第三節『最果て』⑧ ・B級冒険者・
「私、生まれたのが小さな田舎の村で、昔から冒険の本を読むのが好きだったんです」
俺とフィリイは静かにリンの話を聞いていた。
きっと昔の景色を思い返しているのだろう、彼女は優しい表情で懐かしむように話していた。
「遠い異国の街の風景、美しい自然、怖い魔物に、それに立ち向かう勇敢な冒険者……本の中でだけ、私は自由でした。何年も本を読んでるうちに、わ、私も冒険者になりたいって思ったんです」
子供というのは冒険者や兵士に憧れを持つものだ。
理由も職業も違うが、俺も似たような時期があった。
そこからリンは少し悲しい表情をする。
「でも、私は小さい頃から【魔力】の扱いが下手で、とても冒険者になれる力はなかったんです。でも、それでも夢を諦めきれなくて……両親の後押しもあって、思い切って村を飛び出したんです。ほんと、無鉄砲ですよね」
リンは当時の自分の行動に呆れたように少し笑う。
きっと彼女は自分の目で見てみたかったんだろう。
物語に描かれる様々な英雄譚や自然が織り成す壮大な景色。
憧れを伴う妄想というのは、自分の意思では抑えられないほど衝動的に、情熱的に湧き出て膨らんでいく。
だから自分がいた小さな村を出たのだ。
「冒険者になってからの2年間、私はずっと1人で活動していました。わ、私はこんな性格なので、自分から誰かに声を掛けられなくて……あの時は、正直辛かったです。生活も冒険もひとりぼっちで、どれだけ鍛錬を繰り返しても【覚前魔力】のままで。ああ、私は物語に出てきた英雄たちとは違うんだって。自分の才能の無さに絶望して、腐らずに藻掻いてもそれでもダメで。私のやっていることが全く無意味な気がして、どんどん自分に価値を見いだせなくって……もうどうしていいか分からなくなっちゃったんです」
頼れる人もいなくて誰に相談することもできず、1人で抱え込んで。
そんな生活が2年も続けば心など簡単に折れてしまう。
本当に、想像を絶する苦しさだろう。
「それくらいの時期でした。ある日依頼の途中に森で魔物の群れに襲われてしまって、【魔力】も尽きて追い詰められてしまったんです。流石にもうダメかなって諦めかけたんですけど、たまたま通りかかった冒険者の方に助けて貰ったんです。その人は冒険者になったばかりだと言っていたのに、とても強い人でした」
良かったと思わずホットする。
今ここにリンがいるのだから大丈夫なのはわかっているが、状況が状況なだけにヒヤヒヤした。
「その日から、私はその冒険者の人と【パーティ】を組んで依頼をこなすようになりました……ずっと1人だったのが2人になって、なんていうか、私すごく楽しかったんです。ああ、この時間がずっと続けばいいのになって……でも、それは【パーティ】を組んで1年半ほど経った頃、私たちが2人ともC級になった頃に終わりを告げました」
リンは深く深呼吸をすると、覚悟を決めた顔で続ける。
「……【爆破の魔力】、【特性】が発現してしまったんです」
……「発現してしまった」?
【特性】が発現するのは一般的にはいい事だ。
しかも、それが【爆破】のように強力な【特性】なら尚更だ。
それのどこがいけないのだろう。
「元々【魔力】の扱いが苦手だった私は、【爆破の魔力】をコントロール出来ずに、【魔力】が尽きる程の全力で、一度しか撃てなかったんです」
それはなんというか……危ないな。
先程リンが岩の化け物を倒した威力を仮に全力だとする。
どんな弱い魔物に対してもあの威力で、しかも場所がどこであろうと関係ないとすれば。
依頼達成においてプラス要因にならないどころか、自分の仲間にも危険が及ぶ。
リンがその力でどれだけの苦悩を抱いていたかなど、簡単に想像できる。
「……初めはその人も励ましてくれて、練習に付き合ってくれてたりしてたんですけど、どれだけ練習しても上達しなかったんです。そのうちその人も呆れてしまって、私たちは【パーティ】を解散することになりました……当然の結果ですよね」
またしてもリンは自分自身を笑う。
それでも、その瞳の奥は苦しそうだった。
「その時に言われちゃったんですよね。お前は冒険者に向いてない、仲間を死なせる前に冒険者なんか辞めちまえ。俺はもっと上に行くって。その時は少し悔しい気持ちもあったんですけど、実際にその人はたった2年でB級冒険者になるような、今じゃ自分の【クラン】をもつ有名な実力者です」
ん、なんか聞いたことのあるような話だな。
俺は自分の記憶を辿っていく。
……ああ、そうだ。
「リン、もしかしてその冒険者っていうのは……ナゼル、じゃないか?」
「……そうです、よくわかりましたね。今じゃもう遠い存在ですけどね」
リンはぎこちなく笑う。
あのいけ好かないクソイケメンか。
確かに当時のリンは【魔力】の扱いが上手くなかったかもしれない。
それでも、そんな言い方をしなくても良かったじゃないか。
おかげで彼女は今でも自分に自信を持てずにいるんだぞ。
「……あのクソ高身長イケメンめ、許さん」
「シェイム君、それは悪口になってないよ」
リンは俺たちのやり取りをクスッと笑うと表情を明るくした。
「でも、もういいんです。今の私には、シェイムさんやフィリイさんも含めて【月華聖団】のみんながいるんですから。この【魔杖リタルス】だって、【魔力】が扱いやすくなるからって言ってみんなが必死に手に入れてくれたんです」
その杖のおかげでリンは【魔力】を調節できるようになったのか。
「リンさんの、みんなへの愛と信頼がよく伝わったよ!」
「あっ、な、長々とすいません……私ったらつい……」
「少しお喋りなくらいの方が、俺はいいと思うぞ」
リンは急に顔を赤く染める。
もしかしたら本当は話すことが好きなのかもしれない。
「あ、ねぇ!どこかに出れるよ!」
突然フィリイが前方を指さして嬉しそうに駆け出していく。
長かった廊下の先に光が射していた。
「ちょ、急に走り出さないでくれ!」
俺とリンは顔を見合わせてはにかむと、急いでフィリイの背中を追いかけた。
立ち止まって辺りを見渡すフィリイの横に並び、俺達も同じようにする。
「またそんな無防備に走り出して――」
廊下を抜けた先にはまたもや広い空間が広がっていた。
しかし、先程とは違い天井は視認することが出来るし、壁の装飾も豪華になっている。
それともうひとつ。
この空間にはいくつもの道が繋がっていて、左手に見える壁には一際大きな扉がそびえ立っていた。
「多分、ここが最深部だな。何となくそんな気がする」
「わ、私もそんな気がします」
「ていうことはつまり……」
フィリイの瞳の輝きが増していく。
「あの扉の向こうにお宝があるんだね……!」
走り出そうとするフィリイを、慌てて静止した。
「待ってくれ。落とし穴みたいな罠があるかもしれない……慎重に進もう」
その一言にフィリイは身を強ばらせる。
「も、もうあの高さからのダイブは嫌だ……」
三人で足並みを揃えてゆっくりと扉に向かう。
遂にこの宝探しを終わらせる時が来た。
「ゆっくり、焦らなくていい」
自分たちのペースでいい、俺たちの他に冒険者は居ない。
あの落とし穴に落ちたおかげでかなりのショートカットに成功したのだろう。
その代わりに強大な試練を与えられたが、結果良ければ全て良し。
「僕達よりも早くここに辿り着いている人がいるなんて、驚いたよ」
突然後ろから声が掛かる。
その後すぐに大勢の足音が連なって聞こえてくる。
後ろにいるのは当然冒険者。
足音を聞く限りかなりの大勢を引き連れた【クラン】だ。
「あと少しの所を……!」
ゆっくりと後ろを振り返る。
そこには先頭に立つ1人の男と、その後ろにいる大勢の冒険者。
……多いな。
よく目を凝らして見ると、先頭の男には見覚えがあった。
「お、お前は……!」
サラサラの長い金髪に整った容姿と高い背丈。
そして白銀の鎧に身を包んだ男。
「……ナゼル」
先程の話を聞いていたこともあり、怒りを込めて男の名前を呼ぶ。
ナゼルを睨みつけるが、彼は全く意に介さない。
「おや、僕を知っているのか。もしかして君も僕のファンなのかな?ならば悪いことは言わない、そこを通してくれ。僕はファンに攻撃するなんて出来ないからね」
そう言ってナゼルはキランと星が出ていそうなウインクを決めてくる。
うーん、相変わらず気に食わない。
リンの話を思い出し、考えれば考えるほど怒りが募っていく。
「お前のファンなんかになる訳ないだろ。悪いが宝は俺たちが先にいただく」
ナゼルに向かって堂々と宣言する。
扉との距離は俺たちの方が近い。
全力で走れば先に辿り着くのは俺たちだ。
「自信があるやつは嫌いじゃない。でも自分の実力を過信しているバカはあまり好きじゃないんだ」
ナゼルはにやけ顔で俺を指さす。
俺たちと対峙しても変わらずヘラヘラとした態度をとっている。
「素直にそこを通してくれるなら乱暴はしないよ」
「……抵抗すると言ったら?」
「その場合はもちろん全力で相手をしよう。でも君の【魔力】を見るに……僕には勝てないと思うよ」
「どうだろうな……その態度、改めさせてやるよ!」
素早く剣を抜いてその場から駆け出す。
フィリイが俺を呼び止める声が聞こえてくるが、もう止められない。
剣を後ろに引いてナゼルへ一直線に向かう。
「1人で立ち向かうとはバカなやつだ。この数相手にどう戦うのか見ものだね」
ナゼルの合図で後ろに構えていた冒険者達が一斉に駆け出した。
50人程の冒険者たちは全員【身体強化】を纏っている。
認めたくはないが、流石はナゼルが率いるクランなだけはある。
弱い奴などいないようだ。
冒険者たちとの距離がどんどん縮まって行く。
流石にちょっと無謀だったか……!
次の瞬間、猛スピードで飛んできた赤い球体が俺と冒険者たちの間に着弾し、爆発を起こした。
あまりの威力に思わずその場に立ち止まる。
後ろを振り返ると、リンが【魔杖リタルス】を構えていた。
俺を冷静にさせる為にわざわざ【魔力】を使ってくれたのか。
リンに声を掛けようとした瞬間、彼女は苦しそうに胸を抑えてその場にうずくまる。
「リンさん、大丈夫?!」
横にいたフィリイがすぐにリンに寄り添う。
「す、少し【魔力】を使いすぎたみたいです……」
リンは苦しそうに顔を歪める。
呼吸が浅く、早い。
「その【魔力】、まさか……?」
ナゼルが小さくそう言ったのを聞き逃さなかった。
彼は慌てて俺の後方に目を凝らしていた。
「やはり、リンディブルネ……」
ナゼルはリンを視界に捉えると、少し俯いた後憎しみがこもった顔でリンを睨みつける。
「リンディブルネ、何故お前がまだ冒険者を続けている!あの時分からなかったのか!お前は仲間を傷つけるだけの役立たずだ!見ろ、今だって1度【魔力】を撃っただけで倒れるような体たらく!お前はあの頃から何一つ変わってなどいない!」
ナゼルはものすごい剣幕でリンを罵る。
先程までの整ったイケメンが見る影もない。
続けざまに言ったからか息が切れ、肩を上下させていた。
リンはうずくまったまま涙を流し、怯えなのか悔しさなのか身体を小刻みに震わせていた。
彼女は何も言い返そうとしなかった。
「……おい」
俺はナゼルに向き直る。
「……お前、いい加減にしろよ。黙って聞いてたら好き放題言いやがって」
リンがあの頃から変わってないだと……?
ふざけるな。
「お前が今のリンについて何を知ってるんだ……役立たずだ?リンはさっきまでな――」
「リンさんは、私たちのために必死で戦ってくれてた」
いつの間にか、フィリイが横に並んでいた。
彼女もまた、怒りで握った拳を震わせる。
「リンさんはあなたに酷いことを言われた過去を抱えて、苦しんで、それでも頑張って冒険者を続けたのよ……そんなリンさんが弱くて、役立たずなわけないじゃない!」
そうだ、フィリイの言う通りだ。
リンは弱くなんかない。
むしろその苦しみに耐えることができた強い人だ。
【月華聖団】の主戦力になる凄い人だ。
「人の苦しみを、人の努力を、人の思いを知らないお前が――」
俺もフィリイも、怒っている原因は同じだ。
「簡単に踏みにじってんじゃねえ!!」
「簡単に踏みにじらないで!!」
俺たちは、目の前の敵に向かって走り出した。
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