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物語の終わりを君と  作者: お芋のタルト
第四章『炎舞』

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第三節『二人目』② ・悪魔・

 「本当にパララウスに勝つとはな、たいしたもんだ」


ゲートから闘技場に入ってきたのはヴァルバロだった。

賞賛の言葉とは裏腹に、全てを出し切り倒れたイギルを冷徹な目で見下ろす。


「へ……へへ。お前の大事なペットを倒してやったぜ……ざまぁみろ」


「その身体でまだ減らず口を叩けるのか。なかなか見込みがあるな、お前」


ヴァルバロは徐ろにイギルの胸ぐらを掴むと、闘技場の中央に向かって放り投げた。

少女は力無く、人形のように背中を地面に打ち付ける。


肺の空気が強制的に押し出されると共に、電撃のような痛みが全身を駆け巡る。

そのあまりの息苦しさと痛みに顔を歪めた。


「……約束は約束だ、お前の両親に会わせてやる」


ヴァルバロの言葉を聞いたイギルは床に伏しながら心底驚いていた。


冷徹非道な男との約束、魔物に勝利しても両親に会えない可能性は初めから考えていた。

それでも戦ったのは、会える確率が少しでもあったから。

そんな小さな希望であっても縋るしかなかった。


そんな思いを抱いていた為、彼が素直に両親に会わせると言うと、どこか拍子抜けしたような気分だった。


ヴァルバロが指を鳴らすと2人の看守がゲートの暗がりから姿を現した。

その手には鎖が握られていて、鎖の先は暗闇に消えている。


イギルは固唾をのんでその暗がりを見つめる。


本当に、両親に会えるのか。

もう二度と会えないと思っていた2人に、もう一度会えるのか。


イギルには看守の動きがひどくゆっくりと感じられた。


今まさに待ち望んだ瞬間が訪れようとしている。

しかし、会えるという喜びと同時に、変わり果てた両親の姿を見ることに恐怖を覚えていた。


闘技場に来る道中で見かけた母の姿を思い出す。

記憶の中にいるような二人の姿は、きっともうどこにもない。

両親に会って改めてそれを認識するのが怖かった。


様々な感情が入り交じり、少女の体は微かに震えていた。


「ここに連れてこい」


暗がりから、鎖に繋がれた二人の人物が姿を表した。


「―――っ!!」


そして、イギルは絶句した。

二人を見つめる目は焦点が合っていない。

開いて塞がらない口から、声にならない声が漏れ出していた。


飛び込んできた景色を脳が処理していない、できない。

自分の心を護るためなのか、脳の神経が痺れて機能せず、目の前の景色を理解することができなかった。


それでも、残酷な現実は変わらない。

徐々に情報が縁取られていく。


三ヶ月振りに見た二人は、()()()()()

記憶の中の二人と比べて、足りない部分が多すぎた。


父には右腕が無かった。

ちょうど肩から先が無くなっている。

それだけではない。

左の耳は千切られたのか、側頭部に赤黒い血の塊が付着していた。

そして、右目の瞼は開かず、その眼は異様に窪んでいる。

恐らく、もうそこに眼球は存在しないのだろう。


母には右脚が無かった。

ちょうど脛の真ん中あたりから先が無くなっている。

それだけではない。

右腕には大きな釘が無数に打ち込まれていた。

その様子は酷く痛々しく、母はだらりと腕を垂らしている。


そして、二人には共通して手足の指の爪が無かった。

更に、鞭打ちのような裂傷が身体の至る所に刻まれ、その周辺の肉は最早人の色をしていなかった。


髪は乱れ、目には生気を宿していない。

薄汚れた雑巾のような衣服を身につけ、力無くただそこに佇んでいた。


「喜べ、感動的の再会だ」


「お父さん、お母さん!!」


イギルはヴァルバロの言葉に耳を貸す余裕が無かった。

目の前の変わり果てた両親に、会いに来たことをただ伝えたかった。


「私……イギルだよ!!私、お父さんとお母さんに会いに来たんだよ!!」


「……イ、ギル……?……イギル、イギルなのか?!」


「あ、あぁ……イギル……!」


少女を見た二人の目に、色彩が宿り始めた。


父は涙を流しながら娘の名前をポツリ、ポツリと零す。

母は静かに大粒の涙を流し、身体を震わせていた。


自分たちの愛娘を見た瞬間、抱え込んでいた思いがとめどなく溢れてくる。

湧き水のように、蓋をしようとも押し返され、止まらない。


「私ね、お父さんとお母さんに会いたくて、頑張ってここまで来たんだよ。私……寂しかったんだよ」


ボロボロの身体を無理やり起こして、両親と正面から向き合った。


この三ヶ月間、イギルは強く生きてきた。

生きなければならなかった。

弱さは見せてはいけない、弱音など吐いてはいけない。

下を向いてはいけない、涙など流してはいけない。


そうしなければ、簡単に折れていただろうから。


そうして少しずつ、それでいて確実に積み重ねられ抑え込まれてきた感情は、両親と相対したことによっていとも容易く開放された。


自分を見て欲しい、認めて欲しい、支えて欲しい。


イギルはまだ年端もない少女、年頃に見合った欲求が溢れてくる。

ようやく彼女は子どもに戻れたのだ。


「イギル、そんな身体になってまで……!すまない、すまない……。よく頑張ったね、今そっちに―――」


ゆらゆらと歩み出した父は、看守によって呆気なく抑え込まれた。

頭を鷲掴みにされ、顔を地面に擦り付けられる。


「お父さん!!」


身体の痛みもダメージも忘れ、イギルは知らぬ間に駆け出していた。

思考よりも早く、体が動いていた。


しかし、イギルの行く手を阻んで立ち塞がったヴァルバロは、その幼気(いたいけ)な少女を容赦なく蹴り飛ばした。


「……お前ら、何勝手なことしてんだ、あ?」


その額には青筋が浮かんでいる。


「おいお前、あのガキを抑えてろ」


ヴァルバロは父を確保していた看守にそう命じると、代わりにそのの背中を踏みつけにした。

地面に転がったイギルは看守に強制的に座らされ、拘束される。

元より、そんなことをしなくても少女に余力など残されていない。


「もう茶番は済んだだろ。親子の感動の再会はこれで終わりだ。勘違いするな、本番はここからだ」


ヴァルバロは背に抱えた戦斧(バトルアックス)を外し、勢いよく地面に突き刺した。

そして、ゆっくりとその口角が釣り上がっていく。


その時彼が浮かべていた笑顔は、人のものではなかった。


「自分には何もできず無力なまま、目の前で親が殺されたら、お前はどんな顔をするんだろうな」


悪魔だと、思った。

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