銀色の――
私こと銀ギー……いや、工藤光江は大学では地味で目立たない学生だ。あまりカットに行かない長い黒髪に、目元を隠すように伸ばした前髪。極力人と関わらないような生活を送っている。
何をするにも自信を持てなくて、少し挙動不審な私に進んで関わろうとする人は少ない。
中学高校までは『もさこ』なんて呼ばれていたこともあったが、大学ではそんなこともなく平穏無事に過ごせているが……どこか楽しくない自分がいた。
そんな時にネットサーフィンをしていた時に見つけた広告こそ、BFOのベータテストだった。ただ、その時は参加登録を締め切っていたので結局プレイできたのは正式サービス開始からだったけど。
「……」
思えば、あのサービス開始の日こそ『銀ギー』の方向性を決めてしまったのだろう。サービス開始で混乱しているプレイヤーたち、狩場でいち早くレベル上げをしようと我先にと駆け出していく……そのせいで怒声が飛び交い、あわや乱闘寸前までという事態になってしまった。まあ、そもそも乱闘したところでフレンドリーファイアも一部の攻撃だけだったからしたくてもできなかっただろうけど。
そんな彼らを見かねて私は何とかしようと前へと踏み出した。口調も少し男勝りな感じで、イメージはイケメン騎士団長様、的な? そんな感じのキャラクターを演じてヒートアップした彼らの仲裁を買って出た……そして、そのままあれよあれよという間に私はプレイヤーたちのまとめ役みたいな感じの立ち位置になってしまっていたのだ。
「はぁ……」
ため息も出るというものだ。あの時のことで、私はすっかり頼りになる剣士『銀ギー』としてのイメージが定着してしまった。遊びながらもストレスがたまる日々、いや別の自分を演じているということは楽しくはあったが、どこか納得のできない自分がいたのも事実。
それでも私がBFOを遊び続けていたのは村長さん――当時、炭鉱夫さんと呼ばれていた彼のスレッドを楽しみにしていたからというのも理由の一つだろう。
妙なことをする彼の行動に堅苦しく考えていた自分がバカらしくなり、少し気を緩めて適当に楽しむ程度でいいかと思い直したんだっけか……まとめ役、というかクラス委員長的な何かあったら対応するぐらいのスタンスで他のプレイヤーと関わるようになり、私自身もゲームで出来たフレンドたちとクエストを回すようなプレイスタイルへと落ち着いていった。
たぶん、私は村長があのスレッドを作っていなければBFOをやめていただろう。いや、ゲームは本来自分が楽しむためのものという事を忘れていた、と言ったほうが正しいかな。
どこか馬鹿馬鹿しくも、楽しそうに遊ぶ彼の書き込みが私の目を覚まさせてくれた……私のような考えを持った人は他にいるかわからないが、なんだかんだで彼の書きこみを見てどこか惹かれるものがあった人は多いはずだ。だからこそ、ベヒーモス戦やクラーケン戦で多くのプレイヤーたちが集まったのだから。まあ、クラーケン戦はそれがあだになったわけだけども。いつか大人数でリベンジしたい。
「また、ここに来ちゃったなぁ」
今、私がいるのは大陸中央の山脈にあるダンジョンだ。とは言っても、相談スレで話に出ていたのとは違い、エルフの森と帝国の間を横断している山脈のほうだ。大陸中央の山脈はハラパ王国と帝国の間を縦断しているものと二つあるのだ。
相談スレで紹介された場所も全部をまわっていないので、まわる予定ではあるが……私がここに来たのはとあるアイテムを手に入れるため。一度来たことがあるが……もう一度手に入れられるかはわからない。
「種族変更アイテム……イベント入手してもいいけど、高レベルになるとレベルダウンはきついんだよね」
正直なところ、クエストを進めないと意味がない上に、このクエストは一度クリアしたら再度受けられない。というか、ギルドに貼ってあるお使いクエストなどの繰り返し受注可能なクエスト以外は一度クリアしたら再度挑戦することはできない。だから、今私がやっていることは無駄以外の何物でもないのだが……それでも私はここにきてしまった。
一度、悩みに悩んで種族をフェアリーへと変えたときの心境を思い出したかったから。
「……結局、あの時のキャラ付けが後を引いちゃって、どうにかしたかったんだよね」
自分に問いかける。
私は何がしたかったのか? なんで種族を変えたいと思ったのか。
「頼られるのも悪い気分じゃなかった。誰かと一緒に冒険するのは楽しいし、ゲーム内ならこうして現実以上に体を動かせる。正直、スッキリする――でも、人の信頼が重いって思っちゃったんだよね」
それまでの重い鎧に身を包んだ女騎士『銀ギー』のイメージを払拭したかった。あと、他のプレイヤーたちの服装を見て、私自身もっと可愛い装備の似合うキャラにしたくなってしまった。
だから、いっそそれまでのイメージとは異なる見た目に、それこそ種族ごと変えてしまえと手に入れた情報でクエストを進め、種族変更アイテムを入手したのだ。
「魔法も使ってみたかったし、剣で戦うのもファンタジー的で面白い。両方をやりたいから【魔法剣士】へ育てることにしたし、フェアリーはそのあたり結構合っていたからこの選択に後悔はないよ――でも、周りからはちょっと一歩引かれるようになったのが……うん、悲しかったかな」
今まで通り頼る人はいるし、仲のいい人たちも好きにしたらいいんじゃないの? って言ってくれた。それでも、私を頼れる人と思っていたプレイヤーたちはどう反応したらいいのかわからなくなったのだろう。
私は内心、人付き合いが増えると煩わしい人間関係が発生するなどと考えていたけど……それでも、引かれると悲しいものがあるし、一人って案外寂しいモノなんだなって思ってしまった。
「到着……でも、種族変更アイテムは手に入らないんだろうね。おとなしくイベント入手か、課金しろってことなんだろうけど――それでも、ここに来たのはやっぱり正解だったよ」
種族を変えたあの時、思ったのだ。
それまでと違い、少女趣味を前面に押し出した見た目のキャラクター。見た目のイメージ自体はそのままだが、幼くなったことで頼れる人というより……頼ってくる少女。
そう、私だって人に頼りたい時はあるし、そもそもリーダーシップをとるような人じゃない。
なんとなく、あのままだとマズイかなと思ったことで体が動いてしまっていただけの話。
「もっと素直に、子供みたいに遊びたかっただけなんだよね」
このダンジョンの入り口には、鏡のような岩が置かれている。種族変更アイテムを手に入れるクエストに関係があるから、自分の姿を見つめ直すことで本当に変えるのかということを一度、思い直させるためだろう。その場の勢いだけで種族を変えると後悔するかもしれないし。
でも、私は種族を変えたことに後悔はない――今、自分の姿を見て改めて思った。
「……妖精剣士、って呼ばれるようになったけど…………それは結構気に入っている。これまでリーダーシップを求められていたけど、見た目を変えただけで前よりかは自由に遊べるようになった。でも、胸の奥がまだ何か、苦しい」
私自身にもわからない。今、私が何を求めているのか、私はどうしたいのか。
薄暗い記憶が頭の中をよぎる。人にびくびくしていた私、慣れないことをしてあれよあれよという間にみんなのお姉さん、みたいな思われ方をしていたこと。
頭の中をぐるぐるとまとまりのない考えが駆け回る。私を慕うフレンドたちや、一緒にレイドボスに挑みに行けば、銀ギーさん頑張りましょうって声をかけてくるプレイヤーたち。
困っているプレイヤーを見かけたら助けてしまうのも、その場で咄嗟にしていることなので私自身、止められないし……たまに怖がられてショックを受けてしまう。むしろ、怖がられるのがとてもつらい。
いろいろなことを気にし過ぎているだけ――そう思っても、私は私自身が感じてしまっている重圧に押しつぶされかかっている。
堂々巡りをして、支離滅裂なことを考えていた――私が、こうしてBFOを遊んでいること自体、意味なんてあるのだろうか?
そのとき、ふとあの二人のことを思い出した。
『『意味ならあるに決まっている!!』』
この世界で、好きな人が出来た二人。どこかズレてはいるけど、その思いはまっすぐな二人のその言葉が私をとどまらせた。
……たぶん、意味を決めるのは私自身なんだね。
「本当は、楽しいから遊ぶ。それだけで良かったはずなのに……今の私、ちゃんと楽しめないから」
波のように暗い気持ちと明るい気持ちが入れ替わる。そんな日々の中で、一つ改めて感じたことだ。
私は、この胸の奥のナニカが取り除けるまで、楽しいと思っている最中でも嫌なことを思い出すのだろう。いっそのこと、嫌な記憶――いや、ストレスと言ってもいいかもしれない。そのストレスが無くならないと真にゲームを楽しめない。
「でも、どうすればいいのかな……いっそ忘れられたら――」
『拙者としては、酒を飲んで忘れるのもおすすめでござる! 嫌なことがあったらこれが一番でござるよ! 翌日の二日酔いで嫌なことは嫌でも忘れるでござるよ!』
…………ふと、私の誕生日が12月24日であることを思い出した。
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先にクリスマス前、村長たちの話を挟んでからいよいよクリスマスイブに入ります。