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物語の終わりを君と  作者: お芋のタルト
第四章『炎舞』

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第二節『光無き』⑧ ・タイムリミット・

 「お前はそっちを探せ、俺はこっちを探す」


兵士たちが駆ける足音と共に、細々とした声が微かに聞こえてくる。


心臓はトクトクと動きを早めるが、暗い影の中で精一杯息を殺した。

溢れた緊張感がその場を支配する。


すると、一人の兵士の足音が近づいてきた。

カツ、コツ、というゆっくりとした足音から、その場を舐めるように捜索しているのが分かる。


目の前の鉄柵の隙間から兵士が顔を覗かせる。

しかし、俺の存在には気づかずにその場を通り過ぎて行った。


「……何とかやり過ごしたみたいだな……」


気がつけば心の声が漏れていた。

緊張感が姿を消し、仮染めの安堵が訪れる。


「そんなに身構えずともよいわい」


薄暗闇の中から、年老いた男の声がする。

声の方に目を向けた。


そこには、老人が硬い岩の地面にあぐらをかいていた。


「通りがかったのがワシの牢屋で良かったわい。若者よ、運が良かったのう」


老人はしわがれた声で微かに笑った。

そして、両手を握り合わせて祈るような仕草をする。


次の瞬間、俺は()()()から姿を現した。


「……すごい【魔力】だ」


老人は薄い灰色の布切れを身に纏い、そこからやせ細った手足と首が伸びている。

栄養状態がかなり悪いのだろう、肌は青白く、所々が黄ばんでいた。


一体、どれだけの時をここで過ごせばこんなになってしまうのか。


「あ、あの……ありがとうございます。助かりました」


礼を言うと、老人は構わんわい、と手のひらで宙をヒラヒラと扇いだ。


なぜ、こんなことになっているのか。


理由は簡単。

牢獄の侵入に失敗したからだ。


牢獄に続く扉の門番に【放出】を使えなかった俺は、結局近接で兵士たちと戦った。

その隙に兵士は応援を呼び、牢獄の内部に侵入した頃には追っ手がもうすぐそこまで迫っていた。


追っ手を逃れるために必死に牢獄の中を走り回っていたところを、この老人に助けられ今に至る。


地面が急に深く沈んで影の中に引きずり込まれた時は、本当に死んだと思った。

もう二度と()()()()()()()()はごめんだ。


「強力な【魔力】を持ってるんですね」


「ワシの【魔力】は【影繰り(ナイト・ルーラー)】と言うてのう。影の形を変えたり、影の中を移動したりできるんじゃ。何かと便利じゃろう?」


お世辞でもなんでも無く、この人の【魔力】は強い。

能力にありとあらゆる応用が利きそうだ。


ふとある疑問を抱く。


「こんなことを聞くのもなんですけど……なんでそんなに強力な【魔力】を持っているのに、ここから出ないんですか?」


この老人の【影繰り(ナイト・ルーラー)】は、自分も影の中を移動できる。

だとすれば、自分を捕らえる目の前の鉄柵なんて何の意味も成さない。

柵の外に影を伸ばして、そこから出ればいいだけの話だ。

影の中を移動していけば、この塔の地下から抜け出すことも容易い。


「……若者よ。ここにいるのは、どんな人間じゃと思う?」


「犯罪者、じゃないんですか……?」


老人の意図が分からず、答えを濁した。

ここが牢獄なのは間違いない。

だから恐らく罪を犯した人達なのだろう。


「ああ、そうじゃ。確かにワシらは犯罪者じゃのう。じゃがな、ただの犯罪者ではない……」


老人は1度言葉を詰まらせると、一呼吸を置いて続けた。


「反逆者じゃよ」


「反逆者……?ここにいる、全員ですか……?!」


「この国の、ヴァルバロ様の思想に反した者は皆ここに収監される。ここに連れられたら最後、ここが墓場じゃよ」


老人は虚ろな目で、地面を見つめていた。


「お主の質問に答えようかのう。どうしてここを出ないのかと言いおったな。……もし仮にここを出たとしても、ワシらに自由なんてないんじゃよ」


「……どういう意味ですか?」


「……ここは【サウルメ帝国】。武力のある者が王となり、武力を以て治める国。ヴァルバロ様に敵う者など、この国にはおらん」


「つまり、脱獄しても連れ戻されると……?」


「それだけでは無い。ヴァルバロ様に逆らえぬ帝国民は、自分にまで被害が及ばぬようにワシらのような者を迫害する。人間のようには扱ってもらえんじゃろうな。……あの方に目をつけられた時点で、もうこの国に居場所などないんじゃよ」


どうやら、ここを脱獄するだけでは意味がないらしい。

もし仮にイギルを見つけ出し、ここから出られたとしても、ヴァルバロに勝てなければ連れ戻される。

街の人たちも、進んでヴァルバロの味方に付くだろう。


つまり、あの男がこの国のトップに立っている限り、問題の本質は解決しない。

強者を敬うこの国の文化は根強い。


「外から見たこの国は、さぞ幸せな国に見えるんじゃろう。じゃがその反面、ワシらのように地下に送られる人間もいる。……地下深い牢獄のように、ここには光など無いんじゃ」


強い者が国を納めるという構図をどうこう言うつもりは無い。

何せ俺は馬鹿だから、何が1番いい事なのかなんて分から無い。


でも、それでも。


人の数だけ個性が存在する。

誰一人として、同じ人間なんていない。

だから、考え方や能力が違うのなんて当たり前なんだ。


ヴァルバロは弱い者を、思想が違う者をそれだけの理由で虐げた。

そんな事が許されて良いわけがない。

それだけは、絶対に間違っている。


「……俺が、ヴァルバロを倒します。ここにいる全員を、理不尽な不自由から解放します!!」


老人の手を取り、強い眼差しで見つめる。

その裏には、強い怒りを秘めていた。


「……わざわざ自分からこの牢獄に飛び込んできたくらいじゃ、お主にも事情があるんじゃろう。じゃがな、現実とは時に残酷なもの。決して1人でヴァルバロ様に勝てるなど思うてはならん」


激情のままに進もうとする俺に対して、老人は冷静だった。


あくまでも目的はイギルの救出。

ヴァルバロと戦う必要があったとしても、今ではない。

それに、仮に戦うことになってもフィリイの到着を待つのが最善だ。


あるいは―――


いいや、あいつは来ない。

期待なんてするだけ無駄、虚しくなるだけだ。


「大丈夫です、俺にはもう1人仲間がいます。俺とその人なら、きっとヴァルバロにも勝てます」


頭にチラついたゴウの顔を消し去って、戦力を2人とし考える。


「……頼もしいのう。歳のせいか、ワシにはもう以前のような抗う心がなくなってしもうた。……若者よ、名を聞いておこう。もしお主がヴァルバロに勝った暁にはこのケルジャー、()【一等代員】として力になると約束しよう」


「俺の名前はシェイムです。約束します、ケルジャーさん。俺が必ずここから出してみせます」


ここにも、この国にも救うことの出来る命が、手の届くところにある。

もう、誰も取りこぼさない。


「シェイムよ、目的があるならば急ぐのじゃ。今この牢獄の最下層には、あの男がおる。暫くすれば用を終えて地上に戻るじゃろう、奴の目を盗むなら間違いなく今が絶好の機じゃ」


街の広場でイギルと老婆を連れていったヴァルバロがここにいる。

ならば、イギルも必ずここにいるはずだ。


依然として状況は悪いが、いるかも分からない所を闇雲に探し回るよりはよっぽど希望があるというもの。


小さく、そして微かな希望を抱いた。


「ヴァルバロは最下層で何をしているか分かりますか」


兵士を相手にするのは時間が掛かるだけで、大きな問題はない。

しかし、ヴァルバロに対峙すれば、間違いなく負ける。

【身体強化】を扱うのがやっとの俺が、帝国民から【英雄】と呼ばれる程の男に勝つ勝算はない。


先程も言ったが、ヴァルバロと戦うのならフィリイの到着を待つのが最善。

実力差は気合いだけではどうにもならない事を知っている。


ヴァルバロが上に向かうまで、あとどれだけの時間があるかを知りたい。

奴は俺よりも早くここに来ている。

ならば、そう時間は長くない。


「この牢獄の最下層は、処刑場じゃよ。普段はそんなに使われることはないんじゃが、なんでも、先刻ヴァルバロ様が連れてこられた受刑者二人を、直々に処刑すると―――」


「ケルジャーさん!!」


ケルジャーさんの話に割って入り、その細い肩を掴んだ。


ヴァルバロ、先刻、二人―――


「ケルジャーさん、その受刑者がどんな人か、分かりますか!」


「急にどうしたんじゃ。んん、そうじゃなぁ……。兵士の会話が聞こえてきただけじゃが、確か―――」


額から冷や汗を流しながらケルジャーさんの言葉を待つ。

心臓が強く拍動し、血液が熱くなる。


「少女と老婆の2人、じゃったかな」


先程抱いた希望は絶望へと姿を変える。


どうやら事態は一刻を争うようだ。

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