第一節『非日常』⑥ ・夢の話・
試合を終えた俺はすぐさま先生の応急処置を受けることになった。
あれ程の威力の攻撃を受けたにも関わらず傷は大したものでは無かった。
これくらいなんともないと断ったのだが、先生の反対は勿論の事、それ以上にセルティアの怒りに触れて受けざるを得なくなった。
「私の技を受けて『これくらいなんともない』ですってぇ?!ふざけるんじゃないわよ!」
セルティアはそう言うとすごい勢いで駆けて行き、どこからか応急キットを持ってきた。
それをドンと地面に置くと、処置をするように言いつけどこかへ去っていったのだった。
そして、先生の処置を受け終えた俺はやりたい事があると言い自習に参加させてもらった。
本当はそこまでやりたい事も無いのだが、授業が終わるまで医務室に居るよりはマシだ。
今は一人で剣を振っている。
そこへ、マーラが近づいてきた。
「システムに異常が起きるなんてとんだ災難だったな、シェム。身体は大丈夫なのか」
マーラは剣を振る俺の横に腰を下ろす。
さらに何回か剣を振り、その手を止めた。
「……ああ、大した傷じゃない」
「そうか、ならいいんだが」
マーラは何をするでもなく横に座っていた。
「……訓練はしなくていいのかよ」
「そうだなぁ、今日はやりたいことも特にないしな」
彼は俺に体を向けると、真剣な顔をする。
「それに、親友が浮かない顔をしてるんだ。話を聞いてやろうと思ってな」
よくそんな恥ずかしい事をそんな顔で言えるな、と言いたいところだったが、心がモヤモヤしていたのも事実。
マーラには全てお見通しってわけだ。
「……システムが正常だったら、今日は負けてた。それが悔しくてな」
システムが正常なままだと確実に負けていた。
最後の一撃はそれ程の威力だった。
今日の勝利は運が味方しただけで、セルティアに勝ったとは到底言いきれない結果だった。
正直負けた時のような悔しい気持ちの方が大きい。
「そんなことだろうと思ったよ」
マーラは呆れたようにため息をつくと、ビシッと俺を指さした。
「お前の事だから今日はたまたま勝てた、みたいに思ってるかも知れないけど、それは違う。最後の一撃、実践で受けていれば致命傷だ。システムが作動していない状態であの程度の傷で済んだのは紛れもなく、お前の強靭な肉体があったからだ」
マーラは落ち着いた口調で俺を諭す。
俺は手当された傷口に目線を落とした。
「実践だと文句無しにシェムの勝ちだ」
マーラは昔から完璧を求める男だ。
何事においても理論立てて物事を判断する。
だからこそ、その言葉には嘘がないと分かる。
本心でそう思っているのだと伝わる。
心にあった引っ掛かりが、取れたような気がした。
「マーラは結局【身体強化】使わなかったな」
話題を変えるように話を振ると、マーラは安心したような顔をした。
少し沈黙してから彼は答えた。
「オレは力加減を知りたいだけだ。実践で無駄に【魔力】を消費したくないしな」
マーラは戦いにおいて合理性や効率を求める。
無駄な感情は抱かない、最小限の力で勝利を収める。
それが彼の強さの秘訣だったりする。
俺たちには幼い頃から共通した夢がある。
それは、【兵士】になることだ。
【兵士】は【冒険者】と対をなす人気の職業。
そして、この世には【世界三大兵団】と呼ばれる組織がある。
その中でも特に【政魔】という組織に憧れている。
俺たちはいずれ戦場に足を運ぶことになる。
その時より多くの戦果を挙げるために、マーラは無駄に【魔力】を消費しない。
今回ズベルフに判定勝ちしたのも、有利に戦える力がどの程度なのか探っていたのだろう。
俺はそうか、とだけ返事を返した。
「ま、お互い夢は同じなんだ。まだまだこんなものでは足りない。この学園で、もっと強くならないとな」
【持たざる者】としてこの学園に入学したのは俺が初めてだったそうだ。
この学園は珍しいものが好きだったという訳だ。
今朝学園まで走っていた時も、先程の模擬戦の時も、俺は【持たざる者】としてはありえない動きをしていたのだと思う。
【持たざる者】とは【魔力】を持たない者に対する呼び名だ。
【魔力】を持つ者を特別な名前で呼ぶのではなく、【魔力】を持たない者に名前があるのがどういうことか。
今でこそ法律で禁止されているが、いつしか【魔力】を持たない者は差別の対象にされていた。
その為、俺がこの学園に入学する事を反対する人も多かったようだ。
実際、セルティアは今も納得していないようだし。
マーラは小さい頃から何の躊躇いもなく受け入れてくれた。
本当に良い友人に巡り会えたと感謝している。
「あ、そういえば」
マーラがふと思い出したように呟く。
「今日はなんで遅刻したんだ?どんな言い訳を聞かせてくれるか楽しみにしてたんだ」
マーラが真剣な顔でそんなことを言う。
彼は俺が遅刻する度に、その理由を尋ねてくる。
ほとんどの理由が寝坊なので、毎回必死に考えてくる言い訳を、彼は面白がっていた。
俺は今朝の景色をありありと思い返していた。
一瞬の沈黙を置いてからゆっくりと答える。
「今朝、女の人に殺されたんだ」
「……は?」
突然の展開にマーラはその場で固まってしまった。
数々の言い訳を聞いてきた彼でも困惑している。
俺は慌てて続けた。
「いや、夢の中でな?!」
「ああ、なんだ。そういう事か」
マーラも慌てて情報を上書きする。
自分の中のイメージに満足してしまって言葉足らずになってしまうのは俺の悪い癖だ。
「なんでそんなことになったんだよ。その人に悪いことでもしたのか?」
今回も言い訳のための作り話だと思っているのか、マーラは呆れた表情で尋ねる。
「それがその人に何かした覚えは無いし、そもそもその人のことを知らないんだよ」
大抵見た夢は時間が経つにつれて忘れてしまうのだが、今日の夢ははっきりと思い出せる。
俺たちがいた草原、美しい夕焼け、彼女が放った言葉、彼女の冒険者のような格好、最後に見えた彼女の表情。
そして、彼女は俺を殺した。
こんなにも全てを覚えている事が不思議で仕方がない。
「なんだそれ、もう少しマシな言い訳は思いつかなかったのか……?」
「……俺もそう思う」
グイグイと掘り下げてくるマーラをなだめ別の話に移行する。
美しき暗殺者に抱いた感情は、自分の中だけに留めておくことにしよう。
誰にも悟られぬように、ひっそりと。
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