第三節『二人目』⑧ ・選択・
――間に合わない。
そう思った、刹那。
鈍い衝撃音が地下に響いた。
戦斧の軌道がわずかに逸れる。
床に叩きつけられた刃が火花を散らした。
「……またか」
ヴァルバロが舌打ちをする。
砂塵の中に立つ一つの影。
影は素早く動き、イギルと両親を抱えてヴァルバロから距離を取った。
そして、両親の手枷を壊し、優しく外した。
「君は――」
「……約束、守れませんでした――すみません」
イギルの父と短く会話した後、父の肩を擦ってから立ち上がる。
「遅れて、悪い」
低く、掠れた声。
そこに立っていたのは、ゴウだった。
息は荒く、至るところから血を流している。
だが、足取りは確かだった。
「……フィリイはまだ来てないのか」
ヴァルバロの視線が、興味深げに細められる。
「……俺は、怖かったんだ。誰かを救おうとして、また救えずに終わるのが、怖かったんだ」
ゴウは俯きながら、その視線はどこを見ているでもなかった。
拳が、震えていた。
「運命は変えられない。抗ったところで、無駄に傷ついて終わるだけだ」
俺は、ゴウの言葉を静かに聞いていた。
彼の言葉には、どこか重みがあった。
「ただ……お前を見てると、そうでもない気がしたんだ」
ゴウは視線の先にヴァルバロを捉える。
「これ以上――好きにはさせない」
短く、それだけ言った。
ヴァルバロは肩をすくめる。
「今度は二人目か。だが――」
視線が、俺に一瞬だけ向けられる。
「一人目は、もう終わっているぞ」
その言葉に、胸が強く締め付けられた。
ゴウが、一歩前に出る。
「……黙れ」
声は低い。
怒りよりも、悔しさが滲んでいた。
次の瞬間、二人が同時に踏み込む。
重い衝突音。
拳と拳が、真正面からぶつかり合う。
――止まった。
ほんの一瞬。
だが、確かに。
ヴァルバロの動きが、止まった。
「……ほう」
楽しげな声。
「悪くねえ。だが――」
直後、衝撃が弾けた。
強烈な蹴り。
ゴウの身体が、後方へ弾き飛ばされる。
壁に叩きつけられ、床に膝をつく。
それでも、倒れなかった。
「……っ、ぐ……!」
歯を食いしばり、立ち上がる。
その光景を、俺は床に座り込んだまま見ていた。
――イギルたちが、助かった。
そう思った瞬間、同時に別の感情が込み上げる。
違う。
助けられたのは――俺だ。
イギルも、両親も、何一つ救えていない。
俺は、ただ無意味に時間を引き延ばしただけだ。
「……俺は……」
声が、震える。
剣を取り戻そうと、手を伸ばす。
だが、指が届かない。
ゴウが、ちらりとこちらを見た。
その視線に、責める色はなかった。
だが――それが、余計につらい。
「立て、シェイム」
短い言葉。
「お前が倒れたままだと、意味がない」
意味。
その言葉が、胸に刺さる。
俺は、何をしにここに来た。
俺には、何ができる。
答えは、まだ出ない。
それでも――
歯を食いしばり、床に手をつく。
身体が悲鳴を上げる。
痛みで視界が白くなる。
それでも立たなければならない。
助けられなかった事実を、背負ったままでも。
ゴウが真正面から踏み込んだ。
動きに迷いがない。
無駄を削ぎ落とした、実戦の動きだった。
衝突音。
ゴウの攻撃とヴァルバロの防御がぶつかり合う。
重い衝撃が、空気を震わせる。
――だが。
ヴァルバロは、退かない。
力で受け、力で押し返す。
ゴウの蹴りが弾かれ、身体が後方へ吹き飛ぶ。
壁に背を打ちつけ、それでも踏みとどまる。
「……っ!」
歯を食いしばり、再び前へ。
その背中を、俺は見ていた。
――強い。
間違いなく、俺より。
それでも、足りない。
ヴァルバロは、まだ全力を出していない。
「無駄だ」
戦斧が、横から振るわれる。
ゴウは回避するが、刃が身体を掠め、膝をつく。
――まずい。
次の瞬間、追撃が来ると俺は理解した。
転がっていた剣を掴み、ヴァルバロの側面へ走る。
狙うのは――足。
斬る必要はない。
意識を向けさせれば、それでいい。
刃を振るった瞬間、ヴァルバロの視線が確かにこちらを向いた。
その隙にゴウが立ち上がる。
「……今だ!」
ゴウが再び拳を振り抜く。
だが。
ヴァルバロは、舌打ち一つで、拳を振るった。
後ろ向きの一撃。
振り返りもせず。
それだけで、ゴウは弾き飛ばされた。
激しく地面を転がっていく。
――止まらない。
主導権は、微塵も動いていない。
俺の剣も、ゴウの拳も、ただ「ここにいる」ことを主張しているだけだ。
それでも。
ヴァルバロは敵が二人いると認識した。
それが、唯一の変化だった。
「まだ動く気力があったとはな」
ヴァルバロが、ゆっくりと戦斧を肩に乗せる。
一瞬ゴウに視線をやった後、口角を吊り上げ俺を見る。
「だが――」
ヴァルバロは戦斧を、ゆっくりと二つの方向に動かした。
片方は、膝をつくゴウへ。
もう片方は、イギルとその両親へ。
「守る相手が増えると、人は弱くなる」
低い声。
楽しげですらない。
ただの事実確認。
「片方は、間に合わねえ」
血の気が引いた。
距離を測る。
頭が、必死に回転する。
ゴウまで――近い。
だが、イギルたちまでは――遠い。
同時には無理だ。
「選べ」
戦斧が、わずかに持ち上がる。
「助けに来たんだろ?」
喉が、張り付いたように動かない。
ゴウがこちらを見る。
首を、僅かに横に振った。
――来るな。
そう言っている。
イギルの、震える声が聞こえた。
「……シェイム……」
視界が、狭くなる。
俺が立っているせいで、この状況が生まれている。
来なければ、選ぶ必要すらなかったのではないか。
剣を握る手が、痛む。
――違う。
違う、はずだ。
それでも、時間は待ってくれない。
ほんの僅か、ヴァルバロが踏み込んだ。
「――っ!」
叫びと同時に、
俺は――走り出した。
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