第一節『非日常』① ・物語の始まりを君と・
世界は不平等だ。
そう思い始めたのは、いつからだっただろうか。
幼い頃に父親が死んでしまった時だろうか、違う。
友達にかけっこで負けた時だろうか、違う。
友達よりテストの点数が劣っていた時だろうか、違う。
違う、どれも違う。
この黒く重い塊が心に住み着いたのは、きっと、あの時からだ。
○
「今まで上手く隠してたみたいだけど、もう観念しなさい。あなたの命、私が頂戴する」
「……え?」
突然の出来事だった。
目の前が急に明るく光ったかと思えば次の瞬間、見知らぬ場所に立っていた。
「ここは……どこだ……?」
人間や動物、木や花のひとつも見当たらない。
踝ほどまで伸びた雑草たちがひたすら窮屈そうに足を並べている。
はるか遠くに描かれた地平線は緑色の大地の広大さを物語っていた。
季節は夏、時は夕暮れ。
雲ひとつない空を夕陽が彩り、橙色と緑色が織り成す絶妙なコントラストがなんとも美しい。
しかし、なぜここにいるのか、どうやってここへ来たのか、肝心なことは何も思い出せない。
そして何より不可解なのは、数メートル前方に一人の少女が佇んでいることだ。
少女の方を注視する。
顔に霧がかかっていてはっきりとは分からないが、雰囲気は伝わってくる。
やはり、俺はあの人と面識がない。
そもそも、あの様な出で立ちをしている人間と関わった覚えはない。
彼女は体に密着する鎧を身につけ、腰には剣を携えている。
世間一般に『冒険者』と呼ばれるその風貌は、どんな記憶と照らし合わせても似ても似つかなかった。
そんな彼女が先程放った言葉、「命を頂戴する」とかなんとか。
つまり、あの人は殺すと言っているのだ。
一体誰を?
辺り一帯を見渡した。
しかし、そこはだだっ広い草原、誰の姿も見当たらない。
「……俺、なのか?」
いやいや、そんなはずは無いと自分自身を諭す。
見ず知らずの少女に殺される理由なんてあるわけない。
それになんだよ「今まで隠れてた」って。
俺はこの20年に満たない人生を堂々と過ごしてきた。
彼女の言う人はきっと別の人に違いない。
そうだ人違いだ。
「あのー、人違いだと思いますよ」
恐る恐る声を掛ける。
しかし、彼女はピクリとも動かない。
応答をしばらく待ってみても彼女は微動打にしなかった。
ただ、彼女の憎悪に満ちた黒い瞳だけは確実にこちらを捉えている。
――ちょっと気まずいな
二人の空気に耐えきれなくなったのか、風が彼女を急かすように肩にかかる黒髪を微かに揺らしてみせた。
クエスチョンマークを何度もなぞっていると、ようやく彼女は動き出した。
ゆっくりと腰から剣を抜き切先を俺に向ける。
顕になった刀身が夕陽を受けて鮮やかに橙色の輝きを放つ。
その瞬間、体に電撃が走ったように硬直した。
心臓が高くうねり熱くなった血液が喉を圧迫する。
体が見せる初めての反応に、何が起こったのか理解が追いつかない。
しかし、すぐにこれが恐怖だと理解した。
これまでの人生で命を狙われることなどなかった。
だからいつしか自分の命は安全な場所にあると思い込んでいた。
しかし、こうして剣を向けられるだけで命は脅かされる。
俺たちは常に死と隣り合わせで生きている。
そして、このままではこの少女に殺される。
硬直していた体から不意に力が抜け、その場にへたり込んだ。
ダメだ、助からない。
彼女から放たれる異様なまでの殺気は、生きるという希望を容易く打ち砕いた。
甘んじて死を受け入れる。
彼女はその場から駆け出した。
剣が大きく振りかぶられる。
近づいてくる剣が酷くゆっくりに見えた。
そして、脳裏に今までの記憶が一気に流れ込んでくる。
ああ、これが走馬灯ってやつか。
友と笑いあった日々、幼い頃の思い出。
ああ、あのこと母さんに謝ればよかったなあ。
幸せや後悔が猛スピードで流れていく中、ふとその場に一陣の風が吹いた。
その風は彼女の顔にかかる霧を晴らし、その表情を鮮明に映し出す。
――瞬間。
「なんて綺麗な人なんだ」
一目惚れだったのだと思う。
死を間近に迎えた俺は不意にそんな思いを抱いた。
恐らく自分が死ぬ間際に、自分を殺そうとしている人に抱く感情ではないだろう。
しかし実際に、そう思ってしまったのだ。
大きな瞳に高く通った鼻筋、細くもはっきりとした眉に美しい顎のライン。
本当に綺麗だった。
おかしなタイミングで恋に落ちてしまった俺に構うことなく、切先が遂に到達する。
その瞬間、目の前が真っ暗になった。
拙い文章ですが楽しんで頂けるよう精一杯頑張ります。
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