第一節『非日常』④ ・模擬戦・
模擬戦はその後順調に進み、1回戦最後の1組、俺の番が回ってきた。
相手は目の前に立って今にも襲ってきそうな形相で俺を睨んでいる彼女、セルティア=セフォード。
「フンッ、1回戦からあたしが相手だなんて、貴方も運が悪いわね。覚悟しなさい、あたしが【持たざる者】の貴方の鼻をへし折ってやるんだから!」
そんな言葉を勢いよく投げつけると、セルティアはフンッと鼻を鳴らし、真っ赤な長い髪をひらつかせて踵を返した。
対戦相手への敬意の欠片もなく、過度な自信家な彼女だが実力は本物だ。
セルティアが背負うセフォードの名は、この国では有名な名家のものだ。
昔から戦場における多大なる戦績でその名を知らしめてきた。
セルティアは現当主の娘で、その血統を彼女の真っ赤な髪と真っ赤な眼が濃く表している。
彼女もまた、この年にもかかわらず名前の頭文字を取った「SS」の異名で知られる猛者なのだ。
強力な【魔力】が求められるこのクラスにおいても、その【魔力量】はトップを争うと言われている。
【魔力】を持つ人間にしか【魔力】は感じ取れないらしいので、残念ながら彼女がどれほど凄いのかがイマイチ分からない。
とにかく、侮れない相手なのは理解出来る。
離れたところに立つセルティアに向かって剣を構える。
惜しくも戦場のパターンは1。
マーラ達と同じく単純な力量が問われる。
【魔力】を持たない俺にとって最悪の環境だ。
さておき、とにかく目の前の一戦に集中しなければ。
セルティアは肩幅に足を開き両腕をぶらりと垂らしていた。
戦闘前とは思えないほどリラックスした状態で構えている。
よく見ると、彼女は両眼を閉じていた。
あれはただリラクックスしているのではない、極度に集中が高められた状態。
口ではああいう風に言っておきながら、しっかり敵として認識してくれているようだ。
「用意はいいな?それじゃ構えて……始め!」
先生の声が場内に響いた。
瞬間、俺はセルティアの方へ真っ直ぐ駆け出した。
彼女の戦闘スタイルは知っている。
膨大な【魔力量】に物を言わせた【魔力】による波状攻撃。
つまり、遠距離では向こうに圧倒的な分がある。
比べて俺の攻撃は剣が届く範囲。
遅かれ早かれ距離を詰めなければ負ける。
とにかく間合いを詰めようとする俺に対し、セルティアはその場から動こうとしない。
「十式【砲弾幕】」
セルティアがそう口にした瞬間、彼女の頭上に真っ黒い大砲が10個出現した。
宙に浮くそれらは不規則なタイミングで攻撃を放つ。
大砲から勢いよく飛び出したのは半透明な一塊の物体。
俺はこちらに真っ直ぐ飛んでくるそれを飛び退いて直撃を避ける。
しかし、その塊は地面に着弾と同時に破裂し、半径5メートルの空間に爆風を巻き起こした。
俺はその爆風に呑まれ十数メートル離れた地面に激しく体を打ち付けられる。
それでもすぐさま体勢を整え勢いよく駆け出す。
今度は距離を詰めるのではなく攻撃を回避することに専念する。
なぜなら、さっきのような攻撃があと9回襲ってくるからだ。
【魔力】には【身体強化】のように誰もが使える能力だけでなく、個別の能力、【特性】と呼ばれる能力がある。
そしてこれが彼女の【特性】、【空気砲】。
その名の通り、【魔力】で作り出した大砲から圧縮した空気の塊を放つことができる。
作り出した大砲が攻撃を出せるのは1つだけ。
つまり10個の大砲を作れば10回攻撃をすることができる。
ただし、1度に作る大砲の量を増やせば増やすほど1つ当たりの大砲の威力は弱くなっていく。
その代わりに威力が弱ければ弱いほど空気の弾の速度は上がってゆく。
これまでに分析した彼女の【特性】の性質はそんなところだ。
事前に知っていたため冷静に対処する。
小刻みに方向を切り返し、大砲の攻撃を躱していく。
着弾した地面は空気が破裂する威力でえぐれてしまっている。
10発全て避けきった頃には、初めに詰めた距離は元通りになっていた。
「これは一筋縄には行かないな」
「まだまだこれからよ!二十式【砲弾幕】!」
彼女の頭上に20個の大砲が出現する。
いくらなんでもハイペース過ぎないか……?!
たちまち空気の群れが俺を襲う。
躱しながらも距離を詰めようと試みるが、行く手を阻むように砲弾が飛んでくる。
軌道を予測しなければあっという間に追い詰められてしまう程の手数と速度。
ただ我武者羅に放っているのではない、彼女は砲弾を正確にコントロールしていた。
想定していたよりもセルティアは遥かに手強い。
大丈夫だ、焦るな……!
「三十式【砲弾幕】!」
20発を避け切るとすぐさまセルティアは【魔力】を発動する。
彼女に疲労の色は見られない。
【魔力】が切れるのを待とうかとも考えていたが、この様子では2分程度で切れる魔力量では無さそうだ。
試合開始から1分が経過しようという頃。
かなり無茶に走り回っているため体力の消耗が激しい。
動きが鈍くなりつつある俺に、試合開始時よりも速度を増して飛んでくる弾が容赦なく降り注ぐ。
必死に回避するも何発か被弾する。
途端に当たった場所がずっしりと重たくなった。
システムによる身体機能の制限だ。
弾数が増えて威力が弱くなったとはいえこれだけのペナルティが発生している。
やはり直撃は避けたいところだ。
「案外呆気ないのね?そろそろ終わりにしましょうか」
セルティアは右手を頭上に向けて伸ばした。
「これで終わりよ、五十式――」
そうして彼女の頭上には、おびただしい数の大砲が現れたのだった。
少しでも面白いと感じた方はブックマークをお願いします。
評価やコメントなどもお待ちしています!
評価は広告下の☆☆☆☆☆から出来るのでお気軽に是非!