八重奏
ヒルズ村に戻り、装備耐久値を回復させて再び武神サンタクロースへと挑むわけだが……僕らの頭に浮かんでいるのはある人物の姿。
「また、銀ギーさん出現するかな?」
「どうですかね……まともな判断能力を失っていることを考えるならば、次の出現ポイントを調べることはできないと思うんですよ」
「掲示板で目撃情報でも調べるです?」
「一応……あ、見つかった」
「早いわね!?」
スレッドの一番上にあったから……魔王降臨とか、地獄を楽しみなとか好き勝手書かれている。いや、好き勝手しているのは銀ギーさんのほうだが。
どうやらBFOのマスコットキャラクターであるフォフォとコッペンを追いかけまわしているらしいが……その肝心の二匹であるが、今回のイベント仕様なのか追いかけることで武神サンタクロースの下へとワープする仕様になっています。二匹もクリスマス仕様でサンタコスをしている。
二匹のワープにわざと巻き込まれれば自動的にサンタの目の前に飛ばしてもらえるんだけど、かなり素早く動くので難しいって話だが……
「これ、確実に現れるな」
「すでに多くのプレイヤーが銀ギーさんを止めようとしているが、投げ飛ばされるかものともしない動きで突き進んでいるそうじゃ」
「うわぁ……っていうかあれだけ暴れ回ったのに何でPK扱いになっていないのよ。呪いのステータスがあればもっと弱くなっているわよね?」
「今の様子からするに、投げ飛ばしただけではプレイヤーは死にませんからね……サンタとの戦いでは、止めを刺していたのはサンタのほうでしたから。サンタにぶつかったプレイヤーも落下ダメージによる自爆扱いですし……彼らのせめてもの救いは、激突によるサンタへのダメージは自分の手柄扱いということでしょうね」
「アリスが死んだときも自爆スキルでしたから、PK扱いにならないです……ってことはまだまだフルスペック銀ギーさんなんですか!?」
「またレイドボス対レイドボスに割って入らなきゃいけないのか……」
正直、銀ギーさんは強制ログアウトまでログインし続けるだろうから明日改めて戦うのもアリだと思うんだけど……しかし、めっちゃ色々さんは渋い顔をしている。
「少し計算したんですが、今のダメージ効率を考えると明日の夜中前ぐらいでようやく倒しきれる計算なんですよ」
「不条理なぐらい強いけど、徐々に効率も良くなっていったでしょうし、ギリギリで倒せるか倒せないかぐらいのHP量ね。サンタの行動パターン変化も予想した上での話だけど」
「それが銀ギーさんの暴走で時間内に倒せないかもって話になったわけじゃな」
「むしろ、倒せない可能性のほうが濃厚になりましてね……会議室でも皆さん頭を抱えている現状です」
ここで言っている会議室とは、掲示板のスレッドの一つのことである。イベントなどでプレイヤー同士が協力する場合に意見を出し合い、書き込みをしている。なお名前欄は自動的にプレイヤー名になる。
今回、銀ギーさんの暴走によりこの時間帯に討伐隊に参加するプレイヤーは頭を抱えているのだ。18時以降から22時頃までが一番プレイヤー数多いし。
暴走しているのが悪質な迷惑プレイヤーとかならまだ話は簡単だったんだ。物理的な排除もそう悩まずに行えるから。ただ、これが銀ギーさんだったというのが問題なわけで……
「彼女にお世話になったプレイヤーって数多くいますからね。こんな事態になっても彼女を心配する声は数多いですよ」
「アタイも困ったときに助けてもらった覚えがあるニャ」
「ワシも、ヒルズ村に来る前にいろいろと世話になったからのう……」
「アリスもこの前助けてもらったです」
「あの子、行動範囲広い上に根の部分が気を使う質なのか困っているプレイヤーを見たら手助けしちゃうのよね。まあ、最近はそのあたりのことで悩んでいたみたいだけど」
「いろいろとため込んでいるようでござったからなぁ……だからこそ酒でも飲んで寝て忘れるほうがいいでござるってノリで、お酒を勧めちゃったんでござるけど」
「いくらなんでもあんな暴走戦士が誕生するとは思わないけどね」
「とりあえず、缶チューハイ一本でああなったことだけは皆さんで情報共有しておきました」
会議室にその話書き込んだのか。いや、でも誰が信じるよあんな話……
「動画付きで投稿しましたので、大丈夫ですよ」
「できるの!? 掲示板に動画投稿!?」
「バージョン2からの新機能じゃな。ゲーム内掲示板だけに投稿する場合は30秒の動画が限界じゃが、外部アカウントと提携すれば生放送リンクも掲示板に張り付けられるぞ。ゲーム内からも視聴可能じゃ」
「いつの間にそんな機能が……」
いや、バージョンの変わり目にはほとんど立ち会えなかったからなんだけど……動画投稿か、興味はあるけど今はスルーしてもいいだろう。
でも勝手に銀ギーさんの姿を配信してもいいのだろうか?
「ゲーム内だけですし、それに彼女が正気を取り戻した後に批判を受けすぎないように、ですかね。多くのプレイヤーがお世話になっていますし、迷惑をかけてしまった人も多いですから」
「当然、この件で彼女を糾弾する人は出てくるだろうし、以前に迷惑行為をして怒られて、逆恨みしている人がいないわけじゃないでしょうから……やたらとマウントをとりたがる人も出るでしょうね」
「いるニャ、そういう人。有名プレイヤーよりも自分のほうが上みたいな演出をしたがるんだろうけどニャ」
「どこまで効果があるかわかりませんが、彼女に助けられた人が多いのは事実です。だからこそ、どうにかして止めたい人が多いのですから」
ふと気になって、僕も掲示板を開く。
複数のスレッドで今現在話題になっているので、その中の一つを閲覧する。僕だけでなく、この場のみんなが同じように掲示板を開いていた。それぞれが違うスレッドを開き、ただ一言書き込む。
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【恐怖の】イベント雑談スレ【妖精剣士】
134.名無しの剣士
だからあの人は頭がおかしい人だって言っただろうが!
135.名無しの盗賊
はいはい、嫉妬乙
136.名無しの狩人
今日は荒れてるなぁ
137.名無しの魔法使い
銀ギーさん飲酒暴走事件広まるの早くねw
138.名無しの魔導士
イベント積極参加民からすれば悪夢だけどね
レイドボス同時に二体相手にしているようなものだから
139.名無しの狂戦士
これ幸いにと銀ギーさんと揉めたことのあるプレイヤーが叩きだしてるのウザい
ほとんど自分が迷惑行為して怒られたからだろうが
140.名無しのアサシン
そもそも銀ギーさんが仲裁やら、説教していなかったら運営から垢BANされていたかもなのになぁ……あくまでもプレイヤー間のちょっとしたいざこざ程度に収まるように立ち回ってくれているんだぞ
141.名無しの魔法剣士
マジであの人には頭上がらんわ……
142.名無しの武闘家
でも、実際に迷惑かけてんじゃねぇか
143.名無しの釣り人
事実だけ見るとその通りなのが何とも……
144.名無しの重戦士
今、ハラパ王国草原でサンタと銀ギーさんが衝突中
俺たちもどうにかして割って入ろうとしているが、近づけない
救援求む
145.名無しの騎士
救援求められても、レベル低いからなぁ……
146.名無しの狂戦士
正直関わりたくはない
147.名無しの演奏家
その話聞き届けた
148.名無しの剣士
? え、どなた……
149.名無しの盗賊
オイオイ【演奏家】で倒せるのかよ!?
150.名無しの重戦士
今、連絡があった。村長さんたちがこっちに向かってきてくれているって
151.名無しの戦士
一度やられたのにまた向かうのか!? っていうか今の書き込み村長なの? なんで職業【演奏家】にしているんだ!?
@@@
助けを求める声があるのなら、応えないわけにはいかないよね。
思えば、僕もBFOを始めた当初はどうしたらいいのかわからずに掲示板に書き込んだんだっけ。もっとも、助けを求めていた割には好き勝手やっていたけど……
「いや、好き勝手やっているのは今も同じか」
「でも……本当に倒せるんでしょうか?」
「やってみなくちゃ、分からんじゃろ。っていうか、村長……この作戦、大分無茶があるんじゃないじゃろうか?」
「……でも、正直なところこれしか思いつかなかったんだよね」
対武神サンタクロース用に考えていたとある戦法がある。
この戦法自体は検証スレでも実際に効果があることが証明されてはいたのだが、プレイヤーのほうがついていけない挙動になるため実用性が皆無と言われていたものだ。
だが、僕たちにはアリスちゃんがいる。
「この作戦の要はアリスちゃんだ。正直、アリスちゃんにかける負担が大きすぎると思うんだけど……」
「大丈夫です。銀ギーさんを止めるためにも、全力で挑ませてもらうです!」
「それに、この戦法で戦うならアリスちゃんか……それこそイチゴ大福さんぐらいの反応速度が無いと自滅するのがオチよ」
「まったく、無茶なことをするニャ……でも村長は【演奏家】じゃなくて【村長】のほうがバフがかかったんじゃないかニャ?」
「確かに、基礎ステータスの上昇は見込めるけど……それでも僕も【演奏家】にしたほうが強化倍率は高いからね」
「ですね。しかし、この方法を実行に移すとは思いませんでしたよ」
「まったく無茶な方法を使わせるわね……でも、これが一番可能性が高い方法よね」
「武神サンタクロースのAIは一番ダメージ数の多いプレイヤーを狙うわけじゃからな。他のプレイヤーたちも集まりつつあるそうじゃぞ。とにかく、ダメージ数を稼がなくてはいかんぞ」
「らったん殿たちも向かっているそうでござるよ。ディントン殿もフレンドと共に再び現地で合流しようとメッセージが送られてきたでござる。こちらの作戦を伝えてはいるでござるが……何やら思いついたことがあるということで、少し遅れるそうでござるが」
「さっきは僕らが遅れちゃったし、お詫びってわけじゃないけどもたせてみせよう。何かいい手を思いついたのかもしれないし……それじゃあ、ヒルズ村楽団いざ出陣だ」
持っている武器は付け焼刃もいいところ。全員がほぼこの場限りで職業を【演奏家】に変更している。元々ネタ的にこの戦法も試さないか、と話はしていたが……まさか実行に移すことになろうとは。
自分でも驚きであるが、正直この手しか思いつかなかった。
凄まじい動きでプレイヤーを殲滅する武神サンタクロース。その動きについていけるリミッターの外れた銀ギーさん。間に入るにはこちらも限界を超えた動きをする必要があるが、通常のプレイでは難しいだろう。
だからこそとある一つの戦法を実行することになったのだ。元々は魔王城での敗北から考えていたことで、少し調べてめっちゃ色々さんとみょーんさんにも相談したうえで可能と判断した。もっとも、この戦法で戦うにはアリスちゃんレベルのバトルセンスが必要なのだが。
今回、アリスちゃんの武器はいつものバトルブーツに加えてタクトになっている。めっちゃ色々さんが前に作ったタクトのレシピを解放する過程で作ることになったもので、相当な性能を誇っている。
「本当は私が使っている物を貸し出せればよかったのでしょうけど、生憎これは製作者専用でして」
「大丈夫です。このタクトだってアリスが使っている楽器よりも大分性能が上ですから……皆さん、そろそろ目的地ですよ。準備はいいですか?」
「もちろんじゃ」
「ええ、いつでもオーケーよ」
「アタイもニャ」
「拙者がやらかしたことのしりぬぐいをさせるようで、アリス殿には申し訳ないでござるが……銀ギー殿のこと、よろしくお願いするでござるよ」
「某たちも割って入りたいところでござるが、正直アレとタイマンは厳しいのでござる」
「アリスちゃん、思いっきりやっちゃってくれ」
「ハイです!」
僕たちはいっせいに駆け出し、【演奏家】の奥義スキルである『歓喜の歌』を発動させた。
ただ発動させるだけじゃなくてタイミングも合わせる必要があるのだが……出だしさえ揃えれば、あとはリズムに合わせればいい。
「みんな、演奏に集中するんだ。全員で武神サンタクロースと銀ギーさんを取り囲むように、円を作る感じで!」
「分かっておる! 嬢ちゃん、さすがにワシらは上がったステータスについていけんからあまり動けん、決めてくれよ!」
荘厳な音楽が流れ始め、僕たちのステータスが上昇する。パーティーの連結を行うことで僕たち8人分の『歓喜の歌』が重ね掛けされたのだ。その結果、ステータスはとんでもない上昇を見せることとなる。以前から判明していたがこのスキルは重ね掛けすることでステータスの上昇量が凄いことになるのだが欠点がいくつかある……まず、演奏を合わせる必要があることが一つ。攻撃を受けるなど、キャンセルされてしまえばやり直しになる。
演奏の効果範囲にいなければいけないことも欠点の一つだ。複数人で演奏すればある程度は解消されるが……メイン戦闘を行うプレイヤーは動き回る都合上、効果範囲外に出る可能性が高い。
そもそもの話、ステータスが上がり過ぎてスピードが出過ぎる。まともなプレイヤーでは制御が出来なくなってしまうのだ。
だが、アリスちゃんだけはこの戦法でも戦うことができる。
彼女は元々近接戦闘をしながら演奏スキルを使っていた。動き回りながらでも『歓喜の歌』を使い続けられるので彼女自身も含めて効果範囲が形成される。
そして、彼女のバトルセンスなら非常識なほどに上がったステータスにもついていけるのだ。
「いくですよ、準備はいいですか? アリスはとっくにできています!」
「んー? あー、アリスちゃんだー」
「ぶるあああああ!!」
アリスちゃんは駆け出し、目にもとまらぬ速さで武神サンタクロースを蹴りつけた。
まず、第一段階はクリア。飛び蹴り系統のスキルでダメージをたたき出し、タゲをとってサポートに徹する僕たちに攻撃の目が向かないようにする。
「さあ、今日のアリスはいつもよりデンジャラスですよ!」
『歓喜の歌』
【演奏家】の奥義スキル。単体なら一定時間演奏することでバフをかけることができるスキル。
他のスキルと接続ができるのだが、真価は複数人による重奏にある。
演奏人数が増えるほどバフの上昇量が跳ね上がる仕様になっており、プレイヤーを超戦士にすることができる。
重奏では攻撃役以外のプレイヤーは演奏に徹しないと効果が途切れる可能性が高い。
以前作者が言っていた、強化されまくったクラーケンを倒す方法とはこれのこと。
現時点ではアプデが入ったので他の方法も増えているのだが、当時で実装済みだった仕様ではこれだけだった。