第二節『偽りの』④ ・本当の依頼・
「本当にここであってる、よね?」
「うん、多分ここだと思うんだけど……?」
まるで自信の無いやり取りをする二人。
フィリイは目の前の景色と、手に持った地図を何度も往復していた。
俺も既に何度も確認した地図に目線を落とす。
地図は冒険者ギルドから預かったもので、そこには森の中にポツンと佇む一軒家が記されている。
再び目線を上げる。
そこにあるのは今にも崩れそうな一軒家。
いや、家というより小屋という方が正しいかもしれない。
小屋を支える大事な柱が傾き、今にも崩れそうな勢いだ。
屋根なんかもいつ落ちてきてもおかしくない。
そして、その小屋の周りには大小様々な木材が散乱していた。
ギルドの綺麗なお姉さんが言うには、ここに依頼主が住んでいるのだそうだ。
勇気を出して1歩踏み出す。
そして、頑張れば隙間から中を覗けそうな朽ちかけたドアを叩いた。
「こんにちは、冒険者ギルドから来ました。依頼主のアルマさん、居られますかー?」
少し大きめの声で相手を呼んでみる。
しかし、中から返事はない。
「ねえ、やっぱり違うんじゃない?だってここ、魔物が住んでそうだもん」
「もし中に居たらかなり失礼だぞ、それ」
ここで間違いないという確信を持ちながら、間違いであることを心から願った。
「君達、そこで何してる」
その時、後ろから声が掛かった。
声のするほうを見ると、そこにはものすごい剣幕で俺たちを睨みつけている男がいた。
背は大きくなく、身体はひょろっとしている。
明らかに冒険者ではない。
むしろ戦闘とは無縁の人生を歩んできたであろう身体つきだ。
しかし、俺たちに向けている敵意は本物だ。
怒りなのか恐怖なのか、彼が俺たちに向けている槍はブルブルと震えていた。
「俺たち、冒険者ギルドから依頼を受けて来ました。依頼主のアルマさんですか?」
何か誤解されていると判断し、すぐさま身分を明かす。
慌ててフィリイも冒険者だと名乗った。
その瞬間、男の体から力がふっと抜けたのがわかった。
矛先が俺たちから離れる。
「ああ、君達は冒険者か。すまない、失礼なことをしてしまった。私はアルマ、君達に依頼をした者だ。さぁさぁ、中に入ってくれ」
アルマさんは俺たちが魔物の住処だと罵った小屋に当然の如く足を踏み入れていく。
残念ながら、彼の家はここで間違いないらしい。
しかし、荒れ果てた小屋の様子とは異なり、アルマさんの身なりは清潔感に溢れていた。
アルマさんが小屋の中から俺たちを呼ぶ。
俺たちは顔を見合わせ、恐る恐る中に足を踏み入れた。
「こんな場所ですまない、そこに座ってくれ」
小屋の中は意外にも綺麗に整えられていた。
外見とのギャップが凄すぎて一瞬言葉を失う。
ただ、なんと言っても狭い。
小さな小屋の中に、アルマさんが座るように言ってくれた丸太を縦に割ったような長椅子が置かれている。
人3人が詰めて座れるくらいの長さがあるため、小屋の大部分を占めている。
俺たちは言われた通りにそこに腰を下ろした。
アルマさんは端に寄せてあった丸太を引っ張ってきてそこに座った。
これでようやく落ち着いて話ができそうだ。
「アルマさん、今回の依頼は荷物を運ぶことだと聞いているんですが、何を運ぶんですか?」
改めて依頼内容を確認する。
この雰囲気からして、今回運ぶのは木材か?
推測をしながらアルマさんの返事を待つ。
しかし、しばらく待ってみても返事はない。
彼の顔を見てみると、何か思い詰めたような表情をしている。
その様子を不思議に思ったフィリイは、腰を浮かせて声を掛けた。
「あの、どうかされま――」
「すまない!!」
突然、アルマさんが大声で叫んだ。
その声に俺もフィリイも一瞬体をびくつかせる。
なんだなんだ、文面からして何かを隠しているようだったが、ただ事じゃない様子だ。
彼は座ったまま、開いた膝に両手を乗せて頭を深々と下げた。
「本当にすまない!実は、私は嘘をついたんだ……君たちに頼みたい依頼は荷物の運搬じゃないんだ!!」
アルマさんは俺たちを騙したことに相当罪悪感を抱いているようだ。
「本当の依頼は、荷物の奪還なんだ……初めは本当に荷物の運搬をお願いしようと思ってたんだ、でも――」
「誰かに荷物を、奪われたんですね?」
アルマさんの言葉に被せた。
何となく事態を把握できた気がする。
しかし、一体誰が荷物を奪ったんだ。
わざわざ奪うくらいの荷物だ、奪還するのはどうやら木材では無さそうだ。
「アルマさんは何を、誰に奪われたんですか?」
疑問に思っていたことを代わりにフィリイが質問してくれた。
彼女は真剣な目でアルマさんを見つめる。
そうだ、俺もフィリイも騙されたなんて思ってない。
目の前の困っている人を助けたい、その一心だ。
「……私の荷物は、【魔石】だ」
【魔石】か。
こればかりは流石に知っている。
【魔石】とはその名の通り、【魔力】を含んだ岩石のことだ。
長年の研究により、人類は【魔石】から【魔力】を抽出する技術を開発した。
【魔石】は現在様々な魔道具のエネルギー源になっている。
例えば、街を照らす街灯にも【魔石】が使われている。
【魔石】から抽出した【魔力】に光を放つ性質を持たせることで、明かりを灯している。
人類の文明はこの【魔石】によって進化を遂げたと言っても過言ではない。
「私はこの山で【魔石】を発掘して、それを売って生活してたんだ。それが三日前、突然ここを襲われて全て奪われてしまった。その時、私から【魔石】を奪ったのは――」
そこまで話して、アルマさんは言葉に詰まった。
依頼が【魔石】の奪還だとするなら、それが誰から取り返すのかによって難易度はかなり変わる。
俺たちは静かに言葉の続きを待った。
「私から荷物を奪っていったのは、人間じゃない。あれは……紫小鬼だった」
「魔物、ですか」
【魔石】を奪ったのはそもそも人間じゃない?
なんで魔物が【魔石】なんて奪うんだ。
「君達には、紫小鬼から【魔石】を取り返してもらいたい!も、もちろん報酬は依頼した時よりも多く用意する!だから、だからどうかお願いしたい……【魔石】を奪われた時に家も滅茶苦茶に破壊された。かろうじてこの小屋だけが残ったが、このままでは生活が出来ない」
そういう事だったのか。
壊れかけの小屋、そのまわりに散乱した木材。
家を奪われ、生活に必要な【魔石】も奪われた。
冒険者ギルドに依頼を申請する際、その階級が高く設定されるほど依頼料は高くなる。
持ち合わせがない為、嘘をついて依頼の階級を下げざるを得なかったというわけか。
紫小鬼、どんな理由があるのか知らないが、どうしてそこまでアルマさんを苦しめる必要があるんだ。
……許せない
「アルマさん、俺――」
「私、絶対に取り返して見せます!」
フィリイが勇ましい足取りでアルマさんに近づき、手を取りブンブンと大きく振る。
初めて彼女に会った時も思ったが、彼女の握手は勢いがすごい。
しかし、これで意思は固まった。
「2人共ありがとう……ただ、少しでも危険だと思ったら引き返して欲しい。紫小鬼は手強い。私が見た紫小鬼は紫色の肌を持っていて、人間のように二足歩行をしていた。冒険者ギルドが定める基準で言えばE級の魔物だ」
アルマさんは、自分で調べた紫小鬼に関する情報を教えてくれる。
強そうなのに、それがE級指定なのが驚きだ。
つまり、E級冒険者が3人居れば何の問題もなく倒せる相手だということ。
俺たち2人にも勝機はあるはずだ。
ただし、油断は禁物だ。
なんせ俺たちは最下級のF級冒険者。
慢心は良からぬ事態を招く。
「でも、冒険者ギルドが定めるE級っていうのはあくまでも単体の場合だ。私を襲った奴らは……群れで行動していた」
最後の一言で、俺たちはこの依頼の難しさをようやく理解した。
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