第一節『持たざるもの』① ・物語の始まりを君と・
「今まで上手く隠してたみたいだけど、もう観念しなさい。あなたの命、私が頂戴する」
「……え?」
意味を理解するよりも先に、世界が白く弾けた。
次の瞬間、俺は見知らぬ場所に立っていた。
「ここは……どこだ……?」
人の気配はない。
動物も、木も、花も見当たらない。
足元には、踝ほどまで伸びた雑草が無数に生え揃い、まるで逃げ場を塞ぐように密集している。
はるか彼方まで続く地平線は、緑一色の大地の広さを嫌というほど強調していた。
季節は夏。
時刻は夕暮れ。
雲ひとつない空を、沈みかけた太陽が橙色に染め上げている。
緑と橙が溶け合う光景は、思わず息を呑むほど美しい――はずだった。
だが、俺の胸に浮かんだのは感動ではない。
――なぜ、俺はここにいる?
どうやって来たのかも、ここがどこなのかも、まるで思い出せない。
記憶の底を探っても、何ひとつ掴めなかった。
そして、何より不可解なのは。
数メートル先に、一人の少女が立っていることだった。
自然と視線が吸い寄せられる。
顔には薄く霧がかかっていて、はっきりとは見えない。
それでも、纏っている空気だけは異様なほど鮮明だった。
――知らない。
確かに、俺は彼女を知らない。
そもそも、あんな出で立ちの人間と関わった覚えがない。
体に密着する鎧。
腰に提げた一本の剣。
世間で言うところの『冒険者』。
俺の記憶のどこを探しても、接点など見つからなかった。
なのに。
「命を頂戴する」
つまり、彼女は殺すと言った。
一体、誰を?
辺りを見回す。
だだっ広い草原には、俺と彼女以外、誰の姿もない。
「……俺、なのか?」
思わず、声が漏れた。
いや、違う。
そんなはずがない。
見ず知らずの少女に、命を狙われる理由なんてあるわけがない。
それに、「今まで隠してた」なんて、心当たりもない。
俺は堂々と生きてきた。
少なくとも、自分ではそう思っている。
「……あの、人違いだと思います」
恐る恐る、そう告げた。
しかし、少女は動かない。
微動だにせず、ただこちらを見つめている。
しばらく待っても、返事はなかった。
だが、彼女の瞳だけは――確実に俺を捉えている。
憎悪を宿した、黒い瞳。
――気まずい、なんて言葉じゃ足りない。
沈黙に耐えかねたのか、風が吹いた。
少女の肩にかかる黒髪が、わずかに揺れる。
その瞬間、彼女はゆっくりと腰に手を伸ばした。
剣が抜かれる。
切先が、まっすぐ俺を指した。
夕陽を受けた刀身が、橙色にきらめいた。
その瞬間、全身が痺れたように動かなくなった。
心臓が跳ね、熱を帯びた血が喉を締め付ける。
体が勝手に、命の危機を理解していた。
――恐怖だ。
これまで、命を狙われたことなど一度もなかった。
だからどこかで、自分は安全だと信じ込んでいた。
だが、剣を向けられただけで、それはあっさり崩れる。
人は、いつでも死ねる。
このままでは、俺は殺される。
力が抜け、膝が折れた。
草の上に、無様に座り込む。
ダメだ。
助からない。
少女から放たれる殺気は、生きたいという気持ちさえ容易く押し潰した。
抵抗する気力すら湧かない。
彼女が地を蹴った。
振りかぶられた剣が、ゆっくりと迫ってくる。
異様なほど、時間が引き延ばされて感じられた。
その瞬間、記憶が溢れ出す。
友と笑い合った日々。
幼い頃の、どうでもいい思い出。
――母さんに、あの時ちゃんと謝ればよかったな。
走馬灯だ。
死ぬ直前に見るという、あれ。
そんな中、ふと、風が吹いた。
霧が晴れ、彼女の顔が露わになる。
――その瞬間。
「……なんて、綺麗な人なんだ」
心の底から、そう思った。
死の間際に抱く感情としては、あまりにも不釣り合いだ。
それでも、確かに一目惚れだった。
大きな瞳。
高く通った鼻筋。
凛とした眉と、整った顎のライン。
美しかった。
恋に落ちたことなどお構いなしに、剣は振り下ろされる。
そして、世界は闇に沈んだ。
拙い文章ですが楽しんで頂けるよう精一杯頑張ります。
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