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物語の終わりを君と  作者: お芋のタルト
第四章『炎舞』

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第三節『二人目』⑦ ・戦う意味・

 「……たす、けて……助けて、シェイム……!」


掠れ、喉を裂くような声だった。

視界に入ったイギルの身体は、記憶の中の姿と大きく違っていた。

紫と黒が入り混じった痣、裂けた皮膚、乾ききった血の跡。


地下牢に連れ去られてからの時間を、俺は知らない。

だが、どれほどの苦痛が与えられたかだけは、見ればわかる。


「お父さんと……お母さんが……」


震える唇からこぼれ落ちた言葉に、胸の奥が焼けついた。


イギルの視線の先。

大斧を携えたヴァルバロが、倒れ伏す男女を無造作に踏みつけている。

骨が軋む音が、湿った床に響いた。


連れ去られたというイギルの両親。

目の前の光景と記憶が一瞬で結び付く。


――見せしめだ。


子どもの目の前で、命を奪うための。


理解した瞬間、怒りが理性を引き裂いた。


「……なんで、こんなことができる」


剣を握る指が、痛むほどに力を込める。

こいつには、人の心が欠片もない。


「……誰だ。邪魔しやがったのは」


振り向いたヴァルバロの額に、血管が浮き上がる。


「こんなに人をいたぶって、何が楽しいんだ!」


「……あ?」


「自分が何をしてるかわかってんのか!!」


返事の代わりに、戦斧が持ち上げられた。

鈍く重い両刃が、地下の灯りを歪ませる。


「その生意気な目……思い出したぞ。地上で俺に楯突いた雑魚か。何の用だ」


「イギルと、罪のない人たちを助けに来た」


嘲笑。

ヴァルバロの口元が歪む。


「助ける?どうやってだ」


「――ここで、お前を倒す」


剣を構える。

これ以上、犠牲は出させない。


【身体強化】を発動し、床を蹴った瞬間。


――視界から、ヴァルバロが消えた。


「っ!?」


空気が裂ける。

次の瞬間、眼前に迫る巨体。

咄嗟に剣を合わせた、刹那。


振り下ろされた戦斧が、山の崩落のような圧で叩きつけられる。


咄嗟に剣を合わせたが――


ヴァルバロの一撃は、俺の防御などもろともしなかった。


「ぐっ……!」


戦斧が肩を裂き、内臓を叩き潰す程の衝撃が足先まで駆け抜けた。

肉が裂け、熱い血が噴き出す感覚。


後方へ跳び退き、必死に距離を取る。

肩が言うことをきかない。


ヴァルバロは、楽しそうに口角を吊り上げた。


「その程度で――」


斧の刃先が、床を削り火花を散らす。


「――どうやって俺を倒すつもりだ?」


――違う。

こいつは、斬っているのではない。


壊しているのだ。

人を、思想を、自由を。


ヴァルバロの前では何もかもが無力、そんな考えたくもない結論が自然と脳裏を過ぎる。

一撃だが、それほどまでに圧倒的だった。


――それでも、ここで折れたら終わりだ。


神経を直接撫でられるような痛みを堪えながら、再び剣先をヴァルバロに向ける。

【身体強化】によって体の感覚を研ぎ澄ませる。


「……確かに俺は弱い。だけどな、諦める理由には絶対にならない」


イギルと両親の位置を確認する。


(俺がヴァルバロの注意を引いてる間に――いや、無理か)


3人ともすぐに自力で動けるような状態ではない。


せめて――

せめて、フィリイが来るまで、俺が立っていなければならない。


「お前こそ、俺を一撃で仕留められないなんて、噂ほどの実力はないらしいな」


「安い挑発だな。安心しろ、すぐに喋れなくなる」


戦斧が再び刃を光らせる。

以外にも冷静に戦闘をするタイプらしい。

……厄介なやつだ。


致命傷を避けていれば――

そんな甘い考えに、今は縋るしかなかった。


剣を握り直し、踏み込む。


【身体強化】で引き上げた感覚を、限界まで研ぎ澄ます。

視界の端で、戦斧がわずかに傾いた。


――今だ。


床を蹴り、斜めに切り込む。

狙うのは首。

防がれようと、避けられようと、牽制になればそれでいい。


刃が――当たった。

確かな手応え。

肉に触れた感触。

だが。


「……それが本気か?」


ヴァルバロの声が、頭上から落ちてきた。

切り裂いたはずの首筋に、血は滲んでいない。

皮膚に、浅い白線が残っただけだ。


「――っ!」


理解するより早く、視界が回転した。


横薙ぎ。

戦斧の柄が、腹部を叩き潰す。

息が、肺から押し出された。


内臓が裏返るような衝撃に、身体が宙を舞う。

壁に叩きつけられ、床を転がる。


咳と一緒に、赤いものが口からこぼれた。


「が……っ、は……!」


立ち上がろうとして、足がもつれる。

身体強化が、痛覚をごまかしきれていない。


ヴァルバロは歩いてきた。

急がない。

自分から逃げられる獲物などいない、とでも言うように。


「タイミングも、狙いも、悪くはない」


戦斧が、軽く持ち上がる。


「だが――遅い、弱い。覚悟も、足りない」


振り下ろされた一撃が、床を叩き割る。

破片が飛び、衝撃波が全身を打つ。


回避が、半歩遅れた。

左脚に、焼けるような痛み。

膝が、嫌な音を立てて歪む。


「っ、あああ……!」


転がり、必死に距離を取る。

脚が、震えている。

言うことをきかない。


「ここまで来ておいて、お前はまだ自分の命を投げ出す覚悟も――誰かの命を奪う覚悟もない。本気で助けるつもりはあるのか?本当に、助けになっていると思っているのか?」


低い声。

責めるでも、嘲るでもない。

事実を述べるだけの声。


「お前が来る前から、あのガキは苦しんでいた。来てからは、わずかに希望を持った」


戦斧の先が、イギルの方を向く。


「希望はな――折れるとき、一番痛む」


胸の奥が、凍りついた。


――違う。

――俺は、助けに来た。


反論しようとして、言葉が出ない。

現実が、視界にある。

イギルは傷つけられ、両親は踏みつけられ、俺は――立っているだけで精一杯だ。


「来なければよかった、とは思わないのか?」


その一言が、深く突き刺さった。


剣を持つ腕が、重い。

理由が、曖昧になる。


俺がここにいることで、無意味に時間だけが引き延ばされているのではないか。


その間に――


この男は、確実に命を奪う。


「……っ、黙れ……!」


自分に言い聞かせるように叫び、再び踏み込む。


今度は、捨て身だった。

守りも、回避も考えない。

当たればいい。


戦斧が、真上から振り下ろされた。

受け止められないと、理解した瞬間。


身体が、勝手に動いた。

剣を手放し、転がる。


直後、さっきまで俺がいた場所が、完全に砕け散った。

剣が、床に転がる音がする。


――拾えない。


「なん……でだ……」


指が、震えて動かない。

視界が、暗くなる。

ヴァルバロが、剣を踏みつけた。


「……くだらん。命を奪う価値もない」


その声を、遠くで聞いた。

立ち上がる理由が、見つからない。


俺は本当に守りたいのか、イギルたちの命を。

自分の命を投げ出す覚悟はあるのか。

いや。


――俺に、死ぬ覚悟なんて、ない。


その瞬間。

戦斧が、イギルたちの方へ向けられた。

イギルは両親の手を取り、身を寄せ合っていた。

持ち上げられた刃がギラリと光る。


「あ……」


ヴァルバロが、イギルたちの方へ跳んだ。


声にならない声が、喉で潰れる。


止められない。

間に合わない。


恐怖に染まったイギルの瞳が、はっきりと見えた。

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