第二節『偽りの』⑥ ・大鬼・
「なんで、なんでお前がここに居るんだ、ティリア!!」
洞窟の中に俺の叫び声が響く。
憎しみに満ちた俺の顔を見て、ティリアはニタニタと吐き気のする笑顔を浮かべた。
「いい顔をしますねえ。私、人間のそういう表情がたまらなく好きなんですよねえ」
奴は【闇の一族】と呼ばれる組織の【十八将】の一人。
この情報も俺を襲ったその時に自ら名乗っていた。
その時も、そして今も、胸糞悪くなる様な奴だ。
「うるせぇ!」
腰から剣を抜く。
自分の感情を、抑えきることが出来なかった。
あいつだ、あいつのせいで俺は日常を奪われた。
あの時の雪辱を、今ここで晴らしてやる。
「シェイム君、ダメ!!」
走り出そうとした体はフィリイに遮られた。
彼女の声があまりに真剣で、一瞬我に返る。
彼女の顔を見ると、汗が流れていた。
目線はティリアから片時も外さない。
「シェイム君とあの人の間に何があったのかは知らない。でも、向かって行っちゃダメだよ」
俺に話している間も、フィリイはティリアを見続ける。
「あの人、かなり強い」
フィリイが緊迫した声ではっきりとそう言い放つ。
その目は若干の恐怖を帯びているようにも見えた。
「おやあ、【魔力】を抑えているのに私の実力が分かるとは。貴方、随分と腕が立つようですねえ。相当実践を積んでいる」
ティリアは感心したように続ける。
「賢い貴方ならわかるでしょう。貴方達が私と戦ったところで、勝ち目が無いことくらい」
ティリアは俺たちを見下しながらそう言った。
恐らくフィリイは相当な実力者。
洞窟に入る時に彼女が放った一撃は目に止まらぬ程の速さだった。
【身体強化】を瞬時に行い、恐ろしく速く、そして正確な一太刀を紫小鬼の首に叩き込んだ。
そして、何よりも驚いたのはその躊躇の無さだった。
瞬時にあの判断を下す瞬発力を得るためには、相当な実践経験が無いと無理だ。
これまで鍛錬を積んできたからこそ、それが分かる。
そんなフィリイでも届かないというティリアの実力。
奴が今立っている高い場所が、そのまま俺たちとの実力差のように思えた。
しかし、ティリアに突き付けられた事実を持ってフィリイが放った言葉は、意外なものだった。
「……さあ、それはやってみないと分からないわ」
強がりなのかフィリイは微かに笑みを浮かべていた。
そして、その手を柄に添える。
どうやらここで引き返す気は無いらしい。
本当にやるのか。
ティリアと再び、今ここで。
フィリイのお陰で冷静になれたからか、ティリアと戦うことが急に怖くなった。
あの日のことを思い出す。
俺とティリアにあった圧倒的な実力差。
あれから俺は何か変わっただろうか。
……いいや、何も変わっていない。
今のままでは、きっとまた負ける。
フィリイの横で握った剣に力を込める。
しかし、勝つ未来など到底浮かばない。
武器を構える俺たちを見て、ティリアはその顔から不気味な笑顔を消した。
あの時もそうだった。
あれは、ティリアが本気で殺そうとしている顔だ。
洞窟に静寂が生まれる。
お互いが攻撃を仕掛けるタイミングを伺っている。
張り詰めた緊張感に精神はどんどんとすり減っていく。
心臓は鼓動を早め額からは汗が吹き出す。
この時間が、永遠に続くかのように感じられた。
しかし、その静寂を破ったのはティリアだった。
奴は急に集中を切らすと、再びニヤついた表情に戻る。
「いやあ、今は忙しいんですよねえ。貴女方を殺すのはまたの機会にしましょう」
そう言うとティリアはパチンと指を鳴らした。
その瞬間、空間内に積み上げられていた【魔石】全てが突如真っ黒な煙へと姿を変えた。
そして、その煙はティリアの手のひらに吸い込まれてゆく。
「それじゃあ、私はこれで失礼しますよ」
ティリアが俺たちに背を向けて歩き出す。
その姿が暗がりに消えていく。
「お、おい、待て!」
慌ててティリアを呼び止める。
この場所にあった【魔石】を全て持っていかれた。
ダメだ、あそこにはアルマさんの分も含まれてるんだ。
このまま何も出来ずに見逃すなんて出来るわけない!
「もう、面倒ですねえ」
ティリアが鬱陶しそうに再び指を鳴らすと、今度は空間の入口、俺たちの後方からぞろぞろと紫小鬼達がなだれ込んできた。
外で見た紫小鬼の何倍もの数だ。
「こいつらは私の可愛い使い捨て駒です。今はこいつらで我慢してくださいねえ」
それだけ言い残すと、ティリアは黒い煙になってその場から消えた。
奴がいた場所には、もう何も残っていなかった。
「くそっ!あいつ……!」
「シェイム君、今はこっち!」
悔しさに打ちひしがれている俺をフィリイが呼ぶ。
彼女は既に大量の紫小鬼達に向き直っていた。
「【魔石】のことは残念だけど、紫小鬼を何とかしないと失敗した報告も出来なくなるよ!」
紫小鬼達は牙を剥き、今にも襲いかかってきそうだ。
俺も紫小鬼に向かって剣を構える。
そうだ、落ち着け。
お前は今回アルマさんの依頼を受けて来てるんだ。
個人的は因縁なんか後回しにしろ。
「ごめんフィリイ。頭に血が上ってた。助かった」
その言葉を聞いたフィリイは、はにかむように笑って見せた。
そして、真剣な表情で紫小鬼に向き直る。
「シェイム君はまだ【身体強化】が使えないから、無理はしないでね」
そう言ってフィリイは紫小鬼の群れに飛び込んで行った。
その身体は既に半透明の白いオーラによって包まれている。
彼女は高速で紫小鬼を薙ぎ倒して行く。
俺も負けていられない。
今自分にできることを精一杯やるんだ。
「俺も行くぞ!」
気合いを入れ直し、何百もの紫小鬼の群れに突撃した。
○
紫小鬼は随分と数が減り、空間の出口が見えるようになってきた。
あれから何分経過しただろうか。
2人で既に何百と倒している。
「シェイム君、あと少しだよ!」
フィリイは相変わらずものすごい勢いで紫小鬼を倒していく。
とんでもなく速い剣速に、急所をつく正確な一撃。
見事なまでの剣術だった。
正直、初めて会った時の彼女からはここまでの実力を想像できなかった。
なんせ普段の彼女は陽気でふんわりとした雰囲気なのだ。
しかし、あの様子を見ている限り最早F級冒険者の実力を遥かに凌駕している。
負けじと俺も剣を振るう。
向かってきた紫小鬼の左脚を切り落とし、体勢を崩して倒れてきた瞬間、すかさず喉を掻き切る。
そして続けざまに別の紫小鬼の胸に剣を突き刺した。
2体の紫小鬼は地面に伏すと黒い煙になって姿を消す。
戦いの中で、この紫小鬼達は【魔力】によって創り出された人形のようなものだと気づいた。
恐らくこれはティリアの【特性】なのだと思う。
魔物は弱点である核を破壊されたとしても、その死骸はその場に留まる。
このように【魔力】そのものに還ったりはしない。
最初は魔物とはいえ倒すことに躊躇していたが、これが人形だとわかってから躊躇は消えた。
まあ、フィリイはそんな事お構い無しに斬ってたけど。
ともあれ、紫小鬼は残すところあと少し。
このまま行けば問題は無さそうだ。
「シェイム君避けて!」
突然フィリイが俺に忠告する。
何事だと後ろを振り返ると、目の前に鉄の棍棒が迫っていた。
周囲の空気を巻きとって向かってくるそれは、完璧に俺を捉えていた。
咄嗟に剣を前に出し身体への直撃を防ぐが、勢いを殺しきれず洞窟の壁に向かって吹き飛ばされる。
俺の体はそのまま壁に激突する。
その威力は凄まじく、ぶつかった壁の表面が崩れる程だった。
「シェイム君!!」
フィリイの悲痛な叫びが聞こえる。
俺は重たい瓦礫の中から体を起こした。
体がギシギシと悲鳴をあげている。
目の前に居たのは一際大きな紫小鬼。
体長は優に6mを超える。
おいおい、最早紫小鬼とは呼べないだろ。
「フィリイ、他の紫小鬼は任せた!こいつは俺に任せてくれ!」
「……わかった、気をつけてね!」
フィリイはすぐさま戦闘に戻る。
こいつに勝てるかは分からない。
でも、フィリイは俺を信じてくれた。
だからこそ直ぐ戦いに戻ったんだ。
軋む身体を動かし、特大の紫小鬼と対峙する。
「覚悟しろよ、でっかいの」
荒い呼吸の紫小鬼はその場で咆哮する。
それを合図に、目の前の敵に向かって走り出した。
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