『真の悪』① ・群れ・
今回から第三章『暴露』、『真の悪』に入ります。
「皆さん、お疲れ様でした!それじゃ……乾杯!」
店の看板娘の合図で、店内は一気に盛り上がる。
ここはセルス1の広さを誇る料理屋。
様々な種類の料理が楽しめ、さらにお酒の種類も豊富。
数あるセルスの飲食店の中でも人気のお店だ。
そして今日ここに、大勢の冒険者が集っていた。
全員樽のように大きな木製のジョッキを片手に大騒ぎしている。
今回の【限定依頼】に参加していた【クラン】の半分程が参加しているらしい。
宝まで辿り着けなかった人たち、惜しくも優勝できなかった人たち、そして、優勝した人たち。
ここには様々な戦績の【クラン】が集まっている。
それは俺たち【月華聖団】も例外ではなかった。
初めは【月華聖団】のみんなで集まっていたが、宴が始まってしばらくするとミーリックとプルハは他の【クラン】の人達に呼ばれ大はしゃぎしていた。
大勢で肩を組み、楽しそうに歌いながら酒を流し込んでいる。
「す、凄い飲みっぷりだね……!」
蛮族のようなその迫力に、フィリイは目を丸くしていた。
ちなみに、シルバはこの宴には参加していない。
あの寡黙な彼がここに来ないことは当然とも言える。
そのため今はディアス、リン、フィリイと4人で楽しんでいた。
「シェイム、フィリイ、酒は飲まないのか?」
「俺たちはまだ未成年だからな」
「お二人ともまだ若いですね」
リンがお酒を飲んでいる姿は俺たちよりも非合法に見える。
お酒を飲んでいなくても、フィリイは雰囲気につられて楽しそうだった。
「おお、ディアス!今回は凄かったな!」
「ダモアスじゃないか、久しぶりだな。お前も【限定依頼】に参加してたのか」
「まぁ、全然奥には進めなかったけどな。どうだ、また【パーティ】でも組んで依頼受けようぜ」
「いや、それは断っておこう。気がつけば俺も一介の【クランマスター】だ、あまり好き勝手できん。代わりと言ってはなんだが、今度飲みにでも行こう」
「俺らも歳を取ったもんだな。楽しみにしてるぞ」
ディアスと少し会話してから、冒険者は席を離れていった。
「ディアス、知り合い多いんだな」
「まぁな。何年も冒険者を続けていれば、色んな出会いがあって知り合いも増えていくさ」
宴が始まってから、ディアスの元に訪れてくる冒険者は多かった。
いつ頃の知り合いなのかは分からないが、彼は全員の名前と思い出を記憶していた。
社交の面でも、彼はリーダーとして相応しいと思う。
「どうだ、楽しめてるか」
俺の様子を見ていたディアスが声を掛けてくれる。
「まぁ、そうだな。うん、楽しんでるよ」
歯切れの悪い言葉ですら喉につっかえた。
どうやら嘘を付くのが下手らしい。
あの瞬間が、瞼の裏に張り付いて気分が悪い。
「今回得たものは大きかった。俺たちの絆も深まったし、何より強い冒険者と戦ったことでまたひとつ強くなった。だから、優勝を逃した事なんて、なんでもないんだ」
ディアスはそう言うと、残っていた酒を一気にぐいっと飲み干した。
まだちっとも酔っていないようだ。
「新しい酒を貰ってくる」
そう言うとディアスは重い足取りで歩いて行った。
テーブルに少し沈黙が訪れる。
「ディアスさんの言う通りだよ、シェイム君。何も君が悪い訳じゃ無いんだから」
少し顔が赤く染まっているフィリイが俺をなぐさめる。
お酒を飲んでない彼女が酔ってるように見えるのは気のせいか。
視界の端に映るリンは、静かに俺を見つめていた。
「……そうだな。少し風に当たってくるよ」
そう言って俺は席を離れた。
今は少し、そういう気分になれない。
夜風を浴びにテラスに出ると、一階と二階の喧騒が下から聞こえてくる。
見上げた空には星が輝いていた。
風は身体に纏わりつくように生ぬるく、ちっとも気分が良くならない。
「どこかでこんな風を浴びたな」
どことなく懐かしい気持ちに包まれる。
半身になってテラスの柵に寄り掛かった。
「ああ、最後に学園に行った日だ」
確かフィリイの夢を見た日で、いつものように遅刻したんだっけ。
あの時は汗だくで席に着いたから、ぬるい風でも気持ちよく感じた。
「……あいつら、元気にしてるかな」
懐かしい顔が次々と頭に浮かぶ。
少し前のことなのに、学園での生活を遠いものに感じた。
「ここ、涼しいですね」
よいしょと言いながら、頬を微かに染めたリンがテラスに出てくる。
そして、隣に並んで柵に寄り掛かった。
「んー飲みすぎたのかな。少し酔っちゃったみたいです、私」
リンは屈託のない笑顔を向けてくる。
夜風をより浴びるためなのか、小さな体で目一杯伸びをしていた。
「今日の事、気にしてるんですか?」
リンは外の景色を見たまま問いかけてくる。
時折遠くを覗き込むような仕草をしていた。
「……そうだな」
俺はあの時のことを鮮明に思い浮かべる。
「気にしないなんて、無理だ」
【月華聖団】が優勝を逃したのは、俺のせいだ。
最後の瞬間、宝箱に少しでも早く触れようとして飛び込んだ。
その結果、僅かではあったがリードを奪えた。
あのまま倒れ込んでいれば先に触れていたのは俺だっただろう。
しかし、どうだ。
それでどうなった。
……そうだ、相手は最後まで冷静だった。
ナゼルのクランの冒険者は飛びつくのを見て、すぐさま俺の防具に手を掛けていた。
そして、倒れきる前に後方へと力強く引っ張った。
地面に倒れた時、その指先が宝箱に触れることは無かった。
「やり方なんて、他にいくらでもあったはずなんだ」
馬鹿だ。
なんて馬鹿なんだ。
リードしていた時に、振り返って一撃を加えることだってできた。
そうすれば、きっと結果は変わっていた。
これは焦って冷静な判断が出来なかった俺のミスだ。
俺が、優勝を奪ったのだ。
「……本当に、どうしてこんなにも弱いんだろうな、俺は」
旅を初めてからつくづく自分の弱さに嫌気がさす。
「シェイムさんって、馬鹿ですよね」
「え?」
突然の罵倒にかなり動揺する。
それもあのリンが言ったとなると最早事件だ。
いやまあ、さっきまで自分の中で馬鹿だとは言ってたけど。
「自分のせいで優勝を逃したなんて考えているなら――自分が弱いなんて考えているなら、馬鹿だと言ったんです」
リンは相変わらず外の景色を見ている。
辺りが暗いからか、表情があまり読み取れない。
「ちなみに、昨日までの私も馬鹿でした。でも、今日からの私は馬鹿なんかじゃありません」
「……何かが変わったってことか」
「いえ、何も変わってません」
リンは自信たっぷりに言い切る。
その声はどこか嬉しそうだった。
「でも、今日思い出したんです」
リンは最早俺の返事を聞いているのか分からない。
続けざまに話し始める。
「ナゼル君は、実はすっごく優しいんです。私と組んでいた頃は誰かと争ったり、傷つけることが嫌いで、常に周りの人に優しくしていました。そんな彼が私に酷いことを言って冒険者を辞めさせようとしたのは、私を守るためなんです、きっと」
いや、それは流石に――
「都合のいい解釈だって思ったでしょ」
リンはいたずらっぽく笑う。
なんだ、心を読まれているのか……?
「ナゼル君はね、私が誰かを傷つけてしまうのが怖かったんだと思うんです。ほら、私こんな性格ですから。私の【魔力】ではいずれ誰かを傷つけてしまう。だから、そうなって私が心を病んでしまう前に、冒険者を辞めさせようとしたんでしょうね。それが彼なりの優しさだったんです。……ちょっぴり、不器用すぎますけどね。それを今日、思い出しました」
【最果ての古城】で見たナゼルの言動を思い返す。
我武者羅に立ち向かおうとした俺を止めるためにリンが【魔力】を放った時、ナゼルは1発でそれが誰の【魔力】かを悟った。
また、フィリイにトドメを刺そうとしているナゼルをリンが止めた時、ナゼルはフィリイを「あの時と何も変わっていない」と言っていた。
今思い返すとその時の表情はどこか嬉しそうだった気もする。
リンは嬉しそうに話していた。
そんな彼女の横顔を、凄く綺麗だと思った。
これだけ一緒にいたのにそんなことにも気づけなかった。
きっと、そうやって見落としてきた大切なものがいくつもあるのだろう。
「シェイムさんのこれまでも、そうやって誰かからの優しさを受け取って出来てたはずです。違いますか?」
リンの言葉は真っ直ぐに俺に吸い込まれてくる。
そんなの、考えるまでも無いじゃないか。
【天才】と知った上で俺を愛してくれた父さん、母さん。
【持たざる者】として差別されていた俺に、当然のように接し、仲良くしてくれた幼馴染。
命を救ってくれたゼノアさん。
学園のみんな、旅を共にしたダルタさん、【月華聖団】のみんな、そしてフィリイ。
多くの人に支えられて、俺はこれまでを生きてきた。
「……そうだな。確かにそうだ」
「なら、もう大丈夫です。それを思い出せたならきっと、今日の自分より、明日の自分の方が強いです」
リンはようやくこちらを向いて、言った。
「馬鹿な自分とは、おさらばしちゃいましょう」
その目には強い心が宿っているように見えた。
その美しい瞳に、俺は憧れを抱いたのだった。
「よし、風に当たったら酔いがさめました。今晩はまだ飲み足りないです。シェイムさんも行きましょう」
リンは俺の手を取りずんずんと中へ進んでいく。
ほんとに、すごい人だ。
「ありがとう、リン」
感謝の言葉を、リンはその小さな背中で受け止めていた。
〇
宴もかなり進んだ頃、急に階下でどよめきが起きた。
先程までの賑やかさとは異なり、ざわめきのような声が聞こえてくる。
女性の大きな声まで聞こえていた。
なんの騒ぎだと冒険者たちが階段を降りていく。
「俺たちも行ってみるか」
「うん、なんだか大変そうだね」
一階まで降りると、そこには大きな人集りができていた。
「本当に大変なんです!できるだけ人を集めて下さい、報酬は必ず用意します!皆さんの力が必要なんです!」
店の入口では、冒険者ギルドの制服を着た女性が声を大にして助けを求めていた。
話を聞いていた人達がざわついている。
ちょうどディアスがいたので、人混みを掻き分け話を聞く。
「ディアス、何があったんだ」
「おお、シェイムか。なんでも街の南側から魔物の群れが向かってきてるって話なんだがな、どうも信憑性に欠けるんだよ。そもそも色んな魔物が群れを成してるって話だし、普段街の中にも入ろうとしない魔物達がこの時間に、このタイミングに街を襲いに来る理由もわからん」
おそらく他の冒険者達も同じ感想なのだろう。
近くの冒険者と同じような会話をしていた。
魔物は基本的に別種で群れを作ることは無い。
更に言えば別種の魔物同士で意思疎通をして同時に行動する事はほとんどない。
「確かに信じるにしては謎が多すぎるけど――」
それを考慮してもギルドの職員がわざわざ宴の場に嘘をつきにくるとも思えない。
「時間が無いんです!皆さんがお疲れなのは百も承知ですが、今は皆さんだけが頼りなんです!それでも信じて貰えないなら、確認された魔物を紹介させて頂きますね」
そう言ってギルドの女性は魔物の名前を挙げていく。
聞く限りかなりの規模の群れだ。
「――グリーンバイソン、甲女牛、紫小鬼、ホールスネーク――」
「ちょっと待った!!」
思わず大きな声で読み上げを止める。
徐々に額から汗が滲み出てくる。
自分の中の焦りが大きくなっていくのを感じていた。
「今、紫小鬼と言いませんでしたか!」
ギルドの女性に詰め寄り、質問する。
「え、ええ。確かにそう言いました」
ギルドの女性は戸惑いながらも教えてくれた。
紫小鬼は、俺にとって馴染みのある魔物だ。
但し、それに関して良い記憶はない。
そして、その魔物が確認されたことである可能性が浮かび上がる。
紫小鬼が群れを形成することは無い。
しかし、俺は見たのだ。
群れを形成する紫小鬼たちを。
いや、紫小鬼の群れを操つる男を。
「皆さん、すぐに武器を取ってください!!」
周りの冒険者達に必死に訴えかける。
脳内には、既に最悪の事態が思い描かれていた。
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