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物語の終わりを君と  作者: お芋のタルト
第四章『炎舞』

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第二節『光無き』⑤ ・イギル・

 速く、少しでも早く。


脚が地面に着く度に忙しく水しぶきが上がる。

しかし、最早そんな事は気にならない。

既に全身が濡れている。


「シェイム君、もう少しで塔に着くよ!」


「ああ、強行突破する!」


先程から強く降り始めた雨は、等しく街全体を濡らしていた。

雨足は強まるばかりだ。


雨の日の夜とあって、人通りはほとんど無かった。

その為俺たちは全力で走り抜けることが出来る。


せめて地上に戻った時には止むように、今のうちに全て降りきってしまうことを願う。


俺たちは森を出て一直線にこの建物目掛けて走っていた。

この塔は森と真反対、街の最奥に位置している。


「何者だ!そこで止まれ!」


塔の入口の前に居た兵士達が俺たちに気が付き、戦闘態勢をとる。


ここにいる兵士が付けている防具は広場で見た兵士達と同じだ。

間違いなくイギルはここにいる。


兵士達はそれぞれ剣を握っている。

中には通信用の魔道具で応援を呼んでいる者もいた。


出来るだけ早くイギルを助けたい。

ならば、出し惜しみなどしない。


「最初から全力で行くぞ!」


この場にいる兵士は7人。

俺はその全てを一撃で倒す最短ルートを探す。


「……いける」


身体に【身体強化】を施して半透明の白いオーラを纏った。

そして、一気にトップスピードまで加速する。

研ぎ澄まされた感覚の中、景色がいつもより前のめりになる。


7人全員の急所に拳で一撃ずつ加える。

兵士たちは目をぐるんと回すと声を発することなくその場に崩れ落ちた。


自分のイメージ通りに身体が動く事に小さな喜びを感じながら、小さく拳を握る。

【身体強化】も様になってきたようだ。


兵士が気を失った事を確認した俺は、門番のいなくなった扉を蹴破って塔の中に押し入った。


塔の一階部分、最も広い空間。

そこで待っていたのは何十人もの兵士だった。

既に俺たちを取り囲むように剣を構えている。


「シェイム君、今度は剣を抜いた方がいいかもね」


「……そうだな」


俺は腰に携えた剣を手に取り構えた。

その手が微かに震える。


……躊躇うな。


確かに、相手は人間だ。

学園での模擬戦や、【セルス】の【最果ての古城】では相手が怪我をすることは無かった。

今回のように生身の人間に剣を向けるのは初めてだ。


怪我をすることもあれば、最悪の場合死に至る。

互いに命を奪い合うのだ。


彼ら兵士の顔をよく見ろ。

俺たちは侵入者。

捕える気など毛頭無い。

あの剣は容赦なく命を刈り取ろうとしてくる。


「……殺らなければ、殺られる」


剣を握る手に再度力を込めた。


俺は彼女たちを助ける。

その為にここに来たんだ……!


身体に【身体強化】を施す。

フィリイも隣で白い半透明のオーラを纏う。


兵士達との正面衝突は、避けられなかった。



 ○



 俺に、力があれば。

もっともっと、強い力があれば。


……俺は、弱い。

弱い人間だ。


そう、何度自分を責めただろうか。

あの時も、あの時も、あの時も。


俺が強ければ、彼らの人生は、彼らの命は救われた。

そんな経験が、何度もある。


だから、強くなる為に努力した。

精一杯努力して、考えて、誰も傷つけないように慎重に行動した。


しかし、俺は知っている。

頑張っても、頑張っても、それでも覆せない『運命』は存在する。

救う事のできない、命がある。

越えようと越えようと藻掻いても届かない障壁。


今回のことだって、きっとその『運命』の一部に組み込まれているんだ。


……俺に、もっと力があれば。


しきりに雨を降らす空の下、俺は1人きりだった。



 ○



 ピチョン、ピチョン。


水が(したた)る音が、頭の中で反響する。


少女は目を覚ました。

いつの間にか硬い岩の上に横たわっていたらしい。


岩の冷たい温度を感じながら、少女は身体を起こす。

その瞬間、身体中に痛みが走った。

特に右腕の前腕は酷く腫れていて、少しでも動かすと痛みが襲ってくる。


両手首には鎖で繋がれた手錠が付けられていた。

肩幅にも腕を開くことが出来ない。

ガチャガチャと外そうとしてみるが、その試みは虚しく終わった。


鎖を諦めて少女は辺りを見渡す。

薄暗い空間をぐるりと見渡して見えるのは、岩、岩、岩。

そして、一面に連なる鉄格子。


ああ、自分は()()に連れてこられたのだと少女は理解した。

ようやく、()()と同じ場所に来ることが出来た。


【城塞都市メルバイン】。

この街は表向きにはそう知られている。

しかし、この街にはもう一つの顔があった。


それは、国中から集められた()()()を収容する地下牢としての役割だ。

この大きな岩の内部、【メンバイン】の地下には巨大な牢獄が存在するのだ。


牢獄は6階層に分かれており、犯罪のレベルによって区分されている。

その犯罪のレベルが高ければ高いほど、下の階層に収容される。


ただし、ここに集められる犯罪者はただの犯罪者では無い。

ここにいるのは反逆者。

この国の指針に反した行動を取った者が集められている。


少女は立ち上がって鉄格子に顔を貼り付け、牢屋の外の状態を確認する。


人が3人並んで通れる広さの廊下を挟んだ向かい側には、右にも左にもズラリと牢屋が並んでいた。

この様子だと自分の牢屋の左右にも牢屋が続いているのだろうと少女は予想する。


対面の牢屋の様子は暗くて確認できなかった。

自分がここに来てどれだけ時間が経っているか分からないため、今が昼なのか夜なのかも分からない。

その為、他の牢屋に人がいるのかも分からない。


少女は無駄だとわかっていながらも鉄格子を掴んで揺する。

非力な少女の力では鉄格子はビクともしない。

元より、どれだけ力の強い者であってもこの牢屋をこじ開けるのは不可能であった。


少女はその小さな口でため息をつく。

これでは両親を探すことができない。

何のためにわざわざ地下に来たのか分からない。


少女は温かい両親の顔を思い浮かべる。


『イギル、もし私たちが居なくなっても、強く生きてね』


母親の言葉が脳裏を()ぎる。

そう言った母の顔は、哀愁に満ちていた。


あの日、両親がいなくなった日。

大好きだった街が、どうしようもなく嫌いになった日。

少女は、あの日見た光景を鮮明に思い返していた。



 ○



 「見て見てお母さん!綺麗なお花見つけた!」


「そんなに走り回ったら転んじゃうわよ?」


暖かな日の光が森の中に降りそそぐ。

その森の中を駆け回る1人の少女。


(つや)やかな赤みのあるブロンドの髪を胸まで伸ばし、前髪は目のすぐ上まである。

全体的にウェーブの掛かった髪は少女を柔らかな印象に仕上げていた。


青い瞳を持つ少女はそれを微笑ましく見守る女性の元へ駆け寄り、一生懸命見つけた宝物を見せびらかす。


「まあ、凄く綺麗ね」


女性はにっこりと微笑むと、少女の頭を優しく何度か撫でた。

少女は嬉しそうに唇を結ぶ。


少女の名はイギル。

そして、この女性は少女の母親、名をディーナと言った。


母親は艶やかなブロンドの直毛をなびかせてにこやかに話す。

少女は母親と同じような髪型をしているが、これは少女が母親の髪を真似た結果だ。


「じゃあ、この綺麗なお花をお父さんにも見せてあげましょうか」


「うん!喜んでくれるかな〜?」


「ええ。きっと大喜びするはずよ」


穏やかな雰囲気の親子は手を繋いで帰路に着く。

家に向かうまでの道のり、少女は父親の反応が楽しみでスキップをしていた。


「ただいまー!」


家に着いた少女は一目散にひとつの部屋へ向かって駆け出す。

部屋の前に辿り着くと、ノックもせずに勢いよく片引きの戸を開いた。


「お父さん!見て欲しい物があるの!」


「おお、おかえりイギル。今日もいっぱい遊んだか?」


壁一面に本棚があり、そこには隙間なく書物が並べられている。

そんな薄暗い部屋には一人の男がいた。

少女の父親である。


部屋の一角にある机に向かい、分厚い書物を難しそうな顔で読み漁って手元の紙に何かを書き込んでいた父親は、その作業をピタリと止める。


父親の名はセガル。

彼は【サウルメ帝国】の帝都【ガーダナハル】にある名門教育機関を卒業しており、現在は【天才】に関する研究に心血を注いでいた。


赤茶のクルクルとした天然パーマで鼻が高く、顎のラインのくっきりとした男。

父親の赤い毛と、母親のブロンドヘアは確実に少女に受け継がれていた。


ちなみに、少女の母親も彼と同じ機関で勉学を共にした。

彼女の成績は常にトップであった。


父親はいつものようにイギルを抱き上げようと椅子から立ち上がる。


その拍子で机に積み上げられた本の山がゆらゆらと不安定に揺れるが、幸い崩れることは無かった。


少女は近寄る父親から一歩遠ざかり、父親を拒む。


「ん?どうしたんだい?」


父親は少女が両手を背中に回しているのを見て、何を隠しているのかと気になりつつも、少女の為に気付かないふりをした。


「お父さん、目つぶって?」


少女は今すぐネタばらししたい衝動を抑え、サプライズを計画に移す。


「つぶったよ。なんにも見えない」


父親は素直にそれに従う。

こういう時に薄目を開けてズルがバレると、少女はいつも怒る。

その為父親はしっかりと目を瞑る。


「ほんとかなー?」


少女は父親を怪しんで彼の顔の前で手を何度も振ってみせる。

しかし、父親のにこやかな顔はピクリともしない。


「お父さん、目開けていいよ!」


少女に言われた通りに父親はゆっくりと目を開く。

すると、彼の眼前には少女が握る一輪の花が差し出されていた。


シモフリソウ。

博識な父親はその花を見た瞬間、その花の名前を頭の中に浮かべた。

これは【メルバイン】にのみ群生している希少な花―――という訳では無く、どこにでも生えている至って普通の花。


3枚の薄い水色の花弁が重なり合う小さな花。

夏になると白い花粉を出すのだが、それが花の下に溜まっている様子から“霜降り草”と名付けられた。


父親はその花を丁寧に受け取ると、小さな少女を優しく抱擁する。


「ありがとうイギル、とっても綺麗だ」


「うん!お父さんとお母さんの為に見つけたの!……これでお父さんたち頑張れる?」


少女は伏し目がちに父親に尋ねる。


「……ああ、もちろんだよ。ありがとう」


「本当?!良かった〜!」


頑張る、と言うのも、彼と母親は近頃路上で演説を繰り返していた。

その演説の内容は、『全ての【天才】が悪では無い』というものだ。


彼は長年の研究から、【天才】という存在が必ずしも悪では無いと結論づけた。

正確には、この説は【最終戦争】以前にも唱えられていた物だったが、【最終戦争】以降は誰もこの説を唱えなくなった。


父親は昔から自分で実際に調べた情報でないと満足出来ない性格だった。

それが幸をそうして名門と言われる教育機関を卒業するまでに至った。


そんな父親は得られた研究の成果を共有し、人々の認識を覆そうと試みているのだ。

【天才】も我々と同じ人間。

その命が軽々しく奪われることなどあってはならない。


遥か昔から力を与えられていた【天才】を人間ではなく()()使()()とでも言うのなら、最早人類の八割は人間では無い。


そして、その父親の考えは徐々にこの街の民衆に拡がりつつあった。

彼の演説の前に足を止める者は少なく無い。


父親の前に街の兵士が現れ始めたのは、そんな時だった。

先月、路上演説をする彼の前に初めて兵士が現れた。

兵士達は以後演説を禁止する旨を伝えたが、それでも彼はやめなかった。


行く行くはこの考えを世界中に広げたい。

そうしなければ【天才】は救われない。


執念深く活動を続ける父親だったが、昨日の演説中に現れた兵士達はこれが最後通告だと告げた。


正直な所、父親は兵団からの執拗な弾圧に屈しかけていた。

しかし、そんな気持ちは少女がくれたこの小さな花によって呆気なく砕け散った。

父親は再び闘志を燃やす。


戸の前には、いつの間にか母親の姿があった。

少女と父親のやり取りを見ていたようだ。


二人は目を合わせると、小さく頷いた。

どうやら母親も父親と同じ考えのようだ。


暖かな家族の団欒。

その空間に、ガチャリと音を立てて一人の男が足を踏み入れた。

過去の回想に入りました。

次話も回想から入ります。


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