心の問題
さて、ダンジョンに侵入するときにちょっとラグみたいなのがあるがすぐにダンジョン内へと突入できた。
このラグであるが、プレイヤーのレベルと人数を確認して出てくる敵の調整を行うためのものらしい。あと、インスタンスマップへの移動の際に発生する読み込みか。
「でも思った以上にスムーズに移動できるよね」
「買い切り型のゲームや、利用料金のあるゲームではもっとスムーズですよ。ただ、そういったゲームは基本海外産なので……エキサイト翻訳されるんですよね」
「安全基準が国内とは異なるからの。そもそも日本語版が出るかどうかというものもあるんじゃぞ」
「下手に手を出すのもそれはそれで沼でござるからな。半端な気持ちで手を出したらアカンでござるよ。キャラクターもバタ臭いでござるし」
「いったい何を経験してきたんだ……」
なんか三人とも目が据わっているんだけど。ちょっと怖い。
だがそこまで言うのなら近づかないでおこう――って、そもそも手を出すつもりもなかったし。なんで勝手に僕が他ゲームをやる話になっているんだ?
「って、そんな話をしたいわけでもないって……ただ、てっきり古代遺跡かと思っていたから普通のダンジョンと同じ感じなんだなって」
「そういえば古代遺跡系は読み込みもっとスムーズですね」
「あれ、なんでなんじゃろうな?」
「今後の大型アップデートで追加される新要素に関係しているらしいでござるな。シーズン3以降での話になるようでござるが」
「気の長い話ですね。少なくとも半年は先の話じゃないですか」
噂に聞く新大陸関連かな。そもそも古代遺跡がストーリークエストに関係しているし、メインストーリーが更新されたら古代遺跡が舞台になる可能性だって高いから別に驚くことでもないが。
しかし、遺跡は遺跡でもストーリーとは関係ないダンジョンってことか。
「そういう時はマップを見ればええじゃろうが」
「それもそうだ……『忘れられた迷宮』だって」
「やはり古代遺跡ではないようですね。まあ、内部を見ればわかることではありましたが」
普通に石でできた通路である。ちょっと埃っぽい……気がする。
ちなみに砂漠の正式名称は『忘却の砂漠』だ。所々ピラミッドがあって、即死する流砂があるぐらいでそこまで見どころはない。いや、ピラミッドはダンジョンだけど……
「出てくる敵ってピラミッドと同じかな?」
「系統は近いかもしれませんね。砂で構成されたタイプとか、マミーの類とか」
マミー、ここでは包帯を巻いたミイラの姿をしたモンスターのことを言う。元々はミイラ男を指す言葉か何かだったとは思うが……
「となると神聖属性か……誰か使える人いる? 砂系相手ならマーメイドの水魔法とかで何とかなるんだけど」
「スマンがワシは炎系がメインじゃからのう。あと、土」
「すみませんが、【錬金術師】って神聖属性だけは不得手でして……毒とか爆発系ならエキスパートなんですけど」
「某、物理特化でござる」
「ダメだこりゃ。っていうかスキル構成的に神聖属性覚えているのってアリスちゃんなんだけど……今はいない」
「でござるな。本人はホラー系駄目なのに」
「【演奏家】が意外と神聖系覚えるってだけなんだよね。僕もちょっと使ってみてびっくりしたわ」
「え、村長いつの間に【演奏家】に転職しておったんじゃ?」
「条件は満たしていたから、試すだけ試したことがあるだけだよ。奥義取得条件も満たしていたしね」
たぶん奥義取得が一番簡単な職業なんじゃないだろうか。奥義スキルの一つである『歓喜の歌』の取得条件は教会系のクエストを進めることだし。夏イベントの時に散々海底神殿周回したうえにリヴァイアサンなど派生クエストもいくつかあったので進めていたらいつの間にか条件達成していた。
それこそ他のプレイヤーを強化する時ぐらいにしか使わないので、そうそう使うこともないだろうけど。育てていないから職業レベル低いし。
「そんなに簡単に奥義が手に入るとは……」
「まあ、本命の【海賊】で奥義がまだ使えないんだけどね……いっそ【サモナー】メインにしようかなぁ。奥義使えるし」
「あのゴーレム的なのを召喚するスキルでしたっけ? 取得条件は?」
「【サモナー】で古代遺跡突破。ソロとか特に関係はない。ただボス倒せばいいだけっぽいね。まあ、それが大変なんだろうけど」
「ですねぇ……古代遺跡は全部で6つ、どれも難易度が高いダンジョンですから。一番簡単な『古代遺跡・土』も、出てくる敵こそ弱めですが、一番広いので消耗度合いはどっこいらしいですよ」
「へぇ……魔王城地下と火山地下とは違う場所にあるやつ?」
「たしか、土は大陸中央の森に入り口があったはずじゃったな」
中央の森って言うと、大陸に上陸したときにアリスちゃんと盗賊団を殲滅したあそこか。結構広い森だし見落としていたか、見つけられなかったか……まあ、機会があれば行くこともあるだろう。
そういえば古代遺跡は全部で6つとのことだが……ヒルズ村地下のものと、魔王城地下、火山地下、そして今の話のもので4つ。
「あとの古代遺跡どこだ……いや、たしかエルフの森に一つあるって聞いたことがある。それで5つだから…………最後がわからん」
「一番最後がわかりにくいんですよね。たぶん、村長が知らないのは海賊の入り江に入り口がある古代遺跡ではないでしょうか」
「そんなところにあるんだ……いや、そもそも海賊の入り江行ったこと無いんだけど」
「前に嬢ちゃんたちがレベル上げに行ったと聞いたことがあるが、そこか?」
「ええ。よぐそとさんは行ったことがありますよね」
「忘れもしないでござる……大砲でふっ飛ばされてアクア王国にたどり着いたときのことでござるよ」
「あ、ああ……あの時のか」
「そんなこともあったのう……いや、懐かしい。まだ嬢ちゃんがアレな感じで村長に迫っていた時じゃな」
「懐かしいなぁ……そんなこともあったっけ」
「そこまで昔でもないでしょうに。精々半年ですよ」
学生で半年って結構な期間ですよ。
しかし、あの頃はまだアリスちゃんがフェアリーだったな……ケットシーに種族変更したときに背丈なども変えたから印象がだいぶ変わったけど。
「そういえば嬢ちゃん、なんで身長高くしたんじゃろうな?」
「願掛けだって。リアルの身長がアバターに追いついたら改めて言う事があるとか」
「なるほどのう……村長、そのあたり察しているじゃろう」
「でも言わない。アリスちゃんが、自分で決めることでしょ」
自分で決めて、一歩を踏み出したのだ。その気持ちに向き合うためにも僕のほうからその件に関して何か言うのも違うだろう。
「ですが、あれから半年も経ったのですし、もう少し踏み込んでもいいのでは?」
「……たしかに、それもそうか。マスコット論争の時に無茶させちゃったみたいだし」
「ぐっ、痛いところを……」
「アレは忘れたいんじゃけどな」
「……しかし、恋愛かぁ…………某も恋人欲しいでござるなぁ」
「「「――――!?」」」
え、何言っているのこの人? 桃子さんのことガンスルーなの!?
視線でライオン丸さんとめっちゃ色々さんとこの人どうする? と相談する。いや、なんでそんなエスパー染みたことができているのかわからないが、そんな些細なことが気にならなくなるほどの衝撃だったのだ。
(ちょっと、桃子さん結構積極的にアプローチしているんだよね!?)
(それとなく恋人がいるのかとか、どんな家庭が欲しいかとか聞いているそうじゃぞ)
(それとなくでもないですよね、それ……結構重いな)
(桃子さんだってアプローチはじめてから半年経っているよね?)
(嬢ちゃんに触発されてのことじゃから、そうじゃな……それでまだ気が付いておらんのかこの男)
僕たちが戦慄していると、よぐそとさんがめっちゃ色々さんに声をかけてきた。
「そういえば、めっちゃ色々殿は恋人がいるのでござったな。どうやってであったのでござるか? 参考にしたいんでござるが」
「いや、それほど面白い話でもないですよ。コスプレイベントに出かけた際に、今の彼女がちょっとトラブルに巻き込まれていまして、それを助けたのがなれそめですね」
「へぇ……いや、結構ドラマチックだけど」
「そうでござるよ。傍から聞くと結構面白そうでござるよ?」
「いやいや、面白い話でもないんですって。そもそも彼女が会場に来ていた男性を見て、BL妄想を口に出してしまって起きたトラブルが原因ですから」
「原因彼女のほうなのかよ――って、それ巻き込まれたんじゃなくて起こしたの! トラブル起こしたほうなの!」
「うわぁ……剛の者じゃったか」
「むしろ業の者でござるな」
「ちなみに、その男性二人組も本当にカップルで、発掘してしまったというのが話のオチで――」
「聞きたくないから! っていうかどこが面白くない話!?」
「うわぁ……よぐそとさん、参考になったかの?」
「すまんが、全然……」
「でしょうね。ですが、こうして遊んでいれば趣味の合う人も見つかると思いますよ?」
「いやいや、ゲームでござるよ? 現実とは異なるんでござるから、ここで出会っても恋愛に発展しないと思うでござるが……」
「その割にはアリスさんのことは特に何も言いませんよね?」
「……」
少し、踏み込んだ話題だった。よぐそとさんはその言葉で無言になり、下を見る。やがて、静かに口を開いた。
「あくまで、一つの意見でござる。某はゲームと現実は分けて考えたいのでござるよ。某、この通りロールプレイ勢でござろう?」
「まあ、見りゃわかるけど」
「人のことは言えんが、そうじゃな」
「ヒャッハーズにしたって、そうでござる。普段とは違う自分になって、思いっきりハジケたい。そんな時があるんでござるよ。それが、プレイヤーネーム『よぐそと』でござる」
「……よぐそとさん」
「某のリアルは、つまらない人間でござるよ。ごくごく普通の、どこにでもいる若い男性でござる」
「自分で若いって言いますか」
「実際、めっちゃ色々殿よりは若いでござるからな」
「まあ、それもそうですね」
と、そこで通路の前方から敵がやってくる。出てきたのは、マミー系のモンスターが数体。だが、よぐそとさんが刀を一振りしただけで敵があっという間にポリゴン片となって消えてしまった。
「……こうして、現実離れしたことができるこの世界で、現実のような恋愛をするべきではない。あくまでも某自身の考えで、アリス殿を否定しているわけではないでござるけどな」
「…………よぐそとさん、私はこう考えているんですよ。旧来の画面を見て操作するMMOとは違って、VRMMOは自分で動き、しゃべり、こうしてコミュニケーションをとっている。そこに、リアルと何の違いがありますか?」
「いや、見た目とかかなり違うと思うでござるが」
「ええ、そうですね――でも、そんなことゲームなんですから当たり前ですよね。だったら、もっとダイレクトに外見は関係ない、ここは本人の心同士で会話する世界だと考えているんです」
「心同士で、会話……」
「ええ。たとえキャラを作っていたとしても、演技をしているのだとしても、外見はそもそもリアルとは別物ということは皆が知っていることです。だったら、この世界での人付き合いに見た目など関係ないじゃないですか。チャット機能で会話するような単なる文章だけではない。現実のように見た目を重視した話でもない。心同士でお互いを認識しあえる、より気持ちの通じる世界だと思うんです――まあ、これも私個人の意見ですがね」
「……それでも、某はやっぱり偽りの姿で恋愛をする気にはなれないでござるよ」
「…………まあ、それでもいいんじゃないですかね」
「え、いいの!?」
「ここまできて肯定してしまうのか!?」
めっちゃ色々さん、そこはよぐそとさんを諭す流れじゃないのか!?
「結局は本人の気持ちが大事ですから。村長だって、そうでしょう?」
「……いや、確かにそうだけど――」
でも、桃子さんが浮かばれないんだけど……と、そこでめっちゃ色々さんは口の端を少し上げて、大丈夫とつぶやいた。
「ですがよぐそとさん、それは貴方だけの都合です。もし、このゲームで貴方を思う誰かが現れたらどうするつもりですか?」
「……そ、それは…………考えていなかったでござる」
「でしょうね。見ていればわかります」
「? それはどういう……」
「それを言ってはダメですよ。一つだけ言えることは、いつか分かった時が来たら、真摯に向き合ってほしいということです」
「…………まあ、そんな時が来たら」
(ひとまず、これでいいですかね。いつか向き合う日がくるのですから……あとは、桃子さんが頑張るしかないでしょう)
(結局、そうなるのか)
(まあそうじゃろうな。よぐそとさんが意識していない以上、頑張るのは彼女のほうじゃ)
「……でもまあ、こんなエセザムライを好きになる人など、おらんでござろうがな!」
よぐそとさんはそう言って、ハッハッハと笑い出した。
その発言を聞いて僕たちはずっこけてしまう……この人、全く気が付いていないのかよ。
本当……桃子さんの苦労がしのばれる。




