの身長は145センチです。6月ごろは140センチでしたので、半年で5センチしか伸びなかったんですけど……なぜです。
「アリス、アンタ何度も徹夜でゲームしてたし、間食も結構してたわよね?」
「――ギクッ」
「不規則な生活してたら伸びるもんも伸びないに決まっているでしょ……いや、忙しさにかまけて叱らなかった私たちも悪いけど…………愚弟に聞いたけど、願掛けで150センチのアバターねぇ……成長、149で止まったりして」
「い、嫌な想像をさせないでくださいです! それでも母親ですか!?」
「母親だからこそ、時には厳しくしないといけないの。あと、アンタは私の娘だからね。この話題が一番効果的なのも分かっているわ。どうせ150センチに到達したら改めて告白しようとかそんなところでしょうけど」
「――エスパーですか?」
「母親舐めないことね。まあ、願い通りにしたかったらもうちょっと規則正しい生活を送ること」
「うう……毎朝牛乳も飲んでいるですのに」
「それ、迷信だから」
なっ……牛乳さえ飲んでいれば大丈夫ではなかったのですか!?
「そんな、ではアリスの身長はどうなるですか!?」
「知らないわよ……今から健康的な生活を送るしかないと思うけど」
「ぐっ――でも、そうしたらログイン時間が減って触れ合いが、周回が、レベル上げがッ」
「だんだん理由がゲームよりになっているわよー」
「……そもそもアリスちゃんも結構なゲーマーだからな…………VR以外は基本的にレトロゲーだし」
「アンタのおかげでね」
「あ、やべ……ここは敵地だったか」
「とりあえず、アンタは一度家に帰りなさいよ。仕事まだ忙しいんでしょ?」
「イベント盛りだくさんだし、年末年始はやることが多くて……ボクはトラブルシューティングで顔出していないとマズいし。それに、スポンサーたちから持ち掛けられた話とはいえ大きな宣伝ができることは喜ばしいことだけどね」
「良いことじゃないの」
「……忙しさは倍プッシュ」
「まあ、頑張りなさい」
「いや、元はと言えばこっちの対応力の低さを一プレイヤーが補っていたことに対して胡坐をかいていたようなもの、そのことが原因で起きた事態でもあるから……来年からは人員強化もされるし、もっと快適なプレイ環境を目指せるよ」
お母さんが来てくれて、ある意味良かったですね。いつもよりぽろぽろと情報をこぼしてくれるです……あくどい顔にならないように気を付けて耳を傾けますが、近いうちに何か大きなイベントをやるですかね?
「あ、そうだ。本当はまだ言っちゃ駄目なんだけど、アリスちゃんにはどうせ早い段階で話がくるだろうからあらかじめ言っておくよ」
「な、なんです?」
まさか叔父さんのほうから話がふられるとは思わなかったです。そういうの、極秘じゃないんですかね? いえ、聞きだそうとしているアリスが言えたことじゃないんですが。
「来月末ごろ、第2回PVPイベントを行うことが決定したんだ。今回はスポンサー協賛で景品も豪華だし、ド派手に開催されるよ」
「それはまた……でも急な話ですね」
「前々から企画自体はしていたんだけど、昨日唐突にスポンサーたちが来てさ、協賛の話が持ちかけられてあれよあれよという間に話が進んでね」
にしても急すぎると思うですが……普通、そんなに早く話が動かないと思うです。
「今回のイベントでは前回PVPイベント……とは言っても半年前だけど、その上位陣から運営が選んだプレイヤーをゲストにエキシビションマッチや、実況解説みたいな感じでトークイベントをする予定なんだ」
「盆踊りの時みたいに、プレイヤーもイベントに積極的に参加してもらう感じですか?」
「そうだね。ただ、今回は大陸全体というよりコロッセオを解放して一か所で多くのプレイヤーに集まってもらい、盛り上げる感じかな。トークやエキシビションのほうも前回PVPイベントのソロ部門上位3名は話がついているし」
「へぇ……ところで叔父さん」
「何かな?」
「ゆろん、ってプレイヤー知っているです?」
「……」
「あと、ソロ部門の上位3名ってイチゴ大福さん、ポポさん、ニー子さんの3人でしたよね…………ちょうど、昨日の夜ログインしていなかった人たちです。いえ、ログイン制限に引っかかっていた人たちもいるですけど、それでもサブ機器とサブアカウントでログインするぐらいのことはしそうだなーって思っていたですよ」
「…………」
「そして、銀ギーさんのことも当然会社の人たち、把握しているですよね? で、このタイミングでそんなうまい話が唐突に持ち掛けられて、急きょ開催が決まった……叔父さん、何をしたですか?」
「ぼ、ボクが決めたわけじゃないから! ただ、運営側が今回のことを大事にすると安全上の問題がどうのこうのって言われるかもしれないし、だったらいっそのこと次のイベントの前フリ的な感じで、銀ギーさんにもエキシビションに出てもらって挑戦の場を作ったほうが反感を持ったプレイヤーの留飲を下げる場にもなるし、銀ギーさんもあまり気負わずに済むかなって、そんな流れで話を決めただけなんだ!」
「運営側っていうか、開発会社の親会社ですよね、運営会社! 実質同じ会社ですよそんなの! いや、っていうかふわっとしているですけど要はもみ消した的なアレですか!?」
「もみ消したわけではない! それに、実際安全上問題はない! ボクも銀ギーさんの暴走状態はモニタリングした! データ上は一切問題はないんだ。あれ、完全に彼女の体質的な問題で、それこそ機械のほうを専用にチューニングして過剰な電気信号を遮断するか強制ログアウトかけられるようにしないと対処できないからね!」
「……ええぇ…………」
「いや、アリスちゃんも似たようなものだからね? むしろ素であのスピードをコントロールできるってどういう脳みそをしているのか真剣に気になるんだけど」
「いや、酷くないですか? あと、それでプレイヤーさんたち納得するですか?」
「まあ、あの程度の悪ふざけは結構頻繁にあることではあるから」
「頻繁にあるですか……いえ、そういえば皆さん悪ノリこそしていたですけどあまり銀ギーさんには文句言っていなかったですね」
「多少の無茶はたいていのプレイヤーがやっているし。そもそも話を大事にしようとするのは、銀ギーさんに反感を持っていたプレイヤーだけだろう。どこの世にもクレーマー、人に迷惑をかけて喜ぶ奴、マウントをとらなければ気が済まない人、そんな人たちは大勢いる。銀ギーさんはそういった場の空気を悪くする案件を自ら解決していた人だ。運営側も彼女のおかげで悪評が大きくならなかったケースはいくつも知っている。だからこそ、出来ればおかしな形で彼女に引退してほしくはない……今回動いたのは、利益が見込めるからでもあるけどね。企業である以上、利益が無ければ動けないし」
「そのお金を持ってきたスポンサーってやっぱり……」
「うん、お嬢様が2人ほど動いてね」
「はぁ……いいんですか、それ?」
「ボクも人のこと言えない感じのことはしたけど、実際今回の件で損をする人っていないからね。銀ギーさんが暴れ回っていたとは言っても、2、3時間程度のことだし。そもそも実際に暴れ回っていたのってサンタとの戦いでのことだから」
「そういえばそうですね」
……元々お祭り的なノリで参加していたですし…………案外、気にしているプレイヤーは少ないですか?
「問題はその場にいなかったのに横やりを入れてくる人なんだろうけど、それをどうにかしたいからこそ彼女らも動いたわけだ。エキシビションマッチで運営側が推薦したプレイヤーに挑む企画を用意しておいてそこで銀ギーさんに出てもらう。で、彼女にモノ申したい人はそこで挑めばいい。勝っても負けても面倒なことにはなりそうだけど、少なくとも暴走の件よりはましだし、なんならそこで運営側がテコ入れしていたとでも思わせれば、ヘイトは運営側に向くから彼女はもうちょっとマシな状況になるからね」
「いつになく大判ぶるまいですね」
「まあ、さすがに思うところがあったわけだ。最初に彼女が揉め事の仲裁をしてくれたおかげでゲーム的にはいい流れが出来上がった。その恩返し、といったところかな? 公にはできないけど」
そういうの隠すところ、大人のやり方でアレな感じがしますよね……いえ、実際損をしている人はいないのならいいのですかね? 知られたら文句を言う人とかでそうですけど、知らないなら知らないまま静かに忘れられたほうがいいでしょうし……
少なくともお兄ちゃん辺りは裏事情知っても『面倒なことになってサービス終了とかになるほうが嫌だから』とか言いそうですね。いえ、実際ヒルズ村のみんなはそんな感じですか。アリスもそうですけど、大きな被害を受けるわけでもないのなら楽しく遊べればそれでいいって人たちばかりですし。
「……ところで、お嬢様たちはなんで動いたですかね」
「小太りのお嬢様曰く『借りは返せるときに返しておきたい』だそうだよ」
「ああ、そうですか」
小太り、たぶんニー子さんですかね。何があったかは知らないですが、初期から遊んでいるプレイヤーですからたぶんいろいろあったんですね。
でも、それだけの人たちを動かした銀ギーさんの人徳はスゴイです……願わくば、自分で気に病んでログインしないなんてことにならないといいですけど。
それこそ動画が残っていれば…………
「まさか、叔父さん……意図的に遮断して情報が残らないように動画や掲示板の不具合を」
「いや、そっちは普通にパンクしただけ。アリスちゃんがログアウトした後も、サンタを追いかけて掲示板が乱立しちゃって、負荷がかかり過ぎてね」
「ズコッ!?」
「あら、古典的なずっこけ」
「アリスちゃん、大丈夫? いや、こっちは大丈夫じゃないんだよなぁ……お詫びの配布アイテム、今回は豪華にしないとマズそうだし、どうするか悩んでいる人が出てなぁ――いっそのこと、パンク分混乱したお詫びにサンタの防御力少し下げるか」
「そ、そっちは頑張ってくださいです。とにかく、銀ギーさんは大丈夫そう……」
いや、それでも外部サイトに上げる人もいるですし…………ただ、その心配は杞憂でした。そもそも銀ギーさんに反感を持っていたプレイヤーの多くはあの時間帯現場に近づかないようにしていたです。ただ、少数はイベント自体引っ掻き回そうとしていたらしいです……ですが、濃ゆいオカマに遭遇して連れていかれたとの証言が残っていることを後日聞きました。
ああ、そういえば銀ギーさんのほかにもいたですね、積極的に揉め事を仲裁しているプレイヤー……しかも更生も充実している方が。暗黒四天王とか力士とかで実績もあるですし。
となるとやっぱり、銀ギーさん自体が気に病んでいるかどうかですよね。
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なお、その件の銀ギー……光江であるが、絶賛二日酔い中だった。
「あ、頭いたいよー気持ち悪いよー……なんかお酒飲んだ後のこと覚えていないんだけど、私なにしてたー?」
しかも、飲んだらその時の記憶が飛ぶタイプでもあったため、昨晩の暴走の件はスッキリ忘れていた。そのうえストレスの発散自体はできていたらしく、妙に晴れやかな気持ちもある。同時に、罪悪感もあるのだが。
「なにこの罪悪感」
本人的には、なぜ? という気持ちでいっぱいだった。
「あ、サンタ討伐……でも、この気持ち悪さだと吐いちゃいそう。うっぷ…………だめ、今日は一日中休むー……あー、スッキリした気持ちにはなるけど、物理的に気持ち悪くなるならお酒は控えたほうがいいかな…………覚えていないってマズイし」
多くの人にとって幸いだったのは、平常時なら彼女は自制がきく人間であったことだろう。
こうして、人知れず彼女の暴走の件については決着がつくのであった。
知らないなら、知らないままでもいいという話。




