第二節『光無き』⑦ ・侵入・
「いたぞ!侵入者だ!」
鬼のような形相で剣を握りしめた兵士たちが、俺とフィリイに向かってくる。
「何人いるんだよ……!」
こうして援軍の兵士が現れるのは何度目だろうか。
この小さな塔のどこに隠れていたのか分からないほどの兵力。
終わりの見えない殺し合いに嫌気がさしてくる。
【身体強化】のおかげで疲労感はあまり無いが、両手で握る赤く染まった剣がやけに重たく感じる。
「シェイム君、見てて!」
後方からフィリイの声が急速に近づいてくる。
倒れた兵士たちを踏み分けあっという間に横に並んだフィリイの左手には、半透明で白く発光する球体が握られていた。
強力な【魔力】を放つその球体を、フィリイは兵士たちの足元に投げつける。
猛スピードで着弾したそれは爆風を伴い勢いよく弾け飛び、一瞬にして援軍の兵士たちを蹴散らした。
「すげぇ……!」
「前に【一般能】を説明したの覚えてる?ひとつは【強化】で、シェイム君は【身体強化】ができるようになったでしょ。これはもうひとつの【放出】っていう技術だよ!」
フィリイと初めてあった日のことを思い出す。
無知な俺に【魔力】を教えてくれたのは彼女だ。
「これも戦うには大切な技術で……特にシェイム君の【魔力】には必要な技術だから身につけないとね」
「特に……?」
特にと強調していたのが気にかかる。
それはつまり、俺すらまだよく知らない俺の【魔力】について、彼女は何か知っているということだろうか。
ふと、【闇の一族】のティリアの言葉が脳裏を過ぎる。
……そういえばティリアは死に際、俺の【魔力】を【原始の魔力】と呼んでいた。
【原始の魔力】なんてものを聞いたことはないが、フィリイも何かを知っているのかもしれない。
「フィリイ、もしかして俺の【魔力】のこと―――」
「伏せて!!!」
声をかけた、その時だった。
緊迫したフィリイの声が塔に響き渡る。
彼女は慌てた様子で俺の背中を掴み、そのまま地面へと押し倒した。
あまりに突然の出来事で、俺はひっくり返る世界に身を預けることしか出来なかった。
そして、次の瞬間。
「キィィィィン―――」
鉄と鉄が弾き合い、高速で振動するかのような甲高い音が、頭の中に反響する。
それと同時に、空気がピンと張り詰めるような感覚がした。
刹那。
倒れ込んだ俺たちの頭上を、突風のような斬撃が駆け抜ける。
石造りのこの塔を輪切りにしたような跡が壁を走る。
しかし、地面と平行になるように寸分たがわず切り込まれた斬撃は、切込みを入れただけで塔を破壊することは無い。
それどころか、切り口の入ったレンガが欠けることすらなく、石ころひとつ生まれない。
まるでだるま落としの要領で、塔に斬撃だけを入れ込んだのだ。
正体は分からないが、間違いなく手練の仕業だ。
この場に、とんでもない達人がいる。
未だ地面に伏せている俺たちの前に、塔の扉を蹴破って一人の男が現れた。
男はゆっくりと辺りを見渡したあと、俺たちに悠然と近づいてくる。
「……気配を悟られぬよう、斬撃を放つ前に【魔力】を抑えたつもりであったが、まさか吾輩の剣が躱されるとはな。果たして―――」
男は握った剣の切っ先を俺たちに向け、身体が震え上がる程の殺気を向けてくる。
「どちらが気づいたのであろうな」
言い終える瞬間、一筋の斬撃が男を襲う。
男は咄嗟に剣で迎え撃とうとするが、その斬撃は男の剣に触れることなく直前で弾けた。
その勢いであたりは砂煙に覆われる。
「シェイム君!兵士たちは後ろの階段から上がってきてた!多分地下に続いてるんだと思う!イギルちゃんもそこにいるはず!」
いつの間にかフィリイは立ち上がって、現れた男と砂煙越しに対峙していた。
先程の攻撃は彼女による撹乱だったらしい。
後方を確認すると、そこには地下へと続く階段が暗い穴に飲み込まれていた。
フィリイに目を向けても、彼女はこちらにチラリとも目を向けない。
……相手が剣の達人ならば、フィリイが相手をした方が良いということか。
ここで俺が残っても、できることは無い。
むしろ激しい剣の撃ち合いについていけず足でまといになり、フィリイが俺を庇いながら戦うことになる。
彼女を信じるしかない。
「イギルは任せろ!」
フィリイの背中に声をのせ、暗い階段のその奥へと進んで行った。
○
後方でシェイムが階段を駆け下りる音が、フィリイの元へと届く。
彼が自分の事を信用してくれていることに喜びを感じながらも、彼女は改めて気を引きしめた。
先程放った斬撃による砂煙が引き、男の姿が顕になる。
決して大きな体格をしている訳では無い。
しかし、服の上からでもわかるくらい引き締まった体で、無駄が一切ない鍛え抜かれた身体をしている。
背丈は170後半といったところ。
髪は短く、赤黒い色をしている。
歳はまだ中年といったところだが、この男は既に剣において達人の領域に達している。
男はローブを羽織っており、暗い紫を基調として黒色の装飾がなされ、その装飾の輪郭をなぞるようにして金色がアクセントに使われている。
その煌びやかでありつつも落ち着いた雰囲気のある衣服は、男の存在をより際立たせていた。
胸には十字の傷のようなマークがつけられている。
これは【サウルメ帝国】の【一等代員】を示すマークであり、この男がヴァルバロの次に強い5人の内の1人であることを示している。
「貴方、強いのね」
「ああ、吾輩は強い。……貴様よりもな」
フィリイの問いかけに男はきっぱりと答える。
「しかし、先程の一撃、吾輩の剣を見切ったのはなかなかであるぞ。名を聞いておこう」
男は余裕の表情で左手を腰に当てている。
しかし、フィリイは無闇に斬りかからない。
そんな体勢ですら、男を斬れる確信が持てなかったからだ。
本来ならば相手の名前を聞く前に自分から名乗るのが礼儀。
自分が名乗る前に名前を聞くということは、相手を格下であると言っているようなもの。
自分が見下されていることを癪に思いながらも、フィリイは名乗った。
「私はフィリイ。……貴方を倒す者の名よ、よく覚えておいて」
「ハッハッハ、言うではないか!良いのが威勢だけではなければ良いのだが……。吾輩を楽しませてくれ!」
男が剣を正面に構えた。
それに応じてフィリイも抜刀する。
「いざ尋常に勝負!」
男が声を上げた、その瞬間。
数メートル先にいた男は、一瞬にしてフィリイの目の前に姿を表した。
【身体強化】を施して鬼気迫る表情で肉薄する。
あまりの速さにフィリイは一瞬反応が遅れる。
しかし、この間合いではその遅れが命取りになる。
男は横薙ぎを繰り出すが、フィリイは間一髪で身を翻して回避した。
彼女の毛先が剣に触れ、はらりと地面に落ちる。
フィリイの心の中に焦りが生まれる。
あの男は、あまりにも速い。
これは自分も出し惜しみをしている余裕は無さそうだ。
「ハッハッハ!よく躱したな。しかし、反応が遅れたように見えたぞ?」
男は不気味な笑みで語りかける。
「吾輩の名は【ジェー=ターギン】。貴様を殺す者の名である。……よく覚えておくが良い」
男はこの地、【メルバイン】にヴァルバロと共に訪れた【一等代員】。
剣を極め、【飛剣】の2つ名をもつ。
2人の剣士は再び剣を構える。
一瞬訪れる静寂。
そして、二人は同時に動き出した。
戦いは一気に加速し、ついに幕が上がる。
○
暗く、寒い。
いったいどれだけの時間が経ったのだろうか。
地下へと続く階段は緩くとぐろを巻いていて、どこまでも続いている。
地上ではフィリイがあの男と戦っている。
男の【魔力】を感じるにかなりの強敵であることは間違いない。
まあ、フィリイの事だから問題なく勝ってくれるに違いない。
俺の役割はイギルを見つけ出して救うこと。
自分の役割を果たさなければ。
そして、この長かった階段もついに終わりを見せる。
遠くに目を凝らすと、階段が岩の内部を囲うような円形の通路に繋がっていた。
咄嗟に身をかがめて姿を隠す。
そして、静かに情報を探る。
岩で出来た巨大な円柱が、異様な存在感を放ってそびえ立っていた。
通路と円柱の間は奈落になっていて、十字型の通路が伸びている。
恐らく、あの中にイギルが囚われている。
円柱に入る扉は4つ。
扉の前には、それぞれ兵士が二人。
通路には巡回するように兵士が数人いる。
上であれだけの兵士が戦いに来ていたのだ。
牢屋の警備はいつもより手薄なはず。
間違いなく今がチャンス。
問題はどうやって内部に侵入するかだ。
……全くいい策が思い浮かばない。
「俺ってほんと馬鹿で頭固いよなぁ……」
ふと地上でのフィリイとのやり取りを思い出す。
『【放出】っていう技術だよ―――』
フィリイの声が頭の中に反響する。
「……これだ」
この警備を安全に、速やかに突破するためには遠距離を攻撃する手段が必要だ。
しかし、今の俺は遠距離攻撃をする術を持っていない。
チャンスは1度きり。
……やるしかない。
ぶっつけ本番にはなるが、もうその方法しか思い浮かばない。
まずは十字の通路に飛び降りて、前方の兵士に【放出】で【魔力】をぶつける。
兵士ごと扉を吹き飛ばし、開いたところに駆け込む。
その途中で近づこうとしてきた兵士を、【放出】を使い同じ要領で倒す。
完璧な作戦だ。
応援を呼ばせる隙を与えない。
そうと決まれば後は実行に移すのみ。
【身体強化】を施して着地地点を確認する。
そして、階段から勢いよく飛び降りた。
急速に通路が近づいてくる。
ドン、という短い衝撃と共に十字の通路に降り立った。
視線の先に扉を見据える。
扉を守る兵士2人は、いきなり人が現れたことで混乱していた。
いける、今なら抵抗されることなく【放出】が使える!
両手を前に伸ばし手のひらを兵士に向けた。
そして、手のひらに【魔力】の球体を強くイメージする。
次第に【魔力】が手のひらに集まり始めた。
気を抜けば一瞬で球体にまとまらなくなりそうだ。
「な、何者だ……!」
扉の前の兵士たちが剣を抜いた。
巡回していた兵士も異常に気づいてこちらに向かってきている。
時間が無い。
焦りはあるが集中は切らさない。
そして、ついにフィリイが作っていた球体と同レベルの【魔力】が集まった。
「すまないな、少し眠っていてくれ!」
【魔力】の球体を目の前から走ってくる二人の兵士に向けて射出した。
兵士は思わず顔を覆う。
「モワァ」
……あえて音をつけるのならば、『モワァ』。
なんとも情けない音、『モワァ』。
射出した球体は体から離れた途端、霧状へと姿を変え空気に溶けた。
つまり、失敗。
「……」
その場に訪れる静寂。
兵士たちは1度顔を見合わせると、すぐさま俺に向かって走り出した。
侵入は無事、失敗に終わった。
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