第一節『持たざるもの』② ・シェイム・
遥か昔、神は人類に「力」を与えた。
その力の名は【魔力】。
万物に性質を変化させ、世界の理を超越する力。
神はその力をもって、人類を別種の生き物へと変えた。
しかし、神は平等ではなかった。
【魔力】を授けられるのは、その時代においてわずか四人。
神に選ばれた四人が死ねば、また新たに四人が選ばれる。
人間たちは【魔力】を恐れ、同時にその神秘を崇拝した。
【天から才を授かりし者】――【天才】。
いつしか人々は、神に選ばれた存在をそう呼ぶようになった。
崇拝と恐怖、妬みと嫉み、憧れと絶望。
【天才】の存在は、人々の感情を大きく揺さぶった。
この時代、【天才】は世界の理そのものだった。
幾千の時を経て、人類は新たな段階へと進む。
【魔力開花】――かつて【天才】だけが持っていた力が、突如として世界の半数以上の人間に発現したのだ。
そして、世界は崩壊した。
【天才】と同等の力を得た人類は、彼らに反旗を翻した。
もう特別ではない。
もう恐れる必要はない。
【天才】は、不要な存在となった。
人類と【天才】の長き戦いが始まった。
【魔力開花】からおよそ二百年。
五代目の【天才】の時代、人類はついに勝利を手にする。
【最終戦争】――四人の【天才】は、すべて討ち取られた。
だが、人類は気を緩めなかった。
新たな【天才】が生まれる可能性があったからだ。
こうして世界共通の認識が定められた。
「【天才】は人類の敵。【天才】は憎むべき存在。【天才】は殺せ」
【天才】は、生きることさえ罪とされた。
そして現在。
【最終戦争】から十四年後の世界で、物語は始まる。
○
創生十四年。
暑い。
空から降り注ぐ陽光が、容赦なく肌を焼く。
見上げれば、どこまでも澄んだ青空。
膨らんだ雲が、夏の勢いを誇示している。
――今日から暑くなるぞ。
昨日、誰かが言っていた気がした。
木々は陽を受けて力強く緑を灯し、
夏の虫たちは忙しなく喉を鳴らしている。
そんな中、俺は必死に街を走っていた。
汗で張り付くシャツが鬱陶しい。
普段は汗をかきやすい方ではないが、さすがにこの距離を全力で走れば話は別だ。
なりふり構っていられない。
今は一刻を争う。
「頼む、間に合え……!」
ポケットから時計を取り出す。
時刻は八時五十五分。
残り五分。
絶望的な数字だが、足は止められない。
「――今日はもう、遅刻できないんだ!」
目的地は【栄華学園】。
理由は単純。
今日遅刻すれば、記念すべき十回目。
山ほどの課題が贈呈される。
俺はそこまで厚かましくない。
祝福の気持ちだけで十分だ。
距離と時間を頭の中で計算する。
「……ギリギリ、いや、厳しいか」
こういう時だけ頭が回る自分が嫌になる。
「せめて【魔力】が使えればなぁ……【持たざる者】には厳しい世の中だ」
大げさに溜息をつく。
だが、諦める気はない。
この世界で最も価値ある力――それは【魔力】だ。
かつては【天才】だけのものだったが、今では人口の八割が持っている。
神に選ばれた人間がこんなにもいるなんて、世界はきっとどこか狂っている。
……そこまで選ぶなら、俺も選んでくれてよかっただろ。
俺の名はシェイム。十六歳。
【魔力】を持たない【持たざる者】。
神に、選ばれなかった人間だ。
余計な思考を振り払い、走ることに集中する。
街の景色が猛スピードで後方へ流れていく。
オレンジ色のレンガ造りの建物が立ち並ぶ商業地区。
「あら、シェイム君。今日も元気に遅刻かい?」
すれ違いざまに、見知ったおばさんが声をかけてくる。
「おはようございまーす!」
振り返りもせず叫ぶ。
声が届いたかは分からない。
やがて学園の校舎が見えてきた。
街を見下ろすようにそびえ立つ三階建ての建物。
「絶対、間に合ってやるからな!」
校舎に向かって叫ぶ。
周囲の視線が痛い。
タイムリミットは、すぐそこだった。
○
「カランコローン、ゴーン……」
始業を告げる鐘が校内に響く。
歴史ある大きな鐘は、この国でも有名だ。
鐘が鳴り終わる頃、俺は教室の前に滑り込んだ。
――よし、ギリギリだ。
汗だくの体を見れば、先生も情状酌量してくれるはずだ。
そう信じ、勢いよく扉を開く。
「ギリギリになってしまい、申し訳ございませんでした!」
頭を下げる。
だが、返事がない。
顔を上げると、教卓に担任の姿はなかった。
「……奇跡?」
希望が芽生えかけた瞬間、
「おはようシェイム君。十回目の遅刻、おめでとう」
学級委員長、ズベルフ=マルコフの冷静な声。
「頼むズベルフ、内緒にしてくれ!」
「無理です。報告します」
肩を揺すっても無駄だった。
どうやって丸め込んでやろうかと考え込んでいた頃。
「何やってる、シェイム」
背後から低い声。
振り返ると、筋骨隆々の担任が立っていた。
「……後で課題渡すからな」
心が折れた。
潔く席に着くと、教室に笑いが広がる。
窓から入る風が汗を冷やし、妙に心地よかった。
「シェイムのように気を抜くなよ」
その言葉だけ、やけにはっきり聞こえた。
こうして、
何も起こらないはずの日常が、今日も始まった。
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