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物語の終わりを君と  作者: お芋のタルト
第四章『炎舞』

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第四節『残り火』① ・覚悟・

ヴァルバロは笑わなかった。

代わりに、戦斧をゆっくりと構え直す。


「止める、か」


低い声。

否定も、嘲りもない。


「ならば、証明してみろ」


切っ先が、再びイギルへ向く。

だが、先ほどまでの露骨な殺意とは違う。


――試している。


「お前の覚悟が、俺を超えられるか」


戦斧が床を擦る。


「奪わずに守れると言うなら――見せてみろ」


空気が張り詰める。


俺は剣を構えた。

脚はまだ震えている。

肩の痛みも消えていない。


それでも、視線だけは逸らさない。


「……奪わないなんて、言ってない」


自分でも意外なほどはっきりした声が出た。

ヴァルバロの眉が僅かに動く。


「ただ、奪う理由は、お前とは違う」


一歩、踏み出す。


「俺は、力があるから奪うんじゃない」


胸の奥が痛む。


イギルの泣き声、血の匂い、守れなかった現実。

俺に力なんて無い。


それでも。


「守れなかったことを、背負ったまま奪う」


ヴァルバロの目が、細められる。

戦斧が、振り上げられた。


「言葉遊びに過ぎんな」


次の瞬間。


瞬く間に地面が砕けた。

衝撃波が全身を打つ。


俺は、跳んだ。

避ける。

転がる。

立つ。


――今までと同じだ。


だが、ヴァルバロはすぐには追ってこなかった。


「なら、聞いてやろう」


戦斧を肩に担いだまま歩く。


「その覚悟で誰を優先する」


視線が、俺、ゴウ、イギルを順に射抜く。


「全ては守れねえ」


断言。


「選べ。今度こそ、言い訳のない選択だ」


心臓が、強く打つ。


――また、選ばされる。


だが、さっきとは違う。


俺は自分の弱さを知った。

自分の選択が、誰かを殺す可能性があることも。


「……ゴウ」


声を出す。

ゴウがこちらを見る。

驚きと覚悟が混じった目。


「イギルを、守れ」


短い指示。

命令ではない。

役割の確認だ。


「……ああ」


ゴウは一度だけ頷いた。


ヴァルバロが面白そうに息を吐く。


「無意味だ。そんなことでは何も変わらない」


「お前は、俺が止める」


そう言って剣を正面に向けた。


逃げない、逸らさない。

力では敵わない。

正しさも、まだ持てない。


それでも、ここに立つ。


「……来い、ヴァルバロ」


その言葉に、ヴァルバロが笑った。


「いい顔じゃねえか」


戦斧が唸りを上げる。


「始めるぞ」


床を蹴る音が重なった。

思想と、覚悟と、暴力が、真正面から衝突する。


「お前は覚悟を決めたと思ってるだろ。何かを守れると思ってんだろ」


俺の一撃が軽々と止められる。


「違うな。お前はもう、守れなかった。あいつの親は二人とも死んだ!」


ヴァルバロの大木のような脚が俺の身体を吹き飛ばす。

勢いそのままに、無造作に壁に激しく衝突する。

大砲のような轟音が闘技場に響いた。


「お前が来なければ、無意味な希望を抱くことも無かった。お前があのガキを苦しめた」


違う。

違うと言いたい。


でも――


否定できない。

振るえる身体を膝をつきながら支える。


再び剣を構えて走り出す。

渾身の力を込め、剣を振り続ける。


「俺は……自分が正しいかなんてわからない!ただ、まだ救える命が目の前にある。それだけは、はっきりとわかる!」


剣も、蹴りも、攻撃は尽く防がれる。

届いても、有効打にならない。

全力なのは間違いない、それでも、届かない。


「守れぬ力、信頼、そして――希望。それらは全て――弱さだ」


俺の全身が強張った。

ヴァルバロの魔力が大きく膨れ上がる。


そして、次の瞬間。

ヴァルバロは膨大な魔力を戦斧に纏わせ、投げた。


超高速で回転するそれは、圧倒的な質量をもって俺とぶつかった。


防御――しきれなかった。


今まで経験したことの無いような衝撃によって、俺の構えた剣はいとも簡単に弾き跳ばされた。

全身の骨が悲鳴をあげ、内蔵がぐちゃぐちゃに押し潰されるような感覚。

そして、鋭い刃が横腹を勢いよく切り裂いた。


「が……はっ……!」


声に、ならない。

息が、出来ない。

体を支えることもできず、俺はその場に倒れ込んだ。


傷口が、熱い。

鼓動に合わせて血が吹き出しているのがわかる。

痛みで、視界が歪む。


「お前の覚悟など、この程度だ」


ヴァルバロは壁に深く刺さった戦斧を取りに行く素振りも見せない。

ゆっくりと姿勢を戻し、その場に立っている。


「だが、安心しろ」


ヴァルバロの視線が俺から外れる。

そして、後方にいたイギルを見る。


「あいつの苦しみは、ここで終わらせてやる」


足が、イギルへ向く。


「――生きなければ、悩む必要もない」


「……させ……るか……」


――もう、奪われてたまるか。

俺の目の前で、もう大切な人を奪わせない。


それをすると言うのなら――


「俺は、お前を……殺す!!」


速さでは敵わない。

力でも敵わない。


それでも。


――今度は、迷わない。


「なら立て。できなければ、弱者の戯れ言だ」


ヴァルバロの足は、止まらなかった。





 ゴウは、その場から動けずにいた。


視線の先には傷を受け、床に伏したシェイム。

血に染まったイギルの両親。

そして、イギルの命を狙うヴァルバロ。


どれも、自分の手ではどうにもならない光景だった。


「……」


喉が鳴る。

叫びたい、走り出したい。

だが、脚が動かない。


――怖い。


正直な感情だった。


あの男は次元が違う。

剣もない、力もない。

覚悟も足りない。


シェイムのように命を賭けて踏み込むこともできない。


――じゃあ、俺は何だ。


拳を強く握る。


「……また、か」


誰にも聞こえない声。


守れなかった、助けられなかった。

イギルの両親も、シェイムの背中も。

自分は、いつも「後ろ」にいる。


思い出したくもない、嫌な記憶が鮮明に蘇る。

あの時と、同じだ。


拳を強く握る。

俺に、できることは。


ゴウはふと気づいた。

ヴァルバロの視線は完全にイギルに向いている。

倒れたシェイムも眼中にない。


――つまり。


「……今、あいつの世界には、イギルしか、いない」


心臓が強く打った。


……なら、戦えなくてもいい。

攻撃を受け止められなくてもいい。


――邪魔はできるかもしれない。


ゴウは周囲を見渡した。

地下牢、湿った床、散乱する瓦礫。

視界の端に転がる小さな影。


――拘束具。


全長1メートルほどの鎖の先に、強固な手枷が付いている。

イギルの両親を繋いでいた鎖の一部。

ゴウは唇を噛みしめた。


あれが何の役に立つかはわからない。

ただ、今は縋るしかなかった。


「……イギル」


声を落とす。

一瞬、彼女の肩が跳ねた。

だが、俯いたままだった。


「……ごめん」


謝罪が先に出た。

守れなかった、選ばせてしまった。

全部今さらの言葉だ。


「俺は、弱い人間だ。ヴァルバロにも、一人では勝てないかもしれない。」


事実だ。


「でも、止めることはできるかもしれない」


イギルの指が僅かに動いた。

ゴウはヴァルバロを睨む。


あの男は、強い。

正面からは絶対に勝てない。


――だから。


「……俺が、ヴァルバロを足止めする」


喉が震えた。

怖い。

死ぬかもしれない。

それでも。


「シェイムが立ち上がる時間を――お前が息をする時間を。俺が作る」


それだけで十分だ。


ゴウは一歩前に出た。

背中に冷たい汗が流れる。

それでも視線は逸らさない。


シェイムは必ず立つ。

それまでの時間なら、俺が稼いでやる。


「――ここが、俺の立つ場所だ」

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