イベント裏話その1
閑話的な話。
今回も主人公は出ません。
その1とつけていますが、今回のイベントでその2はやりません。
デスクでの作業を中断し、すこし体をほぐす。ようやくBFOにおける最初のイベントも終了したため面倒な監視作業も終わりだ。
BFO運営チームの一人、「松村 タケル」はこの一週間の激務を思い出してげんなりした気持ちになる。
「やっぱバランス調整ミスってますよね、ベヒーモス」
「あら、あなたもそう思う?」
「主任……そう思っていたのなら進言してくださいよ」
「嫌よ面倒だし」
わからなくはないが、余計面倒なことになっているのに気が付かないのだろうかこの上司は。
そう思いつつも、今回の反響としては悪くない方ではあるため声を荒げることもできない。
「新藤さんだって最後の方変なテンションで仕事していたじゃないですか」
「彼の場合、バランスのおかしいベヒーモスにノリノリだったから自業自得よ」
「そうですけどね」
最初はもうちょっと日和った内容だったのだ。だがそれでは面白くないと開発チームから待ったという声が上がった。あくまでも、商売になるようにゲームを開発しなくてはいけない。
だからこそ運営チームも最初のイベントで無茶なバランスにしないつもりでイベントを進めていたのだが、最初だからこそインパクトのあるものをと押し切られ、最終的に運営側もその話に乗ったのだ。
「ちょっと仮眠とってきますね」
「その前に一ついいかしら」
「なんです? いい加減眠いんですけど」
「いえね…………BBSに、ゲーム内の有名人を語るスレってのがあるんだけど」
「……」
「この、『松村』って――」
「おやすみなさーい」
それはトップシークレットなのだ。半ば公然の事実で、GM業務であるゲーム内の監視やパトロールの最中気晴らしに始めたストリートダンスにハマったとかそういう事実はアレなのだ。
とにかく、違うのだ。そんな言い訳になっていない言い訳と共に松村は仮眠をとるのであった。
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「イベントハイライトってもう公式MADだよなこれ」
気を抜くと笑いそうになってしまう。予定が合わなかったので炭鉱夫さんのいる組には入れなかったが、本当に惜しいことをしたと思う。
例のスレでたまに書き込んでいる釣り人、自称『太公望』――PN『マンドリル』はゲーム内の喫茶店でメニュー画面からニュースを開き、公式の動画を眺めていた。
「ほとんど彼らの場面なあたり、相当濃かった一戦だったのだろうね」
「でも珍しいっすね、『ポポ』さんはこういう場面にこそ参加すると思ってたんですが」
「吾輩としてもどうするか迷ったが、どうせ彼らは今後も面白い行動をとるよ。自然とね。だったら最初の一回目はオーソドックスなレイド戦をしておくべきだと判断したまでだ」
「なるほど、そういう考えっすか」
俺っちは面白いこと優先するんだけどなぁーと、マンドリルはつぶやく。
そんな彼を見て、青白い顔をしたヴァンパイア――ポポは顎に手を当て、今後のイベントスケジュールを思い出していた。
と、そこで一人の女性プレイヤーが近寄ってきた。服装は着物で、それなりの重量があるのかゆったりとした足取りだ。
「ポポさんにマンドリルさん、お待たせしましたー」
「お久しぶりですね、『ど・ドリア』さん」
「相変わらず、妙な名前つけてるっすよねー」
「お二人には言われたくないんですけどね。こういうゲーム、変に凝った名前より適当な方が楽しめますよ」
「それもそうですね。……ところで、今はどちらですか?」
「今は舞妓ですね。装備は同じなんですけど」
彼女もいつもの掲示板に書き込んでいるメンバーの一人、舞妓もしくは芸者の『ど・ドリア』だ。
三人は別のゲームでも一緒に遊んでいたことがあり、たまにこうして集まって情報交換をしている。
「いつも思うんっすけど、女性ドワーフってドワーフに見えないっすよね」
「髭もないからね。多少筋肉質になるけど、ウチはあまり気にならないかなぁ」
「身長も低めになるから、高身長の女性はドワーフを選ぶ傾向にあるようだが」
「相変わらず、どこで情報しいれてくるんだか……そんなんだから探偵なんて職業になるんすよ」
「吾輩は気に入っているがな」
種族ヴァンパイアも、職業探偵も自分がこのゲームで遊んだ結果だ。あるがままを受け止め楽しんでいるさとコーヒーを飲む。
「味覚なんて感じないのに、なかなかサマになった飲み方しますねー」
「フルダイブ技術もここまで進歩したのに、一切味を感じないのはいまだに違和感があるんすよね」
「それは仕方のないことだよ。我々人類の持ちうる技術ではまだ味覚の完全再現などできはしないのだから。味覚というのはそれほどまでに複雑怪奇な代物なのだ」
似た理由で、嗅覚もね。ポポはそう付け加えた。
言わんとしていることは分かっているのか、二人ともそれには何も答えず、話は次の話題へ。
「ウチはクエスト失敗組でしたが、お二人はどうでした?」
「吾輩はギリギリクリアできました。といっても、6日目で情報もあらかた出ていた状態でしたが」
「俺っちは4日目で失敗組だよ。あと一歩のところで時間切れだったのがマジで悔しいぜ」
「やっぱり難易度おかしいですよね……ハァ、炭鉱夫さんたちが羨ましいです」
「掲示板も大盛り上がりだったな。まあ、次の日炭鉱夫さんログインしてすぐに落ちたらしいが」
「相当恥ずかしかっただろうに、ログインボーナスだけ取りに来るとは彼も読めないな」
「ウチだったら数日はログインできないかなぁ」
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345.髭の鍛冶師
フレンド登録したから、炭鉱夫さんがインしたのは分かったのじゃが、すぐに落ちたの巻
346.魔女は奥様
明らかにログインボーナスだけ受け取ってすぐに落ちているわね
347.エルフの錬金術師
やっぱりアレかなぁ
348.服屋農家
アレですよねぇ
349.太公望
アレとは?
350.ワイルドハンター
こっちがわからない話しないでほしいー
351.怪盗紳士
滅茶苦茶恥ずかしい決め台詞言ってから奥義スキル使ったこと? 結局死んだが
止め刺したのはいいけど自爆特攻だったこと? ラストアタックボーナス欲しさにやってたけど結局収支マイナスって嘆いていたが
それとも「一発屋」のこと? 運営直々にメール貰って即認定されたアレ
352.魔女は奥様
全部、じゃないかしらねw
353.永遠の旅人
願う事ならば引退しないでほしいw
354.服屋農家
だ、大丈夫じゃないですかねぇ……たぶん
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「まあ結局その次の日は普通にログインしていたわけだが」
「メンタル強いですよねあの人」
「1カ月も炭鉱生活している時点でお察しだけどな」
「掲示板での書き込みを見る限り、出来るだけ準備を整えるつもりみたいではあるがな」
ベヒーモス戦で使い切った爆薬類の補充や、用途別に装備を用意していると炭鉱夫は漏らしていた。
炭鉱を出ることが出来たとして、いきなりレベルが跳ね上がるなど理不尽なことになるかもしれないんだぞと彼は叫んでいた。
「そういえば、あの炭鉱の地下に古代文明の遺跡的なのがあるんだっけか」
「基本レベル職業レベル共に25を超えても即死するぐらいには強いようだが」
「でも炭鉱夫さんって結構な紙耐久でしたよね?」
「黒鉄防具だから、それなりに防御力上がっていなかったか?」
「黒鉄シリーズは手に入れたときの職業に合わせたものが貰えるが、性能に大きな差はないからね――参考までに、これがそのデータだ」
ポポが表示したのは、今自身が身に着けている【黒鉄のトレンチコート】の効果。装備の扱いは上半身用で、下半身の装備に制限がかかる仕様になっている。
防御力と筋力値が上昇し、装備の耐久値減少を抑える効果という炭鉱夫が手に入れた【黒鉄のオーバーオール】とは上半身装備か下半身装備の違いぐらいの差だ。
「って、ポポさんがラストアタックボーナスをとったんかい」
「探偵のスキルの一つでね、より詳細なモンスターの情報を見ることが出来たんだよ」
具体的には、残りHPやどういった攻撃でいくらほどのダメージが発生しているかなど。ごく一部の職業では、敵に詳細なHPや弱点情報がアイコンといった形で現れるなど、色々と表示が変わるのだ。
探偵はその最たるものの一つで、弱点を暴くことで戦闘を有利に進められるのが特徴の職業である。
「やっぱり便利だよなぁ」
「反面、攻撃スキルが少ないのがネックだけどね」
「盗賊とかと同じ系統なんですよね?」
「ええ、吾輩も最初は大変でしたがなれると楽しいですよ」
そろそろ他の職業も遊んでみようと思いますが、と彼は付け加えたが。
三人とも珍しい職業で遊んでいるタイプのプレイヤーだが、別にそれ自体にこだわりがあるわけでもない。すぐに変えるつもりはないが、何か興味を引くものがあればすぐに変えるだろう。
「結局のところ、これはゲーム。好きに遊んでいいんですよ。もちろんモラルの範囲内ですがね」
「それはそうだろうよ……ダメなことやって、犯人になりたくないしな」
「バグだったのに仕様として実装しちゃうなんて、思い切ったことしますよねここの運営も」
「あの流れにはさすがの吾輩も笑ってしまったよ」
ある意味有効な手かもしれないが。
やってはいけないことをして、あんな見た目になってもゲームを遊ぶ可能性が残されているのは温情か、それとも嫌がらせなのか…………
「単に、悪ふざけだろうな」
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「――ふぁっくしゅッ」
「くしゃみで目覚めるって変わった起き方するのね」
「……いや、目が覚めようとしたところで鼻がムズムズしただけですし」
松村は誰か俺の噂話でもしているのかなぁと、眠気の残った顔でデスクに向かう。
「主任、バグの報告とかありましたか?」
「今のところはないから、お詫びのメール作成は大丈夫よ」
「そうですか、それならよかったです」
「そういえば……バグで思い出したんだけど、なんであの犯人バグを残したの?」
「そりゃ、その方が面白いじゃないですか。偶然とはいえ、アレは目からうろこでしたよ」
「…………やっぱり貴方も同じ穴の狢なのね」
「? どういうことですか」
「何でもないわ。ただの戯言よ」
色々な意味でね、と主任は付け加えた。
次のイベントも企画が動いている。ベヒーモス戦よりはバグのチェックなどは少なくなるだろうが……人間関係のトラブルはより発生しかねないイベントだ。
「万が一だけど場合によっては企画倒れになるかもしれないし、しっかり話し合っていくわよ」
「俺本当はゲーム内の巡回とかが担当なんですけどねぇ……なんでイベントも兼任なんだか」
松村はぼやきながら仕方がないかと、PCを起動した。
開くのはイベント企画書。とはいっても、これに関しては開催はほとんど決まっており、ゲーム内における警備についてなど運営スタッフの動きを決めるための資料のつもりで開いただけだが。
「面倒なんだけどなぁ、PVPイベント……個人的には企画倒れだった方がありがたいよ」
ということで探偵と釣り人と舞妓もしくは芸者。
舞子と芸者はその時の気分で変えている設定。まだコテハンでは出てないと思うけど「はんなり」ってつけてる。
各職業についての詳細などは、そのうちやるかなぁ