12月23日(前日談、あるいは二人のプロローグ)
いよいよ武神サンタクロースの出現まで24時間を切った12月23日の正午。僕とアリスちゃんはヤシノ島の海岸の岩場で釣りをしていた。
「……明日の準備、しなくていいですか?」
「いや、アイテム強化とかは既に終わっているんだけど……このあたりの海域でとれる魚を使うと刺身系の料理アイテムが作れるって聞いて」
「ああ、バフアイテムですか…………刺身なのに、この海域限定です?」
「ゲームだからね。自由に料理ができるわけではないのだよ」
基本的には料理スキルで指定素材を合成するだけだしなぁ……いや、一応熟練度的なのもあって、ミニゲーム的に鍋をかき回したりなどすることもあるが。それでもバフが少し多くなったりなどといった恩恵がある程度だ。
没入感は凄いが、ふとした拍子にゲームなんだよなって気分に戻ることがある。いや、むしろワザとなのかもしれない。あまりにリアルすぎると現実とゲームを混同しかねないし。
「――――ん?」
なかなか釣れず、全然別のことを考えていたわけだが……岩場から離れた場所、海岸を二人の男女が歩いているのが見えた。というか、アレは……よぐそとさんと桃子さん?
何をしているのかはわからないが…………なにやらいい雰囲気になっている。
「……え、いい雰囲気!?」
「桃子さん、ついに決めるつもりですか!?」
こりゃ釣りしている場合じゃない。スレを立てて実況を――いや、さすがにそれはマズイ。それに釣りスレとしか思われない可能性が大だ。いや、だからそうじゃないって。
あまりの衝撃に自分の思考もまとまらず、テンパっている。
「お兄ちゃん、二人ともいっちゃうですよ!」
「と、とりあえず様子を確認して……」
アリスちゃんと二人、気配を殺しながら近づく。幸い今日は職業を【忍者】にしていたおかげで『忍び足』のスキルが使える。こっそりと声が聞こえる距離まで近づくが……遮蔽物がほとんどないから下手すると見つかるな。
かすかに声が聞こえる程度の距離が限界だった。
「お兄ちゃん、どうするつもりですか?」
「…………いや、僕も混乱して咄嗟に前に出ちゃっただけだし、どうしよう?」
「アリスに言われても困るですけど」
と、そこで何やら二人がヒートアップした気配が伝わってきた。どうやら、動きがあったようだ。
『よ、よぐそと殿……ほ、星がきれいでござるな!』
『今は昼でござるよ?』
……あ、ダメっぽい。
今日は雪もそれほど降っておらず、太陽が輝いているというのに……いや、雪が降っているのになんで太陽が輝いているんだよって話だけど。天気雨ならぬ天気雪?
『そ、そうじゃなくて……よ、よぐそと殿! ご、ご趣味は!?』
『いきなりどうしたでござるか、桃子殿。今日は何やらおかしいでござるよ?』
『えっと、そうじゃなくて、えっと……そう! ほら、結婚システムが近々実装されるでござるではないか! それで、えっとその……』
『そんな噂もあるでござるな』
お、ついに決めるのか? ちょっと身を乗り出しそうになると、腕をアリスちゃんに引かれた。
「お兄ちゃん、その噂はアリスも聞いているですけど……本当に実装されるです?」
「あくまで噂だけどね」
「ふーん……お兄ちゃんも誰かとするですか? 結婚」
「なんか嫌な聞き方だけど……アリスちゃん以外にしそうな相手もいないよ」
「そうですか――え!? え!? え!?」
アリスちゃんは三度ほど、僕の顔をものすごく驚いた顔で見返した。顔をわざわざ横に向けて、三度見。なかなか芸風が広がっているようだが、どうしたのだろうか?
「いや、どうしたのだろうかじゃなくて……ええ!?」
「あまり大声を出すと見つかるよ」
「アリス的には桃子さんとかもうどうでもいいからこの件について小一時間問い詰めたいというか、言質取りたいんですけどいったいどういう心境の変化何ですか!?」
「…………いや、そもそもゲーム内での結婚に必要以上に大騒ぎするのもどうかと思ったし、あと……そのあたりはやいところ決めておかないとロクなことにならないって僕の中のナニカが叫んでいるんだ。こう、どこぞのドMお嬢様が何かしそうで」
「……あー(アリス的にはその理由は残念ですけど、確かにこの前ウェディングドレスを謎の資金源で手に入れていたです……ある意味グッジョブでしたけど)」
これを言うと不機嫌になるかなと思ったが、なぜかアリスちゃんは納得した顔をしていた。もしかして、何か心当たりがあったのかもしれない。あぶねぇ……ゆろんさんのことは別に嫌いではないが、よだれを垂らしながら迫られるのって怖いんだよね。あと、なぜか嫌な予感がするから近づきたくない。
ちなみに、同じような理由で採寸してこようとするディントンさんも苦手である。いや、あの人はあの人で目も血走っているから余計怖いかもしれない。
「……お兄ちゃんって、結構勘とかで行動するですよね。戦い方は前準備して挑むのに、ここ一番はその場のテンションで決めるというか……でも成功しているですけど」
「昔から、ここ一番の勘は当たるんだよね。圧倒的に嫌な予感のほうが当たるんだけどさ」
「お兄ちゃんって、引きが強いのに時々すごく運が悪いですよね」
「……否定はしない」
正直な話、時々ひどい目に遭っているのは分かっているのだ。うん……日頃の行いかなぁ。
と、そこでようやく和風コンビに動きがあったようで、聞き耳を立てる(日頃の行いの悪い例)。
『えっとその……』
『桃子殿、先ほどからどもって……言いづらいことでござるか?』
『こ、個人的には――ええい、女は度胸! 結婚システムが導入されたら、拙者と結婚しないかでござる!?』
「――ついに言った!?」
「ストレートです! これならいくらよぐそとさんでも気が付くですよ!」
『別にオーケーでござるよ』
「「『えええ!?』」」
アリスちゃんと二人、声を潜めつつも驚きの声を上げる。
まさかあっさりとオーケーするとは!? というか桃子さんも驚きの声を上げていたぞオイ。
『マジでございまするか!? マジなんでございまするかよぐそと殿!?』
『桃子殿、なにやらいつもと口調が変わっているでござるけど、どうしたでござるか……』
『これが変わらずにいられんばい! 驚きのあまり拙者の中で何かがめがっさハッスルしているでやんすよ!?』
『それにしたって驚きの変わりようなんでござるが……』
『で、でもいったいどういう心境の変化で!?』
『いや、ボーナスは魅力的でござるがいくらゲーム内結婚とは言っても気心の知れた仲でもないと流石の某も抵抗があるでござるからな』
『……』
あちゃぁ……いや、ゲームなんだからそれも一つの意見ではあるのだが…………気心の知れた相手、と言っているだけマシかな。
もっとも、完全友達宣言にも聞こえるわけで……僕とアリスちゃんは顔に手を当てている。桃子さんは何も言わないが……怖い。顔を見るのが怖い。絶対無表情になっているよあの人。
『おっと、今日は約束があったのを思い出したでござる。某、今日はこれで失礼させてもらうでござるよ』
よぐそとさんはそれだけ言い残し、去っていった……え、この空気どうすればいいの? とりあえず桃子さんをなぐさめるか何かしたほうがいいのだろうか?
僕が躊躇していると、アリスちゃんがスッと前に出ていく。
「えっと、桃子さん……あまり多くは言えないですけど、よぐそとさんにもよぐそとさんの考えがあって……桃子さん? ――――ヒッ!?」
アリスちゃんがなぜか怯えた声を出している。嫌だなぁ、前に出るの。でもアリスちゃんを放っておくわけにもいかないので、僕も桃子さんの前に出ていく。
恐る恐る顔を覗き込むと、ヒエッ――めっちゃいい笑顔で昇天している!?
「うふふ、うはははは! 勝利、勝利でござるよ! たとえよぐそと殿の意識があくまでも友達であろうと好意は好意、結婚は結婚でござる! すでに外堀は埋めたも同然! あとは拙者の魅力で骨抜きにすれば万事オールオーケーなのでござるよ! この戦い、拙者の勝利でござる!」
「「うわぁ……」」
なんでこの人はそんなダメなフラグを立てていくのか。
よぐそとさんはあくまでゲームとして受け入れただけだろうに……っていうかたぶん一歩も前進していないんじゃないと思うんだけど。
「――おや? 村長殿にアリス殿、こんなところでどうしたでござるか?」
「こんなところでどうしたって……気が付いていなかったですか」
「アリスちゃん、そっとしてあげよう。あと、指摘するの面倒になった」
「ですね」
「? あ、そうだ! 聞いてくだされでござるよ二人ともぉ、よぐそとどのがぁ、拙者のプロポーズをぉ……って、どこへ行くでござるか! 少しぐらい聞いてくれてもいいではないかでござるー!」
いや、面倒だし……あと、記憶改変していない?
「祝いでござるよ祝い! お世話になった皆さまにお礼させてもらうでござるよ! そうだ、話を聞いてもらったでござるし、銀ギー殿にも連絡しようでござる!」
「あの人疲れていたですし、迷惑かけないで上げてください!」
「……よぐそとさんももうちょっと深く考えればいいのになぁ」
明日、どうせ武神サンタクロースとの戦いで顔を合わせそうだしその時にお礼を言うということで落ち着かせて、今日はログアウトしてもらうことにした。このテンションのまま野放しにしていたら大変なことになりそうだし……
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一方その頃、用事があると嘘をついてまであの場を離れたよぐそとであるが、ヒルズ村のベンチに座ってたそがれていた。
「……」
「んゆー? えっとぉ、サムライの人、どうかしたー?」
そこに現れたのは、相変わらずのギャルな見た目をしているらったんである。
なぜか武器が釘バットになっており、ヤンキー感が出ているが。
「その声は……らったん殿でござるか。いや、ちょっとした心境の変化があっただけでござるよ。見えていなかったものが見えそうというか、ちょっと考えを変えたほうがいいのかなって思っただけの話でござる」
「ふーん……」
「いや、なんでござるかその心底どうでも良さそうな顔は」
「だってぇ、どうでもいいしぃ。あーし的にはー、コイバナセンサーが反応したんだけどなぁ」
「……そんなんじゃないでござるよ、ただ…………」
よぐそとの脳裏によぎるのはBFOで桃子と出会い、共に冒険し、一緒にバカなことをして、遊んだ楽しい記憶。もちろん、困ったことやら納得のいかないこともなかったわけではないが……彼女と共にいるのは、とても楽しかったのだ。話も合うし、同じ方向性のロールプレイをする仲なので、相性も良かった。
「ただ、顔が熱いだけでござるよ」
「? 風邪でもひいた?」
「かもしれないでござるな」
よぐそと自身、それが何を意味するのかまだ分かっているわけではない。ただ、仲間たちに指摘され、桃子が行動を起こしたことで彼の中で何かが変わった。
それに答えが出るのはまだ先の話になるだろう。
「…………答えが出そうにないのに考えても仕方が無いでござるな。ひとまずは、明日のことを考えたほうが良さそうでござる」
「んゆー? 明日? 何かあるのー?」
「武神サンタクロースが出現するでござるからな。一体だけしか出現しない上に、大陸中を駆け回るそうでござるから、プレイヤーたちで連携をとるために掲示板を活用しようという話なのでござるよ。そのあたりの作戦を立てるんでござるが……まあ、なるようにしかならんでござるな」
「んゆー? 勝算あるのー?」
「詳しいスペックがわからないでござるからなぁ……リアル時間で明日の朝7時ごろに出現するでござるから、その時に偵察部隊がどれほどの強さか調べて、考察班や検証班と共に作戦を練る予定でござるよ。ログイン制限もあるでござるから、効率よく進めないと倒せないぐらいHPありそうなんでござるよね」
「ほどなるぅ」
「その後は、夜ぐらいまでいろいろな手段を試してみるそうでござるよ。で、明日の18時頃でござるかな? 銀ギー殿をはじめとして、軍団戦に慣れたプレイヤーたちで一気に攻める予定でござるな」
「へぇ……あーしたちは?」
「どこかで適当に参加する予定ではあるでござるが……まあ、ログイン制限にひっかからない程度にほどほどに遊ぶでござるよ。らったん殿もダメージを与えに行ってみるのもいいのではないでござるかな? ダメージを与えておけば、後日報酬がもらえるでござるから」
「んゆー? うーん……そうしておくねー」
こうして、各々の出会いは済まされた。
そして決戦の日がやってくる。
よぐそと、桃子の話は次章以降へ持ち越します。




