第一節『第一歩』② ・悪ガキ・
暑い日差しが街全体に降り注ぐ。
街の建物は陽の光を受けて等しく白に輝く。
「やっぱりこの街綺麗だね、シェイム君!」
眩しい景色の中、フィリイは嬉しそうにクルクルと舞っていた。
相も変わらず素敵な笑顔だ。
「本当にこの街に【天才】がいるのか……?」
【メルバイン】は【セルス】と違い穏やかな空気が流れている。
もちろんこの街にも冒険者ギルドはあるが、街で依頼を受諾して街を出てこなし、また街に戻って成功報酬を貰いに行くのがかなり面倒くさい。
なんせ街と外との高低差は500メートル。
【メルバイン】に行くためには街がある岩とは別の岩から登って、その後街へと続く石橋を渡るのだが、その岩を登るためには【魔石】を使った滑車で人を引き上げる装置に乗る必要がある。
しかし、その装置がそれなりに時間が掛かるのだ。
もちろん階段もあるのだが、装置とは比べ物にならない時間が掛かる。
そのためこの街の冒険者ギルドは盛り上がりに欠けていた。
しばらく街を歩いたあと、俺たちは街の中央に来ていた。
そして、そこにある大きな石像の前に立つ。
この石像はこの街のシンボル的な存在らしい。
腕組みをして威厳ある姿で佇んでいる。
「フィリイ、この人が誰か知ってる?」
「うーん……」
俺の問いに対してフィリイは首を傾げただけだった。
きっとこの国では有名な人物なのだろうが、俺たちは初対面だ。
「おやおや、冒険者さんとは珍しいねぇ」
呆然と立ち尽くしていた俺たちに、近くのベンチに腰掛けていたお婆さんが話しかけてくる。
武器や防具を身につけているのが珍しいのか、興味を引かれたようだ。
わざわざ腰を上げて俺たちの元へと近づいてくれる。
「これはねぇ、【帝君】様の石像なんだよぉ」
おっとりとした話し方のお婆さんは俺たちに笑顔を向ける。
「【帝君】、ですか。どういう人なんですか?」
そういえば、この街に入る時も【帝君】の御加護があらんことを、と言われた。
街の人全員に慕われる【帝君】とは一体何者なんだろうか。
「【帝君】様は遥か昔にこの国をお創りになったお方でねぇ。【魔力開花】が起こる前の時代の【天才】だったと言われているんだよぉ」
お婆さんの言葉に一瞬心臓がヒュンっと寒くなる。
【天才】という言葉が自分に向けられたものでは無いと安堵した後、再び石像に目を向ける。
精巧な体に比べて顔は抽象的に作られている。
恐らく【帝君】の姿形はこの国の人々のイメージに寄るところが大きいのだろう。
まさに象徴なわけだ。
「あんたは凄いな」
自分の心の声が外に出ていることに気づき、慌てて口を塞ぐ。
フィリイは不思議そうに俺を見ていた。
恐らく今の世の中でそんなに堂々としている【天才】はあんたくらいなもんだ。
「教えて頂きありがとうございます」
お婆さんに礼を述べ、その場から歩き出す。
石像から離れた所で俺は口を開く。
「もう一人の【天才】がなんでこの街に居るのかわかった気がする」
「うん、私も何となくわかった」
この国の人々は【サウルメ帝国】を築き上げた昔の【天才】である【帝君】を慕っている。
だからこそ、この国は未だに「帝国」を名乗っているのだ。
この時代にその姿勢を貫き通すのは生半可な気持ちでは不可能だ。
「多分この国の人達は、【天才】に対する嫌悪感が薄い」
【帝君】を慕っている以上、必然的に【天才】への憎悪も和らいでいるのだろう。
だから【天才】がこの街にいられる。
「【天才】が見つかるまでのしばらくはこの街で冒険者ギルドの依頼を受けておこう」
むやみやたらと探し回ったところで【天才】が見つかる訳でもない。
むしろ派手に嗅ぎ回っていては姿をくらましかねない。
焦ってはいい結果が出ない時もある。
それに、俺たちがF級冒険者を抜け出すためにはあと29回依頼を達成しなければならない。
やることは多い。
時間はいくらあっても困ることは無い。
○
「では依頼の受諾、確認致しました」
ギルドの受付嬢はにこやかな笑顔で話す。
【セルス】と比べると小さいギルドだが、冒険者がほとんど見当たらないため受付嬢の澄んだ声が室内によく通る。
手続きを終えた俺たちはギルドを後にした。
F級冒険者もほとんど居ないのか依頼は選びたい放題だった。
まあ、こんなに効率の悪いところで報酬ポイントを貯める人は少ないだろう。
依頼を行うため街のゲートへと向かって歩く、その道中だった。
「そんなに走ると危ないよ!」
辺りに女性の声が響く。
その声の出処はわからなかったが、誰かを注意する呼びかけのようだった。
何があったのだろうかと気にしつつも足を止めずに歩いていた。
しかし、次の十字路に差し掛かった瞬間一人の少年が勢いよく飛び出してきた。
そして、勢いそののままにフィリイに衝突した。
「いってえ……」
「だ、大丈夫?!」
フィリイにぶつかった少年はぶつかった側だというのに弾き飛ばされて地面に倒れていた。
それに対しフィリイはビクともしていなかった。
いや、これは決してフィリイが重いとかそういう事を言っている訳では無い。
いや、まじで。
きっと少年がめちゃくちゃ軽いんだ。
フィリイに大丈夫かと一声掛けた後、地面に倒れて痛がる少年に手を伸ばした。
少年の周りには野菜や果物が散乱していた。
「何すんだよ!あのままだったら逃げ切れてたのに……!」
少年は俺が差し出した手を勢いよく払うと、怒った様子で怒鳴り出す。
声変わりがまだなのか声は高い。
「逃げる……?」
フィリイが不思議そうに呟く。
そうだ、この少年は何から逃げていたんだ……?
「もう逃がさんぞクソガキぃ!」
その時、少年が走ってきた通りから鬼の形相をした男が走ってくる。
そして男は少年の近くまで来ると、右手に握った棍棒でおもむろに少年を殴ろうとした。
慌てて鞘にしまったままの剣で防ぐ。
「ちょっ、ちょっと待った!何があったかは知らないけど、そんなんで殴ったらこの子死んじゃうだろ!」
俺の言葉を聞いても、男は棍棒を握る手を緩めない。
「バカヤロウ、そのガキは俺の店から食いもん盗んでんだよ!しかも今月に入って今日で3回目だ!」
「……え?盗み……?」
ゆっくりと後ろにいる少年に目をやる。
「……テヘッ☆」
少年はウインクをして舌を出す。
「言っとくが、全然可愛くないぞ」
そう言うと、少年はチェッと舌打ちをして不貞腐れたような表情をする。
あ、こいつ全然反省してないな。
「な?わかったろ。こいつには少しお仕置が必要なんだ」
男はそれじゃあと少年に近づこうとする。
それを見た少年はわざとらしく怯えた様子を見せると、慌ててフィリイの後ろに隠れた。
俺は男の体を腕で抑える。
「なんだ、まだ何かあるのか?!」
男はキレ気味に俺に尋ねる。
「この子が悪い事をしたのは分かる。それでも酷い目に合うとわかっていて見過ごす訳にはいかない」
こうなってしまった以上放っておく訳にもいかない。
俺は【セルス】で誓ったんだ。
これ以上誰かが傷つけられるのは見たくない。
「そんなこと言ったって―――」
「お金を払います」
「金ってお前、そういう問題じゃ―――」
「いくらですか」
「少しは俺の話を―――」
「い、く、ら、ですか」
「……銀貨3枚だ」
「なら銀貨6枚払います」
腰につけた巾着袋に手を入れると、銀貨を6枚取りだして男の手に握らせた。
すると、男は満更でもなさそうな顔をする。
「これで文句はありませんね?」
「お、おう。……兄ちゃん、なんか悪ぃな」
男は最後にもう一度キッと少年を睨むと、来た道をそくさと戻って行った。
「さあ、あの人はもう行ったぞ。……だからいい加減フィリイから離れろ」
少年はフィリイの後ろで安心した顔をしていたが、俺が少しキツい態度を取ると再び怯えた様子でフィリイの腰にしがみつく。
「だから離れろよ!近いんだよ!」
「うわぁぁん!そんな言い方しなくたっていいじゃないか!冒険者のお姉ちゃん助けて!あの怖いお兄ちゃんが自分は中々お姉ちゃんにベッタリ出来ないからってヤキモチ妬いてるんだ!嫉妬の塊だよぉ!」
「嫉妬なんてしてねぇ!」
「まあまあ、シェイム君。この子にもきっと色々事情があったんだよ、優しくしてあげよ、ね?」
フィリイは少年の肩に手を添えながら俺を諭す。
……なんでいつの間にか俺が悪いみたいになってんだよ。
「……わかった」
渋々提案を受け入れる。
フィリイが少年にもう大丈夫だよと声を掛けると、少年は名残惜しそうにフィリイから離れた。
ただのエロガキじゃねえか。
「おい、なんで盗みなんかしたんだよ」
「フン、だ!お前なんかに教えてやるかよ!」
こいつ……!
生意気な少年に対する苛立ちを心の中で鎮める。
そうだ、俺は年上じゃないか。
こんな子ども相手にキレるような奴じゃないぞ俺は。
「なんで教えてくれないんだ?」
「お前がお姉ちゃんに色目使ってる変態だからだよ」
「そんな目で見てねぇ!」
「うわぁぁぁん!」
「だからいちいち抱きつくな!」
ダメだ、こいつと話していても埒が明かない。
まるで身体の熱を覚ますかのように呼吸が荒くなる。
落ち着け、落ち着け……!
「ダメだよシェイム君、そんな態度じゃ心を開いてくれないよ」
そうだよな。
全くその通りだと思う。
「さっきは悪かったな、ガキ」
「ガキって呼ぶんじゃねぇ!俺の名前はイギルだ!」
「……わかった、わかった。じゃあイギル、なんで盗みなんかしたんだよ」
俺が改めて問いただすと、イギルは急に大人しくなって答えた。
「……食べるものが、無かったんだよ」
そう言ったイギルの顔があまりに悲しそうなので、俺も先程までの勢いを無くしてしまう。
何か事情を抱えていそうだった。
深く探らない方が良いのかもしれない。
「……とりあえず、落ちてるもん拾うぞ」
散乱した食べのもを拾い集める。
フィリイもイギルも静かに拾い始めた。
落ちていたものを全て集めてみるとかなりの量だった。
一体どうやってこの量を1人で持っていたんだと疑問に思う程だ。
「これだけの量を1人で持つのは大変でしょ?私たちが運ぶの手伝ってあげる」
突然フィリイがそんなことを言い出した。
大変だろうなとは思っていたが、これ以上イギルに関わるとろくな事にならない気がする。
「いいよね、シェイム君」
フィリイは綺麗な目で俺を見る。
俺が首を縦に振ると信じて疑わない目だ。
「……わかったよ」
俺は渋々イギルの手伝いを引き受けたのだった。
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