第一節『出会い』⑤ ・邂逅・
「いったたた……」
突然の爆発音の直後、背中にぶつかってきたのは人間のようだった。
怪我をしたのか、背中の上に乗ったまま呻き声を上げる。
声を聞く限り、若い女性のようだ。
「あのー、大丈夫ですか……?」
顔の見えない女性に向かって、遠慮がちに声を掛ける。
状況は理解できないが、あれだけの勢いであれば怪我をしていてもおかしくない。
俺の声を聞いたその女性はビクッと体を震わせ、慌ててその場から飛び退いた。
「えええ、人?!ごめんなさい!」
女性は心底驚いた様な反応を見せる。
なんだ、元気そうじゃないか。
起き上がろうとすると、彼女は手を差し伸べてきた。
人を椅子にしておいて気づいていないとは、なんとも呆れる人だ。
有難くその手を取り体を起こす。
「ありがとうござ――」
俺は彼女と正面から向き合って礼を言おうとした。
そして、言葉を失った。
思わずその場で硬直してしまう。
「ほんっとにごめんなさい!怪我はありませんか?」
世界から、音が消えた。
正確には彼女が発する言葉以外の音だ。
その薄い唇から飛び出した言葉は、真っ直ぐに俺に突き刺さる。
大きな瞳。
高く通った鼻筋。
凛とした眉と、整った顎のライン。
肩にかかる黒く艶のある髪。
心臓が高鳴り体は熱を帯びる。
自分の中に様々な感情が同時に流れ込んで、心の水面を荒波に変える。
「いやー、私ったらダメねー。まだ【魔力】が暴発しちゃうんだもん」
そう言って彼女はとびきりの笑顔を向けた。
彼女の声に、一挙一動に、瞳の全てを奪われる。
そうだ、やっぱりそうだ。
目の前に現れるあの人はいつも暗い闇の中にいた。
悲しみや憎しみ、そして殺意。
彼女は常に負の感情で満ちていた。
でも、自分の中で何度想像しただろう、どれだけ望んだだろう。
そうだ、やはり彼女には、笑顔が1番似合う。
今目の前に居るのは、名前も知らないあの人だ。
夢に現れた、あの人だ。
絶望の中にいた俺を救ってくれた、あの人だ。
何度も何度も会いたいと懇願した、あの人だ。
現実だ、これは現実だ、夢じゃない。
本当に会えたんだ。
「おーい、大丈夫?ボーッとしてるよ?」
彼女は俺の顔を覗き込んでフリフリと手を振る。
その距離がやけに近く感じて、慌てて仰け反り数歩後ろに下がった。
「えっ?!いや、うん、その、大丈夫」
もっとスマートに返せよ俺!!
何故か緊張してしまって、上手く返事が出来なかった。
思えば、俺がどれだけ彼女を探していたとしても、彼女にとって俺は初対面だ。
そんな人に探していた、なんて伝えられても恐怖しか感じないだろ。
礼を言うっていうのも不自然だよな……。
「大丈夫そうで良かった。えっと、私行かなきゃ。それじゃあね」
彼女は始終笑顔のまま、その場を離れてしまう。
おいシェイム、いいのか。
このまま、何も無いまま終わってもいいのか。
彼女はお前にとってその程度の人物だったのか。
「あ、あのっ!」
気がつけば大きな声で呼び止めていた。
街の人達が俺を見るが、呼ばれたのが自分ではないと気がつくと目線を逸らした。
少し先にいた彼女は、俺の呼び掛けに振り向く。
「どうしたの?」
「いや、その、えっと――」
思わず呼び止めたものの、その後のことを考えていなかった。
2人の間に沈黙が漂う。
彼女は不思議そうに、そして少し困ったような顔で俺を見ると、微かに首を傾げた。
その仕草があまりに可憐で、余計に頭の中は真っ白になる。
ふと、夢の中で見た彼女の格好を思い出した。
確か、彼女は冒険者の格好をしていた。
しかし、目の前に居る彼女は防具を身につけていない。
大きめのカバンを担ぎ、いたって普通の服を着ている。
待てよ、彼女はなんでこの街に居る。
ここに何をしに来た?
彼女が進んでいた方向を見る。
その先には一際目立つ高い建物。
……もしかしたら。
「もしかして、冒険者になりに来たんじゃない?」
一かバチか、彼女にそう言った。
すると彼女は一度キョトンとした顔をしたかと思うと、今度はずんずんとこちらに近づいてきた。
「そう、そうだよ!なんでわかったの?!あ、もしかして君も今日登録に来たのね!」
彼女は嬉しそうにそう言った。
おもちゃで遊んでもらう仔犬のように、その大きな瞳を輝かせている。
「え?ああ、うん。そうなんだよ」
咄嗟に話を合わせてしまう。
いや違う、そんなつもりはないんだ。
俺には別の夢があって――
「良かったー。私不安だったの、1人だったし。でももう安心ね、君も仲間なんだもん。これも何かの縁ね!」
彼女は俺の手を取ると、よろしくねとブンブンと激しい握手をする。
想定外の展開になってしまったが、取り敢えずは良かった……のか?
とにかく、これで晴れて彼女と知り合いになることが出来たわけだ。
それにしても、彼女はなんて表情豊かなんだろう。
夢の中で見た人とはまるで別人のようだ。
俺が知っているのはもっと、鋭い眼光の殺意にまみれた表情だ。
何故、彼女はあんな顔をしていたのだろう。
何が彼女をあそこまで変えてしまうのだろうか。
この人をもっと知りたいという感情が溢れてくる。
「今から登録に行くんだけど、良かったら一緒に行かない?君、ええっと――」
「そういえばまだ名乗ってなかったな。俺はシェイム。君は?」
「私はフィリイ。シェイム、いい名前だね」
フィリイはそう言って、再び俺に笑いかける。
ああ、なんだ。
別に、彼女が俺の事を知らなくてもいいじゃないか。
冒険者として生きていくのもいいじゃないか。
俺はフィリイの笑顔を見るためにここまで来たんだ。
これまでの人生は彼女に会うためのものだった、そう思うほどに彼女の笑顔は素敵だった。
フィリイが笑うと、その場が輝く。
俺にとって彼女は眩しかった。
それは頭上に昇る太陽よりもきっと。
次回から、第二節『偽りの』に入ります。
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