『真の悪』⑤ ・夢の続き・
パチッ、パキッという音が耳の中で遠くに響く。
ああ、温かい。
そう感じた時、意識は再びこの世界に落とされた。
肉体に意識が宿る。
目を開くとそこには広大な夜空が広がっていた。
夜明けが近いのか空は少し白んでいた。
多くの星が瞬くのを止めて眠りについている。
どうやらここは森の中らしい。
視界に映る空を木々がフレームとなり彩る。
もう少しこのまま眺めていたかったがそうもいかない。
ゆっくりと上体を起こす。
すぐ側には焚き火があった。
組まれた木が炎に煽られ、パチパチと火の粉を舞いあげる。
「確か俺は、ティリアを倒したんだよな。その後、マークスさんが来たんだ」
どこか曖昧な記憶を手繰り寄せる。
「……フィリイ、無事かな」
彼女は重症だった。
流石に血を流しすぎだ、あの時ですら危ない状態だった。
頭が働かないというのに、次々と考え事が浮かぶ。
今思い返しても悔しい。
マークスさんの圧倒的な実力を前に、俺は何も出来なかった。
大切な人を護るためにできたことといえば、命乞いをすることくらい。
「本当に無力だな、俺は」
今こうしてここに生きていることが奇跡だ。
そういえば、この焚き火は誰が用意してくれたのだろうか。
またしても誰かに助けられた。
この命は一体どれだけの人によって紡がれてきたのだろう。
ふと、リンの言葉を思い出す。
――それを思い出せたならきっと、今日の自分より、明日の自分の方が強いです――
そうだ。
彼女の言う通りだ。
今までこの命を紡いでくれた人たちへの感謝を忘れてはならない。
窮地に立たされ心が折れかけた時、それを思い出すことができれば、きっと限界の少し先へと連れていってくれる、そんな気がする。
後方からパキリと木の枝を踏む音がした。
ゆっくりと後ろを振り返る。
「……フィリイ」
そこに立っていたのはフィリイだった。
腹部に包帯が巻かれているのが見える。
怪我は負ったものの、こうして彼女が無事だった事が本当に嬉しかった。
彼女が無事だったのが嬉しくて大きな声で呼びかけようと思ったが、その声は彼女の目を見た瞬間に喉の奥へと引き返した。
以前の彼女ではない。
鋭い眼光でこちらをじっと見ている。
あからさまな敵意を俺に向けていた。
「……焚き火、フィリイが用意してくれたんだな。ありがとう」
森で集めてきたのか、彼女は大小様々な枝を一束抱えていた。
しかし、彼女はそれをゆっくりとその場に置いた。
俺の言葉に対する返答はない。
……そうだよな。
彼女の目的は【天才】を殺すこと。
今回の件で俺が【天才】だということを知られてしまった。
「……着いてきて」
彼女はそれだけ告げると背を向けて歩いて行く。
痛みも忘れて立ち上がると、静かにそれに従った。
自分の身体を見てみると、傷が全て塞がっていることに気づいた。
どうやら彼女は回復薬を飲ませてくれたらしい。
恐らく彼女が今こうして動くことが出来ているのも、自分で回復薬を飲んだおかげだろう。
手ぶらのまま彼女の後を追う。
常に少し前を歩くフィリイに着いていくと、やがて森を抜けた。
その間、彼女は一言も発さなかった。
目の前には広大な草原が広がる。
稜線が赤く染まっている。
日の出が近い。
草原を少し進むとフィリイはそこで立ち止まった。
彼女の腰には愛刀が携えられている。
「……この前伝えたでしょう。私は、【天才】を殺すために旅をしてるって」
今まで背を向けていた彼女が、俺に体を向けた。
「今まで上手く隠してたみたいだけど、もう観念しなさい……貴方の命、私が頂戴する」
そう言って彼女はゆっくりと抜刀した。
顕になった銀色に輝く刀身は、赤く染まりつつある空を写す。
ああ、そのセリフ知ってる。
その憎しみに染まった目も知ってる。
そして、これから訪れる運命も知っている。
足を畳んでその場に腰を下ろした。
そして、顔を上げてフィリイを真っ直ぐに見つめる。
「……どういうつもり」
フィリイは俺を睨む。
得体の知れないものを見るような目で俺を見る。
「察しの通り、俺は【天才】だ……こんな事を言っても信じて貰えないだろうけど、俺はフィリイに会う前からフィリイを知ってるんだ。だからこうなることも、全部知ってた」
フィリイは表情どころか、目線ひとつ動かさない。
俺の言葉が届いているのかも分からない。
「【天才】は人類の敵だって俺もわかってる。だから、フィリイは間違ってないよ」
そうだ、彼女は間違っていない、彼女は悪くない。
【闇の一族】も、【政魔】も同じだった。
きっとそれがこの世界の真理なのだろう。
フィリイが俺に向かって駆け出した。
剣が大きく振りかぶられる。
俺に近づいてくる剣が酷くゆっくりに見えた。
そして、脳裏に今までの記憶が一気に流れ込んでくる。
そうだ、そして走馬灯を――
そこで俺は驚いた。
夢の中で見たのは幼い頃からの記憶だった。
しかし、今は違った。
脳裏に流れてきたのは、この短い間をフィリイと共に過した日々だった。
初めてフィリイに会った時の困ったような表情。
交わした握手が激しかったっけ。
初めてフィリイと依頼を受けた時の嬉しそうな表情。
2人で最高の冒険者になろうと誓ったっけ。
初めてフィリイと【限定依頼】に参加した時の優しい表情。
改めて笑顔が素敵だと思った。
刀が俺を捉えた時、彼女の顔がはっきりと目に映る。
大きな瞳。
高く通った鼻筋。
凛とした眉と、整った顎のライン。
肩にかかる黒く艶のある髪。
ああ、なんだよちくしょう。
フィリイはなんでこんなにも綺麗なんだ。
あの日、あの夢を見た時。
その瞬間からきっと、俺は彼女に恋をしていたのだ。
フィリイの刀が俺の首目掛けて振り下ろされるその瞬間に瞼を閉じる。
この眼の最期に映るのが彼女で良かった、心からそう思った。
俺の人生はここで幕を閉じ――
ポタリ、と手の甲に水滴が落ちる。
まだ手に感覚がある。
……どうしたんだ。
ゆっくりと目を開いた。
「……なんで……なんでシェイム君なのよ!!」
フィリイの刀は首に当たる紙一重の距離で静止していた。
彼女は、泣いていた。
大粒の涙を大きな瞳から落としている。
今まで我慢していたものが溢れるように、その粒は止まらない。
「フィリイ――」
「私は幼い頃、【天才】に両親を殺された!!目の前で両親を殺された日から復讐を誓った!!【天才】が憎い、【天才】が憎いってその一心があったから、厳しい修行も乗り切れたのよ!!」
フィリィの言葉が止まらない。
心が溢れる。
知らなかった。
俺は何も知らなかった。
【天才】を憎んでいることは分かっていた。
それでも、そんな事があったなんて知らなかった。
なんで、なんでその【天才】は彼女の両親を――
「お母さんもお父さんも殺されて、私が生きる理由はもう【天才】を殺すことだけになった!!何年も何年も【天才】を探して、ようやく一人見つけることができたのに!!それなのになんで――」
フィリイが刀を捨てて胸ぐらを掴む。
そして、俺の胸に頭を押し付けた。
何かに縋るように、押し付け擦り付けるように、諦めるように。
「――なんでシェイム君なのよ!!」
フィリイは掠れた声で叫ぶ。
服を掴む手は震えていた。
「あの時……貴方が【天才】だと知って、どうしていいかわからなくなった。ティリアっていう人とマークスさんの言葉を聞いて何が正しいのか……本当に【天才】が悪者なのか……わからなくなったの……!」
「……フィリィは、優しいな」
すっかり小さくなった彼女を包むように抱きしめた。
辛かったな、頑張ったな、掛けたい言葉はいくらでも出てくる。
しかし、どれだけフィリイの気持ちを推し量ったとしても、それは偽物でしかない。
彼女の気持ちは、彼女にしか分からない。
浅はかに同調する言葉は口にしたくなかった。
「……実は俺さ、自分が【天才】だって知ったの、最近なんだ」
普段は自分語りな方ではない。
それでも、今は話したかった。
「それまでフツーに学校に通って、フツーに友達と笑い合って、フツーに暮らしてた。でもある日、ティリアがやってきたんだ。俺を殺すとかなんとか言ってさ」
あの日のことを思い出す。
暗い夜道に突然現れたティリアは俺を殺そうとした。
そして、ゼノアさんに助けられた。
「その時はある人が助けてくれたんだけど、そこで初めて自分が【天才】だって知ったんだ。もちろん初めは受け入れられなかった。俺も【天才】は人類の敵だと思ってたからさ。その【天才】が自分だなんて言われて、正直絶望した」
自分が世界の敵だなんて宣告される人はこの世にどれくらいいるのだろうか。
きっと貴重な経験に違いない。
「自分に味方なんていない、いつ殺されるかも分からない。明日を生きる希望もない……その時はそう思った」
フィリイは鼻をすすりながら静かに話を聞いていた。
ゆっくりと時間が流れる。
「俺さ、小さい頃に父さんが死んでるんだ。でも、この腕輪を俺に遺してくれた。この腕輪には、【天才の魔力】を隠す効果があるんだ」
あの時ゼノアさんから腕輪の事を聞いていなかったら、俺は自分の人生に絶望し自ら命を絶っていたかも知れない。
「父さんは俺が生まれた時から今までずっと、護ってくれてたんだ。自分が【天才】だって知って味方なんていないって思ったけど、こんな俺でも愛してくれる人がいるんだって気づけた」
父さんと母さん、そしてゼノアさん。
少なくともこの世界には俺の味方が3人もいる。
……マーラが生きていれば、彼もきっと味方になってくれただろう。
とにかく、この世界で俺は独りじゃない、そう感じた。
「その日から俺の生活は激変したよ。周りに危険が及ばないように国を出て、フィリイに出会って冒険者になった。自分の人生に先が見えなかったけど、きっとこれが自分の生きる道だと思った。そう、思ってたんだ。それなのに――」
腹の底から怒りが込み上げる。
地上に出ようと火山を登るマグマのように、怒りは喉を熱くする。
「それなのに、それでもダメだった。街の人たちに危険が及んで、多くの冒険者が傷ついた。フィリイだって重傷を負って、通っていた学園の皆は殺された。全部、全部俺が【天才】だったから起こった事なんだ。【闇の一族】も【政魔】も、フィリイも俺も、【天才】、【天才】って囚われて、どんどん悪い方向に進んで……!分からないんだよ、なんで俺が【天才】なのか、なんでこの時代にまだ【天才】が存在してるのか……だから、まだ死ねない。だから、まだ自分の人生を諦められない。だから――」
もう力の入っていない彼女の手をそっと外し、その場に立ち上がった。
ちょうど出てきた朝日が顔を覗かせ、辺り一面を照らす。
「俺と一緒に行こう、フィリイ!!」
「……?」
項垂れたままのフィリィに向かって手を伸ばす。
彼女は俺を不思議そうに見上げた。
綺麗な顔が涙でぐちゃぐちゃだ。
「俺と一緒に世界を旅するんだ!【天才】がなんで存在するのか、【天才】が善なのか悪なのか、自分たちの目で見て、肌で感じて、そして知るんだ!何が正しくて、何が間違っているのかを!!」
太陽が完全にその姿を現す。
そして、世界を明るく照らす。
「真の悪が何なのか、俺と一緒に探しに行こう!」
俺の言葉を聞いたフィリイは力強く涙を拭った。
そして顔を上げ、俺の手を取った。
その目の中に迷いなどなかった。
「……ありがとう」
そう言って彼女はとびきりの笑顔で答えた。
朝を迎えた小鳥達が軽やかなリズムを奏でる。
以前にも言った気がするが、何度でも言おう。
フィリイの笑顔は眩しい。
世界を照らす、太陽よりもきっと。
共に手を取りあったシェイムとフィリイ、新たな冒険の始まりです!
次回から第四章「炎舞」に入ります。
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