第三節『最果て』⑦ ・隠されたルール・
リンは【魔杖リタルス】を化け物に向ける。
そして、力強く言い放った。
「……【紅蓮咆哮砲】!!」
纏っていたオーラは杖の先端に集められ、凝縮された【魔力】が眩い光を放つ。
光が強くて最早リンの姿は確認できない。
耳鳴りのような甲高い音を響かせながら、【魔杖リタルス】は赤い光線を射出した。
超速で空間を駆け抜け、真っ直ぐに岩の化け物へと吸い込まれていく。
射出音が空間内に響き渡った後、僅かな静寂が訪れる。
刹那。
強烈な爆発が化け物を襲った。
膨れ上がった炎が爆風を伴って辺り一体の空間を切り裂き、超高音に達した風は広い空間の上層へと昇華する。
炎はうねりを上げ急速に膨れ上がる。
まるで、もうひとつの太陽が生まれているようだった。
爆発に巻き込まれ、遠く離れた地面に転がる。
炎に包まれた身体は動かず、目は霞んでよく見えない。
手先の感覚が無いため自分が五体満足でいられているのかさえわからなかった。
力を振り絞って霞む視界で化け物に目を凝らした。
化け物は、姿そのままにその場で静止していた。
ざまあみろ、あの威力なら絶対に倒せると思ったんだ。
フィリイを傷つけた罪は重いぞ。
リンはどうやら地面に膝を着いているらしい。
地面についた杖を両手で握りしめて身体をかろうじて支えている。
あれだけ大きな【魔力】を使ったからか、かなり疲労しているようだ。
ひとまずリンの無事を確認して安堵すると、緊張の糸がプツンと切れた。
急速に視界が暗くなり始める。
流石にもうダメか。
安心して目を閉じようとした次の瞬間、俺が見た光景はとんでもないものだった。
「嘘……だろ……ありえない」
こんな事態は予想していなかった。
まさか、岩の化け物がまだ動けるなんて。
岩の化け物はギシギシと耳障りな音を立てながら、一歩、一歩と確実にリンの元へ向かっていく。
彼女は自分に近づいてくる化け物を認識しているが、疲弊しきっている為にその場から動くことができない。
絶望的な状況の中、リンを救える人間は誰一人としていなかった。
岩の巨体が、重々しく腕を振り上げる。
その腕は既にリンを射程内に捉えていた。
「……私はまだ、諦めません!シェイムさんもフィリイさんも、命懸けで戦ってくれたんです……!それなのに2人に勝利を届けられないなんて、そんなのは絶対に嫌です!」
リンは震える体を無理やり立ち上がらせて化け物と正面から対峙する。
自分よりも圧倒的に大きな敵に対して、強い眼差しを向けていた。
やはり彼女は、立派なB級冒険者だ。
しかし、時に現実とは非情。
反撃する意思があろうとも、手立てはない。
岩で出来た大きな腕は、無慈悲にリンの頭上に振り下ろされた。
腕が触れる直前、それは起こった。
化け物の身体を上下に裂くように一筋の閃光が走ったかと思うと、次の瞬間化け物の身体は強烈な衝撃によって後方に倒れ込む。
地響きと砂埃を立て、岩の化け物はその一切の活動を停止した。
伏した化け物の前には、リンを庇うようにして勇ましく佇むフィリイの姿があった。
「大人しく寝てなさい」
ただの岩の塊と化したそれにそう吐き捨てると、フィリイは後ろで倒れそうになっているリンをそっと抱きしめた。
「リンさん、凄かったですよ」
フィリイは優しくそう囁いた。
しなやかな手つきでリンの頭を撫でている。
彼女の包容力が幻覚を見せているのか、その姿はまるで聖母のようだった。
安心したのかリンはフィリイの腕の中で意識を失った。
それを確認した彼女はリンを優しく地面に下ろした。
良かった、みんな無事で。
フィリイが駆け寄ってくるのがわかったが、その到着を待たずに意識は途絶えた。
○
意識が戻ったのは突然だった。
急に瞼を開いたため目の前が白一色に染まる。
光に慣れた頃、落ち着いて状況を把握する。
視界に広がるのは高い高い天井。
最早天井は高すぎて目視することができない。
指先を動かしてみる。
ぴくぴくと動く感覚があった。
良かった、どうやら俺はまだ生きているらしい。
それに手足もしっかりと付いている。
間違いない、予想通りだ。
事実を確認していると、視界に2つの影が勢いよく飛び込んで来る。
「目を覚ましたのね!」
「よ、良かったです〜!」
影の正体はフィリイとリンだった。
仰向けになっている俺を覗き込んでいるようだ。
無事を確認した2人は安堵のため息をつく。
おいおい、リンなんか泣いてるじゃないか。
その場にゆっくりと身体を起こす。
「心配かけてごめん。2人が無事で何よりだ」
そう言って笑ってみせる。
自分で言うのもなんだが、爽やかな笑顔とセリフ、完全に決まった。
「何言ってるの!」
「何言ってるんですか!」
しかし、予想に反して2人は険しい表情をしていた。
あれ、おかしいな。
……何か怒られるようなこと言ったか?
「自分ごとリンさんに爆破して貰うなんて何考えてるのよ!」
「そうですよ!あんな無茶はもう絶対にしたらダメですからね!」
その後も2人の説教は続いた。
とにかく2人とも俺の行動について咎めていた。
しかし、それぞれ言いたいことがあるのか同時に話している。
待ってくれ、2人同時に喋られてもわけが分からない!
「ま、まあまあ。無事だったんだからいいだろ……?」
「「良くない!!」」
ここに来て、フィリイとリンが一言一句違わず声を揃えた。
さっきまでのチグハグはどこに行ったんだよ。
2人からの説教を一通り受けた後、気を改めてその場に立ち上がる。
「でも今回の戦闘で得た情報は大きい。やっぱりこの城にはルールがあるんだ」
ようやく自分の仮説に確信がもてた。
やはりこの城にはルールが存在する。
「ルール?」
フィリイもリンも首を傾げている。
いや、2人ともこの違和感に気づいてるはずなんだ。
「考えてみてくれ。初めにリンが【魔力】を使った時、敵の冒険者たちとその周辺の壁や地面はどうなった?」
俺の問いかけにフィリイが答える。
「確か、冒険者はみんな意識を失ってたんだよね。あれだけの威力の爆発だったから冒険者も城も傷だらけ……だったっけ……?」
フィリイは自分で言っていて、途中で自信を無くし始める。
そうだ、そこにある違和感に引っかかっているんだ。
「場面を変えよう。落とし穴に落ちて目を覚ました時、俺たちの身体はどうだった?」
その問いにはリンが答える。
「私たちは気を失ってたんですよね。あんなに高いところから落ちたんだから、何処かにダメージを負っていてもおかしくない……はずなのに……」
リンは天井を見上げながら自信を無くしていく。
そうだな、それもおかしな話なんだ。
「最後にもうひとつ。リンの爆発に巻き込まれた俺は、今どうしてる?」
「ピンピンしてるね……」
「怪我が、無いですね……」
「そう。それこそがルールなんだ」
思い返せば可笑しな話だ。
この城に入ってから、目の前で誰かが怪我をする事も、朽ちかけた城が傷つく所も見ていない。
そこから導き出した結論。
「この城の内部にあるもの全ては、ダメージを受けない。そういう類の【魔力】が掛かってるんだと思う」
「そんな【魔力】なんて存在するの?」
「可能性としてはかなり高い。今回起きていることと限りなく近いことができるシステムを知ってる」
「【魔力】は万物に姿を変える、って、伊達じゃないですね……」
以前通っていた【栄華学園】の第一演習場には、生物に対するダメージを無効化するというシステムがあった。
この城の内部で起こっていることはそれに限りなく近い。
違う点があるとするなら、学園のシステムがダメージを無効化するのは登録している生物だけ。
しかし、この城では壁や地面などもダメージを受けない。
恐らく、範囲内にあるもの全てに効果が適応されているのだろう。
そう考えれば、蝋燭に永遠と火がついている事も、朽ちた外観に比べて内部が本来の姿を保っている事も説明がつく。
言わば学園のシステムの上位互換だ。
「信じられないけど、今までの事を思い出してみるとそうなのかもしれないね……」
「シェイムさんの言う通りかもしれないです……」
どうやら2人とも納得してくれたようだ。
ここを会場に選んだあの小太り商人は相当にタチが悪い。
死者を出すと莫大なペナルティがあると言っておいて、死者の出ないルール。
つまり、この隠されたルールに気づいた者だけが全力で戦うことを許される。
もしかしたら、そういった冒険者としての見抜く力も試されているのかもしれない。
「ルールに気づけたのはいいけど、問題はどうやってここから出るかだな」
化け物と戦う前、出口らしきものは見当たらなかった。
もう少しちゃんと調べる必要がありそうだ。
「特定の条件で開く隠し扉とか――」
「シェイム君、それなんだけど後ろ見て」
フィリイは後ろを見るように促す。
なんだと振り返ってみると、壁にアーチ状の穴が空いていた。
その先に通路が続いている。
「あれを倒した時に出てきたみたい」
「それを早く言ってくれ」
フィリイはテヘッというようなおどけた仕草をとる。
よし、可愛いから許す。
「先へ進もう」
俺たち3人は通路へと進んで行った。
○
「リンはそんなに強い【魔力】を持ってて、しかもB級冒険者なのに、なんでそんなに自信無さそうに振舞ってるんだ?」
ふと疑問に思ったことをそのまま口に出してみる。
出現した扉の先には長い廊下が続いていた。
どこに続いているかは分からないが引き返す訳にも行かないのでそのまま進んでいる。
「ちょっと、シェイム君。流石にデリカシーがないと思うな……」
真ん中にいるリンを挟んだフィリイが薄目でこちらを睨んでいた。
え、そんなにデリカシーのないこと言ったのか。
そーっとリンに視線を向ける。
「いえ……だ、大丈夫です」
リンは苦笑いを浮かべていた。
「ご、ごめん」
流石に失礼だったな、反省だ。
気まずい空気が漂う中、再び無言で道を進む。
しばらく歩いた頃、リンがゆっくりとその重い口を開き始めた。
「わ、私……昔はこのクランに所属して無かったんです」
リンが自ら過去について話し始めてくれたことに少し驚いたが、そのまま静かに話を聞いていた。
フィリイは一瞬リンを心配するような視線を向けていたが、彼女が真剣な表情なのを見て、俺と同じように静かに耳を傾けていた。
それから俺たちが聞いた話には、ある以外な登場人物がいたのだった。
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