第三節『二人目』⑥ ・強がり・
日の光すら届かぬ牢獄、その最下層。
ヴァルバロの言葉を聞いたイギルは、放心状態だった。
「お、おい、今何て―――」
「……そこの看守、ガキをしっかり抑えとけ」
「何、するつもりだ……やめろよ」
「そこの二人の首を突き出せ」
ヴァルバロの命で看守が二人を跪かせ、上半身を前傾させる。
「やめろって!!」
イギルは喉を枯らす勢いで叫ぶ。
しかし、ヴァルバロは止まらない。
必死に身をよじる少女を看守が抑え込む。
「大人しくしてろ!」
「離せ!!」
イギルは自分を押さえつける看守を睨みつけた。
「目の前で両親が殺されようとしてるんだぞ!!それを黙って見てろってか?!お前に人の心は無いのかよ!!」
「……っ!!」
看守の顔は、引き攣っていた。
他人事としてこの事態を見ても、正義感が揺らいでしまう。
しかし、良心に従えば殺されるのは自分だ。
この場にイギルの味方など居なかった。
「別れの時間だ」
ヴァルバロはイギルの父セガルの頭上に戦斧を大きく振り上げた。
刃が鋭く光る。
「やめろぉぉ!!」
叫ぶイギルの視線の先にいるセガルは、頭上に構えられた戦斧など気にもとめず、イギルだけを真っ直ぐに見ていた。
「……イギル……こんなことになってしまって、すまない。一人残して旅立つことを、許して欲しい」
「いっ……嫌だ……!」
「……本当は、もっと成長を見届けてあげたかった。イギルが結婚するのを想像して泣いた夜もあったんだ。本当だぞ?」
「嫌だ……嫌だよぅ、お父さん……行かないでよ……」
父の優しい声を聞いた瞬間、イギルの目から涙が零れる。
先程までの威勢が嘘のように、その姿は幼い少女そのものだった。
「……イギル、愛してるよ」
イギルは力無く項垂れ、大粒の涙を地面に落としていた。
「あぁ、私の愛しいイギル……あの日、言った言葉を覚えてる?」
「お母さん……」
イギルの脳裏に母の言葉が過ぎる。
『もし私たちが居なくなっても、強く生きてね』
何度も自分を鼓舞してくれた言葉を、忘れるわけもなかった。
「私、強くなんかないよ……一人ぼっちは嫌だよぅ……」
「ここに来てからずーっと、貴方に会うことだけを夢見ていたわ……最期にもう一度、貴方を抱きしめてあげたかった……」
母ディーナはイギルを優しい瞳で見つめていた。
自分が殺される恐怖よりも、娘をその手に抱きたいという愛情が上回っている。
「イギル、心から愛しているわ」
そう言ったディーナの背中をヴァルバロが踏みつけた。
「長ぇな……いつまで待たせるんだ、あ?」
肩に担いだ戦斧を地面に叩きつけた。
明らかにイラついている様子だ。
「よーく見てろ、ガキ。ショーの始まりだ」
ヴァルバロは高笑いをした後、ディーナの上に戦斧を構えた。
「やめろ!!やめろぉ!!」
「いいぞ、もっと吠えろ」
「やったらお前を殺す!!絶対に殺す!!」
「おお、楽しみにしてるぞ」
「クソ野郎が!!絶対に許さねぇ!!」
イギルの声はどこにも届かなかった。
虚しく響いて跡形もなく消えていく。
目の前にあるのはただただ絶望。
気がつけば、イギルは叫ぶのをやめていた。
自分にはどうすることもできない。
果てしない無力感が押し寄せ、声を発することさえできなかった。
頼れる人など居ない、助けてくれる人など居ない。
薄暗い地下の中、イギルはひたすらに孤独だった。
「……誰か……誰か助けてよ……」
イギルは掠れるような声でそう呟いた。
「自分の無能さに絶望しろ」
ヴァルバロはイギルを見てにやりと笑った。
そして、その大きな戦斧がディーナの首元に振り下ろされた。
その時だった。
戦斧がディーナに触れる直前、上層から猛スピードで接近した何かが戦斧にぶつかった。
衝突の勢いで軌道が逸れ、戦斧は地面に叩きつけられた。
辺りには砂煙が立ち込めている。
「なんだ、お前は」
ヴァルバロが睨みつけるその先、砂煙の中には一つの人影が立っていた。
その身体には【身体強化】が施されている。
「遅くなって悪かったな、イギル」
「だ、だれ―――」
「お前の助けを求める声、ちゃんと届いたぞ」
砂煙の中の人影がイギルに向かって勢いよく飛び出した。
そして、勢いそのままに看守の顔面に一撃、拳を叩き込んだ。
看守は遥か後方に転がっていく。
イギルはその人物を見上げる。
「なっ、なんでここに―――」
「言ったろ?必ず助けに行くって」
その人物を見た瞬間、イギルは再び涙を流していた。
その涙は先程とは違う、微かな希望を含んだ綺麗な涙だった。
「だっ、誰がお前の助けなんか―――」
「イギル、もう強がらなくていい」
「で、でも――」
「完璧な人なんて居ないんだ、イギル。人は誰だって強い部分と弱い部分を持ってる。俺だって……あのゴウだってな」
いつもはどこか腹が立つ声の主の言葉を、この時は素直に受け入れられた。
「だから、助けて欲しい時は助けて欲しいって、素直に言っていい……自分の手に負えない時は、誰かに頼っていい」
イギルが母と交わした約束、『強く生きて』という言葉を、彼女はその言葉のままに捉えていた。
だからこそ、魔物と対等に戦うゴウのような強さを欲した。
父と母を救うのは自分だと意気込んだ。
自分だけの力で成し遂げなければならないと。
「……簡単に……言いやがって……」
しかし、今なら彼女にも理解出来た。
母が言う『強さ』とは、魔物と戦うための『強さ』ではなかった。
自分一人で抱え込んで、その孤独に耐えうる『強さ』ではなかった。
「常に強くある必要なんてない、弱くたっていいんだよ!!」
その言葉が、イギルの心の闇を切り裂いていく。
この果てしない孤独で、届かないと思っていた声を聞いてくれる人がいる。
絶望の淵にいた自分に、手を伸ばしてくれる人がいる。
約束も、意地も、強がりも、自分を縛る一切を脱ぎ捨てて、彼女は言葉を絞り出した。
「……たす、けて……助けて、シェイム!!」
「あぁ、任せろ!!」
イギルのピンチに駆けつけたシェイム。
……遅いわ!!
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