まずは一回挑んでみてから判断しよう
今までとは異なった戦法を考える必要がある。モンスターのAIが強化されると行動パターンから導き出せるハメ技が使えないので、地力を上げるしかない。
とりあえず使える手札を増やす方向は変わりなく、まずは後回しにしていたことを行うこととなった。
「それじゃあ前々から話していた和風エリアに向かおうか」
「結局、後回しにしていたですからね」
今回のメンバーは僕、アリスちゃん、ディントンさん、あるたんさん、よぐそとさん、桃子さんである。他のメンバーは後で自力で今回の目的地、和風エリア――ヤシノ島へ向かう。
パーティーを組める最大人数である今回の6人は僕がこの前のイベントで手に入れた【海賊船】で海を渡ってヤシノ島へ向かっていた。
「思っていたよりも小さな船ですね」
「個人用だからね。乗り組める人数もパーティーメンバーで限界だし」
「無理やり乗ることはできそうでござるが、システム的に弾かれるでござるか?」
「試してみないことにはわからないけど……そうかも」
よぐそとさんたちの案内でヤシノ島へ向かっているが……思ったよりも平和な道中だ。
サメでも出現するかなと思ったが、出てきた敵は鳥型のモンスターばかり。召喚獣を使える僕、アリスちゃん、よぐそとさんがメインで迎撃し、投擲スキルで桃子さんとディントンさんが援護をすることで確実に殲滅した。なお、あるたんさんは【踊り子】のスキルでバフをかけてもらっている。
「しかしこれニャら海を渡って直接魔王城にも行けるんじゃニャいかニャ?」
「行けるかもしれないけど……そもそも直接行けるの?」
「システム的にはクエストを受けてからのワープですけど」
「どうだったでござるかな……」
「某、チャレンジしたことがあるでござる」
「よぐそとさん、いつの間にそんなことをしていたんですか?」
「実装されてからすぐに、ヒャッハーズの会合で話に出たでござるよ」
「ああ、あったなそんなチーム」
チームというか、同好会みたいなものだが。
たまに関係者らしき人に『先輩、お疲れ様です!』って挨拶されるんだけど……確かに爆破戦法を多用はしているが、僕は別にその集団と関わっていない。
「で、どうだったんだニャ?」
「クエストを受けた場合とは違って、地下への入り口に進むことになるでござるよ。魔王城内部には入れず、魔王城が出現したことで偶然隆起した別ダンジョンの入り口にのみ侵入可能でござった」
「へぇ……ちなみにどんなダンジョン?」
「ヒルズ村地下よりも極悪な難易度な古代遺跡でござった……マジでヤバいでござるよ、アレ」
「うわぁ…………結局高難易度なのかよ」
「もれなくハードモードでござったからな。しかもハードモードをクリアするのが条件でござったが、ベリーハードモードもあったでござる」
突入時にウィンドウが表示されて、どちらに挑みますかと聞かれたそうだ。まあ、実質一択だったようだけど。
「どちらにしろ、今の僕たちには挑みようがないな」
「ですね」
「そうだニャ……ところで、ディントンはどうしたんだニャ? さっきから一言も喋っていニャいけど」
「そういえば…………ディントンさん?」
「……酔った」
「ゲームの中で船酔いですか!?」
「某、そのあたり詳しくはないのでござるが、ゲーム内で船酔いはするものでござったであろうか?」
「うーん……画面酔いみたいな感じかなぁ?」
「…………最近ー、パソコンのデータ整理とかーVR機器を含めた掃除とかしたらー処理速度が上がってー、描画クオリティが上がったのー……でー、リアルみたいに船酔いするようになったー」
「あんまり映像クオリティ上げるのも考え物か」
「そうでござるな」
「ここまで来たら途中で降ろすわけにもいかニャいし、たどりつくまで我慢してもらうしかニャいニャ」
「いっそログアウトしてもらって――だめか。キャラが海に取り残される」
「キャラデータを残したままログアウトできないでござるからな」
「……いや、それできるですよ」
「え、マジで!?」
アリスちゃんがそんなことを言ってきたが、それ知らないんだけど。
彼女が言うに、こまごまとした便利機能の類だから知られていなくても無理はないんだと。体の危機とかなら緊急ログアウトがはたらくのでそもそも使われる機会もないとか。
「荷物の受け取りとか、ちょっとした用がある時にログアウトできる機能なんです。ただ、基本的に事前設定が必要ですからまず環境設定の項目を開いて、そこからログアウトオプションをいじってもらって、キャラクター維持ログアウトの項目を設定してもらわないといけないんですよ」
「ううー……なんでこんな面倒な事前設定いるのー」
「放置したキャラクターも自分の分身ですから。知らずに使って変なことをされないように、設定しないと利用できないようにしてあるそうですよ」
「たしかに、そういうことしそうなプレイヤーいそうだな……放置していたら採寸する人とかいそう」
「そうでござるな。特に胸周りとか測るお方がいるでござるよ」
「なんでこっちをみるのー……設定終わりー、ちょっと休んでくるー」
そう言ってディントンさんはキャラクターをその場に残したままログアウトした。
……なんか、目が死んだ感じでいけない気分になるんだけど。
「…………確かにこの姿を見ると、設定してあくまで自己責任でって形にしないと危ないことになりそうでござるな」
「うん。特にディントンさんってファンクラブあるんだしね」
「何を言い出すんだニャ……ところで宅配の受け取り時も緊急ログアウトじゃニャかったかニャ?」
「スマホ連動のやつですね。基本的にはそちらを利用するプレイヤーが多いので、知られていないですよ。ただ、スマホを持っていない人もいるですから」
「ニャるほど」
「それじゃあ、ディントン殿が帰ってくるまでに上陸手前まで進むでござるよ」
「そうだね。それじゃあ再度出発するよー」
ゆったりと進んでいくと、目の前に大きな島が見えてきた。大きさはアクア王国の半分くらいか?
桜の木があるようで、花びらがここまで飛んできている。
「常に咲いているのは知っていたでござるが、花びらが近くの海域まで届いていたとは」
「いつみても壮観でござるなぁ」
「二人はあそこスタートだったんですか?」
「いや、違うでござるよ。拙者たちの場合は大陸スタートで、クエストクリアでヤシノ島へワープしたでござる」
「今はアプデでヤシノ島のはじまりのエリアも追加されたらしいでござるが……ここ最近は行っていなかったでござるから、某たちもそれほど詳しくは知らないでござる」
「へぇ……」
なにはともあれ目的地に到着である。
さすがに放置はマズイのでディントンさんの帰還を待ってから上陸することに。ほどなくして彼女もログインし、いよいよヤシノ島へ上陸した。
「ちなみに、領地的にはハラパ王国領内になっているでござるよ。それじゃあ拙者たちは以前受けたクエストの報告がまだだったのを思い出したでござるから、そちらに行くでござるね」
「転職しておくなら、あそこの大きな建物に行くといいでござるよ。【サムライ】も【忍者】もあそこで転職可能でござるから」
よぐそとさんと桃子さんがここで離脱し、僕ら四人でその建物へ向かうことに。
転職できるということは、あの建物がこの島のギルドなのか。見た目は小さい城だ。もちろん日本の。
「ギルドと言っても何種類かあるけどー、あそこは何ギルドなのかなー?」
「このゲームのギルドってリアルの農協とかそういった感じの施設だからニャ。最初、他のゲームである冒険者ギルドとかそんニャ感じかと思ったら、お使いクエスト受けられるだけであとはNPCとの会話と倉庫利用しかできなくて驚いたニャ」
「他に慣れているとねぇ……あとは職業変更もできるじゃん」
「独特ですよねー……えっと、冒険者組合所って書いてあるですよ」
「あるじゃん、冒険者ギルド」
「あれぇ?」
「そもそも各国首都とかにはあるわよー。冒険者ギルドー」
「そういえばそうだった」
「ですよね。アクア王国にもあるですし」
あるたんさんが知らなかっただけか。
なおそのあるたんさんは顔を赤くしてしゃがみ込みそうになっている。
「ねーどんな気持ちー? ねーどんな気持ちー?」
「煽るな煽るな。ディントンさん、その嗜虐的な顔はなんなの?」
「……ハァハァ」
「あるたんさんもなんで息を荒くしているですか! 口元にやけているですし」
アリスちゃんと二人、何やら変なプレイを始めた二人の頭をハリセンではたく。
ディントンさんは無言で抗議してきたが、あるたんさんは更に息が荒くなった。駄目だこりゃ。
「……なんで僕の周りにはまともな女の人がいないのか」
「それ、アリスも入っているですか?」
「うん」
「…………自覚はしているですが、あらためて言われるとショックです」
「そもそもー、ネトゲが趣味の女性が一般的な女性像と異なるのは当たり前ー」
「……それもそうか」
アリスちゃんの顔がショボンとなり、ディントンさんが軽い調子で僕の言葉に反論する。なお、あるたんさんはまだハァハァしていた。今、僕はこの場から離れたい。ちょっと全員で来たことを後悔している自分がいる。
「……とりあえず中に入るか」
「ですね」
扉を開き、中へ入る。それなりに広い空間でNPCと思しき人たちが畳のある場所に座っており、いくつも机が置いてある。プレイヤーを含めて土足の人は土で出来た床の上で各々が用事を済ませていた。
なんというか、江戸時代の銀行がこんな感じかもしれない。あくまでも内装だけだが。なぜかって? プレイヤーの見た目が、ね。
「プレイヤーとNPCの区別がつきやすいですね」
「というよりー、和風じゃない格好はもれなくプレイヤーだからねー」
「その理屈で行くと、和風の格好をしたプレイヤーは分かりにくい――いや、武器やアクセサリーで判別がつくか」
よぐそとさんや桃子さんもサブウェポンやアクセサリーが見た目の雰囲気と外れたもの使っていることもあるから、意外と見た目でわかる。
プレイヤーは和風のエリアであっても各々の職業に合わせた格好にしているので非常にミスマッチな見た目になっている。この中で一番ミスマッチなのは誰だろうか――ふと、自分のいつもの服装を見てそう思った。
「なかなかパンチのあるかっこうですからね」
「アリスちゃんもいつもチャイナドレスだよね」
「そろそろ新しい見た目にしようかなって思っているですよ」
「以前のフェアリー時の意匠を取り入れた衣装を準備中よー」
「なんで韻を踏むのか……」
「アタイはベリーダンス衣装がトレードマークだから変える気はないニャ」
「……僕もこれがトレードマークみたいなところがあるからなぁ。あとはコレ」
インベントリから装備を変更して、UMAフォームへ換装する。
「うわっ!? 話には聞いていたけど見た目のインパクト強いニャ」
「それ、出来ればソロの時だけにしておいてくださいです」
「正直【忍者】はこれで遊ぶつもりだったんだけど」
「……装備性能はシーフ系向きなのー?」
「そんな感じですね。いよいよ初めてのシーフ系なので使ってみようと思ったんですけど」
まあ、別に今日じゃなくてもいいか。とりあえず装備を元に戻しておく。
あらためて考えるとこれも人前に出るような服装ではないが。
さて、ひとまず転職するだけしておこうと――そこで、見慣れた人影が見えた。
「あれ?」
「どうかしたですか?」
「いや、あそこに銀ギーさんがいたような……?」
うーんと唸っていると、後ろから桃子さんが声をかけてきた。どうやらクエスト報告が終わったらしい。
「銀ギー殿でござるか? この間一緒にクエストに行ったでござるが、そういえばなにやら物思いにふけっていたでござるな……時折上の空で」
「でもー、見当たらないわよー」
「うーん……気のせいだったのかな」
「それか、クエストを受けてワープしたかでござるな。まあ、いないものは気にしても仕方が無いでござろう」
「うん、それもそうか」
後々、この時にもうちょっと気にしておけばよかったと後悔することになる。
もう少し彼女との接点を持っていれば、あの惨劇は起きなかっただろう……だが、その話はクリスマスイブに起こる出来事だ。今、この時点では気にする要素もほとんどなく、ただいつも通りに遊ぶだけであった。




