第一節『非日常』③ ・学園生活・
説明多めです。気長に読んでもらえるとありがたいです。
先生が教室を出て行くと教室の中はざわざわと動き始めた。
20人もの人が一斉に動き出すのを見ているとなんだか慌ただしい気持ちになる。
初めの授業は『戦闘訓練』らしく、それぞれ着替えを持って続々と更衣室へ移動していく。
次の授業までの猶予は20分あるが、広大な敷地を有する学園では移動に時間が掛かってしまう。
俺が通うこの【栄華学園】は、この国で最も歴史が深く格式高いと言われている。
なんでも300年前の国王が優秀な人材を育成するために創立し、現在までに優秀な人材を多く輩出しているのだとか。
創立当初はこの国の王族や貴族しかこの学園に通えなかった。
しかし、革命が起きて身分制度が無くなると、素質のある者が入学を許されるようになった。
この学園に入学するには倍率の高い試験を勝ち抜かなければならない。
ただ、昔からの名門であることには変わらず、元貴族であった一族の多くはこの学校を目指すそうだ。
確かに苗字持ちは結構多いように感じる。
学級委員のズベルフもそうだ。
そんなわけで、国が運営・管理しているこの学園は広大な敷地と莫大な予算を有し、国内最高峰の設備が整えられている。
「おいシェム。そろそろ移動しないと時間無いぞ」
柄にもなく物思いに耽っていたからか、声を掛けられるまで目の前の人物に気が付かなかった。
目の前に一人の男が立っている。
「ああ、マーラ。悪い悪い」
彼の名はマーラ=ディール。
マーラは学年1モテる男である。
そう思うのにはいくつかの、いや、いくつもの要因がある。
まず、彼は驚く程に頭が良い。
学園には学年毎にクラスが4つ存在し、2つは「聡クラス」、残りの2つは「闘クラス」である。
「聡クラス」には学力が、「闘クラス」には武力が求められる。
マーラは「闘クラス」でありながら、学内統一テストの成績が学年3位というとんでもない頭脳を持っている。
さらに体術や剣術、【魔力】といった戦闘技術も「闘クラス」内でトップを争う。
まさに文武両道の完璧超人。
しかし、彼はそれだけに留まらない。
大きな目と高く通った鼻筋、シャープな輪郭に長いまつ毛。
目と眉毛の間隔は狭く、その目つきは色気すら感じさせる。
薄く紫を帯びた黒髪は、彼の一挙一動に合わせてサラサラと揺れ動く。
そう、彼はイケメンなのだ。
容姿端麗、才色兼備、温厚篤実、加えてディール家で金も持っている。
彼を褒め表わす言葉は尽きることがない。
マーラはそのあまりの完璧さに、一部の女子生徒から「王子様」と呼ばれている。
そんな「王子様」は俺の唯一の幼馴染だ。
俺の事を「シェム」と呼ぶ唯一の人物でもある。
「おい、置いて行くぞ」
気がつけばマーラは着替えを持って教室を出ていくところだった。
「ま、待ってくれよ!」
急いで鞄から着替えを取り出し彼の後を追いかける。
誰もいなくなった廊下に慌ただしい足音がこだましていた。
○
「よし、全員揃ったな」
着替えを済ませた20人が第1演習場に整列している。
声を張って前で話しているのは俺たちの担任だ。
彼は1年生から3年生までこの科目を担当している。
なんでも教員をする前は遠い国の騎士だったのだとか。
現役を引退した今でもあれだけ筋肉で膨らんでいるのを見ると、当時は相当な実力者だった事が伺える。
「今日は予告していたように模擬戦を行う」
当然のようにそう言う担任に違和感を覚え、隣にいたノディック=ウィトラーに尋ねる。
「ノディック、模擬戦やるなんて言ってたか?」
「今朝先生が言ってたぞ、聞いてなかったのか?ああ、そうか。話を聞いてる場合じゃなかったのか」
ノディックは片眉を上げ半笑いでこちらを見てくる。
俺が今日遅刻してきたことをバカにしているのだろう。
ちなみにノディックは俺と一緒にこのクラスの学力平均を下げている。
言わば戦友、気心知れた仲だ。
「お前後で覚えてろよ……」
今は先生の前だから大人しくしておいてやる。
未だ挑発を繰り返すノディックを軽く睨んでおいた。
その後の説明を聞くと、模擬戦は1試合2分のトーナメント形式で行われ、どちらかが戦闘不能になるか降伏を宣言するかで決着とするらしい。
2分間で決着が着かなかった場合は先生の判断で勝敗が決まる。
一騎打ちで時間も短いため、大勢が入り乱れる戦場とはまた違う戦略が求められる。
ちなみに武器の持ち込みも【魔力】の使用も許可されている。
この模擬戦には【魔力】による特殊な技術が用いられ、第1演習場内の生物はありとあらゆるダメージを無効化する。
つまり剣で切っても怪我しない、【魔力】使っても怪我しない。
ただし本来受けるべきダメージは「身体機能の制限」という形で反映される。
与えられたダメージの大きさに比例して制限も強くなり、ダメージが一定量を超えた場合は意識を失う。
世界有数のこのシステムがある事も、学園が人気を呼ぶ理由の1つだ。
「まずはズベルフとマーラ、戦場パターンは1だ。出番じゃない人は戦いをよく観察して、考察するように」
マーラの名前が出た途端にクラスの女子がざわつき始める。
最早表情だけでも誰が指名されたのか分かる。
早速例の「王子様」の出番が来たようだ。
本人は「王子様」と呼ばれるのが嫌なようで、俺がそう呼ぶと彼はいつも静かに怒る。
マーラとズベルフはパターン1の場所へと移動する。
パターンというのは地形の事で、この第1演習場には1〜10までの様々な地形が用意されている。
パターン1はその中で最もシンプルな平地の地形だ。
地理的有利を得られないため、単純な力量がものを言う。
「マーラ君、今日こそは僕が勝たせてもらいますよ!」
「……楽しみにしているよ」
ズベルフはマーラに対して強烈な対抗心を燃やしていた。
彼らが対戦した試合は何度か観てきたが、結果はマーラの全戦全勝に終わっている。
真面目なズベルフはそれを気にしているのだろう。
まあ、マーラが相手ではそれも仕方ないと思う。
このクラスでも彼と互角に張り合える人なんてほとんど居ないだろう。
彼らは30m程の距離を挟んで対峙した。
「構えて」
先生の声で2人は戦闘準備に入る。
腰に携えた剣を抜いて両手で正面に構えるズベルフ。
対するマーラは右手で剣を持ち、体を開いて構えている。
「……始め!」
掛け声と同時に、ズベルフは一直線に走り出した。
その体には半透明の白いオーラを纏っている。
あれは【魔力】による【身体強化】だ。
【魔力】を操作することで身体能力を何倍にも向上させることができる……らしい。
授業でも習ったはずだが、俺には関係の無い話なので詳しくは覚えていない。
マーラに肉薄したズベルフは、勢いそのままに剣を振り下ろした。
しかし、その動作は単調で予備動作も大きい。
太刀筋を避けるのはマーラにとって朝飯前だった。
彼は華麗な身のこなしで1歩動くと、回避と次の攻撃へ移る予備動作を同時に実現させる。
マーラはまだ【身体強化】を使っていない。
それでも彼の目は完全にズベルフを捉えている。
対して、ズベルフは剣を振り下ろした直後。
がら空きになったズベルフの首を目掛けて、剣が一筋の線を描いた。
「もう決着か」
誰かがそう呟いた。
「――っ!?」
しかし、そこでマーラは微かに目を見開いた。
突然ズベルフが視界から消え自分の剣が空を切ったからだ。
ズベルフは剣が当たる直前、マーラの視界から外れるまで重心を一気に低く下げていた。
第三者視点で見ているからよく分かるが、当事者には本当に消えたように見えていることだろう。
最近ズベルフはこの動きをよく練習していた。
マーラに勝つための1つの策だったようで、重心を素早く下げるのには全身の連動が重要なのだと嬉しそうに話していた。
そして、不屈の鍛錬はマーラの隙を生み出した。
戦闘が始まってから僅か10秒に満たない、相手の警戒がまだ浅いタイミング。
10秒で決着を着けようとしていたズベルフからすれば、マーラは120秒もあるとたかを括っていたようなものだ。
その差がこの至近距離では命取りになる。
「終わりだ!」
ズベルフはがら空きになった胸に剣を突き刺した。
ズベルフの初勝利。
「……まさかこんな技術を磨いていたなんて、驚いたよ」
マーラは低いトーンでそう言った。
戦闘終了の合図がかからない事に気が付き、ズベルフは混乱している。
マーラは剣を盾にしてズベルフの攻撃を間一髪で防いでいた。
剣の側面と切先が擦れて小さく火花を散らしている。
「あのタイミングで防いだのか?!」
ズベルフは剣を払って慌てて距離を取る。
作戦が潰れてかなり動揺しているようだ。
確かに彼が技を使うタイミングは完璧だった。
ただ、相手はマーラだ。
彼は常に相手の先を見ている。
それが咄嗟に起こったことだろうと相手の次の行動を瞬時に予測する。
つまりは、狙う場所が正直すぎた。
「流石だなぁ、マーラ」
思わず感嘆の声が漏れる。
相手の動きを予測するのは口で言うほど簡単じゃない。
それを当然のようにこなすのが彼の凄いところだ。
試合はその後、始終マーラが焦ったズベルフを押す展開となりマーラの優勢で2分が経過した。
「そこまで!」
試合を終えたズベルフは少しげっそりしていた。
以前想定外に対処する力が弱いと先生に言われていたが、どうやらその弱点はまだ克服できていないらしい。
マーラは相変わらず涼しい顔をしている。
彼は最後まで【身体強化】を使わなかった。
ズベルフが傷をつける日はまだまだ遠いようだ。
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