第二節『旅立ち』① ・初接触・
「おーいシェイム、一緒に帰ろうぜ」
放課後、人影の薄くなった教室で、ノディックがいつものように声をかけてきた。
「ノディックの家なんてすぐそこなのに、よく俺を誘うよな」
「お前の果てしなく長い帰り道を、一瞬でも彩ってやってるんだよ」
彼はウィトラー家の長男だ。
元貴族というだけあって、都心の一等地に大きな屋敷を構えている。
それに対して俺の家は町外れ。
徒歩三時間という狂気の距離だ。
毎日それを歩いて通っているのだから、遅刻の一回や二回、三回や五回、十回……くらいは大目に見てほしい。
「いい加減、寮に入ればいいじゃねぇか。お母さんからも許可もらってるんだろ」
「ばーか。家に一人になんてできるかよ。それに余計な金もかかるだろ。できるだけ負担はかけたくねぇんだ」
「相変わらず頑固だなぁ」
いつものやり取りだ。
ノディックとしては、俺が近くに住めば遊ぶ機会が増えて嬉しいのだろう。
「今日は先に帰っててくれ。用事があるんだ」
珍しく誘いを断つと、ノディックは口をへの字に曲げた。
少しの沈黙の後、今度はニヤニヤと気味の悪い笑みを浮かべる。
「ははん。さては例の夢少女に会いに行くんだな?」
「……は?」
俺の反応などお構いなしに、ノディックは舞台役者さながら大げさな身振りで語り始める。
「ああ、行方も知れぬ美しき姫君よ……私はあなたに会えぬ苦しみで――」
「やめろ」
今日遅刻の言い訳に使った話は、瞬く間に歪められて広まった。
夢の中で美少女と恋仲になっていた、という最低な形で。
一日中いじられ続け、マーラを問い詰めたが、返ってきたのは無表情のピースサインだけだった。
「ま、そういうことなら仕方ないか。じゃあまた明日なー」
ノディックはあっさりと教室を出ていった。
深追いしないのは、彼なりの気遣いなのだろう。
気がつけば、教室には俺一人。
静まり返った空間が、今日一日の出来事をどこか夢のように感じさせる。
「……よし」
小さく呟き、荷物を肩に担ぐ。
用事と言ったものの、大した理由があるわけじゃない。
ただ――
今朝の夢が、どうしても頭から離れなかった。
俺は導かれるように学園を後にした。
○
街を抜けるまでの道は、人通りも多く、いつも通りだった。
だが二時間ほど歩くと、景色は一変する。
自然が増え、街灯もまばらになる。
今日は満月で助かった。月明かりが道をぼんやりと照らしている。
それでも、胸の奥に違和感が残っていた。
あの夢。
草原、夕焼け、そして――俺を殺した女。
なぜ、あれほど鮮明なのか。
なぜ、忘れられないのか。
「夜分に失礼いたします」
「っ?!」
突然、声がした。
正面を見ると、男が立っていた。
フードを深く被り、黒いローブに身を包んだ男。
――普通じゃない。
「お、俺に何か用ですか」
本能が叫んでいる。
この男を刺激するな、と。
「あなたの左腕……その腕輪。やはり間違いないようですねえ」
男の視線が、俺の腕輪に注がれる。
反射的に腕を隠した。
父の形見であるこの腕輪は、幼い頃から身につけている。
ただの賊にしては、雰囲気が違いすぎる。
「それが……何か?」
重心を後ろに移し、逃げる準備を整える。
「その腕輪を付けているということは――あなたには死んでもらわなければなりませんねえ」
その瞬間、俺は走り出していた。
街の方角へ、全力で。
だが――
「どこへ行くんですか」
「カハッ……!」
腹部に、凄まじい衝撃。
いつの間にか男は回り込んでいた。
一撃で、身体が言うことをきかなくなる。
分かる。
こいつは、学園の誰よりも強い。
「おやおや。まだ腕輪の効果が切れていないようですねえ」
意味の分からない言葉。
「しかも、まだ【覚醒魔力】も発現していない……今が殺し時ですねえ」
男の足が振り下ろされる。
――だが、当たらない。
俺は、間一髪で飛び退いていた。
「何者だ……!」
逃げられない。
覚悟を決め、構えを取る。
男は、ゆっくりとフードを外した。
「申し遅れました。私は【闇の一族】、【十八将】が一人――ティリア」
月明かりの下、男は優雅に一礼する。
「あなたの命を頂きに参りました」
その礼儀正しさに、吐き気を覚えるほどの狂気を感じた。
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